俺はエスパーらしい
とりあえず俺は五十嵐さんに軽く相槌を打った後、自分の席に着いた。
さて、状況の整理をしよう。
まず一つ目、五十嵐さんを狙っている男子が多数いるという事実。これは五十嵐さんの美貌によるものだ。逆に男子からのアプローチが多すぎて五十嵐さんとその女子グループは男子との接触を避けている傾向がある。
二つ目、昨日の言葉が聞き間違えでなければ俺と五十嵐さんは友達になったということ。これは嬉しかった。俺はぼっちというわけではないが、こう『友達です』と断言できる友人は多くない。だから単純に友達が増えたという事実が嬉しかった。
三つ目、もしクラスメイトに俺と五十嵐さんが友達になったという事実がばれたら? これは大変なことになりそう……。
という脳内での考察が済んだところで目の前に一人の男子がやってきた。
「うーっす」
という若干やる気のない彼の声。その声の主の名は小林勇、俺の数少ない友人の一人だ。
たまたま席が前になったということもあり、話す機会が増えて意気投合するようになった。
「翔太、どうしたんだ? 朝っぱらから大ごとになっているけどよ」
「昨日五十嵐さんと街中でばったり会ってな」
勇は思うところがあったようだが、深くは聞いてこなかった。
悪いな勇、いつかきちんと話せる日が来ることを願おう。その時が来たら俺も腹をくくって真実を語ろうと思う。
って俺はさっき考えてただろう? まさか一時限目が終わってすぐにその時が来るとは思わなかった。
「坂上、ちょっとこっちきてー」
クラスメイトの女子、中里さんに話しかけられた。
声色からして語尾に疑問符すらついていない。つまり命令形だ。
中里さんの後方には五十嵐さんが立っていた。俺と視線が交差した時、軽く手を振ってきたのでこちらも振り返してやった。
ついてきて欲しいとのことなので俺は席を立つが、俺の第六感があることを告げる。
中里さんは俺だけに用事があるのではない。彼女は五十嵐さんと仲がいい。つまり話というのは絶対に五十嵐さん絡みだ。
だとすると俺だけ中里さんについていこうとすれば、女子二人と男子一人という構図が生まれる。
流石にニ対一は分が悪い。
「いいけど、勇も一緒に行ってもいいか?」
「小林も? いいけどさー」
中里さんは了承したが、勇からしてみれば『俺の意見はどうなんの?』といった感じだろう。
面倒ごとに巻き込んで済まない。今度何かしらの形で埋め合わせをしよう。
俺と勇が席を立ち、中里さんと移動しようとすると当然のように五十嵐さんもついてきた。
俺の野生の感もまだまだいい線いっているな。
俺ら四人は屋上手前まで来た。屋上へ続く扉は施錠されているので通れないが、裏を返せばここは人目に付かない場所でもあるのだ。
「で、昨日何があったのさ? 澄香に聞いても『坂上くんに聞いた方がいいよ』とか言ってきてはぐらかされるしさー。このままじゃ教えてくれそうにないし、ならいっそ本当に坂上に教えてもらおうと思ってさー。まぁ、悪いことじゃないってのはわかるよ? 澄香ずっとニコニコしてるしー」
あれだけ勇気を出して五十嵐さんの手助けをしたのに、それが悪いことに取られてたら流石に俺のメンタルが潰された豆腐のようにボロボロになる。
だが彼女がそういうことをするタイプの人ではないということは、数少ない接点からして推察できた。
「ちょっとお耳を」
「――はい! 俺、坂上翔太が真実を述べます! 訳があって五十嵐さんと友達になりました!」
五十嵐さんはお茶目だということが分かった。昨日の件、めっちゃいじってくるじゃん。
中里さんと勇は『ふーん』といった気のない返事をするだけだった。あれだけ知りたがっていたのに何なんだ一体。
「まぁ、いいんじゃね? 翔太と五十嵐さんって相性良さそうだしよ」
「同感。坂上って澄香に色目使わないしねー」
勇の言葉はわかる。だが中里さんの言葉がえぐい。
考えてみよう。例えば俺がクラスの、今回は男子とするか、男子全員から視線を向けられてみたとする。視線の形はどうであれそれはそれは恐怖するだろう。
きっと五十嵐さんは毎日そのような目に会っている。気苦労も絶えないことだろう。その視線から彼女を守っている女子グループも凄いな。
「中里さんっていいやつなんだな。――五十嵐さんも毎日大変だな」
「坂上くん、わかるの!? びっくりした。ほら、こういうのって中々理解してくれる人いないし、自分から話すと自慢みたいに思われるから話しづらくって……。もしかしてエスパー?」
残念ながら違うんだよな。さっき俺も同じような視線を浴びせられたから、たまたま分かるようになっただけだろう。
美人であるというのも大変だな。俺の顔を自称フツメンにしてくれた神と両親に感謝しておくか。
「ああ。実は俺、エスパーなんだ」
「じゃあ私が今考えていること当ててみて?」
との五十嵐さんの返しを予想していなかったので、俺はとっさにこう答えた。
「えっと、玉子焼き食べたい?」
三人して大笑いするの酷くね? ワンチャン当たっていたかもしれないんだぞ。
本日の授業を終え、帰宅する準備をしていると誰かに肩を軽く二回叩かれた。
振り返るとそこには五十嵐さんがいた。肩を叩いてきたのも彼女だろう。
「坂上くんの家ってどっち方向?」
「――正門を出て左手方向だけど、それがどうかした?」
彼女は淡い笑みを浮かべた。
「私もそっち方向なんだ。途中まで一緒に帰ろう?」
断る理由があるといえばある。正直一緒に帰った際の他人の目が怖い。しかし用事もないのにここで断るのは友達としてどうかと思う。
決めた、一緒に帰ろう。もしかしたら何か用があって一緒に帰ろうと言ってきたのかもしれないし。
「いいよ、用事もなにもないし」
俺と五十嵐さんは一緒に下校することになった。
正門を出たところで彼女は伸びをする。
「はーっ! やっと学校終わったよー!」
「お疲れさん」
俺は五十嵐さんに労いの言葉をかけつつ、本題に入ろう――としたのだが……。
「ねねっ! 坂上くんって勉強得意?」
勉強か。帰宅部だし時間は余る。その余った時間をある程度は自習に回しているから成績は良い方である。
「そこそこ。得意分野もあるし、苦手分野もあるよ」
「じゃあ、嫌じゃなければなんだけど今度勉強教えてほしいな」
五十嵐さんは勉強が苦手なのか。それもそうか、普段から読者モデルという仕事をしているのだ。俺とは違って私生活で使える時間の量が違う。
「私さ、読者モデルをやめようか悩んでいるんだ……」
驚いて彼女の顔を見た俺は、その言葉が嘘であることに気がついた。
彼女は悩んでなどいない。読者モデルを続けたいという意志が顔に出ていた。
だとすると『読者モデルをやめなくてはいけない』という考えに至る理由、あるいは障害があるはず――
「本当はやめたくないんでしょ?」
「わかっちゃうかぁ……。やっぱり坂上くんはエスパーだね」
今にも泣きだしそうな顔をしながら、彼女は俺に向かって『知りたい?』と問いかけてきた。
何を? などという無粋な言葉は要らない。
「五十嵐さんの本心を教えてほしい」
自然と俺ら二人の歩幅は小さくなっていった。
少しでも話す時間を延ばしたいという足掻きでもあったのだろう。
「本当はやめたくないよ。でも親に勉強もしっかりねって言われて……。もうちょっと頑張らなきゃって思ったんだけど、中々成績が上がらなくて――」
「じゃあ今度勉強会しようか。独学って中々成績伸びないし」
さっきまで泣きそうだった表情はどこへやら、彼女の顔色は明るくなった。
そうだよ、これだよ。明るい表情のほうが五十嵐さんらしさがある。
「でもどこで勉強しよっか」
「それなら教室で大丈夫だよ。完全下校時間まで居ても怒られないから」
テスト前の追い込み期間などになるとそういったことをする生徒は多数いる。それをただ日常的にするだけだ。
先生からしてみれば熱心に勉強する生徒が増えるだけだから嫌な顔はしないだろう。
「それじゃあさ! 早速明日からお願いしてもいいかな? その、迷惑じゃ――」
「迷惑じゃないよ。俺も勉強できるし丁度いいよ。むしろ助かる」
家で自習するとさぼりたくなる時があるからな。事実を言ったまでだ。
五十嵐さんは満面の笑みで『ありがとう』といい、帰路が別々になる地点まで来たのでそこでお別れとなった。
彼女の悩みが一つでもなくなるといいな。
そんなことを考えながら俺は自宅へ向かった。