3話
その日は、シュテルンの友幼馴染であるミリヤの誕生日だった。
本当ならシュテルンの家でお祝いをしたかったが、自分の家の位置を考えたら、申し訳なくなり、シュテルンが彼女の家に出向く形になった。
「お誕生日おめでとう。はいこれ。お母さんからケーキ」
「わぁ〜、おばさんのケーキだ」
「いやー、我が親ながらハイスペックですわー」
「すぐお茶入れるね」
お構いなく。とミリヤに声をかけた後、ふと視界の端に鮮やかな紫色の花が飾られていることに気づいた。随分珍しい花だった。
「桔梗なんてどうしたの?この町じゃ買えないでしょ?」
「この前のデートでノアがくれたの。前日まで、両親の仕事で王都の方に行ってたらしくて」
「へぇー、そうなんだ」
桔梗の花。ノアは言葉の意味を知った上で送ったのだろうかと、シュテルンは思った。
しばらくして、ミリヤがお茶を用意し、二人でシュテルンの母が作ったケーキを口に運ぶ。
本当なら同い年組のもう一人であるノアも参加予定だったが、両親の用事に付き合って町の外に出ているため、夕方まで帰らないとのことだった。
だけど、その後に会う約束をしていると、とても嬉しそうにミリヤが話す。
うまくやっているようで良かったといいながら、準備したプレゼントをミリヤに渡した。
「わぁ、綺麗」
「でしょ。指輪やペンダント、イヤリングとか髪飾りはノアが送るかもと思って、あえて避けたんだよ」
「お気遣いどーも」
そのままミリヤは、受け取ったブローチを胸につけ、似合うか尋ねる。シュテルンが「よく似合ってる」と答えれば、彼女は満足そうに笑みを浮かべる。
その後は、たわいもない話だったけど、七割ぐらいはミリヤのノアとのノロケ話だったため、シュテルンは話半分で聞き流していた。
「それで、シュテルンはいないの?」
「何が」
「もー、話聞いてなかったでしょ。好きな人よ」
むすっと子供っぽい怒り方をするミリヤ。そんな話をしていたのかとぼんやり考えながら、一口お茶を飲んだ後、シュテルンはさらっと「いるよ」と答えた。
「えぇー!いるの!誰!?」
「内緒」
「なんでなんで!教えてくれたっていいでしょ?」
「いやよ。好きな人ほど独占したいでしょ?教えるのも嫌なほど、好きなの」
いつも通りの笑みをシュテルンは浮かべるが、向かい側に座るミリヤは驚いていた。幼い頃からずっと一緒にいるが、彼女がはっきりと好きな人がいることを公言したことはなかった。その上、これほどまでの独占欲を見せたことはなかった。彼女が夢中になるほどに、興味を惹かれるものがあった事がミリヤが知る中でなかった。だけど今、シュテルンはそれを見つけたのだと。
誰だろう。口ぶりから年下?知ってる人かな?頭の中であれこれ考えるミリヤだが、そんな姿にシュテルンはまた笑みを浮かべる。
「考えても無駄だよ。ミリヤにはわからない」
彼女の耳に届かないほどの小さな声で呟き、カップの中身を全て飲み干した。
*
「コラレ、こんにちは」
ミリヤの家を出た後、シュテルンはそのままコラレの店に足を運んだ。
いつも通りお客さんは一人もいなかった。
彼女は笑みを浮かべながら、カウンター席に座る彼女に近づく。
もうある意味事務的な作業になってしまっているが、彼女はいつも通りキャンパスに書かれた「こんにちは」の文字をシュテルンに見せてくれた。
「今日、前に話した友達の誕生日だったの。プレゼント、すごく喜んでくれたよ」
《それは良かったです》
「コラレの作ったものだもの。喜んで当たり前だよ。本当に綺麗だったし」
《ありがとうございます。そう言えってもらえるのは制作者冥利につきます》
文字を見せながら、軽くお辞儀をされ、つられてシュテルンもお辞儀をしてしまった。そのため、二人一緒に思わず笑ってしまった。
「それにしても、どれもとても綺麗だよね。量もかなりあるし、どうやって手に入れてるの?」
《……地道にです》
一瞬ペンは止まったものの、コラレはすぐに文字を書いてシュテルンに見せてくれた。
ふと、疑問に感じた。
客足がなく、収入がない。お金がなければ生活もできないだろうに、彼女は今どうやって生きているのだろうかと。
彼女は、お店の売り上げ以外に何を対価にお金を得ているのだろうかと。そう考えてしまった。
嫌な想像が膨らむ。考えちゃダメだとわかっているのに、考えてしまう。
無意識に、片手がコラレの顔に伸びて行くが、まるでそれを遮るように彼女がキャンパスを掲げた。
《どうかされましたか?》
顔に出ていたのか、不安げにコラレがシュテルンを見上げる。
伸びていた手を引っ込め、顔を反らしながら「なんでもない」と答えた。
ドロドロとした何かが体の中を上から下に降りて行く感覚がした。
シュテルンは口にしそうになった。お店以外でどうやってお金を手に入れているのかを。想像通りなのか、そうじゃないのか確かめたかった。だけど、それを聞くこと自体がおぞましい行為だと思った。一歩間違えれば、彼女に嫌われてしまう。
不意に、わずかに小さな物音が聞こえ、同時に服の裾を引っ張られた。
ゆっくりと顔を上げれば、にっこりと笑みを浮かべた彼女と、テーブルには綺麗な貝殻のイヤリングがあった。
《シュテルンさんに差し上げます》
「え?」
《私からの贈り物です。いつも、お店にきてくださってありがとうございます》
「……もらって、いいの?」
《はい。感謝の気持ちです》
スッと、その瞬間にシュテルンの中にあった感情が全てリセットされたかのように、いつもの感情に戻った。同時にとてつもない嬉しさが込み上がった。
まともなおしゃれなんてしたことがなかった。ミリヤと違い、シュテルンは女の子らしい可愛さなんてものはなかった。でも、これはつけたいと思った。だって、大好きな人からの特別なプレゼントだったから。
「どうかな?」
《よくお似合いです》
「ありがとう。これから毎日つけるね」
普段、シュテルンがおしゃれなんてしないため、周りから不思議がられるかもしれない。でも、これをつけることで遠くにいてもコラレがいつも一緒にいるような気持ちになる。すごく、心が満たされて行くのを感じる。