第80話
「キイィィヤアアアアア!!」
攻撃衝動を抑え切れなくなったのか、睨み合っていた熊猿のうちの2匹がリザードマンズに飛び掛かってきた。
ズガンッ
1歩前に出た巨漢の2号がカウンター気味に大盾を叩き付ける。2号に飛び付こうとした2匹が派手に吹き飛んだ。
ザザザッ ゴリィッ
「ギイッィア!」
その隙に身を低くして前衛の脇をすり抜けようとしたもう1匹の片腕を、リーダーが巨大な蛮刀を振り下ろして叩き斬った。反対側から突進して来た残りの1匹は、4号が抜き放った曲刀で牽制して足が止まる。おおう、もしかして奴らの狙いは見た目一番弱そうな俺なのだろうか?
そして一旦飛び退いた熊猿達とリザードマンズが再び睨み合う。熊猿が飛び掛かって来てから此処まで僅か二呼吸程。中々に見応えのある攻防だ。それにしても蜥蜴リーダーの膂力がヤバい。今、あの糞重そうな肉厚の肉切り包丁をとんでもねえ速さでぶん回したぞ。
2号に吹き飛ばされた熊猿は既に起き上がっており、左程ダメージを受けた様子は見受けられない。浅層の魔物達は殆ど1撃であの大盾によって無残に潰されていたというのに。流石に中層の魔物は勝手が違ってくるな。更にはリーダーに腕を飛ばされた奴も、脳内でアドレナリン的な奴がドバドバ分泌されてるのか、痛がる素振りも無い。この迷宮の消える魔物に脳味噌があるのかどうか知らんけど。
ザザッ ギィ ガンガンッ
「ギィイイイイ キャアァ!」
ザッ ガリィッ
「グルッ キューギュロッ!」
俺の目の前で再度の激突。
魔物の叫喚とリザードマンズの鋭い掛け声が交錯する。戦士の武具と魔物の爪牙が激突して火花が散り、耳障りな軋みを奏でる。やはり鋭い。魔物の強靭な爪や牙は、金属製の武具と削り合っても殆ど見劣りがしない。
今更ながら防具の必要性を痛感する。今迄魔物に対して致命的な一撃を貰わなかった俺は、相当に運が良かっただけなのだろう。
それにしても後ろからあいつ等の戦闘を眺めていると、正直絵面が魔物同士の仲間割れに見えてしまう。というか、片側が武装してなかったらそうとしか見えねえ。
リザードマンズの戦術は今迄のようにリーダーが前に突っ込んでザクザクと魔物を斬りまくって無双。と思いきや、大盾を構える2号が一歩前に立って熊猿の攻撃を受け、或いは往なし、相手の隙が出来たところでリーダーや4号が斬り込む守り重視のスタイルである。リーダーや4号は無暗に2号の前に出たりはせず、2号は後方からの援護を受けつつ余裕を持って魔物の攻撃を捌いている。
戦況は一見すると良い勝負に見えるが、リザードマンズに際どい場面は皆無だ。充分な余裕を持って相対しているのだろう。一方の魔物側を見ると、片腕を失った熊猿が身体を何度か叩き斬られて早くも瀕死の状態だ。
成る程な。
勿論危険であることに間違いは無いが、こいつは互いが命を懸けた殺し合いじゃない。リザードマンズにとっては日々の糧を得るための狩りだ。俺がビタの集落で毎日山に入って獣を狩っていた行為と本質的には同じことだ。そして、狩りの度に獲物と紙一重の殺し合いをしてたんじゃ、命が幾つあっても足りやしない。
狩りの後処理を考えれば、リザードマンズとしては掠り傷一つ負いたくない所だろう。連中は俺のように回復魔法を持ってはいないからな。薬草やポーションだってタダじゃないし、手持ちの数にも限りがある。それに、危険な雑菌やウイルスが傷口から入り込んで化膿したり、最悪病気にでもなったら目も当てられない。
目の前の攻防をじっくり観察すると、魔物の鋭い攻撃をほぼ完封しているリザードマンズの技量の高さと戦術における知能の高さを否が応でも感じる。顔は蜥蜴なのに。
仮に俺がリザードマンズと殺し合う事態になったら、正直逃げの一択しか考えられない。リザードマンズは恐らくは幾多の戦闘経験により、獲物を的確に削り、確実に仕留める手管を心得ている。もし俺と連中が100回殺り合えば、俺は確実に100回殺されるだろう。但し、俺は逃げ足には自信がある。初めから逃げに徹すれば、その場を凌ぐのは難しくないと見た。
始まって体感5分も掛かって居ないだろうか。蜥蜴リーダーが最後の熊猿の首を斬り飛ばして戦闘は終了した。終わってみればリザードマンズは無傷の完全勝利である。
「皆さん凄いですね。」
リザードマンズの風体にもすっかり慣れたポルコが、戦闘を見て興奮した様子で俺に声を掛けてきた。
「ああ。そうだな。」
俺は空返事でポルコに応じた。頭の中ではリザードマンズと相対した時の動きを何度も繰り返しシミュレートしていた。
熊猿との戦闘後、俺は蜥蜴4号が魔物の残骸から回収した魔石を受け取った。手の中の魔石を見ると、浅層の魔物から採取した魔石より二回りくらいはデカい。これらの魔石、売値は幾ら位になるんだろうか。狩人ギルドで聞いておけばよかったな。
この迷宮で採取された魔石は、ほぼ全て魔道具で使用されると聞く。魔道具とは、この世界で魔石を利用して稼働する様々な道具類の総称だ。かつてこの世界の魔道具は、一度きりの使い捨てだったり、目の眩むようなレアな素材と凄まじい行程を経て造られた一品物だったりしたらしい。それらは言うまでも無く超高級品である。そして魔道具を手にすることが出来る連中は、高貴な身分の人々やあるいは豪商、高名な騎士や英雄など極々一部の選ばれた者のみだったそうだ。
だが、この迷宮群棲国などから迷宮資源の一つである魔石が安定して輸出され、各地で普及するにつれて、魔道具も徐々に一般に普及しつつあるそうだ。世界有数の魔石の産出地である迷宮都市ベニスでは、魔道具がインフラなんかにも利用されている。一つの例としては、迷宮都市の夜の街を照らす街灯は魔道具の一種である。先日、リザードマンズと打ち合わせをした飲み屋の店員の話では、あの街灯にはかなりの犯罪抑止の効果があるそうだ。とはいえ、まだまだ魔道具は高級品である。俺がベニスで寝泊まりしている安宿の部屋には粗末な燭台しか置いてなかったし。
更に、魔道具が普及し始めてその種類や生産量が増えた現在では、この迷宮都市の魔石の寸法や形状の規格は統一され、様々な魔道具に共通して装填できるようになっている。魔道具はかつてのように一度きりの使い捨てでは無く、内包する魔素を消耗した魔石さえ交換すれば何度も使えるようになったのだ。また、同じ規格の魔石ならば、異なる種類の魔道具に装填して使い回すことも出来る。まるで地球の電池やバッテリーのように便利な代物である。魔石が迷宮資源などと呼ばれるのも頷ける話だ。
その一連の魔石の使い回しや規格の統一は、この国の天才技師達による魔道具の発明に伴う功績なのだそうだ。何処の世界にも天才秀才ってやつは居るもんなのだ。そのお陰で此の迷宮都市ベニスでは、今では魔石の鑑定士やカッティング技師なんかの職業も存在する。その事により、統一規格の魔道具は更に急速に広がりつつある。迷宮都市ベニスは魔石の産地と言うだけでなく、魔道具でもソコソコ有名な都市なのだ。実は魔道具の発明と生産で高名な都市はベニスとは別にあるんだけどな。
魔道具の事はさておき、俺達は魔物との戦闘を繰り返しながら、迷宮の通路を更に奥に向かって突き進んでいった。リザードマンズには戦闘を回避する選択肢は無いようだ。遭遇した魔物を片っ端からガンガン狩って、魔物の残骸から次々と魔石を回収しまくる。魔石を回収する4号はグエッグエッと実に嬉しそうだ。基本表情に乏しい蜥蜴面なのに明らかにニヤついてるのが分かる程だ。正直そのニヤけ面を見るとちょっとイラつく。俺にもちょっとくらい魔石分けてくれねえかな。尤も、俺は荷物担いでるだけで戦ってないから貰えなくても仕方ないけど。
後ろから戦いを観察するに、中層の魔物達は浅層とは比べ物にならないほど危険だ。その種類も多い。特に道中で見たナメクジのような魔物は、動きは鈍いが高速で毒針のような物を射出してきた。蜥蜴リーダーによればこいつは麻痺毒で、獲物が動けなくなった後でゆっくりと捕食するらしい。こええよ。もし死角から毒針を飛ばされたらヤバいな。此奴には要注意だ。
そして遂に。俺達は目的地である15層の安全地帯のとある部屋の前に辿り着いた。此処までリザードマンズは何度も魔物との戦闘を繰り返したが、睡眠はとらず休憩のみのかなりの強行軍である。俺は戦闘を見てるだけだったので全然疲れていないが、リザードマンズの面々とポルコは疲労困憊のように見える。蜥蜴の見た目では分かり辛いが、何となく皆覇気が無くて顔色が悪いように見えるのだ。動きもどことなくニブい。ポルコは泣きそうな顔でひーこら弱音を吐き続けている。ちなみにポルコのバカでかい荷物はとうに俺が担いでいる。荷物がデカすぎて傍から見たら俺の身体が埋もれて荷物が歩いてるように見えるんじゃないだろうか。
頑丈そうな扉を開けると、部屋の中は閑散として誰も中に居なかった。実はこの迷宮の安全地帯には、偶に商魂逞しい連中が物資を売りに来たり、水魔法の使い手が中で飲料水を売っていることもあるらしい。価格は無論その場での交渉による時価である。
時間の感覚が既に曖昧だが、俺達は此れからこの安全地帯で一度ゆっくり睡眠を取る予定だ。その後、此処を拠点にして暫くの間魔物を狩りまくることになっている。荷物持ちの俺はあとは此の場でボケッと待っているだけで良いのだが、折角なのでリザードマンズの狩りに同行させてもらうよう願い出るつもりだ。当然何かあっても自己責任でな。
俺達は保存食を食った後、2人組のペアで出すモンを放出する為に部屋の外に出た。一人は見張りである。流石にこの中層において、単独で安全地帯の外に出るのは危険すぎるからだ。
その後、体内の老廃物を排出してスッキリした俺は、見張りの蜥蜴4号に手を上げて礼を言うと、明日?に備えてゴツゴツとした床に寝転がった。巨大な荷物を背負って歩き続けた俺は思いの外疲れていたのだろうか。程なく俺の意識は闇に溶け込んでいった。




