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遥か異界の地より  作者: 富士傘
屍山血河迷宮死闘編
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第66話

ファン・ギザの町を旅立ってから数日。

今、俺が目指しているのは迷宮群棲国ことプラ・エ・テラニスである。


その目的は幾つかある。

まず第一に金。マネーを稼ぐことだ。地球と比べて腕力が幅を利かすこの世界だが、マネーイズパワーであることに変わりはない。金さえあれば美味いものが食えるし、住居すら持てるかもしれん。そして何より、美人のおねーさんとお近付きになれるかもしれん。俺は特殊性癖の持ち主ではないので、以前訪れた薬師ギルドのおねーさんみたいに、もう蔑んだ目で見下されたくは無いのだ。

次に魔法の習得だ。ファン・ギザの町には魔術師ギルドは無かった。取得の成否はともかく、金さえ出せば魔術師ギルドは魔法を教えてはくれるそうだ。俺は既に回復魔法を身に付けて魔青年加藤になっているものの、新たな魔法を是非とも習得したい。

第三の目的は迷宮や遺跡探索の経験を積むことだ。俺の最終目標である故郷への帰還を果たす手掛かりは、古代遺跡にある可能性が高い。だが、此のままいきなり難度の高い遺跡に乗り込んだら、故郷をすっ飛ばしてあの世への帰還を果たしてしまいそうなので、迷宮群棲国で経験を積みたいのだ。


迷宮群棲国について俺がファン・ギザで仕入れた情報によれば、その正確な起源は定かではない。有史以前よりその辺りの地域には様々な迷宮が数多く点在しており、何時しかその周辺に人々が住み着き、集落を、村を、町を、都市を文明と共に築き上げていった。そしてその果てに生まれたのは、迷宮の支配権を巡る人間同士の血で血を洗うが如き泥沼の戦いであった。


無数の争いの中で幾多の伝説や逸話が生まれ、国々が勃興を繰り返し、時には他の文明に支配され、気が遠くなるような年月の殺し合いの果てに。

今から約二百年前。漸くその地域は幾つかの都市国家が治める形に落ち着いた。現在の迷宮群棲国の前身となる国々である。そして、当時の各都市国家の君主達が顔見知りであったこともあり、それまで長い年月争い続けていた各都市は、緩い繋がりを持つことになる。

その後、大山脈の彼方より来る大国の大侵攻と血みどろの迎撃戦を経て、都市同士の繋がりは強固なものとなった。その結果、生まれたのが現在の迷宮群棲国プラ・エ・テラニスである。


迷宮群棲国は、かつてはいくつかの城塞都市からなる共和制の国であったのだが、欠食児童の如くスキあらば食いついて来る周辺国に対抗する為には各都市を一つに纏め、主導する者が必要ということで、現在は数年に一度間隔の持ち回りで各都市のトップを王という立場に戴く君主制となっている。


それはさておき。


「ふぁ~あ。」

まだ薄暗い早朝。俺は樹上で目を覚ました。鼻にツンと刺激臭を感じる。特殊な樹液と以前ビタの集落で教えてもらったハーブのような葉を擦り潰して混ぜた俺特製の虫除けのニオイだ。ついでに多少は魔物や動物除けにもなっているような気がする。俺だってこんなに臭っさいお肉は食べる気しねえからな。

俺は木に縛り付けた身体の拘束を解き、背負い籠を地面に降ろす。続いて自分も地面に降りた。


その後、塩辛い干し肉を齧りながら念入りにストレッチをして身体を解してゆく。干し肉は町で購入したものだ。俺謹製の燻製肉の方が遥かに美味いが、作るのに手間がかかり非常に面倒臭いのでおいそれと食いまくるわけにはいかん。


たっぷり時間をかけて身体を解した後は、糞重い丸太剣による素振りだ。尤も、最近では単なる素振りはしていない。シャドーボクシングのように仮想敵と戦いながら激しく体を捌き、踏み込み、丸太剣を連続で叩き込む。

肉体を虐めるのには良い鍛錬だが、やはり相手が欲しい。何故なら、想像の仮想敵はどうしてもワンパターンな動きになりがちなのだ。それに、間合いの感覚は独りの鍛錬では掴みにくい。

其れからタップリ体感2時間。ひたすら鍛錬に没頭する。本当はもっと時間をかけてやりたいのだが、旅の途中で以前のように1日丸ごと鍛錬に費やすわけにはいかない。それを負荷を上げることで相殺する。こんなにアホみたいに身体を鍛えまくるなんて、地球に居た頃には想像すらしていなかった。もう体力も反射神経も五感も体つきもあの頃とは完全に別人と化している。豆柴がドーベルマンに変態したようなもんだ。地球の親父や兄貴が見たらドン引きだろう。


我ながら鬼のように追い込んだ鍛錬の後は何時も息も絶え絶えの状態だ。普通ならそこで1時間は身動き取れない所だが、体内で回復魔法を連発することで一気にリフレッシュする。うひょおおもう此れが無いともう俺生きていけないかも。便利すぎて怖い。


早朝の鍛錬の後は朝餉だ。近くの小川で汲んできた水を煮沸して、野草と昨日仕留めた鳥の肉を放り込む。そして、木の匙で灰汁を丁寧に取る。最後に町で買った塩を一摘まみ。茸も生えていたが、俺にはまだ怖くて手が出せない。ちなみファン・ギザでも茸を食って中毒死する人が偶に出ていた。茸恐るべし。


因みに今鳥を煮込んでいる鍋は以前戦争から持ち帰った元胸当てだ。石でガンガン叩いて成型して、今では俺の唯一無二の鍋として大活躍している。愛着もひとしおだ。鍋底は良い感じに焦げて、最早防具の原型は1ミリも無い。伝説のドワーフの鍛冶職人でもこいつを修理は出来まい。この世界にドワーフ居るかどうか知らんけど。町の雑貨屋で購入した土鍋は落としたら直ぐ割れた。やはり安物はいかんな。

鍋を作った代償として、今の俺の防具は毛皮のみ。再び防御力はゼロとなった。


暫く経ち、良い感じに煮立ったので早速鳥鍋を実食してみる。・・・調味料が塩だけじゃこんなもんか。

味には目を瞑り、肉と野草を腹に詰め込んだ俺は、小川で水を汲みなおして新たに煮沸したお湯を啜る。分かっちゃいるが味気ねえ。緑茶欲しいよお。

暫くそのまま寛いでいると


「ギャウウッ!」

正面の藪から黒い影がいきなり飛び出して来て俺に襲い掛かってきた。


「ぎょひいっ」

咄嗟に身を躱した俺は、足元に置いておいた丸太剣を引っ掴んで影に叩き込んだ。


パゴォッ

軽快な音が鳴り響き、影は地面に叩き付けられた。ピクピク痙攣している。頭蓋が砕けたか。

地面に這いつくばった姿を良く見ると、体長は1.2m程の真っ黒い獣だ。肉食獣のようだが、地球では見たことの無い形状をしている。黒豹をずんぐりしたような体型に、嘴みたいな口に鋭い歯が生えている。キモいな。こいつは魔物ではなく只の野生動物のようだ。

しかし糞ビビッた。まさか今の俺に気配を察知されずに此処まで近付いて来るとは。思わず日本の魚の人みたいな声が出ちまったよ。



ハ~。

自然とため息が出る。

町を出てから数日。今更ではあるが俺は改めて思い知らされた。俺の周りは辛うじて文明の痕跡である街道を除けば、周囲360度大自然である。いや、自然は良いよ。景色は雄大だし、動物はアホ程徘徊してるし空気はうまい。

・・・でも限度があるだろ。

楽しい尊い自然ってのはやはり文明あってのモノなのだ。この世界に来たらイカれた自然愛好家どもは嬉ションしながら狂喜するかもしれんが。

確かに地球にも広大な自然が無い訳では無い。だが、現代じゃアフリカや南米の国立公園だってそれは結局人間が保護している地域である。其処を少し離れて都市に行けば現代的なビルが立ち並び、スーツを着た人々がスマホを持って現代文明にどっぷり浸かっている。


で、それに対してこの世界。もう惑星全域フルパワーの大自然だ。いや、寧ろ殆ど自然しか無え。

俺はずっと山の中で暮らしていたし、ファン・ギザに居たときも森の中に拠点を構えていたが、別に自然愛好家てワケじゃない。それ以外選択肢が無かったり、その方が色々と都合が良かっただけだ。タダで宿に泊めさせてくれるなら喜んで町の中に住んださ。俺がやっていたのは自然溢れるド田舎でのんびり暮らす楽しいスローライフではなく、孤独で危険なワイルドライフだ。


そして食い物。野菜は全力でオーガニック。野菜というより草食ってる気分になる。

更に肉は全てジビエ。どいつもこいつも全力でジビってやがる。ジビエ、別に美味くねえし。肉、臭えし固ったいし。そりゃ念入りに叩いたり繊維を細かく切ったり、頑張って加工すればマシになるけど、正直糞面倒くさい。人間の残飯漁ったり、畑の栄養満点の作物を食い荒らす日本の動物のエセジビエと一緒にすんなよ。こっちの動物や魔物の肉はフルパワーで野生風味全開だ。

実例としては、その辺で飯食って寛いでたらたらいきなり肉食動物に襲われちゃうくらい野生なのだ。世界全域サファリなパークだ。いや、パークなんて生易しいもんじゃないが。


日本の豚さんや牛さんや鳥さんのお肉が恋しい。俺は今まで見たことも無い獣臭っさい肉食動物を手早く解体しながら、故郷の畜産農家の偉大さを噛み締める。

そして俺は日本育ちの文明人。猪の毛皮を着て肉食獣を解体する絵面は完全に原始人なのかもしれんが、魂は多分まだ文明人のハズだ。



迷宮群棲国は俺が出発したファン・ギザの町から街道を1か月ほど南へ歩いた所にある。とは言っても、其れは荷鳥車で進んだ場合だ。俺の脚なら半月も掛からず到着できそうである。

で、実際の距離はどのくらいあるのか。勿論この世界にも長さや距離の単位はある。だが、俺には馴染みが無さすぎて、あの憎きヤードポンドより訳が分からん。なので全部脳内でメートル換算しているのだが、数センチ、数メートル程度ならそれで問題は無い。だが、キロ単位となると感覚だけでは誤差が酷い。そこで、荷鳥車1日とか歩いて1日とか到着日数を日割り換算して距離の単位としている。俺は距離の正確な測り方なんて知らんし、長さの標準も持ってないから仕方ないのだ。


朝餉と解体を終えた俺は、荷物を纏めて立ち上がった。

肉食動物の肉は塩をまぶして背負い籠に吊り下げてある。上手くいけば干し肉になるだろう。上手くいかなそうなら熟成し切る前にさっさと食うつもりだ。

此れから街道をひたすら歩くのだが、正直もう街道を歩くのは完全に飽きた。周りは代わり映えしねえ自然しか無いし、出発した町から随分と離れてからは、他の旅人とすれ違うことも無くなった。


そして、俺は閃いた。

そういえば確か昔、親友の大吾に借りて読んだ漫画に、棒を倒した先にひたすら真っ直ぐ進むてのがあった気がする。

よし、それでいこう。どうせ急ぐ旅でもないし、進むべき方角は分かっている。

思春期の青少年たる俺は常に新鮮な刺激に飢えているのだ。退屈な街道での歩みを投げ捨てて、敢えて未知なる領域へ踏みこんでやるぜ。


てなわけで。俺は粗末な街道を無視して真っ直ぐ森の中へと足を踏み入れた。南へ向かって、ひたすら真っ直ぐ直進直進じゃあ。



___そして1月後。


ぼろ雑巾のようになった俺は見知らぬ大自然を踏破し、一銭にもならない幾多の野生動物や魔物を殴り殺して、漸く再び街道に辿り着いた。


・・・・此処は何処だ。

なんであの時、俺は真っ直ぐに進もうと思ったんだろう。地図もコンパスも無いのに。溢れる大自然のパワーで少々頭がおかしくなっていたのだろうか。


と、遠くから荷鳥車が近づいてくるのが見えた。

うおおおおおおラッキー。人だあああ。


俺は急いで毛皮を脱ぎ捨てて、上半身を背負い籠に仕舞っておいた平服に着替えた。以前不審者扱いされた失敗は繰り返さない。だが、綺麗な上半身とズタボロな下半身で此れは此れで相当にヤバい見た目になってしまった。

俺の心配を余所に、呼び止めた荷鳥車のおっさんは快く道を教えてくれた。おっさんの説明によれば、此処から迷宮群棲国へは僅か2日くらいの距離らしい。やったぜ。


おっさんに礼を言った俺は、意気揚々と街道を歩き始めた。



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