(閑話4-7)
「てりゃあああっ!」
俺は敵兵の脇の下からラキールで斬り上げる。躱しきれずに左腕を切断された下士官と思われる敵兵は、血飛沫を上げて地面に這いつくばった。
ラキールは槍の先端が長いブレードになっている薙刀のような武器だ。俺が以前、敵兵から奪い取った。
「ふうっ。敵さん、どうやら引いてくみたいだな。」
周りを見渡すと、どうにか陣形を維持したまま敵兵が後退していくのが見える。
「油断するなよ。最近お前、敵から相当狙われているぞ。」
後ろから岡田が近づいてきた。
「出来るだけ目立たないようにしてるんだけどな。」
俺は後ろを振り向いて苦笑いをした。見ると、岡田も全身返り血で真っ赤である。
「あれだけ派手に敵兵を討ち取っておいてよく言うぜ。目立たないって意味をよくよく考え直せよ。」
岡田の後ろから山下に呆れたように言われた。分かっちゃいるけど、敵兵が物凄い勢いで襲い掛かってくるんだもの。自衛のためには多少は派手にならざる得ないだろう。
その時、草笛のような音が聞こえてきた。
「隊長の合図だ。俺達も一旦引くぞ。」
「ああ。」
俺達がこのラテール王国の兵士となり、国境近くの砦に赴任してからもう2年の歳月が流れた。
日本からこの異界に迷い込んだ俺達異世界3人組は、この2年間、ひたすら隣国からの侵略と戦い続け、どうにか生き延びてきた。
小競り合いばかりとはいえ、隣国は酷いときには週2週3くらいのペースで攻め込んできた。いや、この世界には週とか土日とかそんな概念無いけど。
正直言って、もう好戦的とかそんな生易しいレベルじゃないと思う。戦って兵站とか戦費とか、もっと色々と準備が大変なモノなんじゃなかったのか?
しかも、これだけ連日撃退され続けたら少しは厭戦気分になりそうなものだが、手出ししてくる隣国の兵士たちは何時もやる気満々である。毎回毎回懲りずに大はしゃぎで得物をブンブン振り回してくるのを見てると、正直頭がどうにかなりそうになる。まるで陽気なゾンビだ。連中が攻めてくる理由は、最初はラテールの領土や資源が目的なんだと思っていたのだが、最近は戦うこと自体が目的なんじゃないかと思えてきた。
そして俺達は、文字通り否が応にも戦慣れしていった。もう何度砦から出撃して戦ったことやら。数えるのはとうに止めた。
とはいえ、人間を殺すことに慣れたのかと問われれば、勿論そんなことは無い。今でも敵兵を殺傷するときは胸に苦い気持ちが広がるし、出来る事なら殺したくはない。
だが、兵士になった時の俺達の目的は戦う力を身に付ける事であり、この砦の防衛は義務だ。自分らで覚悟して決めた事なのに、手前勝手な理由で戦うことから逃げ出すことは許されないし、その気も無い。いささか戦いの頻度が異常過ぎる気はするが。
実戦が無いときの俺達の日常は、ひたすら訓練の日々である。それは王都に居た頃の虐めのような訓練とはまるで違い、とにかく実戦的なものだ。戦術の座学もある。講師は砦の指揮官達や古参兵達のローテーションだ。
そして皆、超真剣に鍛錬に励んでいる。サボると明日の自分の命に直結するのだ。新人も古参も無い。寧ろ古参兵の方が率先して地味でキツい体力造りに励んでいる。
皆が其処まで鍛錬に没頭するのは、この砦には身体を鍛える以外、娯楽と呼べるものが全く無いのも理由の一つなのかもしれない。
そんな俺達が何時ものように鍛錬に励んでいると、砦を纏める司令官から呼び出しを受けた。頭を丸めて、顔は古傷だらけの見た目がかなり怖い指令官の話によれば、俺達3人の王都への転属が決まったらしい。何故急に王都に戻ることになったのか。理由を聞いたが、教えてはくれなかった。
後でダズさんに尋ねてみたところ、僻地で実績を積み上げた兵士が王都などに召還されることは、特に珍しい事ではないそうだ。ダズさん達や生き残った同期の兵士達はちょっとした送別会を開いてくれ、俺達との別れを惜しんでくれた。
それから2週間後。砦から王都へと戻る補給部隊の隊列に便乗して、俺達3人は再び王都に戻ってきた。此処から砦へと赴任した時と違って、今の俺達には周りの景色をゆっくり眺める余裕がある。殺風景な国境の砦と違って、王都はやはり巨大な都市だ。
幅10mはあるであろう王都のメインストリートを歩く俺達の周りには、変わった衣装を身に付けた人々で溢れ、道の端では様々な露天なんかも営まれている。香ばしい臭いが漂ってきて寄り道をしたいところだが、今は行軍中なので勝手な行動は出来ない。
町の中にはぐるりと巨大な防壁が張り巡らされている。昔はこの中にすっぽりと町が収まっていたらしいのだが、人口増加と共に防壁の外まで市街地が溢れてしまったらしい。
俺達は懐かしい兵舎で転属の手続きを済ませると、許可を貰って早速仲間たちの所へ向かった。女子達は今は兵舎の厨房で働いているらしい。
「お~い。みんな久しぶり。元気にしてたか。」
厨房の奥で彼女らの姿を見つけた俺は、あえて軽い感じで声を掛けた。何やら作業をしていた二人は、物凄い勢いで此方の方へ振り返った。
「あ あ 才賀くんっ。良かった。無事で・・。」
女子二人は俺に泣きながら飛びついてきた。俺達が此の国の兵士になって、都合3年半もの間。やはり俺達が身近に居なくてずっと不安だったんだろう。落ち着くまでそっと抱きかかえて胸の中で泣かせてあげた。
「お~い 俺達も帰ってきたんだけど。」
振り返ると、山下と岡田が不満そうな顔をしている。
「あはは。今は彼女たちの好きなようにさせてあげよう。」
それはそうと、根津の姿が見えない。彼女の事だから、あまり心配することは無いと思うが・・。
「綾ちゃんは張飛さんに誘われて、斥候部隊に編入になったんだよ。」
根津の事を尋ねると、長野がちょっと寂しそうに教えてくれた。斥候とか一番危険じゃないのか。大丈夫なんだろうか。
「本当か。根津は大丈夫なのか。怪我とかしたりはしてない?」
「ううん。大丈夫。時々顔を出してつまみ食いしに来たり、色々な差し入れとか持ってきてくれるよ。何処で手に入れてくるのかは良く分からないけど。」
とりあえず大丈夫みたいだ。ホッとした。
「其れよりも・・・」
彼女たちは俺達の話を聞きたがった。国境に飛ばされた俺達の身が相当に心配だったらしい。自分らの事ばかりかまけて、彼女たちには申し訳ないことをしてしまった。
だが、今はゆっくり話している時間が無いので、後で再び集まる約束をして一旦彼女たちとは別れることにした。俺達は張飛さんに呼び出されているのだ。
「来たか。入れ。」
指定された部屋の前に居た兵士に俺達が来たことを伝えると、中から張飛さんの声が聞こえてきた。
「失礼します。」
部屋の中に入ると、床には豪華そうな絨毯が敷かれ、執務用の巨大な机が奥に見えた。
其処には張飛さんだけではなく、俺達が保護されて初めて此処に来た時に俺を尋問した残りの二人の姿もあった。黒髪の女性がラーファ・シールさん、灰髪の男性がグリセロさんだ。彼女は実は軍の中ではかなり上の方の立場の人だ。見た目まだ若いし、素性の分からない行き倒れを直接尋問した人だったので、正直意外だった。
ラーファさんは執務用の椅子に座り、その左右には張飛さんとグリセロさんが立っている。
「まあ楽にしたまえ。以前会った時とは3人とも見違えたな。国境の砦では随分と活躍しているそうじゃないか。」
ラーファさんがにこやかに俺達に話しかけてきた。
「恐縮です。」
俺はとある出来事でこの人のことをちょっと知っている。正直緊張した。
「実は、君たちを王都に呼び戻したのはこの私だ。それにはちょっとした理由があってね。」
何だろう。正直あまり良い予感はしない。何故なら、目の前の整った顔の女性の不気味な笑顔と、久しぶりに会った張飛さんがあまり芳しくない表情をしているからだ。
俺が沈黙していると、彼女はゆっくりと俺に訊ねてきた。
「サイガ君。キミは、騎士になる気は無いかい?」




