43話
ヴァンさんの隊商と一緒にショボくれた町を出発して丸2日。
俺達はデカい川沿いの街道をひたすら歩いている。いくつかの道と合流した結果、街道の道幅はどんどん広くなり、今は荷鳥車3台くらいは余裕で並走できそうなくらいの広さになった。また、特筆すべきは俺たち以外の通行人が現れるようになったことだ。俺は興味津々ですれ違う度にジロジロ観察していたのだが、他の通行人をジロジロ見るんじゃねえと怒られてしまった。今は頼み込んでフードを借りて、その下から近づいてくる人々をジロジロ観察している。
川の方を眺めると、筏を浮かべて恐らく木材を運搬してると思しき様子が見て取れた。日本のような急流ではなく、殆ど流れてるかどうかも良く分からん川である。堤防らしきものも無い。洪水とか大丈夫なんだろうか。
川の反対側は一面の農地だ。何やら作業してる人もチラホラ見受けられる。牧歌的な風景でのんびりした気分になった。
ちなみに、すでに遠方には目的の町が威容を現している。滅茶苦茶デカい。今までの町がゴミの様だ。
町は平地ではなく、小高い山の中腹から麓にかけて一面にドーンと広がっている。中々の絶景である。よく目を凝らすと、町の中にデカい防壁ぽいものが走っているのも確認できる。いわゆる城塞都市ってやつか。市街地が城壁からはみ出しまくってるけど。
川は進行方向で二手に分かれており、巨大な町を大きく囲うように流れている。その幅の狭い方の川に掛かった橋を渡ったところに検問のようなものが見えた。あら、城壁にあるんじゃないのな。
尤も城壁で検問やってたら先に町に突入しちまうからな。妥当なところだろう。
ひたすら歩き続けて漸く橋を渡った俺達は、検問らしき場所へ到着した。検問の前にはいくつかの行列が出来ている。俺達は荷車がいくらか並んでいる行列の後ろに付いた。恐らく行商用の列なんだろう。
2時間程だろうか。ひたすら待っていると、俺達の順番が回ってきた。俺は他の行商人達と一緒にヴァンさんの後ろに集まる。手続きはヴァンさんにお任せである。彼は流石に手慣れたもので、簡単な荷物の検査の後、厳つい衛兵からあっさりと通行の許可が下りた。商人ギルドに加入している為、通行税も免除されるらしい。
そして、いよいよ俺達は巨大な町へ踏み入ることになった。その名はファン・ギザ。カニバル王国でも一二を争う交易都市である。
俺は初めて上京したお上りさんの如く、周りをガン見しながら歩く。建物は煉瓦を積み重ねたものを土で固めたような粗末なものが立ち並ぶ。先日のショボい町とさほど変わらんな。遠くから見るとその威容に驚かされた俺だが、実際に町に入ると規模は意外と大したことは無い。そして、空気には色々不快な臭いが混じって鼻腔を刺激する。比較対象が日本の都市だから当たり前か。
周りにはあまり活気は見られない。歩いている連中もどことなくくたびれた佇まいである。この国の不景気を実感するな。
だがしかしだ、これらネガティブな要素を全部ひっくるめても余りある物がココにはある。なんと言うべきか、異界情緒とでも言おうか。
すれ違う人々の多くは木製の変わった模様の髪飾りで髪を後ろで束ね、インドの坊さんのような肩を出した民族衣装であろう派手な布を身体に巻いている。
ガチの民族衣装だぜ。地球じゃアフリカや中央アジアや南米のドコソコの部族だって化学繊維のTシャツを着て、スマホを片手に地球の反対側と情報交換してる時代である。観光誘致でもなく本気で民族衣装を着こんで日々を過ごしてる連中なんて絶滅危惧種並にレアな存在だろう。
地球じゃ普通に海外を観光したくらいじゃ絶対に味わえないであろう滅茶苦茶リアルなノスタルジックな雰囲気が此処には広がっている。例えるなら、現代人が江戸時代にタイムスリップして町を歩いたらこんな気持ちになるだろうか。
また、この世界は未知なるもので溢れかえっている。例えば、そこのおっさんの着てる民族衣装がどんな繊維で出来ているかすら全く不明だ。勿論、地球にだって未知なるものが無いわけではない。だが、学問や探求が進んだ地球においては、未知の探求に関してはすでに専門分野の研究者達だけの領分であり、しがない一般人の俺達には本当に未知なるものに触れる機会など早々あるものではない。だが、この世界では町の中を見回すだけでも否が応でも未知なるものが目に飛び込んで来る。正直、胸の高鳴りを抑えきれない。
俺は町の奥に目を凝らしてみた。すると、城壁の向こう側の建物は随分立派に見える。成るほど。町の外側に行くほど貧乏人の居住地てワケか。攻め込まれたらこの辺が真っ先に戦禍に晒されるもんな。日本でも下に岩盤があったり小高くて水害に会いにくい土地は地価が高くて空地も無いからな。
「むおっ」
思わず声が出た。獣人発見。すげえ、マジで動物が服着て二足歩行してるみたい。獣人と言うより妖怪だな。種族はなんだろう。猫っぽいが地球では見たことの無い動物である。いや、獣人だから特殊なのだろうか。卑屈な感じは無く、胸を張って堂々と歩いて居る。ネット小説とかでよく見かけた獣人差別とかは無いのだろうか。
ソイツはあっというまにすれ違ってしまった。振り向いて観察したいのをぐっと堪える。
歩きながら周りをジロジロ観察していると、先ほどの獣人以外にも明らかに普通の人間じゃないっぽい外見の連中がチラホラ見受けられた。エルフだのドワーフだのみたいな地球のアニメや漫画で御馴染みの外見じゃないので分類が難しいが、いわゆ
る亜人てヤツか。いや、連中から見たら俺達ホモ・サピエンスの方が亜人かもしれんが。
俺は、今日は隊商の一部の人と一緒に安宿に宿泊することになっている。金子はオルグが自分たちは殆ど使い道が無いからと、燻製肉の礼としていくらか持たせてくれた。一瞬遠慮しようかと思ったが、彼らの態度を見るに断ると却って失礼に当たるようなので、礼を言って遠慮なく頂いておいた。ちなみに、ヴァンさん達は高級宿で宿泊である。これには理由があって、町の有力者達の接待などがあるそうな。大変ですな。
また、ヴァンさんたちは暫くの間はこの町に滞在するらしい。聞いたところ、他の隊商と合流するのを待つそうな。ビタ達の集落に来たのは実はヴァンさんの隊商の一部で、他はこの町を拠点にいくつかの隊に分かれてそれぞれ僻地への取引へ向かったんだそうだ。
狩人ギルドについては、ヴァンさんが明後日ならどうにか時間を捻出できるとのことで、その時に連れて行って貰う予定だ。
俺達は途中でヴァンさんと別れると、他の行商人の連中と一緒に安宿へ向かった。ヴァンさん達は城壁の向こう側へ向かう様だ。
「ここだよ。」
仲良くなった隊商の巻き毛の少年、ゴルジが建物を指さす。
しっかしこいつを見る度に思うが、このツラでゴルジはねえだろ。俺なら両親を恨むぞ。
気を取り直して建物を見ると、安宿の割には外観は思いのほか悪くない。3階建てくらいであろうか。かなりデカい建物だ。石造りの壁に木造の屋根が乗っかっている。
ただ、隙間から見るに、壁だけで構造を支えてるワケではなく、木造の柱や梁もあるようだ。意外にしっかりとした建物である。
早速中に入って受付を済ますことにする。勿論隊商の連中に先を譲る。それを観察して受付の要領を掴むのだ。
今の俺の財産は銀貨20枚と銅貨30枚である。銅貨50枚が銀貨一枚分の価値となる。この通貨、見た目が微妙に湾曲しており、日本の硬貨と比べると実に頼りない粗雑な造りである。だが、ヴァンさんに見せると、実はこの通貨は大山脈の向こうの大国の通貨であり、混ぜ物を増やして乱造してるこの国の通貨より余程使えるのだそうだ。ゴルジによれば、この通貨なら銅貨5枚で普通の飯が1回分食えて、安宿なら銀貨1枚で宿泊できるらしい。但し、物価は常に変動してるので保証は出来無いとのこと。
金貨はあるのかと聞いてみたら、カトゥーなんぞとは縁がねえよと詰られた。ガキのくせに生意気な。
「何泊する?」
「5泊。」
「朝晩の食事は付けるかい?」
「頼む。」
「そいつなら銀貨5枚と銅貨30枚。」
「分かった。」
俺は他の連中を真似て、不愛想な受付の親父に宿泊を申し込んだ。どうやらこの通貨はカニバル王国でもそのまま使用可能らしい。連泊なので、飯代を安くしてくれたようだ。不愛想だが悪くない。
そして、教えてもらった部屋に入ると、木造の簡素な内装に粗末なベッドが据え付けられているだけであった。ホントに寝るだけの部屋だな。当たり前だが、便所も洗面所もねえ。共同便所や建物の外にある井戸を使えってことらしい。まあ元野生児の俺にとっては全く気にならん事だが。ドアには閂が据え付けられており、これで鍵をかけろということか。外に出たら鍵かけられないじゃねーか。出かけるときは貴重な荷物は置いておくなってことなのか。
・・・さて、これからどうするか。




