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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
208/265

第181話

簡易の野営地を後にした我々隊商転じて遭難者御一行は、さしあたり崖に沿って歩くことにした。幸い目の前の崖は東西に渡って伸びており、沿って進めば東へと向かう事に成るのだ。


見上げれば岩壁の高低差は推定200m程も有る。しかもほぼ垂直な絶壁の滑らかな岩肌は、ここ数日間の急激な冷え込みにより各所で凍結している。その為、俺を除く二人と一匹では到底登れそうに無い。いや、二人だけならば或いは上から俺が引っ張り上げる事が出来なくも無いかも知れんが、モジャは流石に無理だ。そしてモジャが背負う荷物は食料や生活用品、医療品、防寒具等々俺達の生命線である。置いて行く事など考えられない。


とは言え、其れだけであれば崖を登る以外に隊商に合流出来そうなルートを探すのも一つの手ではある。だが試しに俺独りで岩壁を攀じ登って崖上を探索してみたところ、降り積もった雪のせいもあり、周辺に隊商の姿どころか移動の痕跡すら見出す事が叶わなかった。隊商の連中が俺達を見捨てて先へと進んだのか、或いは襲って来た蛮族や魔物にやられてしまったのか定かでは無いが、逸れてから既に丸3日が経過している。土地勘絶無な状態で闇雲に隊商を探し回ったとて、都合良く奇跡が起きて合流など甚だ非現実的であろう。無為にウロウロして時間と体力を浪費する位なら、開き直って俺達だけで目的地へと向かった方がなんぼかマシだ。それに不用意にその辺を徘徊してると、再び蛮族や魔物に襲われかねんしな。なので早急に大山脈の更に奥地へ向かって、蛮族共が立ち入らない地点まで到達してしまいたい。


膝上まで埋まる雪を掻き分け、足を踏みしめれば盛大に痕跡が残ってしまう。此ればかりは如何に隠形の技術を磨いても如何ともし難い。更に間の悪い事に、昨日まで激しく降り続いた雪が止んでしまった為、此のままでは蛮族共に容易に追跡される恐れがある。だが此ればかりはもう手の打ちようが無いだろう。運を天に任せ、逆に空が見える事で方角が分かり易いので良しとするしかない。



____結局、野営地を出発してから丸一日歩き続けたが、崖を越えられそうなルートを見出す事は出来なかった。それどころか、この断崖は更に上方の、真っ白に輝く巨大な山塊の尾根に向かって伸びている。最早到底崖の上には戻れそうに無い。まあ仮に崖を越えられたところで俺達は既に完全に『商人の道』を見失ってしまったので、万に一つ逸れてしまった隊商の姿を捉えない限り本来の道に立ち戻る事は不可能であろう。そもそも今迄通って来た道も案内人や隊商の列にくっついてなきゃ碌に道と認識できないような隘路ばかりだったからな。


今日は始めのうち樽と俺が交代で先頭を歩き、降り積もった雪をラッセルしながら進んで来た。だが急激に気温が上昇するにつれて次第に足元の雪が重くなり、樽は直ぐにバテてピーピーと泣き言がやかましい為、途中からは俺がずっと先頭に立って歩き続けた。しかも岩盤が緩んだせいか崖から落石や落氷が相次ぎ、俺達は崖の直下から退避せざる得なくなった。だが幸い、今の所蛮族や魔物に待ち伏せされたり追跡されたりする様子は見られない。


道中聳え立つ高さ10m程の巨岩の底部にある程度身を隠せそうな窪地を発見したので、今夜は其処に天幕を張って野営である。最早隊商の頼れる護衛達は何処ぞへ召されてしまったので、夜間は俺と樽との交代で見張りを立てる。樽の見張り、正直不安しか無い。だがもう開き直って寝るしかない。ギャースカうるせえから目覚ましとしては充分役に立つであろう。幾ら不安でも俺とて故郷の暗黒企業戦士の如く、24時間フルタイムで活動し続けられる訳では無い。いや、回復魔法でガンギマリドーピングすれば其れに近い事は可能だが、睡眠を取らねば何時かは魔力切れでぶっ倒れる。



「一応目視で捜索は続けるが、もう隊商との合流は 望み薄だな」


「なあ、本当にこのままアタイ等だけで先に行くのかい。もし奴等にまた襲われたら」


「もし蛮族や魔物共に襲われたら、樽はおっちゃんを守る事に 専念しろ。後は俺が どうにかやってみる」


「えぇ~お前独りでどうにかなるのかよ」


「知らん。だが今度は 逃げるなよ。どの道こんな場所で独り逃げたところで、其の先には 死しか無い」


「あんだとぉ。クソッ、だからアタイは戻ろうって言ったのに・・」


「いい加減 腹を括れ。飯を食ったら俺が起こすまでしっかり寝て 少しでも体力を回復させておくんだ」


「五月蠅い。そんな事分かってるよぉ。ガキの癖に生意気な」


「お二人共。夕食、出来ましたよ」


今日の夕餉はドラゴン君の肉と野草を塩茹でした簡素な代物だ。其の味は推して知るべし、である。栄養の取り零しが無いよう、今後の夕餉は汁物が中心となる。


翌日。


寒い、以外は特に何事も無く朝を迎えた俺達は、昨日俺が投石で仕留めた謎鳥の肉を齧って朝餉を済ませると、天幕を撤収して野営地を後にした。朝餉の際に敢えて火を起こさなかったのは、時間と燃料の節約の為である。山の天然冷凍庫は非常に寒いが、同時に助かる面もある。生鮮食品の保存にはもってこいだし、寄生虫の駆除も出来る・・出来てるよな?今はイヌイットの如く氷肉に躊躇い無く齧り付いていたおっちゃんを信じよう。加えて良く噛んで食べよう。・・樽は肥え太ったガチョウみたいに殆ど噛まずに丸呑みしてたが大丈夫なのだろうか。


此の場所からでも目視で高低差数千mは有りそうな巨大な山嶺の頂に立つ・・などという気は毛頭無いので、俺達は丸一日沿って進んで来た崖と遂にお別れし、方向的には眼前に聳える巨大な峰の北側から大きく迂回して東へと進む事にした。


道なき道、ならぬ最早道じゃ無い大自然の険しい岩と雪の原を貧弱組のペースに合わせてひたすら歩き続けると、行く手にエメラルドグリーンに輝く湖と、赤茶けたお世辞にも綺麗と這い難い巨大な氷の壁、と言うか無数に林立する氷柱が見えて来た。余りにデカ過ぎる為全貌は定かでは無いが、其れ等はどうやら巨大な氷河の末端のようだ。だが遠目によくよく観察すると、非現実的に美しい色合いの湖の湖畔には獣だか魔物だかの多数の動物の姿が目視出来た為、俺達は湖に近付く愚は冒さず、切り立った岩壁に張り付くように身を隠しながら湖をやり過ごして先へ進む事にした。


その後、俺達は巨大な氷河を見下ろしながら粗削りな岩でゴツゴツした崖の斜面に張り付き、氷の河に沿うように黙々と歩き続けた。道中崖の底部や氷河の上を歩いてみようと試みたが、下部は巨大な岩と氷のブロックを掻き混ぜたような最悪の不整地となっており、とても歩けたものじゃ無かった。足場は最悪でしかも落石や滑落の危険はあるものの、其れでも尚崖の斜面に沿って歩いた方が幾分かマシである。俺が先頭になって暫く歩き続けると、おっちゃんと樽がヒィヒィと今にも死にそうな顔で喘ぎ始め、樽が盛大に泣き言を喚き始めた。その為、二人に俺由来の水を飲ませて十分な休息を取り、その後は幾らか歩くペース落とす。


俺は天候が良い今のうちに出来るだけ距離を稼ぎたい気持ちを、グッと堪える。此の先は更に標高が高くなると予想される。高度順化に関して俺と比べて少々準備不足が否めない二人の事を鑑みて、今は出来る限り無理の無いペースで歩く事を心掛けねばならん。一方モジャは貧弱組は無論のこと、俺と比べても遥かに巨大な荷を背負って居るにも拘らず、まるで疲れた様子も無くケロッとして俺達の後に付いて来ている。何とも頼もしい荷物持ちである。


先頃から樽とおっちゃんは疲れとは別に何だか如何にも落ち着かない様子である。其処で休憩がてら理由を訊ねてみると、湖の周辺で目撃した魔物だか獣の陰に怯えていた模様だ。だが二人には黙って居るが、正直俺としては蛮族は兎も角、魔物だの獣だのはある程度襲って来てくれた方が望ましい。未だ食料には充分余裕が有るので湖ではスルーしたものの、俺からすればその辺に居る程度の魔物の襲撃ならば、ある意味鴨が葱を背負って襲い掛かって来る様なモノなのだ。但し先日隊商を襲ったような大群相手だと流石にヤバいが、アレは恐らく蛮族共が誘導した結果であろう。何故なら俺が山中で野生を叩き直している間にアレに類する魔物の巨大な群れなど一度も目撃した事は無かったし、そもそも此の近辺の食料事情から推察するに、あんな規模の集団を一つの群れとして維持するのは到底不可能と考えられるからだ。


その後も、俺達は巨大な氷河に沿ってひたすら歩き続けた。暫く進み続けると氷河の表層は湖の辺りの末端部と比べて、一見すると平坦で歩き易く変化していった。だが実際には其処は到る所深いクレバスだらけで、とんでもなく恐ろしい場所だったのだ。其の事を分からせられる前に次第に平坦になる氷河の表面を眺めて此れなら行けらあと思った俺は、二人と一匹を崖で休憩させつつ試しと称して広大な雪と氷が織りなす原野に降り立って、ひゃっほいとテンションブチ上げでダッシュしてみた。そして其の僅か3秒後に、ヒドゥンクレバスに落ちた。落ちた瞬間、タマがキュキュンと盛大にときめきまくってしまったぜ。咄嗟にピッケルと苦無を氷壁にぶっ刺して辛うじて事無きを得たが。


そして地球時間で丸五日の後、俺達は遂に氷河の末端まで到達した。其の前方にはまるで袋小路のように巨大な峰々が連なっており、俺達の行く手を完全に閉ざしている。そして氷河の末端には、地球換算で推定高低差千メートル以上は有りそうな大氷壁が超弩迫力で聳え立っている。遠方からこの光景が見え始めた時、目の良い樽は半泣きになりながら盛大に抗議しまくって来たが、俺は知らぬ存ぜぬを押し通した。おっちゃんは何時しか盛大に顔を引き攣らせたまま、一言も言葉を発しなくなった。モジャは何時も通り、無駄に俺の顔を舐め回した。


どうせ左右何処を見渡しても糞デカい壁の如き山塊が広がって俺達の行く手を阻んで居るのだ。今更引き返す選択肢など有ろうハズも無い。先へ進むと決めた時から、俺はとうに腹を括って居るのだ。とは言え、正面の大氷壁を登るのは流石に不可能に思われる。ならば其の周囲に聳え立つ馬鹿げたサイズの山嶺を攀じ登り、其の目障りな尾根を乗り越えるのみだ。


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