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遥か異界の地より  作者: 富士傘
百舍重趼東方旅情編
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第162話

大山脈の麓にあるシュヤーリアンコットの町は規模こそ結構デカいが、その雰囲気は非常に長閑である。それに此の辺りの土地は何処の国の領土なのかすら良く分からん。購入した粗末な地図にも特に其れらしき記述は無かった。此の地に至るには無人の原野や森に辛うじて刻まれた街道や、時には最早道の体を成していない痕跡を何日も東に向けて走り続けて来たので、分かっているのは辺境の中でも更にド田舎であると言う事だけだ。


我ながら良く此処まで辿り着けたと思う。兎に角運が良かった。道中やたら寸動な謎動物を引き連れた遊牧民ぽい集団と偶然出くわしたのだが、彼等に道を訊けた事がデカい。見た目かなり怖い連中だったが、道を完全に見失った俺が半ばヤケクソになって笑顔全開で近付いて話し掛けてみると意外と気さくな連中で、殺し合う事もなく友好的に言葉を交わすことが出来た。どうやら俺が迷子であることを一発で見抜いたらしい。ついでに変なスープもご馳走になった。その泥みたいな色の謎汁は滅茶苦茶不味かったが、勿論顔には出さない。それに念の為後で消化器回生術を用いて内臓の毒抜きもしておいた。因みに彼等とは一応会話は成立したが、滅茶苦茶訛っていたので円滑な意思疎通は中々に困難であった。なので久々に鍛え上げた我がボディ・ランゲージが炸裂したぜ。


そんなこんなで辿り着いた此の町の入口に検問は無く、町を囲う目立った防壁の類も見当たらない。人が多いので魔物や獣が寄り付かないのだろうか。俺は街道から町にゾロゾロと出入りする連中に紛れて、誰に誰何される事も無くあっさりと町の中に入ることが出来た。う~む、幾らド辺鄙な場所にある町とはいえ、此のセキュリティ意識の無さはどうなんだろう。かつて滞在していた山奥のビタの集落ですらもうちょっと頑張ってたぞ。


そこそこ広い通りを雑踏に紛れながらジロジロと周囲を観察すると、やはり人族が一番多い。だが人非ざる、されど妖怪って程でもない連中も結構な頻度で歩いて居る。体感では迷宮都市ベニスの三倍位は目に付く。勿論、興味津々ではあるのだが、唯でさえ見知らぬ赤の他人である。しかも少々人間脱皮した連中にいきなり声を掛けるのは、やはり非常に躊躇われた。だがそんな時、俺の脳裏に道中の遊牧民達との成功体験が思い浮かんだ。俺は生来露骨なナンパなど一度もしたことは無い。だが何れ来るべき本番で躊躇無く踏み出す為にはやはりこう、場数と成功体験を積み重ねる事が大切なのではなかろうか。


そんな訳で、俺はその辺を歩いて居る目に付いた異形に思い切って声を掛けてみる事にした。そして何やらケツから尻尾が生えてる毛むくじゃらの・・猿寄りな類人猿にしか見えんが普通に服着てるから違和感半端ない連中に、最高品質のスマイルを披露しながら話し掛けてみた。すると、


声掛けした次の瞬間、歯をムキ出しにして滅茶苦茶威嚇された上に、意味不明な言葉で捲し立てられた。ビビッた俺はちょっと裏返ってしまった声で思わず「やんのかコラァ!」などと日本語で喚きつつ、隙を見て即逃亡した。臆病者と言うなかれ。だってスゲェ迫力なんですもの。口から覗く犬歯長っがいし、魔物共とはまた違った方向性で滅茶苦茶怖い。俺は所構わず職質カマす故郷のポリスメンのように、公権に守られてはいないのだ。


其れにしても、幾ら相手が類人猿とは言えよもや言葉が通じないとは。今更一から再度言語の学習なんて冗談じゃあねえぞ。それに奴等の言葉は甲高くて滅茶苦茶早口な上に、語尾にシーシーとか付く変な発音だったし。アレ絶対地元でしか通じない言語だろ。何れにせよ、矢張りその辺を歩いてる怪しげな連中に声を掛けるのは不味い。逆の立場ならいきなり話しかけて来る俺の方こそ不審者だろうしな。


てな訳で。心躍る異種族間交流への情熱を即ドブに投げ捨てた俺は、当初の思惑通り、買い食いがてら安定安心の露店の店主相手に情報収集をする事にした。


狩人ギルドの支部は直ぐに見つかった。此の町でもアホ程目立ちまくっているちょっとした要塞のような巨大な建造物・・は商人ギルド支部の建物であり、其の中のこぢんまりした一角が狩人ギルドの支部なんだそうだ。なんつうか、もう見た目から組織としての格の違いと上下関係を叩き込まれてるような気がして、一応狩人ギルドの構成員である俺としてはちょっと物悲しい気分になるな。とは言え元々狩人ギルドは商人ギルドの下部組織だったから当然と言えなくも無いが。


巨大な商人ギルドの建屋の門の脇には小さな詰所のような小屋があり、其処から髭面の厳ついおっさんが顔を覗かせていた。俺はおっさんにギルドカードを提示して狩人ギルドの入口を訊ねてみると、すんなりと場所を教えてくれた。


狩人ギルドの入口と思われる脇に小さな看板が付いた木製の扉を押し開けると、内部の広さは俺が以前滞在していたファン・ギザの町の狩人ギルド支部と同程度だろうか。ソコソコ広い空間の薄汚れた倉庫、といった佇まいである。入り口の扉の正面には木製のカウンターがあり、其処には受付と思われる少々草臥れた雰囲気のおばちゃんが独り。葉煙草のような物体を口に咥えて机に肘をつき、気怠そうに煙をぷかりと吹かしていた。


三十、いや四十絡みのおばちゃん・・かぁ。いや、まあ別に過度な期待してた訳じゃないけどさ。でも受付はギルドの顔なんだし、もうちょっとこう・・いや、何も言うまい。そもそも碌にギルドに貢献してこなかった俺如きが偉そうな事をホザく立場では無い。ちゃんと受付の仕事さえしてくれればそれで充分さ。


受付嬢・・ならぬ受付熟女が陣取るカウンターの奥に目を移すと、雑然とした部屋の奥では他のギルド職員と思しき男が、明らかにギルドと関係無さそうな連中と談笑している。何だか就活サイトの宣伝文句に並んでそうな、随分とアットホームな職場のようですな。・・・いやいや、バックヤードに職員と関係無い奴を入れるんじゃねえよ。


俺は気を取り直して部屋の中に入り、早速一つしか無い受付カウンターに直行した。するとおばちゃんは俺を一瞥すると、一言。


「ウチに何か用かい。」

何だか胡乱な盗人でも見るような目で俺を睨め付けながら、強い訛り口調で言い放った。


「ええと、此処は 狩人ギルドの支部で 間違い無いだろうか。」


「ああ、そうだけど。仕事が欲しけりゃ其処に貼り出してあるのを見な。」

おばちゃんは掲示板を顎で指し示した。


「いや、実は・・。」


俺は自身の大山脈越えをする意向と、併せて隊商の護衛の仕事を探している旨をおばちゃんに説明し、今後山越えする予定の隊商と求人の有無を訊ねてみた。


「護衛の仕事ねぇ。アンタ仲間は何人居るんだい。」


「仲間は居ない。俺独りだ。」


「へぇ、独りでこんな所迄来たのかい。珍しいね。アンタ、勿論ウチのギルドの構成員なんだろ。ならギルドカードを出しな。」


「ああ。」


俺は素直に未だピカピカに輝くギルドカードを差し出した。すると、受け取ったカードを見下ろすおばちゃんの眉間に、みるみる深い皺が刻まれた。そして、


「アンタさぁ。もしかして何処ぞの村から出て来たばかりの貧乏農家の倅か、それとも商家の世間知らずの坊か何かなのかい。真面に考えれば10級のお前さんなんぞに任せられる護衛の仕事なんて、其処等に転がってる訳無いだろう。」

滅茶苦茶渋い顔をして俺に苦言を呈した。


言外にボケコラカス死ね此の身の程知らずの糞ボンクラがと吠えているのが、その表情からハッキリと見て取れる。だがしかし、この受付熟女の反応は俺の予想の範疇である。俺はおばちゃん相手にグダグダと冗長な遣り取りを続けるつもりは無いので、さっさと奥の手である手札を切る事にした。


「分かっている。だが、俺は水属性の湧水の魔法が 使える。」


「ああ!?」


「もう一度言おう。俺は湧水の魔法が 使える。」


そして俺はおばちゃんの目の前で湧水の魔法を披露して見せた。掲げた掌からボトボトと大量の水が流れ落ちる。我が事ながら不思議なモンだ。あ、濡れた床の掃除はおばちゃんがやっておいて欲しい。


俺の水魔法を目の当たりにしたおばちゃんは、SNSの話し相手がショボくれたおっさんからイケメン俳優にチェンジしたかの如く、其れはもうムカ付く程に見事な手の平返しを披露してくれた。


そしてその翌日。

今年は辺境の地で戦乱の嵐が吹き荒れている事を受けて、例年に比べて山越えする隊商が圧倒的に多いらしい。そのお陰か狩人ギルドからの報せを受けて、早速隊商から雇い入れの申し出があったそうだ。湧水の魔法様様である。クックック、身の程知らずの底辺カスから職場を品定めする立場に一気にランクアップだぜ。やはり持つべきモノは手に職て奴だな。


申し出があった山越えの隊商は幾つかあるそうだが、其れは大雑把に二つに分けられる。一つは数日後にシュヤーリアンコットの町を発つ隊商で、他は準備期間を含めて二十日程後に出発する隊商である。そして俺は迷わず後者を選択した。


その後、俺は護衛の仕事を受けるにあたり、打診をくれた隊商の交渉人達と急遽面談を行うことに相成った。面談では俺の出自や今迄の経歴、護衛の仕事の志望動機等根掘り葉掘り色々と聞かれたが、よもや実は遥々異界の地球からやって来ましたっヨロシク!などと言える訳も無い。そこで俺は以前より準備しておいた真6虚4程度をブレンドした自身の出自のカバーストーリーを、受験の面接の如くハキハキと元気一杯に答えておいた。また、商家の交渉人相手に只の元中学生である俺が如才無い駆け引きなど出来る訳も無いので、とりあえず面談後に狩人ギルドから提示された中で最も雇用条件が良く、報酬が高額な隊商の仕事を引き受けることにした。


ところがその後。合議の末に結局後発の全ての隊商が合同で山越えをする事が決まったらしく、俺も他の隊商の護衛達と協力して護衛の任に付くことに成った。但し、その前に一つ。俺はどうしても事前にやっておきたい事があった。


上手い具合に仕事を選ぶ立場となった俺は隊商の護衛の仕事を受けるにあたり、その前に雇用主に一つの条件を提示していたのだ。

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