第151話
暫く身体を伸ばしたり捻ったりして具合を確かめた後、鎧に続いて装着するのは足装備だ。俺は作業台の上に置いてある、少々厳つい見た目のブーツを手に取った。
此れも高名な鍛冶師であるトト親方の伝手で革細工ギルドに発注した、革製のブーツである。実は迷宮の中で斥候と思しき連中が履いているブーツを目撃する度に、以前から欲しいと指を咥えていたのだ。だって滅茶苦茶使い易そうなんだもの。だが結局何となく購入する機会の無いまま、現在を迎えてしまった。
今回発注したブーツはゼロからオーダーした訳では無く、既製品を改造して作って貰った。尤も、改造とは言っても一度バラバラにして作り直したそうなので、結局ほぼ全て特注品と言っても過言では無い。因みに改造するにあたり中々俺の意図が伝わらなかった為、ワザワザ削り出した木板にイラストを描いて、革細工ギルドの職人に頑張って説明をしたぜ。
この世界では通常、ベルトのような固定具で靴を足に固定するが、地球の靴のように紐で固定するようにして貰った。更に足と靴底の間は、何枚かに区切られた金属板で補強してある。俺の足底の皮は長年の原始生活で分厚いゴムのように頑丈になって居るものの、素足や草履では偶に鋭い岩肌などを踏み抜いて怪我をしてしまうからだ。そうして仕上がったブーツの外観は要望通りほぼ地球のタクティカルブーツであるが、履き心地は見た目に反して超ソフト。柔らかすぎて足首を捻り易そうである。尤も、俺は今迄ずっと草履だったので問題は無いだろう。その柔軟性と静粛性能は実に素晴らしい。抜き足でほぼ無音で歩くことが出来る。それに靴底はまた特殊な革製だそうで、悪天候で地面が泥濘んでも大変滑り難いそうだ。
ブーツの製作にあたって特に気を配ったのは採寸である。故郷でもそうだったが、サイズの合わないブーツを無理に履き続けると足が悲惨な事になる。それにこの異界に飛ばされて以来、俺が毎日此の足で踏破する移動距離や掛かる負荷は故郷に居た頃とは桁が違う。そこでトト親方に簡易な紹介状を書いてもらい、革細工ギルドを訪ねて念入りに採寸して貰った。お陰でこのブーツ、足へのフィット感が半端無い。
但し防護性能こそ比べ物に成らないものの、やはり軽さと動き易さにおいては自作のスパイク草履に軍配が上がる。それにハグレとの戦闘でボロボロになったのを自分で修理したばかりだし、何より愛着が有るので廃棄するのは少々躊躇われる。なので今後は状況により二足を使い分けていこうと思う。因みにスパイクはブーツにも取り付けて貰った。
お次は盾だ。盾と言えば、以前使っていたのは武器屋の金パツ店員から購入した一風変わった品である。しかしハグレとの戦闘後、一見無事に見えた盾ではあるが、良く見ると外面には酷い傷と一部には亀裂が走り、更には歪みが全体に及んでおりほぼ半壊していた。その為、此のままでは継続して使えそうに無いので、親方に預けて修理してもらう事にしたのだ。親方の話で判明したのだが、実はあの金パツ店員、昔トト親方に師事してこの工房で働いていた事が有ったらしい。唯の武器屋の店員にしては異常に腕が良過ぎると疑問に思って居たが、そういう事だったのか。
てなわけで、預けた盾はボロボロに破損した表面の装甲を引っぺがして、鎧で使った金属板と同じものに張り替えて貰い、次いで歪みも叩き直して貰った。そして更に。
俺は盾の裏側に視線を落とすと、小さな金属製の輪っかが目に入った。其れを指で引くと・・・。
スッ
極微かな擦過音と共に、盾の外側のエッジが鈍く輝いた。
実は此の輪っか、引っ張ると盾のエッジに沿った形状のブレードが姿を現す仕掛けなっている。この状態で敵の顔にチョップをかますと、顔面陥没どころか真っ二つにぶった斬る事が可能である。ブレードがあまり目立たないので、暗器として使えそうだ。元の状態に戻したい場合は、輪っかを引きながら刃をカチリと鳴るまで手で押し込めば良い。此のブレードは分解取り外しが容易なので、慣れれば整備も左程手間では無い。
だがしかし。実は此の仕掛けを盾に取り付けたいと親方から提案された時は、最初キッパリと断っていた。俺は余計なギミックを加えるよりも、耐久性と信頼性に重きを置いていたからだ。こんな殺傷力マシマシなギミックなんぞ使わなくても、先端の突起でぶん殴れば人族程度なら充分殺せるのだ。ぶっちゃけいらねえ。
だが素気無く断った俺に対して、親方は職人魂に火が付いたのかどうか知らんが、耐久性能は維持するからどうしても取り付けたいと駄々を捏ねまくった。あまりにもしつこい為、俺は譲歩して耐久性能の確保と無償である事を条件に、取り付けを容認した。そして更に。実はこの盾、何と裏側に密かに金貨を収納するスペースがあるのだ。余計なギミックは要らないと偉そうに親方に言い放った俺ではあるが、此の素晴らしい気配りには脱帽せざる得ない。良い仕事してやがるぜ。早速後で金貨を装填してみよう。
そして盾とは反対側の右腕。此方には新たに金属製のプロテクターを革製のベルトで固定する。材質はこれも鎧の外殻と同じ金属である。主用途は右の前腕を保護する為だが、目的がもう一つある。装甲を張り替えて仕掛けを取り付けた結果、左手の盾の重量が増してしまったのだ。その為、左右の重量バランスを取る為である。
俺が次に手に取ったのはグローブだ。此れも無論拘りまくった。結局オーダーしたグローブは2種類。同じ材質だが形状が異なる。手の平と甲で異なる種類の革が使用されており、特に手の平側に使用されている革は、極薄にも拘らず耐久性が凄まじく、滅多な事では擦り切れたり破れたりする事は無い・・との親方の談だ。その革は主に魔物領域に生息する小型だが危険な猛獣(魔物では無い)から採取した皮を素材としている。因みにグローブの手の平に使われているその革は、手の甲の革の3倍くらい高価らしい。しかも、更にとんでもない高性能の革すら存在した。蔦のような植物が原材料らしいその革で作られた超高級グローブを一度試させて貰ったが、マジで武器が手に吸い付くような感触で凄すぎた。だがあんな凄すぎる材質のグローブに慣れてしまうと、素手になった時に武器がすっぽ抜けそうな気がしたので断念した。
二つのグローブの形状の違いについては、一つは指貫グローブである。別に俺が突如厨二病に目覚めたと言う訳では無い。ちゃんと理由がある。その理由は俺は武器を振り回す際に指に伝わる感覚を重視している為、出来る限り武器を指で直に触れられるようにしておきたいのだ。また、手の甲は緩衝材と金属板で補強されており、最悪敵の攻撃を受けることも可能だ。其れは本当に最後の手段ではあるが。
もう一つのグローブは革で指先まで覆うグローブであり、手の甲側は指先まで金属板で補強された、手の感触よりも防御重視のグローブだ。武器の持ち手を狙われた時に、多少なりとも安心感がある。あと誰かをぶん殴った時にあまり拳が痛くない。此れ等のグローブは、ブーツと同じく状況や環境に応じて使い分けていきたい。
グローブの次は兜である。だがフルフェイスの兜は、視覚と他の五感が阻害される難点が大き過ぎるので論外である。その為、可能な限り頭部の感覚を阻害しない防具として、鉢金的なプロテクターをオーダーした。とは言ってもバンダナのように後ろ手に縛って固定する形状では無く、ヘッドバンドのように頭部に装着する。余った伸縮性のある下着の生地を利用して内部に金属板を縫い込んであり、装着した形状は額だけでは無く、後頭部も金属板で保護されるようになっている。
防具の締めくくりは壁に掛けられた外套だ。此方は後で身に付けるつもりだが、此れはオーダーでは無く既製品である。色はカーキ色に近い。フード付きで、厚手のマントにフードが付いたような形状だ。表面には油が浸透させてあり、故郷のレインコートのように雨を弾いてくれる。此れは嬉しい。雨に濡れて身体が急激に冷えると、体調を崩すリスクが高いからな。但し通気性は悪いので、今の季節は丸めて持ち運んだ方が良いかも知れん。内側にはポケットが付いており、幾らか小物を収納できる。あと、隠しポケットに金貨を収納できる。
「親方。例のアレは?」
鉢金を装着した俺は、指で足元の地面を指し示した。
「おおっとイカンイカン。直ぐ持ってくるから待っとれ。」
親方は慌てて工房の奥へ引っ込むと、直ぐに革製の袋を手に戻って来た。そして、袋の中身を作業台に雑にぶちまける。ジャラジャラと金属音が鳴り響き、三角錐状の金属片がぶちまけられた。俺はその一つを摘まみ上げて状態を確かめる。
撒き菱である。使い処は限定されるが、逃走の際の奥の手の一つとして期待できるだろう。逃走用の切り札は幾ら有っても困る事は無い。自分の命は何よりも大切なのだから。
俺は誰かの為に格好良く自分の命を投げ出すよりも、例えみっともなく糞尿を漏らしながらでも逃げて逃げて逃げ抜いて、何が何でも生き延びる道を選択する男なのだ。




