表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遥か異界の地より  作者: 富士傘
薤露蒿里業魔断罪編
134/265

第114話

儚く散っていった小さな魂の為に祈りを捧げていた俺の背後から、躊躇いがちな声が聞こえて来た。


「カトゥー、その子は・・。」

無論、この部屋には他に誰も居ない。目を覚ました王女様だ。俺は呼吸音の乱れから、彼女の意識が覚醒した事は既に察知していた。


「ああ。死んだよ。」


「・・・そうか。」

絞め落とされた事を怒り狂っている声音では無い。どうやら場の空気を呼んでくれたのか、俺に殴り掛かって来る様子も無い。正直、少なからず安堵した。


俺はルエンの亡骸をそっと横たえると、その上から寝具代わりだった布を被せた。

その後、気怠い体に鞭打って部屋の外に出た俺は、迷宮の通路に再び煙玉を仕掛けると、部屋の中で立ち尽くしていた王女様に告げた。


「少し 疲れたので、睡眠を取る。この紙時計が三つ燃え尽きたら 起こしてくれ。あと、部屋の外で危うい異変を感じても、だ。」


「カトゥー。その・・大丈夫、なのか?」

王女様の様子から、どうやら彼女は俺のメンタル的な疲労を心配してくれているようだ。だが、今はそれよりも魔力の欠乏による身体の倦怠感の方がヤバい。ルエンの治療の為にギリギリまで魔力を絞り出したからな。地上への帰り道は今までのような強行軍では無く、安全第一のペースで進むつもりではあるが、今のコンディションで迷宮を歩き回るのは余りにリスクが高すぎる。


「ああ。見張りと入り口の守りは 任せる。」

そのまま俺は床に寝転がった。意識すれば浅い眠りのまま休息することも可能だが、敢えて深く眠るよう意識して呼吸を深くをする。今の状況で彼女が俺に危害を加える可能性はほぼ無い上、今は少しでも魔力を回復することを優先したい。


魔力の枯渇で消耗していた俺の意識は、あっという間に闇へと沈んでいった。



____微睡みからの急速な覚醒。


俺は瞼を上げる。其処には、最後に見た記憶通りの天井があった。


「あっ お、起きたのかカトゥー。」

身を起こすと、直ぐ傍に王女様が居た。視線を向けると何だかモジモジとしている。成程、お花摘みか。有無を言わさず寝てしまって少々悪い事をしてしまったな。直ぐに見張りの同行を申し出るが、断られてしまった。どうやら既に済ませたらしい。


紙時計を見ると、3枚目が燃え尽きる寸前だ。紙時計には様々な種類があるが、今俺が使用しているのは3枚が燃え尽きるのに二刻分の時間が掛かる。この世界の一刻は1日を16分割した時間、つまり地球でいう所の1.5時間分に相当する。要するに俺は今3時間程寝たってワケだ。この惑星の丸1日の経過時間は地球より少々短いようなので、正確に計測すると多少異なるんだろうが、細かい事は気にしない。


俺は直ぐに身体の状態を確認してみたが、寝る前の重い倦怠感は解消している。ただ、今の睡眠時間では魔力全快には至っていないハズだ。其れは実験や経験則によるものである。自分で魔力の残量を感じたり計測出来ないのがもどかしいな。尤も、浅層を地上まで普通に踏破するだけなら此れで充分であろう。それに、途中で更に休息を挟むだろうからな。


立ち上がった俺は、交代で彼女にも睡眠を促した。先程迄寝ていたとはいえ、恐らく十分な時間では無い。それに、気絶と睡眠では疲労回復効果がちょっと違うような気がするしな。


すると彼女は俯いたまま、沈んだ様子で押し黙っている。今では特に焦る理由も無いので、俺は彼女が動くのを静かに待っていた。暫くして顔を上げた王女様は、躊躇いながら俺に向かって口を開いた。


「カトゥー。あの幼子が死んでしまったのは、我のせいなのだろうか。我がお主に無理に同行を迫らなければ、お主の足手纏いになっていなければ。もしかすると助けられたのかもしれないんじゃないか。もしそうならば、我は・・・。」

その声は次第に小さくなってゆき、遂には途中で口を噤むと、彼女は再び俯いてしまった。


「いや、其れは違う。」


「だが、しかしっ。」


「それは王女様の所為じゃない。気に病む必要は 無い。」

俺は王女様の二の腕を掴むと、彼女の目を見ながらハッキリと宣告した。肩を掴まなかったのは、鎧のせいで手から俺の意思が伝わり難いと思ったからだ。


俺は別に優しさからでも彼女の事を気遣って言っている訳でもない。唯の事実だ。こうなると、責任の所在は明確にしておかねばならん。本来要らぬことで彼女に塞ぎ込まれても、俺に必要以上に気を遣われても却って面倒だしな。


「確かに同行を願い出たのは 王女様だ。だが、それを決めたのは 俺だ。選択肢は常に俺の前に在り、決断したのは 俺だ。もし其処に咎があると言うのなら、それ等は全て俺にある。」

そう、全ては俺自身の意志で決めた事だ。それに、彼女が俺の取り決めに同意した時点で、彼女を見捨てる選択は俺の中には無かった。


「それに、だ。俺達は預言者でも、ましてや神でもない。未来さきの事など見えんし、あいつが置かれていた状況など 事前に判る筈も無い。実際、俺はあいつはとうに死んでいると 覚悟していたからな。所詮一介の只人に過ぎない俺達に出来ることは、己の手の届く範囲でやれる事を、力の尽くす限り遂行するしか 無いんだ。」


「・・・カトゥー。」


俺達は、か。

ある意味不敬とも捉えられかねないだろう。俺と王女では、立場も持てる権力もまるで違うだろうから。だが俺は思う。たかが王族如きが、人の運命を見通すことなど出来るもんかよ。零れ落ちる全てを拾う事など、出来るもんかよ。それで王女様を責めるなど、お門違いも甚だしい。


「だからもう一度言う。気に病むな。あいつが死んでしまったのは俺の力不足か、或いは其れが あいつの命運だったのだろう。王女様が同行した所為などでは 決して無い。何れにせよ、既に結果は出てしまったんだ。仮定の話で後悔したり 恨み節を言っても 意味はあるまい。もしどうしても意味を見出したいのなら、今の苦しみと悔恨を繰り返さぬよう 今後に生かすことだ。」


「そんな風に言われてしまったら、我は何も言えないではないか・・。」


「全く気に掛けるな、とは言わん。いや、俺からは言えん。だから。」


「・・・。」


「もしあいつの為に 何かしてくれるのであれば、せめて祈ってやってくれないか。」


「・・・うん。」


その後、彼女は胸に手を当てて、暫しの間ルエンの為に祈ってくれた。


「さあ、もう寝ろ。時間が来たら 起こす。」

頃合いを見て、俺は王女様に声を掛けた。


「うん。」

彼女は俺の隣で横になると、直ぐに寝息を立て始めた。


異様に整った彼女の寝顔を見下ろしながら、俺は暫し考える。それにしてもこの王女様、王族にしては妙に人が好過ぎるな。第五王女なので奔放に育てられた故か、或いは生来の気質なのか。いや、俺から見てもかなり浮世離れしている所は、ある意味妥当とも言えるだろうか。


本来、この世界の王族にとっちゃその辺の浮浪児の一人や二人の生死など、路傍の石が転がった程度の憂事ですら無いと思うのだが。だからと言って、そんなガキの死体捨ておけいとか言われても困るし、ぶん殴ってしまいそうだから良いけど。


それに対して俺は、この世界に飛ばされて以来、数多くの死を見て来た。死生観も地球に居た頃とは随分と変わった。それに、山奥で孤独に生き抜いて来た経験が、俺の精神構造に大きな影響を与えている。のぶさんの時もそうだったが、喪失感に浸って何時までもウジウジしていたら、頼れる人が誰も居ない厳しい自然の中では、あっという間に己も後を追ってしまうのだ。生き延びる為に常に行動しなければ、自分の命を掬う事すら出来ない。無理にでも気持ちを切り替えて、前に進むしかないのだ。




____時間が来て王女様を叩き起こした俺は、二人で食事と排泄を終えた後、出発の為に荷物と装備の再点検を行った。


全ての準備を終えた俺は、再びルエンの亡骸の傍で座り込み、形見としてルエンの髪を二房切り取った。ルエンの寝顔は人相が変わり、既に死人のソレとなっていた。


「用は済んだ。地上に戻ろう。」


「カトゥー、いいのか?」

王女様は布が掛けられたルエンの亡骸を見ながら、俺に訊ねてきた。


「ああ。」


俺はルエンの亡骸を地上まで運ぶつもりは無い。地上までは単純に遠すぎるし、あの無残な遺体を兄のスエンに見せるのもどうかと思う。スエンもまだ子供だしな。それに正直に言うと、遺体を背負って延々地上まで歩くのがちょっと嫌だというのもある。生きてるなら全く話は別だが、あれじゃ気が滅入りまくるだろう。酷い奴と罵られるかもしれんが、人間の本音なんてそんなもんだ。


それに、あれは所詮物言わぬ唯の骸だ。死んだヒトは唯の肉だ・・とまで割り切るのは流石に無理だが、骸を地上まで回収するのに其処までの執着は俺には無い。この迷宮に生息するスカベンジャーは見た目こそ悪いが、迷宮で生み出された魔物では無く土着の生物である。この部屋に安置しておけば、ルエンの亡骸は直ぐに土に還ることになるだろう。


(じゃあな、ルエン。)

俺は心の中でルエンの遺体に別れを告げると、元安全地帯の部屋を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ