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遥か異界の地より  作者: 富士傘
薤露蒿里業魔断罪編
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第94話

ルエン。その幼い少年は俺が以前、迷宮都市のスラム街で出会った少年スエンの弟なんだそうだ。そのルエンが飲ませてくれた念願の水のお陰で、飢えと渇きで消えかけていた俺の命は、辛くもこの世に繋ぎ止められた。そして、そのまま俺の意識は暗闇へと沈んでゆき・・再び目を開くと、其処は見知らぬ天井であった。


・・・などというご都合の良い展開などあろうハズもなく。俺は瀕死の状態のまま、迷宮のゲートの傍らで身悶えしていた。身体に力が入らない。意識も朦朧として、今にも何処かへもっていかれそうだ。が、今寝たらやべえ。再び目を開いたら見知らぬ天井どころか、目の前で死んだ祖母ちゃんがニッコリ微笑んであの世へようこそ、なんて末路にもなりかねん。幸い、俺の目の前には丁度具合の良い使いっ走・・・もとい、命の恩人たるルエン君が居るではないか。此れを利用しない手は無い。生き延びる手段が有ると分かれば、俄然生に執着が出てくるというものだ。


「あ、あの カトゥーさん。大丈夫、ですか?」


「大丈夫じゃ ない。」


「え、ええと。」


「少し 待ってろ。」


俺は力の入らない腕で悪戦苦闘しながら上着を脱ぐと、上着の内側に縫い込んであった虎の子の銀貨のうち、1枚を苦労して引っ張り出した。そして、先ほど空になった水筒と一緒にルエンの手に握らせた。


「この金を使って 露店で ポルタッカ(シチューに似た栄養タップリのスープだっ!)を 買ってきて くれないか。其れと、もっと水が欲しい。駄賃として 一つ好きな食い物を買っていいから。・・頼む。」

俺はルエン君にお使いを頼み、頭を下げた。記憶は少々覚束ないが、確か迷宮の入り口付近に並ぶ露店ではポルタッカが売っていたはずだ。多分。


「わ、わかったよ。」

ルエン君は戸惑い気味な返事と共に俺に背を向けると、小走りで露店の立ち並ぶ方へと姿を消した。


頼むぞルエン君。俺のass、じゃなかった。明日は君に掛かっているんだ。信じてるぞ。・・・もしもあの銀貨を持ち逃げしやがったら這ってでも探し出してキャメ〇クラッチの刑に処すからな。


其れにしてもだ。勿論ルエンが俺を見止めてくれたのは僥倖としか言いようが無いけど、其れだけじゃ多分俺は普通にくたばってたな。やはり最後に頼れるのは現金って奴よ。念には念を入れて何枚か服に銀貨を縫い込んでおいてマジで助かったぜ。転ばぬ先の何とやらだ。今の俺の体力では、仮に世紀末のモヒカンの如くルエンに追剥ぎを敢行しても、下手すりゃ返り討ちに遭いかねんからな。尤も、ルエンの身なりはどう見ても金持って無さそうだったけど。


幸い、ルエンは俺のような捻じ曲がった性根の持ち主では無かったようで、ちゃんとポルタッカと水筒を両手に抱えて戻ってきてくれた。ちょっとだけ疑ってゴメンな。そして、残金はちゃんとルエンから受け取った。釣りはいらねえよなどと格好付けたいところだが、今の俺は魔石こそ大量に持っているとはいえ、手持ちの現金は残り僅か。気取って余裕カマしてる場合では無いのだ。


俺はルエンからポルタッカを受け取ると、座り込んだまま意識を集中して魔力を練り上げた。体力と糖質は尽きても魔力は欠乏していない。不思議なもんだ。その後、発動した回復魔法を体内で胃腸にジワジワと拡散してゆく。此れこそが、迷宮で身に付けた俺の新たな回復魔法。名付けて加藤流消化器回生術だっ。今の衰弱しきった俺の胃腸はまともに食事を受け付けてはくれないだろう。しかも、白湯だの粥だの胃腸に優しい食物などそう都合よく手に入るワケも無い。だがしかし。此の消化器回生術を施せば話は別だ。俺のドーピング胃腸は迷宮のゲロマズスカベンジャー共ですら消化し切ったのだ。その耐久性はハンパじゃねえぞ。


俺はジワジワと胃腸に回復魔法を浸透させながら、受け取ったポルタッカを口に含んだ。


うお、お・・・う、う、美味えぇ。


五臓六腑に染みわたるとは、正に此の事か。


美味すぎて、ウルっと来てしまった。だが、いかんぞ。俺は飯食ったくらいでメソメソ泣いたりはしねえ。最近ちょっと涙腺緩みがちだからな。再度褌を締め直さなければならん。大の男が泣いて良いのは生まれた時と、ダチかかーちゃんが死んだ時だけだ。いや、俺は女に振られた時も泣くかも知れんが、多分そのくらいだ。


人間の肉体ってのは現金なもので、栄養タップリなポルタッカを完食した俺は、自らの肉体が早くも活発に消化と新陳代謝を始めるのを感じ取った。若さってのは素晴らしいね。そして、どうにか立ち上がって歩けそうに感じた俺は、礼を言ってルエンと別れることにした。話を切り出した俺に対して、ルエンは一緒に付いて行くと申し出たが、それは丁重に断った。其処まで一方的に世話になる訳にはいかない。それに、今の俺は皮袋に入った大量の魔石を抱え込んでいる。下手をすると、まだ幼いルエンを思わぬ悪意に巻き込んでしまわないとも限らん。


「じゃあ、またな。」


迷宮都市へ向かう俺を見送ったルエンは最後まで心配そうな顔をしていた。そんなに今の俺の見た目ってヤバそうなのだろうか。


その後、俺はフラ付きながらも街道を歩き続け、どうにか迷宮都市ベニスの東門ゲートに辿り着いた。そして、ゲートで入門手続きを済ませた。実は其処で割と重大な問題が発生したのだが、今は割愛しておく。大雑把に事情を説明してどうにか入門の手続きを終えた俺は、門を潜って遂にベニスへと戻って来た。思わず、深いため息が口から洩れる。正直、あの迷宮では余りに色々な事がありすぎた。中に潜ってからもう何年も経ったような気がするぜ。気分は既にベテラン迷宮探索者なんだけど、俺はまだ1回しか迷宮に潜ってない駆け出しのハズなんだよな。


其れはともかく。まずは今回の悲惨な顛末を報告しなければならないだろう。

俺はその足で、早くも懐かしさすら感じるポーター斡旋所に向かった。


斡旋所のカウンターには以前と違う禿げたおっさんが居た。俺が入口の扉を開けて姿を見せるなり、おっさんは目を見開いて明らかにギョッとした様子だったが、余裕の無い俺は委細構わずおっさんに事のあらましを話し、雇い主のリザードマンズの全滅と、ポーター仲間のポルコの失踪という陰鬱な報告を済ませた。流石にハグレ出現の情報は此処にも伝わっているらしく、受付のおっさんは俺の生還の辛苦を労ってくれた。どうやら俺はリザードマンズと共に完全に死んだものとして扱われていたらしい。そういえば、ファン・ギザで従軍した後もこんな感じだったな。


因みに俺が真っ先に此の斡旋所に立ち寄った理由には打算もある。もし俺がのこのこ元気に一人だけ生還した姿を目の当たりにして、その結果リザードマンズやポルコをぶっ殺して荷物を強奪したとか、隙を見て荷物をパクって逃げ出して来たとか疑われたら堪らんからな。流石にこんなズタボロの身なりを目の当たりにすれば、俺がそんな悪辣な犯罪行為をカマして来たとは思われんだろう。そもそも俺の見た目であの凶悪そうなリザードマンズを出し抜けると思う方がどうかしてるけどな。


そして、おっさんとの話で更に衝撃の事実が判明した。俺達が迷宮への出立した日から、今日で実に2か月余りの歳月が流れていたのだ。本当によくもまあ生きて戻れたもんだ。


次に俺が向かったのは狩人ギルドだ。目的は金である。今の俺は服に縫い込んだ僅かな現金しか持ち合わせていない。其れだけでは甚だ心許ないので、魔石を幾つか現金化しておきたいのだ。正直な所、狩人ギルド以外にも魔石の売買が出来る取引所や、現在の魔石の売買レートを事前に確認しておきたいのは山々なのだが、今はその余裕が全然無い。多少買い叩かれても目を瞑り、取り敢えず魔石を数個売り飛ばして何とかして現金を調達したい。


薄い記憶を頼りに到着した狩人ギルドは相変わらずデカい建物であったが、中に入った俺のズタボロの見た目はちょっとした注目の的となった。視線が痛い。尤も、明らかに臭くてヤバい人扱いなのか、誰も俺に近付いたり声を掛けてはこない。ちょっとだけ寂しさと疎外感を感じてしまう。いや、俺が逆の立場なら絶対に声掛けないけどな。俺は以前とは違い、真っ直ぐに赤毛のおっさん職員が受け持つ受付カウンターへと直行した。


大変、大変遺憾ながら、他の美人受付のおねーさま方は未だ全然信用できない。俺にとっては今はまだ、赤毛のおっさん職員だけが僅かながら心を開ける職員なのだ。カウンターに近付く俺の姿を見た赤毛のおっさんは驚愕の表情で固まっていたが、次いで俺の手を取って喜んでくれた。ありがとよ、おっさん。でもその手の取り方はちょっとキモイ。俺にはそのケは無いからな。


おっさん職員の話によると、狩人ギルドでも俺はとっくに魔物に喰われて死んだものと思われていたらしい。受付のお姉さま方は情け容赦なくギルドに預けてあった丸太剣などの俺の荷物を処分しようとしていたのだが、おっさんが捨てずに今迄保管してくれていたようだ。重ね重ねありがとな、おっさん。そして、ひとしきり再会を喜び合った後、俺は魔石の買い取りの話を切り出した。


「おっさん 俺は 魔石の買い取りを 頼みたい。」


「ああ。魔石の買い取りならあっちのカウンターに持って行ってくれ。あと、君の新しいギルドカードが出来てるよ。」


その言葉を聞いて俺は固まった。

大変不味い。そう。実は先程、東門のゲートで起きた大問題とは此の事だ。

俺は思わず胸に手を当てた。心臓がドギマギと脈打つ。別に目の前のおっさんに恋したワケではない。俺が手を当てたその懐の内では、ギルドから借りた臨時のギルドカードが、綺麗に3つに叩き割られて鎮座していた。その原因は、恐らく俺がハグレにぶっ飛ばされた時のアレだ。いや、アレは不可抗力だし俺は悪くねぇ・・・ハズだ。だが、ギルドカードをベコベコにした事を滅茶苦茶怒られた後でこの臨時カードを渡された時、俺は腹立ち紛れに今後はちゃんと管理しますよと豪語してしまった。その手前、このブチ割れたカードを差し出すのは非常に気まずい。


俺はおっさん職員からついと目を逸らすと、


「今は、俺は忙しい。それに、疲れていて早く休みたいから 其れは後にする。」

自分でも意味不明な理由で、思わず問題を先送りにしてしまった。


訝し気なおっさんにそそくさと別れを告げた俺は、早速教えられたカウンターで別の職員に頼んで魔石5個を現金に換金した。因みに迷宮から持ち帰った革袋には数えるのもアホらしい数の魔石がびっしり詰まっている。よくもまあこんなに景気良く狩りまくったもんだよ。そしてその結果、俺の前には金貨2枚と銀貨44枚が差し出された。マジかよすっげえ。もしこの袋の魔石全部換金したら一体どうなっちまうんだ。狩人や傭兵って思いの外夢のある職業だったんだな。


その後、金貨は迂闊に人前で出しにくい為、俺は職員に頼んで銀貨94枚と金貨1枚に両替してもらった。魔石を換金できるのは狩人ギルドだけでは無い筈だ。今は無知なので仕方ないが、後々は複数個所で換金レートを念入りに調査せねばなるまい。


次に俺が向かうのはこの世界の病院だ。いや、治療院とでも言うべきだろうか。先程、職員のおっさんに告げた早く休みたいという言葉はあながち嘘と言う訳でもない。いや、それどころか一刻も早く休まないと危険な状態だ。一先ず水と食料を腹にぶち込んで多少持ち直したとはいえ、気を抜けば直ぐにでもぶっ倒れそうなくらいに今の俺の身体は怠くて重い。だが、宿で休む前に、一度医者に診察を受けた方が良いと判断した。回復魔法とて万能とは限らないからな。


俺は重い身体を引き摺りながら、狩人ギルドを後にした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何があるかわからんし新しいギルドカード貰っておきなよーて思うけど、極限状態はまだ続いてるから、冷静じゃないですもんね。
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