象の鼻
「人はどうして悲しくなると、海を見つめに来るのでしょうか」
―渡辺真知子「かもめが飛んだ日」より
横浜市中区海岸通り一丁目「象の鼻地区」、現在の「象の鼻パーク」。ここは1858年に横浜港が開かれた際、最初に作られた波止場である。海に突き出た防波堤の形が象の鼻に似ているため、「象の鼻」と呼ばれる。 2006年初夏。これは、その波止場に面した場所にささやかにたたずむ喫茶店「象の鼻」の、ささやかなお話。
二十畳ほどの広さの店内。そのすべてが時代に取り残された喫茶店「象の鼻」。ここをひとりで営む戸井田昌子(51歳)。象の鼻地区も再整備されることが決まり、それに合わせて店をたたむことにしていた。
閉店3日前。
店には滅多に顔を出さない一人娘の由美(26歳)が東京からやって来た。最後だから何か手伝うつもりでやってきた。
誰もいない店内。母と娘はカウンターの中から窓越しに外を眺める。スーツを着た中年の男性が、ちょうど象の鼻の付け根あたりに立ってじっと海を見ている。娘は、母もその男性を見てることに気づき、
「どうしちゃったのかしら、さっきからピクリとも動かない。なんとも寂しい姿…」
外を見たまま感想を漏らすと母は
「あの人はねぇ、今日、取引先との約束をすっぽかして怒られたのね」
言い方が冗談ぽくないので余計に面白い。
「ははは(笑)」
思わず声をあげて笑う娘。母はまるで探偵のように
「あと5分したら、この店に入ってきて窓際の席に座って、アイスココアを頼むわ」
「えーホントに?」
ぴったり5分後、肩を落とした男が店へ向かって歩いてきた。
「来た来た!」
声を上ずらせる娘を意に介さず、母はエプロンを整え客を迎える。
「いらっしゃいませ」
小さくもなく大きくもない声でそう言う母には目もくれず、男はうつむいたまま真っ直ぐに窓際の席へ向かい、座った。
母は、口を半開きにして驚いてる娘にメニューを持っていくよう促す。
「いらっしゃいませ…」
半信半疑な様子で水とメニューをテーブルに置いてくる娘。
ずいぶん長いことメニューを凝視する男。しばらくの沈黙。やがて母が娘に小声で言う
「お客さんのとこへ行きなさい。何も声をかけずそっとテーブルのそばに立ちなさい」
わけもわからず母の言うとおりにする娘。娘がテーブルに着くと、男はメニューを見たままポツリと
「アイスココアで」
目を丸くして飛ぶようにしてカウンターへ戻る娘。小声で母に
「すごい!なんで?知り合い?」
「全然」
母はそれから、波止場に立って海を見つめる人についてことごとく当ててみせた。 恋人と別れた若い女性がアイスティーを頼むこと。肩にギターケースをしょった男性は5分ほど海を見て、店には寄らず帰ること。三十代の男性は席につくなり大きなため息をつくこと。ポツリポツリと現れるひとりひとりについて言い当てた。
娘は興奮気味になぜ分かるのか母に尋ねるが、母は
「毎日ここにいれば分かるわよ」
としか言わない。
母の答えに納得がいかないまま娘は疑問を続ける。
「でもなんでみんなこう暗いのかしら。家族とかカップルとか、楽しそうな人たちが全然いない」
「あら、知らない?人はね、悲しくなると海を見たくなるものなのよ」
「同じ海でも山下公園はもっと楽しそうよ」
「ここはそういう場所なのよ…。♪人はどおして~悲しくなると~海を~見つめにぃ来るのでしょうおかぁ~」
「変な歌」
あきれた声をあげる娘をよそに、母は外へ目をやる。朽ちた赤錆のクレーン。係留された小さな船。
閉店2日前。
お昼ごろだろうか。突然、船員の制服を着た青い目の外国人が店に入って来て、流暢な日本語で
「アノ、次の船はいつ出ますか?」
場違いな質問をするその男性は口ひげをたくわえ、左胸には勲章のようなものがジャラジャラ。
立派な恰好をしてるけどそれは職場のかたに聞いたほうが早いんじゃないかしら。そう思いながらも母は答える。
「船?水上バスのこと?あ、国際客船ね?すいません、ここじゃなくてね。あの、すぐむこうの、大きいの見えるでしょ?大さん橋、あそこから出るから、ここじゃないの」
象の鼻のすぐ向こうにある新しくて立派な大さん橋。横浜と海外を行き来する船がここに泊まる。母は外に出て、大きな客船を指さした。
「あぁ、ドモありがとゴザイマス」
そのまま指差す方向へ歩き出す外国人。母は慌てて
「そっちからは行けないのよ、こっちからぐるって回って行かないと」
と説明して促す。
「あぁ、ドモありがとゴザイマス」
分かったような分からないような様子で歩いて行く外国人。不思議そうに見送る母。
様子を見ていた娘は
「何もここへ聞きに来なくてもねぇ。よっぽど困ってたのかしら。迷子になった船員さん」
そう言って笑うと母に向かって
「やっぱりさぁ、店やめないで、続けたら?整備されたところに新しい店出させてもらえるんでしょ?こんなんじゃなくてさぁ、もっとオシャレなカフェとか。流行るわよ絶対。そしたら私も手伝う」
「…じゃあ、あなたやれば?」
「えー、お母さんがやって私が手伝うのよ」
「なにそれ(笑」
娘には、店をやめることを母がなんの迷いもなく決めたように見えた。だって、感傷的な様子が微塵も感じられないから。
店には相も変わらず悲しげな客ばかりが訪れる。しかし娘は、その客らが店を出る際に足取りが少し、ほんの少し軽くなっているような気がしていた。
閉店日。
「閉店」のお知らせを貼るわけでもなく、まるでこれからも店が続くかのごとくいつもどおり営業。 昨日から一度も使われていないティーカップをとりあえず拭きながら、娘は尋ねてみた。店をやめることに寂しさはないのかと。
母は答える。
「さぁねぇ、お客さんの悲しい顔を見てると、それどころじゃないというか…」
と、はぐらかすように言いながら、今日何度も拭いた皿をまた磨き始めて、言葉を続ける。
「悲しさとか寂しさっていうのは、誰かが受け止めてあげないとねぇ」
「…じゃあ、この店やめたら、受け止めてくれるとこがなくなっちゃうんじゃない?やっぱり、新しいカフェやる?」
試すように聞くと母は
「この波止場が整備されて新しく奇麗になったら、明るく楽しい場所になる。そしたら、来る人も変わるわ」
そう言って視線を落とした。
BGMもない喫茶店「象の鼻」。やってくる客をそっと迎え、注文の品を静かに出す。母はこうして十年近く、悲しみをささやかに受け止めてきたのだ。
夕方。
外はいつのまにか雨になっていた。屋根に打ちつけて音がなるほどの大雨。客足が途絶えたのを見計らって娘は帰り支度を始めた。
「じゃあ、私はもう帰るから。明日、朝早くに来るから一緒に荷造りしよ」
そう約束して店を出る娘を見送ろうとした母は
「いいわよ、濡れるから」
と言われ、窓越しに手を振った。一度こちらへ振り返り、足早に雨の中へ消えていく娘の後ろ姿を追いながら、ふと波止場のほうへ目をやると、雨の中、傘もささずに海に向かって立っている背の高い男がいた。昨日の外国人だ。
「船に乗れなかったのかしら」
母は傘を持って店を出た。ずぶ濡れになってるその外国人の横へ立って傘をさしてあげながら、英語でなんて声をかけたらいいのか、でもこの人は日本語が分かるんだとか考えてるうちに彼のほうが先に言葉を発した。
「ワタシは、帰れないのですネ」
海を見つめたままそう言う。なぜ船に乗れなかったのか、彼に何があったのかは想像もつかないけど、そのあまりに悲しそうな面持ちから立ち入るのもどうかと思い、母は言葉をかけるのをやめた。
そのまましばらくたたずむ二人。激しく降っていた雨はやがて嘘のようにやみ、母は傘を閉じた。周りを見ると、大勢の人が海に向かって立っていた。波止場のそこかしこに立ち、皆同じ方向を向いて遠くの海を見つめている。
(いつのまに、こんな?)
なぜか全てが外国の人だ。薄汚れた作業着の人。大きな旅行カバンを持った人。中には19世紀の絵画に出てくるような、腰をコルセットできつくしめたドレスを着た女性もいた。皆が、悲しそうな目をしている。それにしても全員、着ている服が今の時代じゃない。黒い燕尾服のような上着にシルクハットをかぶった男性もいる。そういえば目の前にいるこの船員の制服も、昔っぽい。彼らだけ見ているとまるで馬車が走る時代にタイムスリップしたみたい。
夜。
喫茶店「象の鼻」は外国人たちであふれかえり、開店して以来初めての盛り上がりをみせていた。となり同士肩を組みながら大合唱する外国人たち。歌声と笑い声にあふれる店内。波止場で悲しそうにたたずんでいた外国人たちは、今やもうそんな様子は微塵もなく、皆が楽しそうに話をしている。給仕におわれ忙しく働く母もどこか楽しそう。
翌朝。
娘が店にやってきた。だけど扉の鍵は閉まったまま。
「まだ来てないのかしら」
波止場を見渡すと、象の鼻に母が立っていた。遠く海を見つめながら立っていた。
大きな声を出して呼びかけようと思ったけど、母の佇まいを見ているとそれも気が引けた。
人はね、悲しくなると海を見たくなるものなのよ
そんな母の言葉を思い出していた。
(やっぱり、寂しいんでしょ、店たたむのが)
めったなことで弱音を吐かない母らしい、と思った。そしてふと、母の悲しみや寂しさは、誰が受け止めてきたんだろう、とも思った。自分は、それが出来ていたんだろうかと。小学生の時に父が亡くなり、母とふたりきりで暮らしていくなかで、その役目を果たすことができていたんだろうかと。
遠くの母が大きくため息をついたように見えた。
娘はやや早足で母のもとへ向かった。そしてそっとそばに寄り添い、優しく肩を抱いた。
2009年、再整備が完了。象の鼻防波堤は明治20年代後半の形状に復元され、周辺には広場や緑地が作られた。その歴史を守りながら、人々が賑やかに集まる場所として象の鼻地区は「象の鼻パーク」として新しく生まれ変わった。