月が落ちてくる
あの赤くてでっかい月を見てみろ。
あきらかに少しづつ落ちてきてるんだ、あの月は。
そして最後には線香花火みたいにボロっと落ちるんだ、ボロっと。
そんな事はおかまいなしに、
4LDK2階建て、35年ローンのイカした、少なくとも本人達はそう思っている家に住む村本さん一家は、今日もテレビに夢中で、これはヤラセだとかヤラセじゃないとか言いながら、みかんの皮をむく。
いや、月が落ちてきてるんじゃないぞ、地球が月に落ちてるんだ。
あくまでそう言い張る親方は、几帳面にねじりハチマキをこしらえることはあっても、自分が作る家にどんな人が住むかなんてさっぱり興味がない。
最近の村本さん一家の悩みごとは、テレビの映りが悪くなってきたことだ。
アンテナの具合が悪いんじゃないかとか、いや、そろそろ買いかえたほうがいいんだとか言いながら、テレビの頭をバシッとたたく。
やがて親方は屋根作りに取りかかる。
親方は屋根の上から空を見上げる。
2階建ての屋根の上からまぶしそうに空を見上げる。
親方は、やがてこの家に引っ越してくる誰よりもこの家のことを知っている。
だけど、この家に住む誰もが親方のことを知らない。
日も暮れて、村本さん一家がまたいつものテレビ番組の前に顔をそろえるころ、
家に帰った親方がビールの栓をきゅっと抜くころ、
村本さん一家の屋根に、
親方が住む古びた4階建て都営アパートの屋上に、
そして親方が今日仕上げたばかりの新品の屋根に、
月がまた一歩、そろりと近づく。
このぶんでいくとおそらく、
月に手がとどくようになるのは、
親方が以前から目をつけていた
あのピカピカしたトンカチを買うころ、
そして村本さん一家に二度目の温泉旅行が当たるころだ。