記憶の中の朱(あか)
朱。朱。朱。
目の前を上から下へ、紅い不定形のものが一定のリズムで落ちている。
どこから降ってくるのか。見上げてみるもただ闇が広がるのみだった。
朱。朱。朱。
その朱が地面に着く度に朱い水溜りが徐々に、徐々に拡がっていく。
足元を侵食していく朱。
指の間を……
足の甲を……
足首を……
ゆっくりと着実に沈めていく。
上から降ってくる朱いものはどんどんその数を増していき、やがて、小さな流れとなっていく。
上から下へと流れ落ちる朱い柱が周囲に立ち並ぶ、そんな中にたったひとり。
通常の感覚であれば気が狂いそうなその景色を、しかし、ただ静かに眺めていた。
水溜りが膝の上まで来たとき、上のほうから朱に塗れた白い塊がちらほら降ってきた。
それらの顔は苦悶に歪んでいた。憎悪の眼差しを向けてきては朱に沈んでいく。
……それらにたいして、なんの感情も湧きはしない。それらが何だったのかアタシは知らない。それらがどうなろうと知ったことではない。
――私は、彼女の喉元に、再び刃を突き立てた。
「こぉらッ!!」
少し間延びしたその声と、後頭部に訪れた鈍痛に私は強制的に覚醒させられた。
「起きんか、篠宮」
顔を上げると、目の前には現国の小淵沢が眉間に深い皺を刻んでこちらを睨んでいる。
その手には分厚い辞書が。どうやらこれの背表紙で私の後頭部を殴ったらしい。
「ーーーぃったーーい!! なにすんのよ先生ーー! 聖職者のすることじゃないわッ!」
頭を抱えて喚いて見せた。周囲からは笑い声と、小淵沢へのブーイングの嵐。
「うるさいッ。おれの授業中に寝ているやつが悪い。お前らも静かに!!」
小淵沢が怒声を上げると、徐々に騒ぎが収まっていった。
「ちぇ。なにもあんなので殴ることないのに……」
痛む箇所をさするとたん瘤になっていることがわかる。
暴力だ。体罰だ。おかげで今見た夢の内容がまったく思い出せない。
――まあ、いっか。あまりいい夢じゃなかった気がするし。
やがて、小淵沢が教科書に載っているのであろう文章を音読し始めた。
……だぁかぁらぁ! それをやめろっての。
この教師は、はじめに本文を自分で読んで聞かせなければ気がすまないらしい。
低い、抑揚の少ない声で何の感情も込めずにただただ読み進めていく。それはまるで読経のよう。
教室にいる人間のおよそ半数以上を眠りに落とす、一種の催眠術だ。
彼は、自分で眠らせておいて、眠っている生徒の後頭部を鈍器で殴りつける悪魔のような男なのだ。自覚がないので余計にたちが悪い。
心の中で散々毒づいて幾分すっきりした篠宮朱は、再び睡魔に襲われていた。
と、首筋をなにか尖ったもので突かれていることに気が付く。
なんだ……?
今一歩というところで現実に引き戻され、不機嫌極まりない顔のままくるりと振り返る。
と、そこには、ひとりの少女のニヤケた顔が待っていた。その右手には、シャーペンが握られている。
首筋に当たっていたものの正体に気づき、朱は顔をしかめた。
「なによお……もう寝かけてたのにぃ……」
「まだ寝んの? 小淵沢、あんまり怒らせないほうがいいって。最終的には、校舎裏からブロック持ってきて殴るって噂だよ」
「死ぬわッ! どんな噂だッ!!」
教室中がしん、と静まりかえった。おそるおそる小淵沢のほうを見ると、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。
「篠宮ーーー!!!」
確かに、授業中に眠っていたのは悪い。大声を出したのもアタシが悪い。
――でも……だからって……
「……今時、廊下に立ってろはないでしょ。ご丁寧にバケツまで用意して……」
……持たねぇよー。心の中で舌を出す。
教室の中から、また小淵沢の読経が聞こえてきた。
いいかげんうんざりしてきた私は、ある場所で時間を潰すことにした。
旧校舎。
今の校舎ができたのは何年も前らしいのだが、取り壊すのにもそれなりに費用がかかるからであろう。そのままの状態で残されている。
非常階段を下り、体育館の横を突っ切った。旧校舎は体育館を挟んだ丁度反対側にあるのだ。
当然、ほとんどの出入り口は施錠されている。が裏側の窓が一つだけ開いているのだ。厳密に言えば、破壊され、窓枠だけになっている、ということになる。
ちなみに、犯人はアタシじゃない。念のため。
裏側に回り、例の窓から侵入すると、私はすぐ目の前にある教室に入った。
ここは、私のお気に入りの場所なのだ。といっても何か置くわけでもなく、外から持ち込んだものと云っては、粗大ごみになっていたソファと、数冊の文庫本だけである。
私は早速ソファに飛び込んだ。物凄く埃が舞い上がったが、そんなものを気にする必要がどこにあるというのか。
仰向けになって瞼を閉じる。目が覚める頃には、午後の授業まで終わっていることだろう。
「やっぱりここにいた。寝てるの?」
入り口付近から声がする。その声で、誰が来たのかはわかったが……
「……舞? 珍しいね。あんたが授業サボるなんて」
言いながら緩慢な動作で上体を起こす。少女が小さな歩幅でゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。
この少女、西原舞は私の数少ない友人の一人だ。とはいっても、出会ってまだ二月ほどしか経っていないのだが、そういうことに時間は関係ないのだとアタシは思う。
四月のはじめ。
高校に入ってすぐの頃。旧校舎というものの存在を知ったアタシは、その日の放課後、早速その場へ足を向けた。
辺りをくまなく調べ、入り口がないとわかると手近な石を拾い……いや、窓は一つだけ開いていたんだった。うん。
そうして、その日の夜にはこっそりソファを運び込み、次の日の昼休み、この教室で眠っていた。
なぜわざわざこんな所で、と思われるかもしれないが、机に突っ伏して眠るのは存外しんどいものなのだ。
その時だった。
ふと、目を覚ますと、ひとりの少女が覆いかぶさるようにして私の顔を覗き込んでいた。
この状況で驚かないはずもない。しかし、それはむこうも同じだったらしく、次の瞬間、少女は後ろに飛び退った。
腰まである長い黒髪。細い体躯に、白い肌。大きな丸眼鏡さえ外せば、美少女といって間違いないだろう。
少女は、じっ、とこちらの様子を窺っている。
一体なんだろうこの娘は……?
クラスメイトではないが、見た目で判断するならば、おそらく同級生だろう。
この時、アタシは自分以外にもこんなところへやってくる者がいたことに、無性に嬉しくなってしまった。
「え……と、一年生……だよね?」
「……ええ」
少し間をおいて、少女は低く呟いた。
ちょっと暗い娘なのかな……?
「一緒だ、アタシも一年だよ。……あの、こっち来て座ったら?」
ソファに座るよう勧めた。
しばらくして、やっと警戒を解いてくれたのか、少女はゆっくりと近づいてきた。
それが、舞との出会いだった。
舞とは趣味が合うようで、その日は、二人で下校時刻になるまで話し続けた。
それ以来、放課後や昼休みにはここで二人でいることが多い。
「朱が廊下を横切るのが見えたから追いかけて来たの。朱の寝顔が見れるかな、と思って。私がいると朱寝ないから」
柔らかく微笑みながらよく通る声で囁いた。一歩歩く度に長い髪が揺れる。
「そりゃそうだよ。友達ほったらかしで昼寝するほど、アタシ薄情じゃないし」
本心からの言葉だった。
「そう、残念」
それからしばらく話して、舞は出て行った。
ひとりになって考えてみると、今日の舞はどこか変だった。気がした。悩みでもあるのかな、なんてぼんやり思った。
昼休みにも、放課後になっても舞は現れなかった。
下校時刻になって、アタシは仕方なく学校を出た。
それでも今朝の舞の様子が気になったので、しばらく校門の前で待っていたのだが、すでに帰ってしまったのか、通り過ぎる生徒の中に舞の姿はなかった。
日が沈み、夜の闇が街を包んだ。
アタシはひとり、トボトボと帰り道を歩く。家から学校まではさほど距離はないのだが、アタシの家は小高い丘の上にあるので、帰りは坂道を上り続けることになる。
この道は街燈も疎らで異様に暗い。幽霊か痴漢でも出そうな雰囲気だ。
幽霊も痴漢もさして怖くはない。が、不気味さだけはひしひしと感じた。じわり、と肌が汗ばむ。
不意に今日の夢を思い出してしまった。どこまでも朱い海のなか沈んでいく人々を見下しながら、やはり自分もその朱に呑み込まれていく。
そんな夢。
なぜ……あんな夢を見たのだろう。妙に心に引っかかった。
突然、背筋に悪寒が走る。
咄嗟にその場を飛び退いた。脇腹を何かが掠める。鋭い痛みが走った。
「な……なに!?」
ワイシャツに朱い染みが拡がっていく。しかし、それ以上に衝撃を与えたのは、目の前の人物――その姿だった。
腰まである長い黒髪。細い体躯に、白い肌。眼鏡こそ掛けていないが、間違えようがなかった。
「……ま、い?」
西原舞は、いつものように微笑を湛えている。だが、そこに暖かみはなかった。
その手には包丁が。どうやらこれでアタシを刺そうとしたらしい。
「あーあ、避けられちゃった。痛いでしょう、朱。――下手に避けたりするからそうなるのよ」
嫌な汗が全身を流れる。汗で衣服が身体にへばりつくが、そんなことは気にならないくらい混乱していた。
「本当はね。あんたを苦しめるつもりなんてなかったのよ。私にはそんな趣味ないもの――あんたと違って。
だから、寝ている間に、って思ったのに、知ってか知らずかあんたは私の前では眠ろうとしない」
西原舞は、空いている左手で髪を掻き揚げた。
「家にいる時を狙おうにも、あんたの保護者は隙を見せてはくれないし。で、夜道で背中から一突きにしてあげることにしたの。なのに、避けるんだもの」
フフフ、と口許を歪める。それだけでは収まらず、くっくっくっ、と肩で笑い出す。そこにアタシの知る西原舞の、その一端さえ認めることはできなかった。
街燈の陰鬱な光の下、舞の双眸が大きく見開かれた。
「なんで生きようとするのよ……。あんたにその資格はない!!」
舞は叫ぶと同時に地面を蹴ると、次の瞬間にはアタシの目の前にまで迫っていた。
「……ッ!」
刹那――首を狙って突き出された包丁を、しかし紙一重でかわした。間髪入れずに繰り出された蹴りが、アタシの左頬に直撃する。
アタシの軽い身体は、半回転しながら数メートル弾き飛ばされた。
どなたかの家の塀に頭から激突する。朱い斑が塀を彩る。
流れ出る血はアタシの額を通って頬を伝う。
少し口に入った。
どろり、としたすぐに胸焼けしそうな味。鼻腔をくすぐるサビの匂い。
吐きそうだ。
頭がガンガンする。塀に手をついて立ち上がろうとするが、努力空しくアタシの身体はその場に崩れた。
空を仰ぎ見る。
分厚い雲に覆われた空には、星一つない。当たり前だが。
ひとりの少女が覆いかぶさるようにして私の顔を覗き込む。言うまでもなく西原舞だ。
――あぁ、そうか。……あの時もアタシを――。
でも、理由がわからない。命を狙われるほどのことをアタシは誰かにしただろうか。
少女は虚ろな瞳で、私を見返している。そこには、恐怖も憎しみも絶望も……なにもない。
私はそれに酷く苛立った。
何度も、何度も何度も何度も夢見たその光景。その時、彼女は私の下で恐怖に顔を歪めながらしきりに疑問を口にする。何故、何故――と。
そうでなければならない。
出来れば苦しまないように殺してあげたかった。――それは本心。
しかし、どうしてもその表情が見たかった。――それもまた本心だ。
どうしようもないくらいの――矛盾。
誰かが言っていた。人間は矛盾だらけの生き物だ、と。
首筋に切っ先を当てても、ゆっくりと皮膚を裂いても、血液がその白い肌の上を流れても、篠宮朱は無表情だった。
私の苛立ちは限界に達しようとしていた。
なんなのだこの女は! 心の内で喚き散らす。
私は彼女を屈服させたかった。支配したかった。絶望の内に殺してやりたかったのだ。
――友達のフリというのは思った以上に辛いものだった。
毎日毎日、笑顔を作って楽しそうにはしゃいで見せて……思い出すだけで吐き気がする。
それもこれもこの瞬間の為。それなのに、この女は……!!
……もういい。
どれだけ待ったとしても、この女の表情は変わらないだろう。
どんなに苦しい責め苦を与えたところで、そこに意味はない。
だったら。
私は手にした包丁を、両手でしっかり握りなおし、刃先は下に向けたまま頭上に掲げた。
「朱、死んで」
呟くと同時に、一気に振り下ろした。
真夜中――どこかの街。
――薄暗い道。
――街燈の下。
若い男女が倒れている。
その顔に見覚えはない。服装から、男性は会社員。女性のほうは専業主婦だろうか。
寄り添うようにして、壁にもたれかかっている。その顔は驚愕と恐怖に歪んでいた。
胸から腹のあたりまで朱く染まった服が、二つの生命の終わりを克明に物語っている。
似たような光景が、いくつも目の前を駆け巡る。
目まぐるしく移り変わる、殺人現場の映像。
そして、それらがまだ動いていたときの――。
頭の中が朱に染まっていく……ような感覚。なんだろう、これは。
夢の中のようにぼやけていた視界が、突然、鮮明になった。
襖に畳、そこに敷かれた一組の布団。
どこだろう、ここは。――アタシは知らない。
身体が独りでに動く。
襖を僅かに開けてその向こうを覗く。
こちらの部屋より少し広めの洋間にはゴミが散乱し、そこにあるあらゆる物が壊れていた。
部屋の中央にはやや傾いたテーブルがあり、その傍に一人の女性が佇んでいる。
着ている服は皺くちゃで、髪はぼさぼさに乱れている。――私は、彼女を知っている。
誰だ? 思い出せない。
女性がだらりと下げていた頭を上げると、アタシは反射的に布団に駆け寄り、その中に潜った。
ひたひた。
足音が聞こえる。
ゆっくりと近づいてくる足音。襖を開け、アタシの足元まで来て止まった。
ぼそり、とその女性がなにか呟いた。
その直後――
………
気がついたら、横たわるアタシの隣に女性は倒れこんでいた。
布団から這い出て、彼女を見下ろす。
腹部に大きな穴が穿たれ、布団が真っ赤に染まっている。
その女は瞬き一つしなかった。
左肩が痛む。目の前が真っ暗になった。
夢か幻か、私は朱い海に漂っている。
仰向けに水面に浮かびながら、ふと思い出した。
あぁ……あれは――
目の前で死んだのは、私の母だった。
殺されたのだ。
やったのは……なんだ、私じゃないか。
脳が急速に覚醒していくのを感じた。
西原舞が振り下ろした包丁は、肋骨の隙間を通って心臓を貫く……ことはなかった。
朱は寸でのところで身を捩り、それによって包丁は心臓ではなく左肩を突き刺した。
「ッ……」
刺された箇所が熱い。血が流れ出る。
「なっ!?」
驚いたのは舞だ。しかし、すぐに二撃目を繰り出すべく包丁を引き抜いた。
――遅い。朱の口許が微かに弧を描く。
ドスッ。
朱い突起に、西原舞の身体は貫かれていた。例えるなら巨大な針のような――それが、朱の左肩から真っ直ぐ伸びている。
まるで血のような色をした……否。それは血。人間の血液そのものだった。
それが、どうしたことか硬質化し、捩れながら高速で舞に向かって伸びたのだ。
信じられない現象に、西原舞は自らの眼を疑った。
こんなものは常識を逸脱している。少なくとも西原舞にはそう思われた。
「……な、によコレ。こんな……の、ズルイ」
口から朱い血を流しながら、呟く。
この血のドリルのようなモノが、八年前、まだ小学三年生だったこの少女が大の大人を何人も殺しえた力。
こんな反則技にやられるなんて。不思議と笑いが込み上げる。可笑しくて仕方がなかった。
朱は静かに起き上がると舞の手から包丁を奪い、適当に投げ捨てた。
舞の身体を貫いていた朱いモノが、ズルリ、と引き抜かれた。血液の槍が傷口から体内へと戻っていく。すべて収まると、傷口に瘡蓋のようなものが形成された。と同時に、舞の腹部から大量の血が噴き出した。
「舞……なんで、こんな」
疑問を口にしてみるも、自分の中で答えはとうに出ていた。
私が殺した中に舞の関係者、多分、両親がいたのだろう。つまり、これは復讐だったのだ。
咄嗟に殺してしまったが、自分は……殺されてやるべきだったのではないか?
――いや。
すぐに思い直した。私を殺したとしても、舞の心は何一つ救われはしないだろう。
いまさら、何を願おうと時間は戻らない。
朱は舞の遺体をそのままに、その場を後にした。
帰る道すがら、私は甦った記憶と現在を繋ぎ合わせる。
八年前、私は母を殺した。理由はわからない。ただ、彼女を殺した時の感触だけがリアルに残っている。
父親がいない私は母の知人に引き取られた。が、その後、無差別に何人もの人を手に掛けて……そこから先が思い出せない。
なぜ記憶を失っていたのか。そのおかげで普通に生きてこられたわけだが……。
力が戻り、殺人鬼だった自分を思い出し、この先どうすればいいのか。
――決まっている。
しばらく歩く中に、ようやく家に着いた。
ごく普通の一軒家だ。この八年、何の違和感もなく暮らしてきた。なのに……今朝、家を出たときは間違いなく自分の家だったものが、今はすっかり余所余所しい。
明かりが点いている。もう帰っているのか……今日に限って、珍しく帰りが早い。
内心で舌打ちしながら、玄関のドアを開く。
香ばしい香りが鼻腔を擽る。夕食はカレーらしい。
リビングでは、一人の女性がカレーを小皿に移し、丁度味見をしているところだった。
「ただいま、母さん」
「おう、おかえり朱。……あぁ、たまにはおかえり言うのも悪くないな」
そう言って、篠宮ハルは微笑んだ。思い出す前のアタシは彼女を母親だと思い込んでいたのだ。故に母さんと呼んでいる。
少し青みがかった長い黒髪を結い上げたハルさんは、くるり、と向き直ると夕食の支度を進めていく。
私は……上手く微笑えたろうか?
その日、私は夢を見た。
母が私を殺そうとする、事実とは真逆の夢だ。
夢の中で私は少しも驚きはしなかったし、怖くもなかった。母はいつかこうするのだろうとどこかで思っていた。
暗闇の中、包丁を振り上げる母の姿がいつしか舞に変わっていた。
西原舞。私の一番の親友……だった人。
夢の中、私は舞に殺される。
きっとこの先、何度も何度も何度も私は彼女に殺されることだろう。
彼女だけではない。あの夫婦、母、私が殺してきたすべての人に幾度も幾度も――。
目が覚めると、いつも通りの朝。窓から射し込む日の光も、部屋にあるお気に入りの小物も、染みだらけの天井もこれまで通り。
何も変わらない。
変わったのは、舞と私だけ。
日常は変わらず廻り続ける。私一人を取り残して。
“記憶の中の朱” 完
最後までお付き合いくださり誠にありがとうございます。感想、アドバイス、ダメ出しなどしていただけると嬉しいです。