第9話 撮影当日(後編)
「シャイニー佐那美ここに爆誕!」
彼女がそう叫んだ瞬間、彼女の周りに設置されていたドライアイスが煙として爆散する。
そこにはステッキを構えて可愛らしいポーズでビシッと決めた佐那美がにいた。
僕にしてみれば何が何だかの混乱状態である。
脇にいたクリオにあっては引きつった笑みでフリーズしている。
きっと、爆笑を我慢しつつもあまりの出来事に困惑している様子だ。
ここは僕が説明するしかない。
「み、皆さんすいません。彼女は弊社の専務、うちの幹部ですぅ……」
僕の説明に、スタジオは一瞬凍り付くが、それから数秒後には周りは大爆笑と化した。
どや顔していた佐那美は、それを聞いて恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてその場でフリーズしていた。
それにしても何でばあちゃん佐那美をスタジオに呼んだんだ?
ひょっとして、僕を映画俳優にさせた件で地端プロダクションに復讐をしているのか?
なんだかわからないまま話が進んでいく。
そんな中、大物一人は違った。
「あっははははは……ダメ、死んじゃう。むりぃぃ!」
腹を抱えて大爆笑しているのは……例のトラブルメーカーである。
慌ててカエデがツカサの口を塞ぎ、梅花がツカサの顔を手で覆う。
――うん、君は後で佐那美にぶっ飛ばされると思うよ。
今、佐那美は半泣き状態で君をギロって睨んでいるから。
とりあえず過ぎたことを気にしてはいられない。
今はテレビでのやり取りをうまく熟す必要がある。
僕は慣れない環境で少し戸惑うが、先ほどまで引きつった笑みを浮かべていたクリオは気持ちを切り替え澄ました顔をしていた。
「ずいぶん落ち着いているね」
「何言っているのよ。レイこそ落ち着いているじゃないの」
「いや、慣れないよこんな勝手が違う仕事」
「私もそうよ。佐那美じゃないけど内心チビリそう」
「そうはみえないけど」
「いや、内心バクバクものよ。特にアレ……」
クリオはそっと指先をTKBに向けた。
彼女らはお互いの腕を組み合わせて……っていうか、真ん中にトラブルメーカーツカサが梅花、カエデに腕を掴まれている状況である。
何かあれば関節技決めるぞ……ってところだろうか。
ツカサにあっては迷惑そうな表情をしているが、抵抗することなく大人しく座っている。
「多分、大丈夫だと思うよ。でも問題は……」
僕はTKB、特にツカサが何かやらかすことについては全く問題はない。
ただ、ここにいないあの子らのやらかしが非常に心配である。
「――佐那美と美子と眞智子のことね」
「そう。特に美子さんと佐那美さんが何かしでかすかって心配なんだけど……でもまぁ、眞智子さんがいれば体裁は保ってくれるから何とかなるかな……」
何だかんだ言っても眞智子は肝心なところをフォローしてくれるので、僕は彼女に信頼を寄せている。
僕はそう感じているのだが、他の人にしてみれば違う様だ。
「何言っているのよ。眞智子は私らにとって一番質が悪いやり方で進めるからアレはアレで問題なんですけどねっ!」
まぁ確かに眞智子のやり方は最終的に自分が望む方向にねじ曲げるところがある。
――それも強引に。
クリオにしてみればそれが気に障るのだろうけど、僕にしてみればあまり害のないことだから問題ないといえば問題ないけどね。
「レイ、眞智子で思い出したんだけど、この後って……」
「確か街頭インタビューじゃ――」
僕はクリオの不安そうな質問に淡々と答えようとしたのだが、そこでハッとしてクリオの顔を見合わせた。
目の前のクリオも顔色が青くなっている。
僕らの不安を余所に番組が進行していく。
「では、街の皆さんにも地元アイドルについてインタビューしてみましょうか」
ばあちゃんのかけ声と共にカメラが切り替わる。
出演者用のモニターに映し出されたその場所は有名な場所。
『さあ、有楽町にやって参りましたぁ』
街頭インタビューでおなじみの場所。
日本のお茶の間で見慣れた中華料理店前で見慣れた女子同士が揉めている。
「あのバカ達、銀座に遊びに行っているんじゃなかったっけ?!」
クリオは彼女らをみて動揺している。
「確かに銀座あたりだと思うけど……って確か銀座と有楽町は目と鼻の先じゃなかったっけ?!」
厭な予感を感じてる僕らを余所にインタビューは進んで行く。
幸い、番組スタッフは違う女の子達に声を掛けていた。
さて話は戻るが、その見慣れた女の子であるが――当然、美子と眞智子である。
よく見ると美子を眞智子が抑え込んでいる構図であり、美子が眞智子を振り払おうとしている様子だ。
しかも、美子は服を上から下まで新調しており、眞智子も美子と同じメーカーの服だと思われる上着を着込んでいた。
この服のデザインは――ユニシロか?
僕やクリオ、そしてTKB彼女らもプライベートでは大変お世話になっているところで、ここに行けばそれなりに揃うコスパ最高のアパレルショップである。
確か銀座にもショップがあったハズだ。
財布の固い彼女らが、佐那美みたいに高級ブランドの高い服を買う事はないからね。
もっとも高級ブランド大好き佐那美のことだ。ユニシロの服なんて着ていたらまずバカにするだろうけど……
そんなことを考えていたらクリオが横から小声で囁く。
「眞智子と美子、服新調しているわね」
「あれユニシロの新作だけど、それほど高くはなかったと思うけど……なんでこのタイミングで?」
「そんなの決まっているわよ。テレビに出ようとしているんじゃないの? だってレイのママさんいないじゃん。美子のことだから途中ママさんを撒いてきたんだろうね。それを眞智子が追いかけて止めに入ったパターンね」
「なんだかもの凄く悪い予感がするんだけど――」
「気が合うね。私もよ」
僕は司会者であるばあちゃんに視線を送るが、ばあちゃんはカンペを見ている様でその画面に気がついていない。
僕とクリオは顔を顰めながら様子を見守る。
すると、案の上中継スタッフが美子達に気がつき声を掛けた。
『あのぉ、インタビュー宜しいでしょうか?』
その声を待っていましたと言わんばかりに――
『ばあさん見ているぅ? 美子だよぉ!』
美子はここぞとばかりにカメラに手を振りアピールを始めた。
彼女を抑えていた眞智子は『は~ぁ……』と深いため息を付き彼女から離れ頭を抱えている。
そして、こちら側ではばあちゃんがその声を聞いて慌ててモニターを確認し、口が半開きになって絶句状態である。
こうなってはインタビューを終了することは不可能だ。
向こうの中継スタッフはこちら側の不安を余所に話を続けた。
『見た感じ高校生ですかね? 今日は有楽町・銀座にはお買い物ですか?』
『はい。お買い物で~す。お目当ての服買っちゃいましたぁ!』
意外とまともな事を言っている。
――が、どうも誇張している気がする。
『お小遣いで買ったの?』
『いいえ。買ってもらいましたぁ!』
横にいた眞智子が何かに気付いたのか『バカ、おまえ挑発するんじゃない』と止めているが、美子はそんなのお構いなしに話を続ける。
『ある人に買ってもらいましたぁ。ありがとうねぇ』
この様子に違和感を感じた。
まるで美子は誰かを挑発するかの言い回しである。
ここで中継アナウンサーが『どなたに買ってもらったの? 先ほど名前が挙がったおばあちゃんに買ってもらったのかな?』と尋ねる。当然、ばあちゃんは俺の顔を見て手を振って否定している。
――じゃあ誰?
するとさっきから突っ立っている魔法少女がワナワナと震えだした。
「ちょっと、そこの頭のイカれたアンタ! まさかその服……」
スタジオの佐那美の声が有楽町の中継スタッフが持っていたタブレッから美子や眞智子に届いたようで、美子は釣れたと言わんばかりにニタァ……と厭らしい笑みを浮かべ答えた。
『やっぱり佐那美だぁ~番組出られて良かったねぇ。ところで銀座で服買っちゃったぁんだぁ。ありがとう佐那美、必要経費で落としてくれて!』
やはりそこを突いてきたか。佐那美を一発で怒らせるその一言を。
「はぁあああああ! 何言っているの! そんなの必要経費になるわけないじゃん!」
案の上、佐那美が絶叫に近い声でガチ切れし始めた。
しかもいつもならば品物を一目見ればすぐにわかる彼女なのに、勝手が違う現場の所為かそこまで頭が働かず、冷静な判断が出来ない様だ。
だからこそ彼女の頭の中では『銀座=超ブランド物』という公式から抜け出せないのである。
美子は佐那美がパニクっているところを狙い、さらに彼女が激怒するワードを持ち出してきた。
『だってお兄ちゃんの法人カード……だっけか? それ預かっているから』
佐那美をはじめクリオやばあちゃんが僕の顔を注視した。
確かに僕自身も戦車ですらそれ一枚で買えるカードはもっているけど……ていうか、いやいや確かに美子に何かを買ってあげることはしたとしても、僕の個人のカードや法人カードなんか、けして人に預けたりしないからっ!
でも、僕は美子に甘い。
それは周知の事実だ。
だから僕の脇にいたクリオでさえ僕の顔を見て疑っている。
当然、僕は顔を横に振って否定した。
一方で、こういう時でも眞智子は通常運転で常識ある行動をとる。
『いやいや、それ言葉足らずだよ。だってそれ買ったところは――』
きっと彼女はこう言うつもりだったのだろう、『買ったのはユニシロで自腹で買った』ってことを……
彼女は僕がらみでなければ常識人である。
ただし、元ヤンだけあって非常に気が短い点は除いてだけど。
だが、佐那美の一声でただし書きの一面を引き出す結果となった。
「うるさい黙ってろクソヤンキー! 今あたしはそこの頭がおかしい女と喋っているだろ!」
一瞬、聞こえるハズのない「ブチ……」と何かがキレる音が聞こえてきた。
その瞬間、僕の脇にいるクリオが頭を抱える。
「やっちゃった……あのバカ……」
咄嗟に眞智子の顔をモニター越しで見る。案の上、顔を引きつらせて微笑んでいる。
こう言う時って、何か彼女が反撃する顔なんだよね。
『佐那美、私からも言わせてくれ――老舗の料理、ごちそう様』
そして眞智子はニヤリと微笑んでとある人物を巻き込んだ。
『美味かったよね、美子!』
彼女の意図を読んだのか咄嗟に話を合わせる美子。
『……あぁっ! そうそう、そこはかとなく歴史を感じる料理も頂きましたぁ』
こう言う時の美子と眞智子の掛け合いはもの凄く馬が合う。
基本的に二人は僕がらみでなければ喧嘩はしないし、共通の敵がいれば共に排除に回る。
ちなみに、今回彼女らが言う『銀座の老舗』って何とか屋総本店のあんぱんのことだと思う。
美子は銀座行けば必ずそこのあんぱんを買っているくらい大好きだ。
だが、そうとは知らず佐那美は彼女らの策に翻弄されいる様で、信じられないといわんばかりの顔で硬直している。
そしてトドメを刺したのは――やはりあの子である。
「そう言えば、銀座と言えば急兵衛とか尾久寺のお寿司屋さんとか煉瓦庵や資生洞パラソルなんて洋食レストランあるんでしたっけ? 私も食べてみたいなぁ――部長、常務私も一人3万円越えのご飯、経費で食べてみたいですぅ」
ツカサこと一美である。
当然、梅花やかえでが「バカッ煽るな!」、「やめなさい」と口を塞ぐが時既に遅し……
「あはっ……ただテレビ出ただけで、電車代どころかあたしの与り知らぬところで高級ブランド服代や高級料理フルコース……タダでさえ今後もの凄く出費がかさむのに……」
佐那美は半分壊れた様子でブツブツと呟き始める。
ここまでくれば陥落寸前である。
だが、美子は攻撃の手を緩めない。
『佐那美、折角だから帝王ホテルでブッフェ食べて帰らない? うちら二人とTKB、あとクリオとお兄ちゃん、ママ、ばあさんと。あそこ一人15000円ちょっとだから……』
美子のトドメの一言に、いつもなら計算出来ない佐那美が「……15万円越え」と瞬時にはじき出し、そのまま泡を吹きだしてしまった。
それから佐那美は後ろにバタンと卒倒した。
僕らやスタッフ、その他出演者が慌てる中、「こうやって敵を潰すのかぁ……勉強になるなぁ」とツカサこと一美は感嘆な声を漏らしているが、敢えて言おうキミがやったら間違えなく仲間の二人を巻き込んで酷い目に遭うから絶対にやめなさい。
そんなことよりも……
佐那美がぶっ倒れたことでばあちゃんはスタッフにそのまま中継を続ける様に話すと、僕らに倒れた佐那美を解放しながら退場するよう手振り身振りで指示をする。
この辺は臨機応変がうまい。流石は大御所とも言われているのも頷ける。
こうして僕らのテレビ出演は幕を閉じたのであった。




