第7話 放送当日(前編)
「とりあえず今からスタジオ行くんだけど……」
今日はテレビ局の放送当日。
事前に司会者であるばあちゃんに挨拶の電話を掛けたのだが……それとは違う件もお願いする羽目になる。
その依頼者2人が僕の脇で一生懸命手を擦り合わせていた。
佐那美と美子である。
彼女らは前回ばあちゃんから連れてくるなと閉め出しをくらってしまい、彼女らから泣きつかれて連絡した次第である。
その彼女らは涙目になりながらジッとこちらの様子を窺っている。
佐那美は事務所の役員として現場に立ち会いたいと、美子は「何で私が出禁くらわなきゃならないわけ?!」と、それぞれ訴えている
なお、彼女らに会話内容を聞かれないためスマホのスピーカー機能はオフにしままにした。そうしないと横の2人が銘々・ギャーギャーと騒ぎだし、交渉が決裂する虞があるからだ。
「うちの美子さんと地端さんちの佐那美さんをそっちに連れて行っていいかなぁ……」
僕のお願いにばあちゃんは深いため息を付く。
明らかに難色を示している。
『あの2人かい……撮影スタジオには入れられないよ。だって美子は何するかわからないし、地端のガキの子は――個人的に苦手だ』
やっぱりそうだろうな。
「なら、控室はいい?」
『だったら地端んところの子なら構わないけど……』
ばあちゃんは言葉を選びながら答える。
裏を返せば、美子は『仕事上絶対NG』というところだろう。
それに対して佐那美は『外部』にたいしてはだけは常識人である。
仮に佐那美は僕らに対してギャアギャアと騒ぎ迷惑を掛けることはしたとしても、外部の人間に対してはけして騒がず迷惑行為はしないし、相手が曲がった行為をすれば誰であっても窘める。
実際にばあちゃんも彼女に窘められた一人であり、その辺は信用されたのだろう。
とりあえず佐那美の方は何とかなった。
残るは問題児だ。とりあえず名前を出してみる。
「あぉ~……美子さんは?」
『美子かぁ……』
明らかに渋っている。
そして言葉を選びながら答え始める。
『……いや、プライベートは構わないんだよ。私もあの子のババアだし。でもあの子は何しでかすか分からないところがある……私も仕事上立場あるからねぇ』
そりゃそうだ。
美子は僕を手中に収めるために順法精神そっちのけで、どんな手段を使っても躊躇することなく目的を果たそうとする。
――まぁ、実の兄相手に事実婚を狙っていること事態ありえないよね。
それ故周りの女の子から『基地外』認定されている。
その美子の事だ。生放送のテレビ番組が目の前にあるとなれば、例え司会が祖母であろうとも迷惑そっちのけで何か仕掛けてくることは容易に想像できる。
例えば『お兄ちゃんと結婚しまーす』なんて流された日には収拾が付かない。
『この歳だから降板するのはやぶさかではないが……さすがに身内の迷惑行為ってもんは勘弁だね』
だから美子をテレビ局に連れて行くには何らかの保険は必要となる訳だ。
「じゃあ、母さん連れてくる?」
僕は彼女に対する最大の圧力である母さんの名前をだした途端、脇にいた美子が顔を青ざめ必死に首を横に振った。
まさに必死な様相である。
そう言えば美子の処刑は未執行のまま……もし母さんが合流するとなれば、合うや否やその場でボンバイである。
――可哀想だが仕方がない。
最悪の事態を防ぐ為にも保険は必要である。
それは最大の抑止力になるだろう。
この提案にばあちゃんの深刻な口調が解けた。
『それなら構わないさ。美和子さんが保証人ならさすがに美子も無茶苦茶しないだろうし。でもねぇ……』
だがそんなにことはうまくいかない。
『美和子さんが嫌がるんじゃないのかねぇ……』
確かにばあちゃんが言うとおり、母さんとの関係に微妙な確執があるだけに、そんなことで母さんが動員されたら困惑そのものである。
それが美子がらみとなると彼女に対して怒り心頭となるのは容易に予想出来る。
そうなるとその巻き添えを食わないようにしなければならない訳だ。
――何て言ったって犠牲者は少ない方がいいからね。
「そこは悪いけど説得してもらうしかないかな……美子さんか誰かに」
チラリと美子を見る。
美子は顔色を真っ青のまま、「ちょっとお兄ちゃん……外部スピーカーにしてくれない……何か嫌な予感がするんだけど……」と震えている。
そしてなぜか笑顔で微笑む眞智子。
彼女は自分のスマホを美子に差し出す。
「美和子さんOKだってさ」
「お……オワタ」
美子がその場で崩れた。眞智子が差し出したスマホに表示されたSNSにはこう記されていた。
東京に行くのかぁ……しかたがない、眞智子さんも協力よろしく。
でもその前に執行するから、美子を逃げないようにして頂戴。
眞智子、母さんへの素早い連絡ありがとう。
これで(僕らが)無事に、美子もなんとか東京に行けるね。
まぁ、僕が知らないところで2人が結託して何かしでかすという一抹の不安が残るが、母さんらに美子を託すこととしよう。
「ばあちゃん……母さんのOKが出たので、美子さんとデパート巡りさせるよ」
『それならそうしてくれるかい』
そういう形で話はまとまった。
あとはTKBの連中である。
彼女らにはクリオから話をしてもらうことになった。その関係でクリオは一足先に一美を引き連れて集合場所である旧道場レッスンスタジオに向かってもらった。
クリオは佐那美みたいなパワハラ対応はしないので彼女らの信頼は厚い。
かえでさんや梅花さんをうまく動かして一美の暴走を制御するハズだ。
さて、今ここにいるのは僕と佐那美、美子、眞智子の4人である。
眞智子と美子、そして途中合流する母さんは地端プロダクションの人間ではない。
当然、この件に関しては部外者である。
本来ならば仕事に向かう僕らとはここで一旦お別れだなのだが佐那美曰く「途中までは同じ方面なのでどうせなら皆で一緒に行きましょ。それくらいこちらから負担するわ」と快諾してくれた。ありがたく彼女の厚意に甘えることにした。
その理由であるが、佐那美曰く「河輪田明穂先生に繋いでくれたお礼と美子が好き勝手にしないための必要経費」とのことだ。
それにしても守銭奴佐那美にしては眞智子や美子、さらには母さんまでの交通費を必要経費として出すなんて大盤振る舞いもいいところだ。
――でも、なぜか厭な予感がする。
でも人の好意を悪く考えるのは良くない。良い様に考えることにしよう。
だが、問題はそれだけではなかった。
「眞智子、何でアンタまで一緒にくるのよ!」
再び美子である。
眞智子も同伴することに難色を示しているのだ。
ただ、眞智子も肝が据わっているとのか怖い物見たさのヤンキーというのか……躊躇うことなく挑発する。
「別に美和子さんと将来のことを話ながら一緒に買い物してもいいでしょ……まぁ、小姑のアンタも一緒にどうぞ」
……ていうか、僕の奥さんになるつもりなの?!
「てめえ、ふざけんなよ! なんであんたとお兄ちゃんが結婚する体で話を進めているんだ? マジ56すぞ!」
どっちが元ヤンなのかと疑う様な言動で元ヤンを威嚇する美子であるが、眞智子は美子に全く動ずることなく軽くいなす。
「でも、私がいれば何度もぶっとばされることはないでしょ?」
確かにそれは言えている。
母さんだって人前で何度も公開処刑をするほど馬鹿ではない。
眞智子はそういう体で一緒に行くと言っているのだ。
でも、絶対に何か裏があると思うけど……
「……わかったわよ。でもあんたふざけたことしたら56すわよ!」
美子もそう感じていたのか、彼女の帯同に渋々納得した。
それに対して眞智子はニッコリと微笑んでいる。
しかも何となくであるが北叟笑んでいる様にも見える。
絶対に何か企んでいるよなぁ……眞智子って美子以上に策士だからなぁ……
でも、これからすることがあるのでそれはスルーした。
…………………………
…………………………
僕たちは駅でクリオと弊社アイドル3人と合流。彼女ら4人は余所行きの格好で、特にクリオにあてはビジネススーツを着込んでいた。
クリオは僕の方に近づくと人差し指を僕の胸当たりで突く。明らかに不満そうな表情である。
「レイ、あんたマネージャー役するんでしょ? なんで普段着なのよっ、スーツ着てきなさいよ!」
――うん、すっかり忘れていた。
僕と眞智子、美子は前日佐那美の家にお泊まりとあって普段着のままだった。
ただ、佐那美に関しては自宅ともあり、余所行きの服を着ている。
「元ヤンと基地外はどうでもいいけど……なんで神守君はスーツ持ってこなかったの?」
僕を窘める口調でさりげなく眞智子と美子をディスる佐那美。
二人は白目で佐那美を睨み付けるが、数秒で彼女から視線を逸らせた。
そして身体を揺らせて堪えている様子である。
――何となくだが、この二人何かやらかしそうな気がする。
この2人の様子に佐那美は気がついていないようだ。
あんまりジッと見ていると怒られそうなのでスルーして佐那美の質問に答えることとした。
「ごめん、途中で新調するよ」
僕はその場で当日仕立のお店を検索しようとスマホを取り出すが、佐那美が掌を置きそれを遮った。
「そんなことしなくても、衣装借りましょう」
そして末尾にボソリと「衣装如きに経費使うのはナンセンスよ」と呟いた。
そう言えばばあちゃんのステージ衣装……っていうか着物はみんな局のレンタルしているって話をしていた。
――だけど今の僕みたいな端役に衣装貸してくれるかなぁ。
そんなことを考えていた時、ふとTKBの衣装のことを脳裏に過ぎった。
「彼女らの衣装も借りられるの?」
それは直ぐさま佐那美に否定された。
「あのねぇ、こいつらは一応アイドルだからステージ衣装はこちら側で用意しているわよ! そのこいつらが持っているキャリーケースが衣装入れなの……ってあんた!」
そう言った途端、佐那美は一美を見て怒りだした。
そう。クリオや梅花、かえではキャリーケースを持参しているのにもかかわらず、ツカサこと一美は何も持参していない、いわゆる手ぶら状態である。さらにクリオなんてショルダーバッグまで用意しているのだから一美は悪目立ちする。
「私が手ぶらなのが気になる……と」
「そう、この問題児!」
ただ、それには理由があった。
それを梅花が説明する。
「うちから説明するわ。このヴァカが変な道具仕込まない様にキャリーケースはクリオ師匠に預かってもらっているですわ」
梅花は露骨に迷惑そうな表情で一美を睨む。
あ~ぁ、盗聴器とかGPSとか……なんか怪しい道具持って来そうだもんね。
さらにかえでが続く。
「私は地方巡り嫌いではないんですけどね……まさかこのおバカさんの所為で土日はず――っと地方巡りさせられるとは思いませんでしたよ。ただでさえ平日の日中は学生やっているのに貴重な土日の休みがなくなるなんて堪ったもんじゃありませんしねぇ……ていうか、『しねぇ』で思い出したんですけど、あなた本当に豆腐の角に頭ぶつけてくれません?」
なにげに酷い事を言っているかえで。冷め切った表情で一美に白目を向けている。
そりゃ……一美のストーカー行為の所為で解散の危機やら土日返上で地方にドサ回りをさせられるやらで怒り心頭ですね。当の本人は蛙の面にナントカですけど。
そんな中、彼女らの面倒を見ていたのは事務所の先輩であるクリオである。
一応、僕も面倒をみていたのだが、問題児の一美もいるし、やはり同性のクリオが適任であるとのことだったので、表だってはクリオにお願いすることにしている。
それにクリオは何だかんだで面倒見がいい。『クリオ師匠』っと言われるくらい彼女らに慕われているくらいだ。
「佐那美、そういうことで良いよね。衣装は確認してある。とりあえず薄い青で3人とも統一させた」
「まぁ、あんたがそれでいいならあたしもそれでいいわ」
佐那美は若干ふて腐れた表情で話を打ち切った。
部下であるハズのクリオに理想の上司である姿を見せつけられては彼女としては面白くないというのが本音だろう。
それから間もなく母、美和子が到着。
母さんは皆に軽く挨拶をすると、美子の胸ぐらを掴んでどこかに行ってしまった。
それから2、3分後、頬を真っ赤に腫らせ涙目になっている美子と戻ってきた。
「今日はこんなもんで許してあげるわ……」
「…………」
どうやら執行された感じだ。
これで一応は片が付いた。さて、そうなると彼女らはどこで時間を潰すのだろうか。
「そっちはこれからどこで時間潰すの?」
僕は母さんに質問すると、すかさず美子が「そうね…………とりあえず買物かな」と話に割り込んだ。
――買物?
僕が首を傾げていると、すかさず眞智子が「あんぱん買いに行くのか?」と呆れた表情で美子に問い始めた。
――あんぱん?
更に僕が首を傾げると、今度は母さんが「えっ、あれってまだ売っているの? 吸うと頭馬鹿になるわよ。ダメよそんなの買っちゃ!」と何やら強く拒み出す。
――なんだ、吸えるあんぱんって売っているのか? それって何か問題あるのか?
すると眞智子が顔をぶんぶんと左右に振り「私が言っているのは食べ物、お菓子!」と否定し、母さんは勘違いをしていた事に気付き顔を真っ赤にして俯いてしまった。
どうやら母さんが勘違いした様である。
ただ、母さんと眞智子以外は誰も分からず首を傾げたままなので何と間違えたのか不明だ。
――あとで父さんにでも聞いてみよう。
そんなやり取りをしているとようやく美子は眞智子への質問を答えた。
「あんぱん食べたければ買ってくるけど……当たらなくとも遠からずね」
「どこかでパン菓子が特売でもしているところがあるのかい?」
僕は美子に質問するが、美子は「楽しみにしていてね」とだけ答えてそれ以上は答えなかった。
それから電車に乗り込み、上野で山手線に乗り換えた。
途中で母さんと美子、眞智子と分かれるのだが……
――何か厭な予感がする。
一抹の不安を残したままテレビ局へと向かうのであった。




