第3話 ハラハラさせないでよ
朝食後間もなく佐那美がタクシーに乗り込みうちに押し掛けてきた。
約束の時間よりもずいぶん早い時間である。
何でも行く時間と到着する時間をごっちゃにしていたようで佐那美の母親である佐那子さんに急かされ慌てて来たとのことだ。
その割には高そうな女子ビジネススーツに身に纏い化粧も念入りにしているところをみると、それだけ重要な商談だと思われる。
――そんな大切な商談の時間を間違えるなよ。
とりあえず僕もスーツに着替えたが、美子はというと……
「私、ジャージでいい?」
彼女にしてみれば面倒事に巻きこまれた訳で、あからさまにテンションが低い。
それどころか露骨にイヤイヤ感を醸し出している。
普段の佐那美ならすぐ感情的になって美子が一発で頭にくるワードを口にしているところであるが……
「勘弁してよぉ~っ、後で服買ってあげるからとりあえず良い服着てくれない?」
今日に限って下手である。普段の佐那美なら絶対に言わない言葉である。
守銭奴の彼女がそうまで言うくらいだから、今回の商談はかなり気合いが入っているわけで、こう言う時に『あーでもない、こーでもない』なんてケチつけようものなら確実に佐那美が号泣してしまうだろう。
さすがの美子もそうなることを察したのか、顔を引きつらせ面倒臭そうに、
「……本当に服買ってくれるんだよね?」
と念を入れて佐那美に確認する。
「買うから、約束するから、早くぅ!」
佐那美は若干涙目になりながら美子を急かす。
「まぁ守銭奴のアンタがそこまで譲歩しているのだから、ここは素直に従ってあげるわよ。でも私がクソ高い服選んでもお兄ちゃんにお金出させないでね!」
「大丈夫っ、事務所の経費で落とすからっ!」
美子はため息交じりに「わかったわよ」と一度部屋に戻り、外行きの服装に着替え直してきた。
◇◇◇◇
それから僕らは駅に向かうタクシーの中で仕事内容を確認する。
今回の商談相手はテレビ局のディレクター。
その内容は大手のアイドルが地元アイドルを紹介する番組で、うちのTKBも出演させてくれるというものだ。
よくTKBがその枠に入れたなぁ……と思っていたのだが、コレには裏があった。
「本来その枠に入っていた子って、アノ事件を起こしちゃったアイドルだったりする」
「あぁ……不倫しちゃったんだっけ?」
佐那美の裏話に相槌を打っているのは美子、女の子ってこういう話好きなんだよねぇ。
「当然その子はキャンセル。その空きが出たんでうちの事務所にお声が掛かったのよ」
なるほど、それでヒマそうにしているうちのアイドルにおこぼれがまわって来たのか。
「佐那美さん、TKBの仕事は歌枠? バラエティ枠?」
僕の問いに佐那美は引きつった笑みを浮かべて答える。
「うーん……トーク番組なんだけどね……一美がボロ出さないか心配なのよねぇ」
一美とは我が社3人組アイドルグループ『TKB』そのメンバーツカサの芸名で、本名は織田一美。
この子はダンスが得意な女の子で、クールなお姉さんキャラが売りなのだが……本当はただのコミ症。その上、僕をストーキングしているポンコツキャラである。
他のメンバーは梅花やかえで。梅花はトーク力、かえでは歌唱力に長けており、彼女らはうちの女の子達にない『一般常識』を持ち合わせているので、一美がボロ出さない様にカバーに入ってもらっている。
だからトークイベントならこの二人に任せておいて、ツカサはあまり喋らせない方向で考えた方が良いだろう。
――それよりも問題がある。そのことを口にしようとしたところ美子が割って入ってきた。
「そう言えば、今から行くテレビ局って芸能界のハラスメント関係特集していなかったっけ?」
まさにそれだ。
パワハラ佐那美がテレビ局行くなり、テレビ局の記者から質問攻めにならないか……と一瞬脳裏に過ぎる。
あいつ、クリオやTKBに対してパワハラばっかりしているから、弊社所属エセ外人やポンコツアイドルあたりからマスメディアに密告されてないか心配である。
そしてそれに対しての佐那美の答えた的外れなものである。
「大丈夫。うちの事務所で圧力掛けるから問題ないわ」
――絶対NGじゃん。
美子があきれ顔で釘を刺す。
「どこかの大手芸能事務所も元代表が性的ハラスメントしたということで会社がメチャメチャになっている話って聞いたことない?」
「それぐらい知っているわよ」
佐那美は馬鹿にしないでと言わんばかりにムッとしている。
そういえば今回、TKBが出演する番組の司会の子はそこの事務所所属のアイドルだったと思う。
それにしても因果な関係だ。
そして同じくハラスメントをしているうちの事務所幹部、自分がやらかしている自覚はなさそうだ。
◇◇◇◇
それから2時間後、僕らは東京の某放送局の楽屋にいた。
本来ならばどこかの会議室や商談室みたいなところに案内されるハズなのだが、何故か僕らは楽屋に通されてしまった。
楽屋は楽屋でもかなり大きめな場所。
その隣なんかは見覚えのある名前の札が張り出されている。
――河輪田 秋穂
彼女は人気のベテラン歌手で演歌からポップス、RBすら熟す。
今は歌に限らずバラエティや旅番組などあらゆるで常連の芸能人だ。
そう言えばあの人は、最近ここのテレビ局に出ているよね。
幸い、佐那美や美子は彼女の楽屋が隣であることについては全く気がついていない様子。
もし僕がその名前を口にしようものなら佐那美は『ご挨拶しなければ!』と意気込み、美子に関しては『ちょっと顔出していかない?』なんて言いかねない。
あとで相手から怒られるのは嫌なので見なかったことにする。
さて楽屋で席に着いてお茶でも啜っていると5分もしないうちにテレビ番組のディレクターのお姉さんが現れ、佐那美にペコペコと挨拶を始めた。
「えー本日はお日柄も良く、遠路遙々弊社放送局へお越しくださり――」
それにしても何か変だ。
普通、こんな海外メインの零細プロダクションの小娘相手に、国内のテレビ会社のディレクターがペコペコお辞儀するはずがない。
しかも額にうっすらと汗をかいて顔を強ばらせ緊張している様にも見える。
実際に場慣れしているハズの佐那美でさえ困惑している。
このディレクターはTKBをだしに僕とクリオのことを出演させたいとでも考えているのか?
だが今回出演させるのはTKBだし、僕らが出ると彼女らはバーター扱いになってしまう感もあるのでそれは是非とも避けたいところ。
そして意を決してディレクターが口にする。
「ところで、出演予定の番組なのですが……非常に言いにくい事なのですが」
彼女がもごもごしている理由は『言いにくいことだった』からである。
うちらに対して言いにくいこと――つまり『TKBの出演はなくなった』と考えるべきだ。
これはあの佐那美でもすぐに理解できた様で、すぐさま口噛みついた。
「非常に言いにくいということはどういうことですか?」
確かにここまで期待させ出張らせておいて、ここに来て『TKBの出演がなくなった』というのはあまりにも切なすぎる。
それだからこそディレクターが非常に言いにくそうな感じで言葉を選んで答えている。
「そ、それが……その番組自体がなくなってしまいまして……あの件で」
あの件?
不倫したアイドルの件か?!
佐那美がそれを確認したところ、どうもその件とは違うらしい。
「あの大手芸能事務所のタレントさんをうちでは出せなくなっちゃったんですよ。そうなると司会する子もキャンセルということになりまして……」
あぁ、そう言えば今朝話していたもう一つの不祥事の会社の件か。
確か司会のアイドルがいなくなるとアイドルの卵、地元アイドルと語り合うという番組コンテンツが成り立たなくなる。
まぁ、司会をお笑い芸能人でも代役が立てられるだろうが、番組自体を潰すとなるとうまく代役が立てられなかったのだろう。
「すいません、うちのテレビ局に限らず、どこもハラスメントについて厳しいですから」
芸能人というモノは流行廃りがある。
それが本人の意図しない周りに起因するものだったとしても、その本人の人気に影が差さない訳ではない。
だからある日現場で突然不条理な待遇をされたとしても、本人の現状がそうなのだと納得せざる負えないのだ。
だが、ここまで来てそれはないだろと佐那美が憤る気持ちも分かる。
あの子はあの子なりにタレントを気遣っている。
「それでは代わりの番組にねじ込むってことは出来ないんですか?」
「すいません。他の事務所からも同じお願いされていますが、ホントに空きがないんですよ」
そのお姉さんディレクターが困惑した表情で説明する。
彼女の立場的説明には嘘偽りはなさそうだ。
僕は美子に『他に何か手がないか』と視線を送るが、美子もこれ以上は無理だろうと首を横に振っている。
ここらが潮時なのか。
だが、佐那美は諦めていなかった。
「じゃあ、サンディ=クリストファーとかレイン=カーディナルなんかもないんですね!」
佐那美は語気粗めにクリオと僕の名前を挙げた。
そもそも僕らはトークイベントは苦手だ。当然これは違う意味でディレクターに発している。
――所謂警告である。
これは暗に今度撮影する映画「極めよオタク道2」のことを指しているのだろう。
前作はかなり人気があったので続編が内々で決定している。
もちろんこれは極秘事項なのであるが……というか広報部長を解任されたハズの佐那美がマスコミ各社にサラッと情報を流してしまい今や周知の事実である。
佐那美はそれを利用して『この局では映画の宣伝を主演にはさせない』と暗に脅しを掛けているというのだ。
「いや……それは……」
すぐに意味を察し動揺するディレクター。
「御社はレインやサンディは良くてTKBではダメって言いたいんですか!」
佐那美はここぞとばかりに声を荒げ、寄りにもよって他社の人に威圧を掛け始めた。ディレクターのお姉さん「うぅ……」と涙目になっている。
これはすぐに止めないといけない。
「佐那美さんダメだよ。そんな圧を掛けてもこちらの方にはそこまでの決定権はないよ」
「うるさいわね、素人は黙っていないさい!」
佐那美は完全にキレていた。
しかも僕にまで怒鳴りつけてきたのだ。こうなると止められない――が、ここは止めないとうちの事務所までが叩かれてしまう。
もう手段は選んでられない。
「美子さん、クッキーないか……たらふく食べさせようと思う」
そう美子に声を掛けると、彼女は目とかっと見開いて口を震わせ驚いた。
「や……8るつもりなの?!」
美子は手を震えながら例のクッキーをどこぞから取り出す。
僕はそれを彼女から奪い取ると、それを佐那美にチラつかせた。
佐那美は最初は「五月蝿いわね!」とイキっていたが、『それが何であるのか』を理解した瞬間、その場に腰砕け言葉を震わせて「か、か、か、神守君……あ、あ、あたしを56すつもりぃ」と悲鳴に近い声を上げる。
「佐那美さん、事務所のためすこし黙っていようか……」
「ひ……ひいいい、神守君が怒っているぅうう」
佐那美は僕の顔を見てブルブルと震えながら悲鳴を挙げだした。
もちろん、彼女が震えているのはこのクッキーの効果もあるのだが……横にいる美子でさえ僕の顔を指差し
「ちょ、ちょ……おにいちゃん、顔、超怖い……」
と引きつった声で怯えているのだから、僕の表情が相当怖いものになっていたのだろう。
本当は佐那美にクッキーをチラつかせて黙らせようと思ったのだが、これはチャンスである。だからここぞとばかりにニッコリと微笑んでみた。
「お兄ちゃん、もっと怖いんだけどぉ!」
「ひいいいいいいぃ!」
当然、その表情は如何にも不自然なもので、コレが却って悍ましいものに見えたハズだ。
案の定、美子は血の気を引いた表情で腰砕けになっていたし、佐那美は僕の笑みを見るなり白目剥いて失神状態である。
まぁ、ディレクターのお姉さんはこの状況が何なのか理解出来ず口を開いたまま立ち尽くしていが、これで佐那美を完全に黙らせることが出来たのでこれで良しとするか。
さて、今度はディレクターのお姉さんに謝罪するか。
――そう思っていたのだが、それは予想外の出来事で頓挫した。
「うるさいぞガキ共! ここは学校じゃねえ、静かにしろ!」
豪快にドアを開けるなりこちらに向かって怒声を浴びせてきた女性が一人。
それは誰もが知るあの有名人であった。
そんな中、美子が声を挙げる。
「何だ婆さん、こんな所に何の様?」
美子の一言でギロッとその大御所が睨み付ける。
その状況を目の当たりにしてディレクターのお姉さんは顔面蒼白でフリーズ。そして失神したハズの佐那美が美子の一言で一発で目が覚め、狂ったように叫ぶ。
「うわあああああ、何て事言うのよぉ! この馬鹿女なああああ!」
佐那美はこの世の終わりのような表情でその場に崩れた。




