第2話 テブラテマンとゆかいな仲間達
「いっ……たいなぁ、もう!」
朝一番、ベッドの上で大声が聞こえてきた。
――えっ、何……僕の上に何かが乗っている。
僕はその何かを確かめるため両手を前に突き上げる。するとムニュ……と柔らかい感触があった。
――何……なに?!
弾力感というか何か突起がついたシリコンボールを掴んだ感じというか……
何を掴んだのだろうと寝惚け眼で確認しようとすると、聞き慣れた声で
「ほらねっ、お兄ちゃんだってヤリたいんだよ。だからこれは仕方ないことだと思うのよ」
と必死で言い訳する声が聞こえてきた。
でもこれって美子が母さんに処刑される前の弁解とよく似ている。
「そんなわけないでしょ! ……ホラ、お兄ちゃんもそんなもん掴んでないでもう少し寝ていなさい」
「……はあい」
僕は突き上げた手を下に降ろすと、そのまま意識が遠のいていくのを感じた。
ただ、いくらかからだが軽くなったのと、
「ちょっ、お兄ちゃん! 睡魔に襲われる前に私を助けてよ!」
という美子の悲鳴が、段々遠ざかっていくのが何となく分かった。
そして
「襲っていたのはおまえだろっ!」
という母さんのツッコミと『ゴチン』という鈍い音を聞いた後、僕は完全に寝落ちしてしまった。
それから時間帯は一家団らんの朝ご飯に移る。
僕は軽めのジョギングとシャワーを済ませた後、食卓につく。
そこには見慣れた光景が広がる。
頭に台所では大きなタンコブを頭に拵えた美子が朝ご飯の手伝いをさせられており、母である美和子が「ホラ、美子これも持って行きなさい」と皿に盛った焼き上がったウインナーソーセージと卵焼きを美子に持っていくよう指示していた。
ただ、今日は土曜日で学校が休みである。あえて言い直すなら『いつもの休日』といったところだろうか。
そしてその時間がまったりと進んで行く。
美子は朝のおかずを配膳していくが、最後に僕の前で立ち止まった。
「ちぇ……お兄ちゃんのソーセージ頂くはずだったのになぁ」
普段の美子ならそんな食い意地を張る様なことはしないのだが、今日に限ってがっついている感じだ。
おかずの特売品のソーセージはそれほど高級な食材ではないのだが、今日はそんな気分なのかな?
まあ、可愛い妹がおねだりしているのだから譲ってあげるのも悪くない。
「3本あるから1本どうぞ」
「いやいやいや。そっちのソーセージじゃなくて……」
美子はそう言って僕の股間のあたりを凝視し始めた。
どうやら食べ物の話ではないようだ……ってか、そっちはダメだよっ!
相変わらず朝から下ネタぶっかましてくれる。
その下品なワードに母さんが反応したのか、作り笑みを浮かべながら美子に問う。
「……何か言った?」
「ち、違う違う。そうじゃない。私の分のソーセージ、お兄ちゃんに1本あげる!」
美子はそういって誤魔化した。
これも恒例行事みたいなものである。
そして若干遅れてきて父である礼治が現れた。
父さんは朝の挨拶をそこそこに
「母さん、そろそろ俺のクルマ買い換えたいのだが……」
と母さんにおねだりをする。
これも日課である。
それに対して
「そんなことよりも、牛久のお義母さんが……」
といって誤魔化すのもいつものことである。
父親のクルマの件について補足しておくが、今のクルマは僕がまだ幼稚園の時に買ったミニバンである。
あれから13年になる。
通常ガソリン車は13年越えると毎年払う自動車税が跳ね上がってしまうらしく、父さんは毎日のように母さんに訴えている。
ところがいつもなら巧く誤魔化す母さんであるが、今回だけはそんな余裕はなかった。
「その話はあとでちゃんと聞くから、今は牛久の話していいかしら」
「牛久? 何でまた」
「昨日の晩なんだけど――」
母さんの話を要約すると、どうやら牛久の婆ちゃんから「顔見せろ」と催促の電話があったようだ。
正直、僕も美子もあの婆ちゃんは苦手である。
だが母さんの場合はそんなレベルではなく、もっと深刻だったりする。
婆ちゃんとの仲は余り宜しくない……と言うより不仲である。その姑が顔を見せろというのだ。
それで母さんは頭を抱えているのだ。
その二人がギクシャクしているのは、どうも両親の結婚に原因と聞かされた。
そもそも父さんと母さんは同じ神守一族で、母さんが本家、父さんが分家といった親戚関係にある。
牛久の婆ちゃんが「落ちぶれた本家が何をエラそうに」と愚痴っているところから察するに、本家を存続させる為に父を婿養子にさせたことが原因なのではないかと僕は考えている。
その婆ちゃんが『牛久に来い』と母さん経由で父さんを呼んでいるらしい。
さすがに知らん顔する訳にもいかないのでその話をしているのだろう。
そして、それぞれの事情を抱えたまま物語がいつものように進んで行く。
それは僕も例外では無い。
昨日の晩、佐那美から仕事の打ち合わせの連絡を受けた。
本来ならば『仕事の打ち合わせ』は僕の仕事ではない。
だが佐那美が所為で、今後は僕も打ち合わせに同席しなければならなくなった。
そして、タンコブこさえている彼女も今回巻き込まれることになる。
「美子さん、佐那美さんから例の連絡があったんだけど……」
美子にそう呼びかけたところ、彼女はあからさまに不機嫌な表情で僕を睨み付けた。
「あ゛ぁん?! 私、テブラテマン……思い出したんだけど……」
なお、これについて弁解させて欲しいのだが、これはけっして僕のやらかしではない。
そもそもの原因は佐那美である。
話は十数日前に遡る。
その日、僕はクリオの写真撮影のため一緒にスタジオ入りした。
彼女が演じるサンディ=クリストファーが海外某有名ブランドの下着モデルに選ばれたということだ。
この案件は佐那美が取ってきたもので、有名ブランドしかも海外の案件なんてそう易々と取れるものではない。
さすがは佐那美といったところだろうか。
だが彼女は優秀なプロデューサーである反面、トラブルメーカーでもある。
クリオも何となく嫌な予感がした様で「一緒に来て欲しい」と懇願され、僕も同伴することとにした。
結果的にクリオの予感は的中、僕もそれに巻き込まれる形となった。
数日後、撮影写真が事務所に届き、それを見た佐那美が大激怒。
いつものヤンデレ娘達を地端プロダクションレッスンスタジオに召集して即刻裁判に掛けられてしまった。
いつぞやのように僕とクリオは彼女らに取り囲まれその場に正座させられた。
「何よコレ……クリオの胸をまるでブラのように隠してる……」
そう。今回の写真撮影内容は全裸のクリオの大事なところを僕が写らないように隠しているといったものだ。
そのバストアップ写真をしわくちゃになるまで握り締め、怒りの余り肩を震わせているのは眞智子。
そして火に油を注ぐ新トラブルメーカー。
「こんなのもありますよ」
一美はそう言って全体像の写真をみんなに見せつけた。
「ちょっと待ってよ、これって直でアソコ触らせているってことじゃん!」
美子は鬼の形相でギロッとクリオと僕を睨む。
そう、これらの写真は僕がクリオの胸の突起とお股を露わにならないように手で覆い隠している状況を映し出しているものである。
正直、睨まれてもなぁ……コレに関しては僕もクリオも落ち度はない。
だが佐那美同様、全く空気の読まない一美が、容赦ないトドメの一言を僕らに浴びせた。
「変態テブラテマンと金髪露出狂……」
えっ……手ブラと手でアソコを隠しているからテブラテマンなの?!
そこまでみんなに断罪される筋合いはないのだが、改めてその写真を見せつけられると、改めて自分らがエロいことをしたと再認識させられてしまった。
僕は恥ずかしさの余り下を向いてしまい、クリオも赤面して俯いている。
当然、プロデューサーである佐那美はブチ切れ。
「何やっているのよあんた達!」
佐那美は両手で僕とクリオの胸ぐらを締め上げ、乱暴に揺すった。
僕は「だって僕が隠さないと、クリオの大事なところ写っちゃうよ!」と抗議し、クリオは顔を真っ赤にして「しょうがないじゃん……『事務所の了承を取り付けている』って言われたんだもの」と恥じらいながら答えた。
そうなのだ。
そもそも佐那美は
細かいことは現場でなんとかしなさい
というスタンスを取っている。
今回も「一々あたしが指示しなくても出来るでしょ? 面倒臭いことはあたしはしないから」と言ってクリオに丸投げしたわけだ。
さらに付け加えるならば、佐那美はスポンサーとカメラマンには冗談交じりに「素っ裸にしなければいいですよ」とだけ伝え、事務所的NGを具体的に示さなかったから『大事なところだけ隠せばいい』と勘違いさせてしまったというのが後日判明した。
さすがに世界的大スターのテブラテマン姿はいただけない。
なので僕はあの後すぐに社長である地端の親父さんに報告。社長経由でスポンサーにお願いして、隠している僕の手の部分を雲にCG加工してもらい、それを世に出すこととなった。
そのキャッチフレーズは
『雲に包まれた様な不思議感覚アンダーウェア』
だそうだ。
――で、この内容を踏まえて美子裁判長が下した判決は……
「主文、被告神守礼及び同クリオ=ルーカス=バトラックスは無罪」
ただしこれには続きがある。
「裁判長、新たに地端佐那美を被告人として起訴します」
眞智子はそう言いながら鬼の形相で佐那美の頭をアイアンクローでつるし上げた。
「……エッ? 何で私が……なんで!?」
天然娘にしてみれば当然そう思うよね。
佐那美が困惑している中、美子が弁論等をすっ飛ばして判決を言い渡す。
「主文 被告地端佐那美を極刑に処す。本件は被告人がきっちりと打ち合わせをすれば未然に防げたものである。然るに被告人は面倒という理由でその確認作業を怠り、撮影の為だったとはいえ、被害者クリオ=ルーカス=バトラックスの乳房と陰部を同じく被害者神守礼の手や体で覆い被せた行為は到底許せるものではない。よって被告人に対して極刑であるアノ刑に処する」
「えっ、そんな即決であたしアノ刑に処させるの?!」
佐那美は自分が何の刑に処されるのか理解している様で美子の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
美子は冷酷に無表情でどこぞから容器を取り出す。多分、呼び出された段階でこうなるだろうと予め用意していたのだろう。
この容器の中には以前僕が作ったクッキーを美子が模したものが入っている。
本来ならば僕はヤンデレ娘たちから『僕が料理をすると死人が出るからやめろ』という理由で台所に立たせてもらえない状況下にある。
それなのに美子は何故か僕が作った料理を再現したがる様で、美子用に何回かサンプルを作らされたことがある。その僕が作った物はどこかに封印されてしまった様だが、美子は複製した料理を核兵器か何かのように、事ある毎にヤンデレ娘達にチラつかせている様だ。
今、正にその状況下である。
佐那美はその複製品を確認すると顔面蒼白になる。
だが、それを止める人物がいた。
一美である。
いつも佐那美の所為で酷い目にあっている彼女が……である。
恨み辛みこそはありそうだが、彼女は彼女なりに佐那美に感謝している……というのはあまりなさそうだが、それでも事務所の幹部の危機に所属アイドルとして彼女を助けようと思ったのか、一美が美子が容器から内容物を取り出そうとしたところ手でその上を塞いだのだ。
「何……? この裁判に不服があるっていうわけ?」
「不服です! だから――」
「……だから?」
まるで『一考してください』とでも言いそうな一美に美子が冷たく睨みつける。
そして同じく真面目な表情で美子を見る一美。
横では「ほら、アンタらも何とか言いなさいよ!」と佐那美が僕やクリオを美子に嗾けようとしている。
――まじでこんな子、庇うつもりなの?
僕もそう思ったのだが、どうも……そうではなさそうだ。
それを裏付けるかのように一美が佐那美を見下すように北叟笑む。
「徹底的にやっちゃって下さい」
一美が『イイネ』とばかりに親指を突き立てた。
ちなみに海外では親指を突き立てることを『サムズアップ』といい英語圏ではグッドを意味する。
「わかった、あんたもコイツに酷い目に遭わされたクチなのね」
「手心不要でお願いします。是非こちらをお使い下さい」
そう言って彼女はポケットから取り出したものは密閉されたビニール袋。
その中にはどこかで見たことがあるようなクッキーが入っていた。
あれってどこかに封印されていたんじゃなかったっけ?
「ひぃ……裏切り者ぉ!」
空気を読めないハズの佐那美がこのクッキーが何なのか、一発で理解したようで悲鳴を挙げた。
一美はその様子を確認するとニタア……と笑みを浮かべ、親指を突き出した手首を90度くりっと回した。
なお、逆に親指を下向きにすることを『サムズダウン』という。本来の意味はブーイングなどに使う合図である。
大昔のローマでは、闘技場で負けた剣闘士を観客が『56せ』と言う意味でつかった合図のようだが、一美の場合はそうではなく、佐那美に対して『地獄に落ちろ』という意味で使ったのだろう。
そして一美は何かを思い出すとどこかで見たことがあるようなバックを脇に立っていた眞智子に差し出す。
それは赤いバックで表面には『AED』と記されている。
「おま……これうちの医院のやつじゃないか」
ちなみに日本語にすると 自動体外式除細動器という。これは心停止した時に使うものだ。
「必要になるかもしれませんので道三院長から借りてきました」
借りる方も借りる方だが……おいちゃん……そんな理由でよく貸したなぁ。
さすがの眞智子も困惑している。
そしてその状況で一番困惑……いや混乱しているのは佐那美である。
「ちょ……ちょっと……それってヤバときに使うやつでしょ?!」
いくら頭の残念な佐那美でも本能的に危険を感じている様で明らかに狼狽している。
そんな彼女をどん底に陥れんとばかりに眞智子が冷酷に呟く。
「美子、今回は容赦なしってことなんだね」
「当然。まずは私が作った贋作も一緒に食べさせてあげようと思うんだけど……でもこれはこれは彼女の方が適任かな……」
美子は眞智子にそう話すと、持参した容器からクッキーを取り出し、クリオの口の中へ放り込んだ。
不意を突かれた彼女は何が起こったのかすらわからないまま飲み込んでしまい、その後すぐに意味不明な言語を語り出し、白目を剥いて泡を吹き卒倒した。
「ひ、ひどい……クリオだって被害者なのに。しかもさっき自分で無罪って言ったでしょ」
「お兄ちゃん、大丈夫。これはただの八つ当たりだからだよ……ただし佐那美は本物でいくから」
美子はクリオの惨事を佐那美に見せつけた後、先ほど一美から受け取ったクッキーを佐那美の目の前に晒した。
「やめてよぉやめて!」
佐那美はクリオの惨状を目にし一層半狂乱になる。美子はそれを確認した後、強引に彼女の口を開き、口いっぱいにそれを詰め込んだ。
結果、佐那美もクリオ同様に訳の分からないことを怒鳴り散らし、泡を吹いてその場に卒倒。
ただ、クリオと違ったのは瞳孔が開き、体を激しく痙攣して――以下省略。
なお、僕もクリオ同様に八つ当たり的に美子のクッキーを食べさせられたけど、これは普通に美味しかった。
それを見た美子は、不思議そうにクビを傾げている眞智子の口にそのクッキーを放り込み彼女の様子を確認する。
「あ……なるほど。お兄ちゃんには効果はないってことか」
まぁ……この様な茶番を経て、何かの案件がある場合は佐那美と僕が一緒に確認することになったのだが、これでもまだ不安だと一美や眞智子がいうので、うちの中でも頭が切れ一番ヤバい奴であるうちの美子をチェッカー兼警護要員として同伴させることになった。
そして話が戻って、佐那美から打ち合わせ連絡を受けたことから美子にその旨を告げた訳だ。




