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神守君とゆかいなヤンデレ娘達  作者: 田布施 月雄
第3章 進学の美子
54/63

最終話 新たなるいつもの日常

 話は3月中旬。

 我が家の食卓には美子の卒業証書と卒業記念品である英語の辞書が置かれていた。

 これで彼女は僕と一緒の高校に通うことになるわけだ。

 兄として非常にうれしい反面、ちょっと心配である。


 「いやぁ~新一年生の代表を引き受けることになっちゃって……困った、困った」


 美子はケタケタ笑いながら、卒業証書が入った筒を後ろのソファーに放り投げた。

 辞書については迷惑そうにそれを見て僕に差し出す。


 「こんなのいらない。お兄ちゃんにあげる」


 「いや、僕英語しゃべれるし………」


 「じゃああのメンヘラ金髪にでもやったら?」


 クリオの事である。ネイティブアメリカンの彼女からすれば尚更いらないだろう。

 とりあえず、辞書の話はどうでもいいので話を先に進める。


 「あぁ、そう言えば美子さんは代表挨拶するんだっけ?」


 「うん。でもどういう話をすればいいのかなぁ……まあお兄ちゃんへの愛なら1時間でも語れるんだけどね」


 ――いや、そんな惚気話を入学式で聞かされては先生はもちろん来賓、父兄、そして僕たちが非常に困る。困るくらいならまだいいが……


 「それ語ったら間違いなく母さんから処刑されるよ」


 美子にそう告げると彼女は苦み潰した顔でため息を付く。


 「それなのよねぇ……第一、私って目上の人に対する態度は最低だし、敬うって気持ちサラサラないもん。それなのに新入生代表でしょ? 何を言えば良いのよぉ」


 ――それは自覚していたんだ。ちなみに在校生代表が……


 「こっちの代表は眞智子さんなんだよね……」


 「ゲッ、あのデブがっ! 入学早々バトっちゃうじゃん!」


 デブは余計です。そんなこというから喧嘩になっちゃうんだよ。

 美子はちょっとイライラしながら頭を抱えた。


 「美子さん、とりあえず今日はおめでたい日なんだからそんなことは忘れて――」


 一呼吸置く。そして彼女に伝える。

 

 「卒業おめでとう」


 美子はピクリと動作を止め、顔をこちら側にゆっくりと向ける、そして困惑した表情で僕の手を掴んだ。


 ――なんだ、感動しすぎてフリーズしてしまったのか?


 そんなことはない。顔色が赤面するどころか、顔自体硬直して唖然としているというのが正解だ。

 いつもの美子ならすぐに『お兄ちゃん大好き』と言って抱きついてくるのに、どちらかというとため息交じりに「お兄ちゃん……ねぇ……」と呆れている感じである。


 「えっ、何かまずった?」


 「あの~ぉ。お兄ちゃんさぁ……もう少しムードとかタイミングを大事にしようよ」


 「だって、タイミング良くそう言おうとすると、美子さんは何故かイライラしているんだもの、タイミングなんて計れないよ」


 「それはお兄ちゃんのまわりにそれだけ害虫が多いってことなの!」


 「それにムードなんて演出した日には……」


 ――確実に実の妹に犯される。


 「はぁ……お兄ちゃん相変わらずビビり性なのね。じゃあいいわ……でもそのかわりに」


 美子はしばらく沈黙した後、何かを思いついたのかニタニタしながら話を続ける。


 「じゃあ、お祝いで1発……いや2発でも3発でもいいから」


 彼女はそう言って『来い』と言わんばかりに両手を広げた。


 ――結局、そこかよ。


 折角可愛い容姿と頭脳明晰なのに、涎を垂らしながら……である。そういうところで損をしている子だ。

 だから、僕も言い返す。


 「でも、ソレ言った後って大概、母さんの必殺技を3発喰らうんじゃないの?」


 美子も負けてはいない。


 「あれぇ~、私は下ネタなんて言ってないけどぉ……」


 「えっ、そうなの? ちなみに僕も下ネタ言ったつもりはないんだけど」


 「私は『3発』って言っただけだよ。それとも何、お兄ちゃんは私とヤリたいの?」


 美子はニタニタしながら自分のブラウスに手を掛けて煽ってくる。

 ちなみに、父さんは仕事で母さんはちょっと外出しており、今、ここにいるのは僕と美子の2人である。

 だからといってこれ以上彼女を煽ることを言おうものなら、襲われる可能性があるので、ここらで話を打ち切ることにする。


 「間もなく母さん帰ってくるよ。そんなことよりも父さんと母さんが戻ってきたらどこかに食べに行くみたいだからどこ食べに行く?」


 「チッ……逃げたかッ……まぁいいわ。お兄ちゃんを食べられないんだったら、今日はお肉で手を打つよ」


 やっぱり美子は肉食系である。

 そんなことを話していると、玄関から「ただいま」という声が聞こえてきた。それに続き「お邪魔します」という聞き覚えのある声も聞こえてきた。

 美子はあからさまに嫌な表情でチッと舌打ちをすると、玄関方面を睨み付けた。


 「もう帰ってきたんだ――そのヤンキー連れて……」


 美子はメンチを切る様に母さんの後ろにいた眞智子を睨み付けた。


 「何ガン付けてるのよ……今日はおまえと喧嘩しにきたわけじゃないから」


 眞智子は面倒臭そうに美子をあしらうと、母さんに促されソファーに腰掛けた。

 その脇には美子の卒業証書の筒が転がる。


 「アンタねぇ……こんな大事なものをそこらにぶん投げるんじゃないよ。しまっときなさい」


 「うるさいなぁ。別にそれがソファーにあってもおまえに迷惑が掛かる訳じゃねえだろ!」


 眞智子は姉のように美子を注意するが、それが彼女の気を損ねたようで、どっちがヤンキーなのかわからない位逆ギレした。美子ちゃん反抗期真っ盛りである。

 すると――


 「ゴメンね、すぐ探し出すから。血は争えないものね」


――と母さんが弁解を始める。

 当然、眞智子は母さんにイヤミを言っている訳でもないので両手を振って必死に「違います。違います」と否定する。

 そして、どこぞから何かの紙を取り出しそれを眞智子に渡す。眞智子はそれをマジマジと確認すると自分の手提げバックにしまい込んだ。


 「あ、ありがとうございます!」


 眞智子はそれをもらい受けると「一旦、帰るね」と言って速攻で帰って行った。


 「あの馬鹿何慌てていたのかしら……」


 「さあ」


 美子と僕がクビを傾げていると、母さんは「ああ、あれはマイコ宛ての手紙よ」と説明する。ちなみに眞智子の母親『小野乃マイコ』のことだ。この前、南極から戻ってきたばかりの女医である。

 

 「いやぁ、あんたらくらいの歳にはお互いブチ合いの喧嘩していたんだけどね」


 母さんは感慨深い表情でウンウンと頷いていたが、美子はあからさまに嫌な表情で彼女をにらむ。


 「ママってば、何でブチ合いしていた人の娘と仲良くしているのよぉ……代わりに私が眞智子とブチ合いの喧嘩しているんですけどっ!」


 「あらそう? 血は争うものなのね――っって私って巧いこと言っている?!」


 母さんは駄洒落で誤魔化した。

 美子は呆れてそれ以上ツッコミを入れることはなかった。

 


 でも、あの手紙って、一体なんなんだろう――



 美子も何か厭な予感を感じているのか目を細めて眞智子が出て行った玄関の方をにらんでいた。



 ◇◇◇◇



 さて、父さんが帰宅後すぐに美子のお祝いを兼ねて繁華街の焼き肉店に向かう。 

 ここのお店は値段の割には結構良いお肉が食べられると評判の店で、食べ放題の飲食店である。

 今回はお祝いであるから、ちょっと高めのコースでいいとのことであり、席に着いたのだが……


 「神守君ヤッホー!」


 僕の後ろの席から佐那美の声が。


 「礼君、2時間ぶり」 「レイ待ってたわよ」


 僕の横の席には眞智子とクリオが座っている。

 よく見回してみると、後ろの席には佐那美の他、元家君と地端夫妻が。

 さすがに眞智子の父親や母親、兄はここにはいないようだ。

 ふと、母さん父さんの顔を見ると二人とも気まずそうに僕から顔を背けた。

 これは仕組まれたものだろう。



 「何で、私のお祝いなのに、あんたらがいるんだよぉ!」



 美子が拳を握り締め机をガンガン叩きながら不満を顕わにした。

 ただ、向こうにも理由はあるようだ。

 それを佐那美が説明する。


 「だって、うちも元家の卒業祝いなんだもの」


 そりゃそうだわな。

 ――で、クリオと眞智子はというと……


 「私も元家のお祝いしたいし」


 「私も美子のお祝いしたいし」


 えっ、嘘でしょ?

 まぁ佐那美方同居にんであるクリオはそうなのかも知れないが、眞智子が美子のお祝いをするというのは、僕がらみでないと無理がある。


 「眞智子、おまえふざけんなよっ!」


 美子は家族団らんをぶち壊されご機嫌斜めモードである。

 焼き肉屋でバチバチのバトルモードになる。

 父さんも不安になったのか母さんに尋ねる。


 「これマズくないか?」


 「大丈夫よ、こうすれば……」



 それから5分後……



 父さん母さんは地端夫妻の席へ。僕と元家君は横の席。そして眞智子、クリオ、佐那美、美子が一つのテーブルに集められた。


 ――ただ単にトラブルメーカーを寄せ集めただけじゃないか。


 そのトラブルメーカーズは不満そうな表情でこちらに視線を送っている。

 これは僕が決めたわけじゃないんだけどなぁ……


 「はぁい。今から神守礼君争奪戦を開始しま~す。時間は90分。どれだけお肉を食べたのかで順位を決めます」


 変な号令が掛かる。

 こんなおかしい勝敗を決めるのはあの人しかいない!

 ふと母さんの方を見る。……が母さんは手を振り否定する。

 さらに父さんを見る――が、地端のおやっさんとともに頭を抱えて佇んでいる。

 では誰が?


 「ちょっと、お母さん、これはいくらなんでも無茶振りなんだけどぉ!」


 佐那美が後ろを振り返り声を挙げた。

 どうやら、主催者の声は佐那美の母、佐那子さんだったようだ。


 「何言っているのよ。あんただって無茶振りするでしょ。今日もTKBをまた急遽地方巡業に行かせたじゃない」


 ――あっ、そういえば一美の姿がなかった。また佐那美がドサ回りさせたのか。

 あとで、それとなく一美にごちそうしてやらなきゃ……


 「あいつはいいのよ! 少しでも名前売らなきゃいけないんだからっ」


 佐那美は自分の事を棚に上げ文句を言い始めるが……


 「ところであんた、そんな事していていいの? 他の子ガンガン注文しているんだけど」


 佐那子さんから言われ、佐那美が振り返ると既に眞智子、美子、クリオがタッチパネルで肉をジャンジャン注文している状態ですでに臨戦態勢に入っている状況であった。


 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。そんなにガンガン頼まれちゃあたしの注文受け付けてもらえないじゃない」


 「うるせー、こっちはお兄ちゃんを守る為必死なんだよぉ。何で卒業祝いにこんなバトルしなきゃならないのかなぁ……」


 「私だってそんなに食べられないのにぃ……またダイエットしなきゃならないじゃない」


 そうぼやいているのはクリオである。それでも彼女は僕なんかより全然大食いだったりする。

 

 「私だって気合い入れるから。礼君ゲットしたいし」


 そうこう言っている間に恐ろしい位の量の肉が彼女らのテーブルに届けられる。

 それを奪い合うように網に乗せ黙々と食べ続ける4人。


 「ちょっと眞智子、それあたしの肉!」


 「肉に名前が書いてあるわけじゃないからわかないのよ!」


 「ちょっと美子、私の領土に生肉乗せないでよ」


 「グズグズしていたら肉が焼けないでしょ! バカか」


 学校で指折り可愛い女の子が汚い言葉を発しながら肉を奪い合っている……凄い光景だ。

 僕の正面の席に座っている元家君が引きつった笑みを浮かべている。


 「あの肉は、きっと神守さん……の代わりなんですね……」


 「えっ……」


 彼の言葉で、何故だか全身からサーッと血の気が引いた。もはや背中はゾクゾクするレベルである。

 彼の言葉が続く。


 「だって姉貴は普段あんなにがっつきませんよ。クリオさんだってうちでは上品に食べますし……」


 4人は我先にと肉を奪い合いながら口に頬張る。

 彼女らが口にする肉は、明らかに生焼けのものもあり、ソレすら気にせず食べ続けている。

 それはどこかで見たことのある光景。

 あれは、そう……野生動物のドキュメンタリーだ。

 腹を減らしたライオンが獲物のシマウマにガッツリと食らいついているところが脳裏に過ぎった。

 それが段々形を変えて、彼女らが僕をガッツリと食らいついているシーンに変わっていく。


 ――悪寒の原因は、僕の本能がエマージェンシーを訴えていた訳か。


 彼女らとの関係も収拾付かなきゃ、僕もこんな感じでバラバラにされちゃうのかなぁ……

 そんなことを考えていたら、食欲どころではなくなった。

 その最中――


 チロリン♪


――とバットタイミングでスマホの着信音が鳴る。

 発信者は一美であった。

 確認すると、どこかの焼き肉店でTKBの3人が飲食している動画ファイル付のSNSだった。

 さすがにアイドルだけあって上品に食べてはいるものの、ここの4人よりも遥に多い量を食べている状況が映し出されていた。


 ――まさにカオスである。


 こんな状況まで見せつけられ、これで一気に食欲は失った。


 「そんなことより、神守さん。何食べます?」


 元家君も佐那美の姉弟とあって空気が読めないのか無神経に声を掛けてくる。


 「僕は……シメのうどんでいいです」


 「えっ、まだ何にも食べていないじゃないですか」


 「何か、アレ見ているとお腹いっぱいになってきた」


 結局、彼女らのテーブルはこの焼き肉店で一番食べた客と認定された様だが、ただ()()()()()()()()()()()()()で誰が一番食べたのかわからず、僕が賞品になることはなかった。

 4人は、ただ『土手っ腹』となって呻く状態になっただけ。

 彼女らのバトルは徒労の結果に終わった。 


 後日、どこかで聞きつけた某親友が「うわーっ、女の子4人を妊娠腹にさせたんだって」と僕をからかってきた。

 ただ、眞智子と佐那美、クリオの前でそれを話したのはマズかった。

 そこに美子が合流し、彼女らは彼をどこかに連れていってしまった……マサやん、後で骨は拾ってやるからな。




 入学式当日




 我が校の入学式が開かれる体育館。

 時刻は式が始まる10分前である。

 本来ならば在校生が見守る中、新入生が入場してくるのだろうが、今時の式の簡略化により一同が揃って、時刻で式が開始するという流れになっている。

 それでも、在校生の僕らが先に入ってきたこともあり、先に座って新入生の入場を見守る形となる。

 新入生が遅れてゾロゾロと集まる。

 その中には美子はもちろんのこと、元家君、琴美ちゃんがいるのが確認出来た。

 彼らは先生の指示の元、それぞれの椅子に座っていく。

 美子はというと、新入生代表として右前列先頭に座らされている。

 一方、僕はと言うと……何故か、眞智子の脇に座っていた。

 眞智子は同じく在校生代表として2年の右前列戦闘に座っているのだが、僕はその隣だ。

  

 ――そもそも僕、代表じゃないじゃん。


 美子はそれが面白くない様で、ジッと眞智子をにらんでいるが、眞智子はその視線を気付いていないのか知らん顔をして文章を確認している。


 「何で、僕がここに座っているの?」


 書類を確認するのを一旦とめて真顔で答える眞智子。


 「わかんない。席については高田が決めたみたいだから」


 近くで列の乱れや欠員がいないか確認する高田がいたので、彼女に声を掛けて確認すると――


 「気にするな。おまえは安全装置だ」


――とそれだけ言ってその場を立ち去った。

 いやいや、先生間違えているよ。

 眞智子もだいぶイッチャっているが、美子はそれを遥に凌駕する。暴れるとしたら間違えなく美子だ。却って火に油を注ぐ様なものだぞ。

 幸い、僕は後ろの方に座る佐那美や一美、クリオにあっては、佐那美と一美は堂々と寝ており、クリオに関してはスマホで動画を見てヒマを潰している様だ。


 ――うん、問題は眞智子と美子だ。僕が何とかするしかないか。


 先生の確認が終わり、来客や父兄がそれぞれの席に案内され、いよいよ入学式が秒読み段階に入った。

 副校長兼教頭が辺りを見回し、雑談が収まったところで開会を宣言した。


 眞智子は慌てて書類を畳み、姿勢を正す。

 一方で、美子は先ほどから全く書類に目を通すことなくこっちをにらんでいる。

 いよいよメインである学校長による新入生入校許可である。

 校長の「皆さん明日からしっかり当校で勉学に励んで下さい」でここにいる新入生が入学が認められた。

 これで美子も晴れて同じ高校生である。


 さて――


 副校長の在校生挨拶に従い、眞智子が立ち上がる。

 眞智子は来賓と教員に対して一礼した後、舞台に上がり国旗に一礼した。


 ――この辺はまともなんだな。


 そして演台で再び一礼すると懐にしまっていた文章を読み上げる。

 眞智子の声はマイク経由でスピーカーにて体育館の隅々まで行き渡る。



 「新入生の皆さん入学おめでとうございます。私は2年の神守眞智――おっと間違えました小野乃眞智子です」



 ――あっ、言いやがったぁ! 

 あれ、絶対わざと言い間違えたよね、自分の名前間違える人いないよね?!

 美子の背中からすっごい瘴気が溢れきたぁ!

 その上『我関せず』のクリオや佐那美、一美もギロッとこちらを睨んでいるんですけどぉ。

 ハラハラしている僕を余所に眞智子は話を進めていく。



 「みなさんは今まで慣れ親しんだ中等部や中学校を卒業し、新たなる舞台に飛び込みました。高校では中学とは違います。色々と学校生活に不安を覚えていると思います」



 ――うん、この辺はまともだな。

 だが、新入生の方……特に右前列先頭あたりから「はぁん、どこかの伝説のヤンキーがいるから不安なのだろ」という野次が聞こえてきた。

 幸いその野次は国会ほど大きな声ではなく、教職員には聞こえないくらいなものだ。

 ただ、眞智子にはしっかり聞こえていたようで眉毛がピクリと動いている。

 寧ろ作り笑いをしている眞智子の方が不気味である。



 「そんなとき、私ら先輩に頼って下さい。私たちも色々 ”経験” してきました。だから安心してあなた達の兄として ”姉として” 頼って下さい」



 ――あっ、『経験』と『姉として』を強調しやがった。

 一見するとまともな文章であるが、裏を返せば

 『美子、お兄ちゃんと色々経験したから、あんたは妹だ』

と訳することができ、美子にマウントを取ったわけである。

 ちなみに僕と眞智子は健全な高校生。当然、子作りする様な経験はないが、ここでのその発言はNGだ。

 美子はブチ切れていることには変わりないが、クリオまでその意味を理解したようで「あ゛ぁ゛?!」と低い声でこちらの方を見て唸っている。

 その後、眞智子の挨拶が終わり一礼して舞台を降りる。その際に眞智子は美子の方面にピースサインを送る。

 それに対して美子は拳を握り締めプルプルと震えている。

 もし、ここが入学式じゃなかったら、間違えなく殴り掛かっていただろう。

 下手したら得物を握り締め襲い掛かっていたのかも知れない。

 僕は美子に対して両手で落ち着くよう合図を送ると、美子はチッと舌打ちした後に深呼吸した。

 それでいくらか落ち着きを取り戻した様で、何事もなかったかのように佇むと、新入生挨拶の指示に促され立ち上がりスタスタと壇上へと歩き出す。

 その際、僕らの前を通り過ぎるが、ギロリと眞智子を睨み付けそのまま眞智子同様一礼して演台に上がった。


 ――何を言うのだろう……美子に注視するが、美子は文章を取り出すことなく作り笑いしたままの呼吸を整えている。不気味だ。

 美子は原稿をみることなく話始めた。



 「私は神守美子と申します。 ”先輩” のありがたいお言葉、新一年生を代表としてお礼申し上げます。我が校の素晴らしさを在校生である ”私の家族である神守礼” からかねがねうかがっておりました。その憧れの制服を身に纏い、身の引き締まる思いであります」



 ――美子の奴、いきなりぶっ放してきたぞ。

 一見すると『夢と希望に胸に入学式を迎えた一年生』とも取れる文面であるが、この言葉には裏がある。

 直訳すると

 『おめえは姉じゃねえし、私こそが神守礼の家族じゃボケェ』

というところか。

 とりあえず、眞智子は「あ゛ん?」と小さく声を荒げた。



 「私たちは不安を胸にこの学び舎の門を叩きました。ですが、これからすべき事が多すぎてそれすら感じることがないくらいイベントが待ち構えていると心得ています。ですから先輩方ご心配は無用です。寧ろ私たちは先輩方の ”胸” を借りるくらいのつもりで、先輩方の隣に立てるぐらい精進する所存であります」



――これも直訳すると

 『ヤンキー共にお兄ちゃんをとられれない為にここにきたんじゃボケがぁ! これからおまえ等ぶっ潰す! 人の心配せんでもええから、夜道背後に気を付けるんだなっ』

ってところだろうか。


 そして美子は『胸』のところで鼻に掛かるような失笑まじりで話をすすめている。

 それはまるで、

 『おいおい……どうせ胸なんかねぇ洗濯板って言われる女いるだろ? 前だか後ろだかわかんないくらいのひらぺたおっぱいが……例えば……』

と言わんばかりに佐那美と一美に目を移した。

 これにはさすがの佐那美と一美がムッとした表情で睨んでいる。



 「いずれは先輩方はここを巣立っていきます。 ”中にはすぐに巣立つ方” もいらっしゃる存じますが……それまで古き良き伝統を受け継ぎ新たな時代へ引き継げるよう努力します。どうかその ”生暖かい目” で私たちを見守りくださいますよう、お願い申し上げます」



 ――こ、これって

『どうせおまえ等はブッ56されるか卒業するかでいなくなるんだから、せいぜい先輩面してるがいいさ。私は好き勝手にするから冷ややかな目で日和ってろ!ボケが』

って言わんばかりである。


 そしてわざとらしく

 『中にはすぐに巣立つ方』

と言いながらクリオに目を移している。

 これは『さっさとアメリカに帰れ』と言わんばかりに彼女を挑発している。クリオは涙目で、近くに座っている佐那美の首を絞めて前後に揺すっていた。


 さらには意図的に

 『生暖かい目』

と言っている。

 普通なら言い間違えもあるだろうけど、美子の事だから『私がすることに一々反応するな。冷ややかな目で見てろ』くらいにしか思っておらず、間違えた体でそういう言い方をしたと思われる。

 


 「また先生方におかれましても、まだまだ未熟者の ”私ら” に対して叱咤激励下さいますよう重ねて申し上げます。今日はこの良き日に祝福して頂き誠にありがとうございました」



 美子はそう言って挨拶を終えた。

 ――もっとも『私ら』と言っているのは、通常なら新一年生全体を指すが、美子の場合は僕ら在校生を含めてである。

 直訳するなら

 『先生、こいつら全員馬鹿だからちゃんと叱んなきゃダメだからね』

というところだろうか。


 美子の性格を把握した僕らなら美子の考えがすぐに理解できるが、大きくおかしい文言ではないので、事前のチェックをそのまま通ってしまったのだろう。

 生徒でざわついているのは僕らの他にはいなかった。

 美子が戻り際に眞智子の目の前で小さく囁く。


 「(喧嘩売るならこれくらいヤレや、デブが)」


 「(あ゛ぁ゛ん゛テメエだってこの前の焼き肉で2キロデブったくせに)」


 眞智子も殺気を帯びた口調で囁くように言い返した。

 そして、後ろの方から「(あ、あれ……佐那美さん泡吹いていますよ……クリオさんストップストップ!)」という一美の小さな声が聞こえてくる。



 ――さてこうして無事(?)入学式を終えることが出来た。



 当然、《《式だけは》》無事に終わった。

 その後が大変である。

 美子が僕らのクラスに乗り込んできて眞智子とそれぞれの頬を引っ張って「デブのくせに」とか「おまえも十分デブだ」と喧嘩を始めるわ、佐那美は危なくクリオに絞め56されそうになって、何故か一美に「なんでとめなかったのよ!」と激怒し一美は「なんでぇ~!」と逃げ惑い、クリオにあっては美子に暗に『帰れ』と言われたことを気にして僕に「一緒にアメリカ帰ろうよ」って泣きつくわ……兎に角もう滅茶苦茶である。


 これからどうなるんだろう……僕の心配を余所に入学式がようやく終わる。

 こんな感じでいつもの日常が始まるんだなと思うと……胃が痛い思いである。




                 (完)

 



第24.5話 蛇足話


 これは僕があとで聞いた話だ。

 だから、ここには僕はいない。



 焼き肉勝負の次の日の夕方。小野乃医院にて――



 すでに診療を終えた診察室で眞智子にそっくりな女性が咥えタバコで手紙を広げる。

 その手紙は眞智子が美和子母さんから受け取った手紙である。

 彼女の前には眞智子がおり、眞智子が迷惑そうに団扇で煙を払う。


 「おや、いまさら煙を気にしても仕方ないぞ」


 彼女はタバコを手放すことなく吸い続ける。

 たしか、ここの医院の通路には『タバコやめますか? それとも早42しますか?』というポスターが貼られていたと思うのだが、彼女はそういうことを全く気にしていない様である。


 「私はいろいろ黒歴史があるから、そういう臭いが体に付くとみんなにからかわれちゃうんだよ」


 「そういえばあんたヤンキー辞めたんだって……相変わらず中途半端な」


 彼女はまるで塾をすぐに辞めた子供に諭すような言い方で眞智子を詰るが、眞智子からすればヤンキー時代は黒歴史そのものである。

 

 「その話はもういいでしょよ! いいからそれに判子押してくれないかなぁ。私の将来が掛かっているんだから」


 眞智子は顔を赤らめ必死に頭を下げる。

 彼女にそこまでさせる女性であるが、その女性の名前は小野乃マイコ、眞智子の母親である。

 マイコさんは、数ヶ月前まで南極基地の女医だったがようやく任務解除となり、この前帰宅したばかりである。

 見た目は40代になった眞智子である。実際にはもう少し年上だ。

 

 南極ではさぞ他の隊員に言いよられたのでは……と思われがちであるが、彼女は道三おいちゃん一筋である。

 その上、腕っ節も強く、すぐに啖呵も切る人だったことから、反社会勢力の女性と勘違いされていた様で、そういうことはなかったそうだ。

 その辺は眞智子も受け継いでいる様だ。

 ただ、彼女が帰国の際は眞智子の父である道三が彼女に拉致……じゃなかった一週間ほど彼女とお出かけしており、戻ってきた時には、何故か道三おいちゃんがげっそりとしていたのは記憶に新しいところである。


 その彼女が旧友であるうちの母さんからの手紙をジッと確認している。


 「おや、これってどうやって名前を書いてもらった?」


 彼女はある署名押印の所に目をとめ、眞智子に確認する。


 「それは人間ドックの時に書いてもらった」


 「ふーん。要は同意書と一緒に忍ばせていたのか……」


 マイコさんは白い目眞智子を睨んだ後、右の記入欄に自分の名前を書き始める。


 「でもよぉ、こいつは予定日過ぎでもすぐに出すなよ」


 「ダメ?」


 「当たり前だろっ、これ騙し討ちだぞ。美和子の奴は認めていたとしても、やり方は汚えよ」


 そう言いつつもマイコさんはしっかりと認め印を押している。


 「いいか。とりあえずこのあんちゃんだけでも承諾もらってこいや。あとはどうでもいい」


 「ありがとう!」


 眞智子はそう言いながら書類を受け取ろうとするも、マイコさんは何か気になった様で眞智子の手を払いのけた。


 「……いや、やっぱりこの書類は私が一旦預かる。これはおまえが考えている以上にエライことだから、私が美和子と直接話をつけてくる」


 そういってマイコさんはその書類を片付けてしまったそうだ。

 この書類があとで神守家で大騒動になるものであるが……この時の僕はそれをまだ知らない。




                  (完)




神守君とゆかいなヤンデレ娘達 第4章 に続く

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