第23話 美子の無双とオチ担当のあの子
「そう言えば、帰って間もなく入試があったっけ」
美子は自分のアイスクリームをスプーンで掬い上げるとそれを僕の口元に向ける。
僕は黙ってそれを食す。
美子はその様子を見てうんうんと満足そうに頷くと、再びそのスプーンを使ってアイスを口にし幸せそうな笑みを浮かべた。
別に兄妹なんだからスプーンの共有くらい何でもないのだが、そこを態々口にしていうと話がこじれそうなので、話題を振られる前に話を進める。
「そのことで先生が頭抱えていたよ」
「酷いなぁ、せっかく希望どおりの結果を出したというのに」
この一聞だけだと、情報が足りないのでもう少し説明を加える。
美子はあの旅行後まもなく僕らの高校を合格した。
ただ、あくまでも合格したのは『一般推薦』であり、成績優秀である彼女としてはなぜ『特進』を受験しなかったのか些か首を傾げたくもなるが、それは彼女の正確からすると当然な選択であった。
なぜなら、彼女は特に勉強や進路に興味がある訳ではない。
あくまでも僕と一緒にいることが目的である。
彼女の実力に見合う『特進科』は、難問大学進学に特化した授業を受けられるクラスであり、その道に踏み出そうものなら日々勉強詰めである。
それは僕と一緒にいる時間がなくなことを意味し、彼女としては同じ高校に行く意味がない。
だから『一般』で受験したのである。
その一方で――
学校として欲しかったのは、『問題児の美子』ではなく彼女の『頭脳』である。
中等部の先生曰く『学校創設以来の天才児』とのことであるが、その美子が特進科入りを拒んでいる。
美子のいた中等部でも一応は彼女を説得した様であるが、美子は頑として首を縦に振らなかったこともあり、最終的に『とりあえず入学してくれれば』ということで、『一般推薦』で落ち着いた。
それでも学校の先生方が『どうしても美子の実力を見てみたい』と、たっての要望で特進クラス用の筆記試験を解いて欲しいと懇願されたのだ。
いつもの美子なら「面倒臭いから嫌だ」と一蹴して終わる。
――だが、この時の美子はそうではなかった。
彼女はしばらく考えた後に
そのテストはあくまでも『お試し』であり、試験代は無料にすること。
どんな点数だったとしても、その特進科ではなく一般クラスにすること
という条件付で快諾した。
それで今回の筆記試験となったのである。
その試験であるが――
美子の話では、大学センター試験問題から出題されていたものだったそうだ。
結果はいうまでもなく、圧勝――いや完勝であった。
それも特進受験者が全く解けずに苦戦していた問題を、である。
当然、美子の筆記結果は総合1位であったと、高田から聞かされた。
……ただ、そこから問題が明らかになる。
その問題というのは、美子が親の承諾なしに受験したということ。
学校の先生が頭を抱えていた理由はソレだ。
当然、うちの母さんは僕と一緒の高校に美子を進学させたくなかった。
兎に角美子を兄離れさせつつ、有名進学校に進学させるつもりでいた。
――それは美子が望んでいる進路ではなかった。
どうしたら僕と一緒の高校に行けるのか……彼女からすれば、試験なんかよりもそちらの方が難問だった。
だから、美子があの時試験を快諾した理由は、
学校側の援護を受けるため
だと後で聞かされた。
つまり、学校の先生が『どうしても欲しい生徒』になれば良い訳で、そうなれば学校側から母さんの説得をしてもらえると考えに至ったらしい。
僕の知り合いにも満点合格した人がいたが、彼とは大違いである
話を元に戻す――
「可哀想に、まさかあそこまで進路の先生が必死に母さんを説得するとは……」
あの時の母さんの引きつった笑み、脳裏から離れない。
あれだけ、美子を僕と一緒の高校に通わせることを渋っていた母さんが折れたのは、先生の熱意もさることながら、先生が提示した『入学費、授業料、各種教材免除』の他に『入学金、施設使用料、PTA会費等の必要経費すべて免除』という有り得ない好条件が大きい。
やはり、お年頃の僕らは親にとって『家計の負担』になっている訳であり、それが安くなるのは非常にありがたいことである。
――えっ、おまえは佐那美が発狂するほど金を巻き上げた男だろって?
それは確かにそうなのだが……僕は自分の家にお金を入れていない。
――えっ、ケチな奴?! それは誤解だ。
それはうちの両親の考えであり、『いくら僕がお金を稼いでいたとしても、学生の間はうちにお金をうちに入れなくて良い』というのがうちの両親の考えである。
だから、うちは佐那美や眞智子みたいな家ほど裕福ではない
いわゆる、一般ピーポーなのである。
ゆえに、母さんは美子のうちの学校進学を認めざる終えなくなったのである。
美子は「まあ、学校ではお兄ちゃんと性交渉厳禁くらっちゃったけど」とケラケラ笑っている。
もっとも、そう言う状態になれば眞智子や佐那美、クリオが全力で阻止するだろうし、一美が何らかの方法で僕にその兆しを知らせてくれるハズだろう。
それは美子も想定しているハズ――おそらくこれは冗談と思われる。
ご機嫌な美子は冗談話を続ける。
「学校もよく私みたいな基地外女を入れようと思ったわよね」
「これこれ、自分の事をそういう風に見下した言い方するのはやめなさい」
「そう? 基地外って言葉、私にとってもはや褒め言葉だと思っているんだけど」
「褒め言葉?」
「だってそうでしょ? ここまでお兄ちゃんに対する愛が深い妹ってことじゃん。あのデブ眞智子やバカチン佐那美、かまってクリオ、ストー一美なんて目じゃないわ。所詮KY女だもの」
KY? あぁ、空気読めないって意味ね。うちの母さんがよく使う『昔流行った言葉』の一つだね。それにしても、天敵である母さんを無意識にリスペクトしていること。君は間違いなく母さんの遺伝子を受け継いでいるよ。特に「目じゃないわ」なんてうちの母さんが使う言葉そのものだ。
そう思っていたら、美子が若干ムッとした表情で「今、クソババアと私を見比べていたでしょ?」と不満げに抗議する。
よくもまあ、僕の事を観察してること。
美子はチラリと自分の腕時計を見た後に「まあいいわ」と言って話を打ち切った。
「ところでお兄ちゃん、このあと京都限定の模型見に行くんでしょ?」
「うん。鉄道模型、買いそろえたいかな」
「じゃあ、見に行こうか」
美子は再び時計を確認して立ち上がる――が、その彼女の後頭部を誰かに雑誌でポカリと叩かれた。美子は「チッ」と舌打ちしながら後ろを振り返る。
そこにはクリオが不満げに仁王立ちしていた。
「時間過ぎているんだけど!」
今回、僕の御指名で美子と一緒に京都鉄道博物館巡りをしていたわけであるが……何故かクリオは頬を膨らませながら、怒っている。
「美子、確か2時間って決めていたよね」
ふと時計を見る。時計は15時30分を示している……
「5分もオーバーだよ」
「しょうがないじゃない。お兄ちゃんの好きなようにさせていたんだから」
「じゃあ次は私の番ね」
そう言うとクリオは僕の脇にどっかり座る。
後で聞いた話であるが、あの時の被害者……つまりはクリオと美子のことを指すが、彼女らは『僕がイベント終了後どちらかと一緒に回るのではないか』とにらんでいた様で、お互いの利益のため結託していた様である。
だから、どちらかが前半なら、もう一人が後半にまわると決めていた――はずであるが、美子はそれを反故しようとしてる。
それどころか……
「はぁあ? お兄ちゃんはここでゆっくり過ごしたいの。おまえみたいにあっちゃこっちゃ見物しているほどせっかちじゃあないの!」
「――じゃあ、いいよ。私も電車見るから」
クリオは他のヤンデレ娘とは違い、強引に僕を連れ回そうとはしない……っていうか、連れ回す人ってKYストーカーと頭が可哀想なあの子しか思い浮かばないけど。
でも、KYは誰も同じであり、クリオの強引なやり方に今までご機嫌だった美子が一発で不機嫌な顔に戻った。
「そう言えばアンタに《《酸っぱいものぶっかけた》》あの馬鹿はどうしたのよ。まさか大原あたりに捨ててきたんじゃないでしょうね」
そう、クリオは佐那美と一緒に大原方面にお出かけしていたハズなのだが、クリオは拳を握り締めながらワナワナと震えている。
そして、若干声を荒げながら答える。
「私、大原行きたいって一言も言っていないっ……あいつが勝手にそう言っていただけ!」
「じゃあなんで――って、ああっそういうことね」
美子はウンウンと納得してクリオに肩を叩いた。
「――ウザかったから、途中で捨ててきたのね?」
美子の問いにクリオはコクリと頷いた。
捨ててきたということであれば、その理由も何となくわかる。
確か、試写会の時に佐那美がお客さんを前にして「これが有名な首チョンパのメリーさん役のサンディ=クリストファーでーす」ってクリオをからかっていたっけ……彼女が激怒するのも分からなくはない。
でも、残念な彼女一人を京都市内に捨ててきたとなれば、無事こちらにたどり着くことは困難だと思われる。
そこで僕はクリオに「どこで?」と真顔で尋ねた。
彼女は渋々「東西線の二条駅あたり」と頬を膨らませながら答えた。
それを聞いた美子がため息を付きながら佐那美に電話を掛ける。
「あんた、どこにいるの? ……えっ、六地蔵って駅にいる?!」
やっぱりそうなるか……さて、どうやって迎えに行くか。
そんなことを考えていたのだが、美子は佐那美に冷酷且つ確実な方法で彼女を嗾けた。
「佐那美、折角だからあんただけゆっくり見て回りなさいな。私はお兄ちゃんとアンタの会社からもらうギャラのことで作戦会議するから」
――うわぁあ……佐那美が一発で基地るワードをチョイスしたぁあ! 美子の話が続く。
「そうね。お兄ちゃんとクリオのギャラ合わせて会社の収入の半分でいいわ」
電話先で佐那美が『qうぇrちゅいおp@!』と訳の分からない声で叫んでいるのが聞こえてきた。さらに美子がこう続けた。
「んじゃあ、文句があるならクリオに言うことね」
それだけ言い放つと美子はスマホの通話を切った。
「これでよしっと!」
美子はうんうんと自分の佐那美の対策に自己満足していた。
だが、クリオとしては堪ったもんじゃない。
真っ赤な顔して怒りだした。
「『よし!』じゃない! 何でそこで私の名前を挙げるのかなぁ! タダでさえ置き去りにしたばかりなのにそんなことされたら、発狂して絶対に私の所にくるでしょ!」
「大丈夫、多分お金の事で発狂しすぎて『置き去り』のことは忘れているから」
「そっちの方が問題でしょ!」
クリオが涙目で美子の胸ぐらを掴み前後に揺する。
美子は首をガクガクさせながら「あのバカ、必死にこっち向かってくるから探す手間省けるじゃん」と悪びれることなく笑っている。
佐那美はお金のことについてはがめついからなぁ……この前だって元家君のお金取り上げたんだっけか。
あっ、そう言えば何か忘れていると思ったら肝心な事を忘れていた。
「ギャラで思い出したけど、元家くんのパソコンパーツの件も話さないとなぁ」
僕は前に佐那美の家で元家くんと約束したグラフィックボードの件を思い出した。
それ自体は購入済みで既に引き渡している。
ただ、出費したのは僕ではなく、会社の経費で落としているのだ。
元家君要望のグラフィックボードはかなりの高額なものであり、さらにその性能に見合うパソコンに仕上げるには全パーツの見直が必要になり、最終的にパソコン1台組み立てることとなった。
なんだかんだで総額は50万は超えてしまった。
さすがにいくら佐那美の弟とはいえど、他人である僕がそこまで高額のものを買い与えるとなると、税金その他諸々と問題になる。
そこで、そのパソコンは映画に使う『道具』として社長の承諾をもらい、会社の必要経費として購入した次第だ。
もちろん、そのままの説明では佐那美が納得するわけだない。
だから佐那美には『映画の映像編集としての道具』として報告した。
彼女としてみれば50万円で映像編集が出来るのであれば願ったり叶ったりである。
だが、実際に50万程のパソコン1台で映像編集するのが中学卒業したての高校生1人で行うのにはかなり無理がある。
当然ではあるが、そこは専門業者に外注した。
――では、このパソコンは何なのか?
『映画の主人公が使う映像編集用パソコン』、つまりは『小道具』である。
当然、映画撮影後は用済みなので、社長に「元家君のパソコンとして使ってもらったら?」と申し向け引き渡した。
僕はこのことを彼女に話していないのだ。
あとで何とか誤魔化そうとは思っていたが、今回の美子の件で守銭奴佐那美発狂確定である。
「パソコン?」
その言葉を聞いて異常な反応を見せた人がいる。
それは――
「ちょ、ちょっと待って。あのパソコンってこの前アキバで買いそろえた自作パソコンよね。たしか映画の小道具で使ったわよね……で、参考まで聞くわ。一体いくらしたの……」
クリオである。
そう言えば彼女にも説明していなかったな。
彼女が青い顔色で僕に尋ねてきた。
「50万」
そう速攻で答えたのは僕じゃない。美子である。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それじゃあ、佐那美の奴……また私に八つ当たりするじゃん!」
クリオが涙目で再び美子の胸ぐらを掴み前後に揺する。
美子は頭をグラングランさせながらまだ余裕の笑みを浮かべている。
「大丈夫――」
美子は食堂で大きな声で「そこにいるんでしょ眞智子」を呼ぶ。
あれ……眞智子って一美と金閣寺方面に行くって言っていなかったけ?!
だが食堂では誰も知らん顔をしている。
クリオがハッとした顔をして自分のスマホで電話を掛け始める――と僕らがいるテーブルの15メートル先の方から、着信音が聞こえてきた。
それも某有名宇宙系SF映画の『何とか卿のテーマ』で、コミカルな笛バージョンである。
――うん、クリオからの着メロとしては、実に彼女らしいへっぽこな感である。
スマホが鳴り響いたことで慌て出す二人。
やがて観念したのか2人がため息を付きながら立ち上がった。当然眞智子と一美である。
美子が苦笑いしながら――
「あらぁあ……たしか金閣寺に行くって言っていたけど――どうしてここにいるのかしらあん」
――といって眞智子をからかった。
眞智子は必死に「ち、違う!」と手を振り否定する。
その言い訳が実に彼女らしからぬ言い訳であった。
「い、いや……ホラ、電車がいっぱいあってな。ちょ、ちょっと興味があったんで」
眞智子は外にある扇形車庫方面を指示してそう答えた。
横にいた一美もウンウンと頷いている。
でも、それって電車じゃないよね、蒸気機関車だよね。
「そんなのどうでもいいけどさ。ホント、あんたらお兄ちゃん好きよねぇ~あげないけど」
おいおい、そこはどうでもよくない。電車と蒸気機関車って違うから!
それ以前にいつから僕は美子のものになったんだ?!
「そんなことはどうでもいいよ! 問題は佐那美でしょ!」
クリオが涙目で訴える。
おっと、佐那美の事を忘れていた。
「眞智子、お土産屋で『木刀』あたり買ってない?」
いきなり美子が的外れな質問をする。それで何をするつもりだ?
「何で私が買ってきたって知っているのよ!」
おいおい、元ヤンだったはずなのに現役が好む物を買ってきたのか?
そう思っていたら眞智子が「礼君、何か言いたそうね。一応言っておくけどこれは親衛隊のヤツらの『お土産』だから」と抗議の声をあげた。
あれ、僕の考えって顔に出やすいのかな?
まあいいや、とりあえず美子に聞いてみよう。
「でも、それって何に使うのかい?」
「佐那美対策だよ」
彼女の言にさすがの眞智子もビックリした表情で「それで殴ったらさすがのあの馬鹿でも4ぬぞ!」と両手を振ってダメだと拒絶した。
「殴んないわよ――クリオなら情がつくかも知れないけど……」
美子が言う『情』とは『情状酌量』の事だろう。今度は慌ててクリオが否定する。
「それやったら私が捕まっちゃうじゃない。それって私が出所すると、レイが誰とくっついているパターンが見えてくるんだけど!」
クリオが言う『僕が誰かとくっついている』っていう意味は『僕が誰かと結婚している』という意味なのであろう。
すると今度は一美が恐る恐る手を挙げ僕を指差した。
「あっ……もしかしたら神守さんがそれを使うの?」
あぁ、よかった……この子、空気読まないから『私が結婚する』なんて言おうものなら、クリオが闇落ちして、美子が発狂するし、今度こそは眞智子が容赦なくアイドルの顔面をボコボコにしたかもしれない。
おっと、そんな状況じゃない!
彼女は俺が木刀で佐那美をボコると勘違いしている様だ。
だから速攻で「使いません!」と否定した。
その様子を目の当たりにしていた美子は悪意ある笑みを浮かべながらこう答えた。
「お兄ちゃんがそんなことする訳ないでしょ……」
「そうだよ。それは僕も同意できないよ」
「でもぉ……」
美子が意味ありげに話を止める。
「でも?」
僕は復唱で美子に問うと彼女はニタァと悪魔の様な笑みを浮かべ話を続けた。
「木刀構えているだけで……佐那美の戦意喪失するんじゃない?」
「……そんなことで、佐那美さん諦めるの?」
僕が首を傾げていると、今度は一美が僕と美子の話しに割り込んできた。
「あぁ、それは私でもちびっちゃうかも……神守さん容赦ないんですもの」
そこまで話すと一同が「あぁ~っ、それなら解決するかも」と納得した。
「そう言えば、ちょい昔に佐那美がイキって礼君に剣道の試合を吹っ掛けたよね?」
「そう。お兄ちゃん竹刀持つと人が変わるから。佐那美がぶっ倒れても何度でも何度でも立ち上がらせ、その都度ボッコボコにしたから」
――えっ?! 僕、そこまでした記憶ないんだけど。せいぜい気を失うくらいにしかしていないよ。
「そう言えば、前に道場でレイが竹刀持っていただけで、あのバカがビビりすぎてエライことになったっけ。おかげで私の靴下にも被害がでたわ……」
何か、散々な言われようである。
「えぇ、僕が佐那美さんを脅すのぉ? それは嫌だな……」
僕が難色を示すと、美子はこう答えた。
「でも、お兄ちゃんの料理を食べさせると、佐那美の奴間違えなく4ぬから木刀を構えている方がまだいいんだけど」
その言葉に他のヤンデレ娘らはうんうんと頷き、美子の提案を了承した。
その別案は反則だと思う。
結局、その後はイキって乗り込んできた佐那美を僕が宥めることになるのだが……彼女らが替えの下着とスカートを調達することになったのはいうまでもない。
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