第22話 百合の花
――再び、8月の京都。
試写会が終わり、僕は静かな場所でのんびりと立ち上る黒煙を眺めていた。
ここでも五月蝿く喚き散らす輩がいたが、汽笛一声で天高く飛び去った。
当然、熱を帯びた巨体は灼熱の太陽と共に僕の存在を拒んでいる様だったが、それでもその場に居座り続ける。
正直、頭はクラクラするが、そんなの関係ない。
寧ろそれをただ眺めていることが愉悦なのである。
今は何も考えず静かにそれを見守っていた。
ソレなのに――邪魔するように僕の右首のあたりをヒンヤリとするものを押し当ててきた奴がいる。
睨み付けると、そこには美子が立っていた。
「熱中症になっちゃうよ」
彼女はそう言うとペットボトルのお茶を僕に差し出した。
「……あぁ、ありがとう」
彼女からそれを受け取ると、それをグビッと一気に飲み干した。
「もう、アレに乗らないの?」
「うん。今日はもういいかな」
「それにしても大きい割には遅かったわね」
「この機関車なら本来なら100キロメートル毎時くらいは走れるんだろうけど……ここでは飼い殺しだね」
――そう、まるで僕の様だ。
その言葉に美子は何かを察したのか、ただ黙って僕の脇に座った。
「熱くないのかい?」
「熱いよ。でもこうやって誰かが見ていないとお兄ちゃんはぶっ倒れるまでここに座っているだろうから」
この美子の一言で、それは若干誤っていたことに気付いた。
――彼女らは僕を縛り付けるのが目的ではない。寧ろ……
「中に入ろう。何か冷たいものでもごちそうするよ」
「いいの? 私アイスがいい」
――そう、僕は美子と共に京都鉄道博物館にいた。
他のヤンデレ娘達はというと、眞智子と一美で金閣寺方面へ。そしてクリオと佐那美で大原方面へ京都見学の真っ最中である。
当然、当初は僕と誰が一緒に京都巡りをするかで揉めていたが、今回敢えて美子を逆指名してここに連れてきた次第である。
彼女らがここに興味がないという理由も挙げられるが、基本的に美子は僕の趣味に口を出さないからである。
特に――
「まぁ、私はこの前の修学旅行である程度観光地は見て回ったから、お兄ちゃんの見て回りたいところにとことん付き合うよ」
この一言は今の僕にはありがたい言葉だった。
前回は僕の要望は全く通らず、泣く泣く断念したこの場所に今回美子を連れて来たという訳だ。
そして今に至る。
「ごめんねぇ……私らって自分勝手だから自分の方に引っ張っちゃうんだよね」
「1人1人だったらそれなりに融通を利かしてくれるんだろうけどね」
「まぁ、そりゃそうね」
美子はケラケラ笑いながら冷房が効いた建物の中へと僕の背中を押した。
「でも、アイツらいないと静かだねぇ……私もイライラしないで済むよ」
「うーん……それはコメントしにくいな」
「ぶぶーっ、今の一言マイナス10点。今のは『そうだよ、特に佐那美と眞智子がウザい』って言わなきゃ」
美子はケラケラ笑いながら、自分のスマホを取り出し「ザマッ」と呟いた。
彼女のスマホから聞き覚えのある『キイイイイイ』という金切り声が聞こえていたが……そこはあえて触れないでおこう。
すまない。ここで話を再び前回の京都に戻す。
あれから宿泊部屋のことで色々と揉めに揉めた。
当初僕らは部屋を2つを押さえていた。
一つは眞智子、クリオ、一美の女子3人部屋。もう一つは僕の部屋。
今回、美子は修学旅行ということで同じホテルながらも琴美と相部屋なので彼女のことは想定する必要はない。
だが、そこに佐那美が乱入してきた。
僕の部屋なら物理的に彼女を泊めることは可能であるが、さすがに男女が一緒の部屋に寝泊まりすること自体問題はある。
ところが、彼女の部屋を押さえようにもこのホテルはあいにく満室状態である。
そこで佐那美は「じゃあ、あたしは神守君のところに泊まる」って言い出したから、さあ大変。
それでヤンデレ娘達が揉めだしたのだ。
僕が違うホテルに泊まる案や、違うホテルには佐那美が泊まる案など色々あったが、最終的に佐那美は涼子の部屋に泊まることで落ち着いた。
もちろん、それを提案したのは美子である。
その時の話をするとしよう。
…………………………
「どうせ、涼子先輩のところ空いているんでしょ? 一緒に泊まらせればいいじゃん」
美子の一言で、涼子と佐那美はお互いを指差しながら「「ゲッ……」」と嫌な表情で顔を背けた。
確かに今の涼子は目論見が崩れてしまい、折角押さえた2人部屋を1人寂しく寝る状況になっている。
だったら、そちらに佐那美を加えてもらった方が都合がいい。
でも涼子は「いやいやっ、ありえないだろ!」と難色を示している。
理由を尋ねてもなかなか答えようとはしない。
ただ脂汗をダラダラ流している。
――部屋が狭い……という訳ではなさそうだ。
そこで僕が「じゃあ僕の部屋と交換する?」と提案したところ、今度は彼女が顔を真っ赤にして「ダメダメダメぇ!」と必死に手を振ってそれを強く拒みだす。
――なにかあるのかな?
僕はこういう疑問が発生した時は必ず眞智子や美子の顔を覗くことにしている。
彼女らはその言葉の意味をすぐ理解した様で2人はギロリと佐那美の方を同時に視線を向けた。
「佐那美、おまえは涼子の部屋で寝ろ」
「お兄ちゃんの部屋と交換するよりかは涼子先輩が嫌がらないと思うよ」
その後すぐ、クリオが参戦する。
「そうそう。居残り合宿の続きで申し訳ないんだけどそうしてくれない?」
彼女らは息を合わせた様に佐那美にそう畳みかけた。
その言葉の意味を理解していないのは、僕を含めて一美と佐那美だけなのだろう。
一方、涼子は露骨に嫌そうな表情で「あのぉ、佐那美と一緒に寝るのは……ちょっと嫌なんだけど」と渋っている。
納得いかないのは佐那美も同じである。
「あんたらなんでこいつと相部屋になれっていうんだよ! あたしだってゴメンなんだけど!」
だが、策士である眞智子にこういうことを言うだけ無駄である。
「だっておまえ、自分の部屋予約してなかったじゃん」
眞智子はそう冷たく言い放つ。散々、煽り煽って佐那美をこちらに向かわせた張本人の言葉とは思えない。当然、佐那美は怒り出す。
「あんた、あたしがこっちに来るの計算していたんだから、あたしの分も予約しておきなさいよ!」
「そんなの知らん。部屋代だってタダじゃないんだ。おまえみたいなドケチ女の部屋を予約しようものなら踏み倒すだろ、この前のレストランみたいに!」
――はい、そういうことが過去にありましたね。その時の飲食代を踏み倒された被害者がここに証言します。
ここまで言われてしまえば佐那美も反論できない。
これで彼女らの思惑どおりの結果になるハズだ。
だが、涼子はイマイチ納得していない。
ここで涼子も納得出来る『何か』が欲しいところである。
彼女らはどう涼子の背中を押すのか、気になるところだ。
そこで興味深くあたりを見回すとクリオが僕の視線に気付いた。
彼女は顎で涼子を指す。
彼女は『おまえが涼子を納得させろ』と暗黙に指示している。
――えぇっ、僕が何とかするのぉ?!
僕が出来ることと言えば……つまりは、こういうことだ。
「じゃ、じゃあ……佐那美さんが涼子さんと一緒の部屋に泊まってくれれば僕がその代金をもつことにしようか」
そう告げると、涼子が「なら、問題ない!」と即決し、それを渋ろうとする佐那美を逃がさんとばかりに首辺りに腕を回し羽交い締めにした。
「あんたも問題ないよな」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
佐那美はごねているが、クリオは「Yes!」と親指を立て歓喜し、続いて美子、眞智子が握り拳を固めてガッツポーズを決めている。
どうやら、事は彼女らの思惑どおり進んだようだ。
僕は彼女らがそうまでして『涼子と佐那美を同じ部屋にしたがっていたのか』を理解出来なかったが、何となくではあるが彼女らが保身に走っていたことは理解出来た。
振り返ってみよう。
眞智子、クリオは共に涼子の部屋に同室になるつもりはないし、それ自体拒絶している。
涼子も相部屋について難色を示しており、僕と部屋と交換すら難色を示している。
……ということは、つまり――
「あのぉ……」
おっと、この場所には空気を読めない子がいることを忘れてはならない。
「でも――それって……」
一美である。ここで彼女に思った事を言われてしまうと、やっとまとまりかけた話が再び振り出しに戻ってしまう。そうなると大変だ。
眞智子もそう思っていたようで、すぐにクリオに対して顎で一美を指示する。
その意味をすぐに理解したクリオは「あっ、ゴメン虫が飛んでいる」とばかりにあの猫撫でパンチを一美の顎にかます。
また眞智子の策は2段構えだったようで、彼女はポケットから何かを取り出しそれを一美の口に放り込もうと手を伸ばす。
――が、それは美子の手によって阻止された。
「大丈夫、もう白目剥いている」
確かに一美は美子の言うとおり、クリオの一撃でノックダウンしていた。
続けて美子が眞智子に釘を刺す。
「これ以上やったら逆にこの子、目を覚ますわよ」
美子はそう言って見覚えのある八つ橋を眞智子から取り上げた。
――うん。あとで美子と眞智子は2時間ばかり説教してやるとするか。
そう思っていたのも束の間すぐに新たなトラブルが発生した。
「何、何があったの?!」
再び佐那美が騒ぎ出す。
いくら能天気の佐那美でも、クリオが一美のことを口封じした訳であるから、これが何かの陰謀であることが彼女の足りないおつむでも感じたようである。
また揉め出すのか――と思っていたが、意外にそうはならなかった。
すぐに対策に動いたのは美子である。
美子は眞智子から取り上げた八つ橋を放り出し……――って何で放りだしたの?!
ポケットからチャック付ビニール袋から饅頭様な何かを取り出し、佐那美の口の中に放り込んだ。
不意を突かれて飲み込む佐那美。
その直後――
「ピギイイイイイイイ……qうぇっrちゅいおp@!」
佐那美は訳のわからないことを叫び出すとその場で、硬直して停止した。
眞智子が慌てて、佐那美の胸に耳を当て、ちり紙を口元に持っていき、彼女の容態を確認する。
「心臓も大丈夫、息もしている……」
「大丈夫よ。それにはお兄ちゃん成分2倍で抑えているから」
「えっ、それってヤバくない?」
「大丈夫、佐那美だもん。一晩寝れば治るでしょ?」
――彼女らは何の話をしているのだろう?
いずれにしても後で3時間程度は説教する必要はあるかな。
それから次の日が大変だった。
佐那美が泣きながら僕のところにやってきた。
「あたしをあの涼子と一緒に寝かせるなんて! しかもあのベット1つしかなかったんだけど!」
そう、これは後で知ったことであるが、涼子の部屋はツインの部屋ではなくWベッド1個の部屋であった。
だから、それをすぐに察した眞智子とクリオは、自分がそうならないように行動していたのである。
そして美子に関しては僕と佐那美を相部屋にしないため、眞智子らとタックを組んだというのが事実だ。
――ん、それだと涼子が僕と部屋替えすることに反対する理由がないだって?
それも後で眞智子らに聞いたことなのだが……あのベッドは既に使用済みだったそうだ。
幸い、佐那美を寝かせる前にその事実を知ったので、僕は彼女らと協力してその痕跡を徹底的に排除した。
でもその後、僕らが知らないところで、二人して寝惚けて百合の世界に行ってしまってもそれは保証は出来ないけど……うん、仮にそうなったとしても僕は気にしないから。
…………………………
「お兄ちゃん、何か今、変なことを思い出していない?」
美子に肩を軽く揺すられ、ふと我に返る。
僕が今いるのは、京都鉄道博物館のレストランである。
丁度、美子と2人でアイスクリームを食べていたところだ。
そこでボーッと前回の話を思い出してしまった様だ。
目の前にいる美子が訝しげに僕を見つめている。
ここで変に誤魔化そうものなら、嫉妬深い美子が何を勘ぐるかわかったもんじゃない。だから素直に答える。
「前回の京都の宿の話を思い出していたんだよ」
「あぁ。あの朝、佐那美が発狂した件ね」
「そういえば涼子さんはずっとトイレで嘔吐していたっけ」
「……お兄ちゃん、それ以上考えると2人に対して悪いわ」
確かに今、ここで美子と話し合うとしたら、彼女の入学式のことだろう。
だからその話についてはこれでおしまい。
次回投稿は不定期です。




