第21話 Guilty
彼女は僕を見つけると半狂乱になりながら走ってきた。
慌てて自転車店の入口へと駆け込み付近のエレベーターの下りボタンを押した後にエスカレーターを駆け上がる。幸い、僕の視界から彼女は見えないが周りのお客はキャーキャーと悲鳴を挙げているところからすると、彼女はすぐそこにいるハズだ。
逃げなければ、確実に刺し殺される……
僕は、3階で駅の改札口へ移動した。
ポケットにあるのは東京行きの定期券。
幸い、列車は間もなく到着するということで、僕は東京行きのホームへ逃げた。
ホームに移動する最中、先ほどまでいた改札口から再び悲鳴が聞こえてきた。
アレが得物を振り回しているのか、怒号と女性の叫び声がする。
僕は階段下にある立ち食い蕎麦店舗の角に潜み階段と隣の下りのホームを覗う。
彼女が現れた。
手には包丁、途中誰かを刺したのか手に握れた得物が鮮血を浴びていた。
明らかにイっちゃった表情で辺りを探し回る彼女。
――でも、そこには僕はいない。
なぜならば、君を水戸方面ホームに誘導するためエレベーターのボタンを押したのだから……
あのエレベータの下りは駐輪場になっており、逃げるのには不適合な場所である。
いくら発狂しているアレだとしても、誘導だと気付くだろう。
それにアレは僕が東京行きの定期券を所持していることも知っている。
だから、僕が東京行きに行くと見せかけて水戸方面に行く――と思わせるため策である。
もちろん、失敗する可能性もあるので、こうしてそば屋の角で様子を見ていた訳だ。
そして彼女は僕の策に引っかかったのか、水戸行きのホームに現れたのである。
――よし、彼女はまだ気付いていない。
ホームのスピーカーから不審者が現れたアナウンスと、それに伴い列車が駅を通過する緊急措置を執る旨が告知された。
――ちょ、ちょっと待ってくれ。それでは僕が逃げられないじゃないか。
水戸行きのホームではアレが丹念にゴミ箱の中を確認しながら僕を探している。
時折、東京行きのホームを気にしている様でキョロキョロと周りを覗っていた。
まわりの乗客もその光景をみて、我先へと改札口へと逃げていく。
――よし、この混乱に乗じて僕も改札へ逃げるか。
そう思っていた矢先、僕の目の前にいた女性が、血染めの包丁を持ったアレの姿を見て、大きな悲鳴をあげて騒ぎ出した。
なるべくアレに視線を合わせないよう気を付けていても、注意を引きつけるものがあれば不意に視線を向けてしまう習性があるのが人間の性だ。
思わず、僕がそちらの方に視線を向けるとと――反対ホームにいたアレもその騒いでいる女性に気を取られてしまったようで……不幸なことに視線が丁度合ってしまった……完全にロックオン。
「みーつけた……ふへへへへ……」
アレはイっちゃった笑みを浮かべながら得物を掲げ、線路に飛び降りた。
そして、そのままこちらのホームに走ってくる。
僕は必死で逃げようとするが、改札へと繋がる階段が利用客が殺到しパニックに陥った状態になり先に進めなくなった。
――しまった!
最悪、他の利用客を盾にしてでも逃げようかとすら考えてしまう自分がいる。
最低だ。
でも、このままでは僕が56されてしまう。
彼女は砂利や線路に足を取られながらこっちに向かってくる。
――終わった。
そう思って僕は咄嗟に目を閉じてしまう。
「待って……待ってよぉ……ヒッヒッッ」
アレの不気味な笑い声が徐々に迫って聞こえてくる。
いよいよ、彼女がホームにたどり着いた瞬間。
キィ――――――――――――――――――ッ
グシャゴギィ!
何かけたたましい音と共に鈍い音が響いた。
恐る恐る目を開く……そこにはアレのために緊急通過しようとしていた列車が急停止をしているではないか。
加速からの急ブレーキ、当然列車は止まれず走行し続けている。
警告音が鳴り響く駅構内。急ブレーキをかけるも列車は更に進みながら、甲高い音がずっと鳴り響く。
アレは……どうなった?
まずは先ほど悲鳴を挙げた女性の方を確認する。
彼女はしばらく立ち尽くしていたが、急にふらつき出し、その場で仰向けになり卒倒した。彼女を見ると前側全身は血で真っ赤に染まっていた。
どうやらこの血は彼女から流れ出たものではない様だ。
――とすると……
僕はアレの姿を探したが、姿は確認できなかった。
多分、アレは先ほどの列車に轢かれたのだろう。
なら、助かるハズがない。だからこれで終わった……と思う。
僕はアレの死体を確認せず、その場から背を向けた。
ゴロゴロゴロ……
何かが足下に何かが当たった。
――何か厭な予感がする
恐る恐る視線を降ろしてみるとそれは――彼女の首だった。
「ヒッ……」
僕が小さい悲鳴を挙げ仰け反った。
その瞬間、僕の背中に激痛が走る。
そう、彼女の右拳が……彼女の右手が切断された状態で、得物を僕に突き立てたのだった。
激痛と出血で意識が朦朧としていく中、足下に転がるアレの生首がニタア……と不気味に笑む。
…………………………
そこでスタッフロールが流れた。
劇が終わり、照明が点灯。いよいよスタッフ挨拶に入る。
静まり返る太秦のホール。明らかに客はドン引きである。
そう、これは試写会である。
佐那美の企画した例の映画である。
ステージには僕が扮するレイン=カーディナル、クリオが演じるサンディ=クリストファー、織田一美のTKBツバサがステージ上に呼ばれた。
一美は今回も出演している。一応、地端プロダクションとアイドルとしてだ。
でも、うちで売り出しているアイドルのハズなのに、佐那美の悪意ある演出で最初の頃に呆気なく56されてしまい、トドメに血まみれになって倒れるモブ役までやらされてしまい、ムッとした表情で舞台に上がってきた。
クリオにあっては『アレ』である。
これも佐那美の腹いせとばかりに基地外役に抜擢された上、最後には生首にされてしまった。
当然、終始憮然とした表情で佐那美を睨んでいる。
これはあとでフォローが大変だ。
その問題の佐那美はというと、終始ご機嫌である。
きっとヒットすると思っているんだろうなぁ。
でもコレ、ヒットせずに終わるだろう。
…………って思っていたのだが、思った以上に売れてしまったのは後日談である。
――さて、舞台挨拶は終わり、楽屋でのやり取り。
「いやぁ……お疲れ様でしたぁ~。流石はふぁっきゅうーだねぇ」
佐那美はクリオの背中をバンバンと叩くとクリオは不快そうに彼女を睨む。
「そりゃあ、どうも。いいお手本がいっっぱい周りにいたから、キャラを作るのには苦労しなかったわよ」
クリオはチラッと僕の脇の美子に目をやった。美子は『この野郎』とばかりにジッとクリオを睨んでいた。その彼女が直ちに言い返す。
「おまえ、お兄ちゃん564たから、もう二度とお兄ちゃんを触るんじゃねえ」
あのぉ……僕、まだ生きているのですが。
だがクリオも負けてはいない。
「何言っているの~ぉ、その時は私も4んでますぅ~♪ これはB級メーカー佐那美が演出で564たんですぅ~♫」
「それでもおまえが564たんだろ? ……おまえ、どんな闇をかかえているんだ」
ドン引きした目でクリオを睨む美子。
でも、クリオは容赦なく言い返す。
「この前の京都で得物もってレイの部屋に乗り込んできたアンタを真似てみただけなんだけど……これってアンタの真似だからっ!」
「はぁあ? おまえ、ホントぶっ564たいんだけど」
「56すんだったらコイツをどうぞ」
クリオは美子の背中を押しながら佐那美に押しつけた。
「えっ、ちょっと! 何、やめてくれる?!」
それにしてもクリオも強くなったもんだ。
そしてスタッフと腕章を付けられた眞智子が「はいはい。佐那美56すんだったら良い物あるよ」と差し出したのが――いつもの劇毒物である。
……そう、今話している出来事は大分先の話である。
丁度、月日は年度をまたぎ8月に入ろうとしている。
美子は既にうちの高校に進学して、僕らは2年生になってた。
――えっ、その前の神守君とゆかいなヤンデレ娘達全滅の話はどうなったって?
では、その時の話に戻ることにしよう。
…………………………
「――で、あんた達何していたのよ」
僕らはホテルの小会議室の壁際に全員正座させられていた。
しかも、クリオと一美にあっては早くも衣装替えである。
さすがに吐瀉物を浴びせられた人とお漏らしした人をそのままにしておく訳にもいかず、すぐに洗い流させたからである。
クリオに関しては鼻腔の奥につんざく臭いが染みついているのか、洗い流した身体をクンカクンカと嗅いで顔を顰めている。
一美に関しては涙目で下を向いていた。
その僕らを呆れた表情で見下ろしているのは入谷涼子である。
そう、彼女は同じ学校の同学年で、佐那美と一緒に赤点合宿に参加していた女子である。
彼女は彼氏持ちで、その彼氏が眞智子の従弟ときたもんだ。
彼女はどうやら彼氏に逢いたいばかりに合宿をなんとか1日で終わらせ、京都に向かう際に僕らと遭遇した――というのが今回の流れである。
その彼女が何故、僕らに説教をしているのかというと――
「どうせ、彼氏とヤッている最中にあたしらの騒ぎ声で気分が台無し、それでブチ切れて来たんでしょ?」
佐那美がさらりといらぬ説明をしてくれた。
「あぁん? ちげーよ。そこのクソ女に『早く来いよ、この馬鹿!』と言われて来てみたら、このザマになっていたんだよ」
……おっと、違った様だ。
どうやら、眞智子のSNSは彼女の元にも送られていた様だ。
だから助けに来てくれたというのが正しい。
もっとも、神守君とゆかいなヤンデレ娘達は全滅状態になっていたので、事情を聞かれ女同士のバトルとそれを僕が傍観していた状況が明らかになり、彼女の説教タイムとなった。
その彼女が眞智子を指差し「今回の悪者はおまえだろ」と追及する。
「ちょっと、勝手に断定しないでくれる?」
その言いっぷりにカチンと来た女子らが……
「あんたがあたしを隔離して謀ったからこうなったんでしょ、しかも毒劇物まで」
「おまえ、お兄ちゃんとハメハメしようとしたくせに」
「私、寿命縮まるかと思ったんですけどぉ。目の前に包丁が落ちてきた恐怖、わかります?」
「アンタの所為で血圧上がりっぱなしなんだけどぉ」
……と眞智子にブーブー文句を言い出した。
「なら、一番の被害者は誰?」
その言葉を聞いて、僕を含めた各々が一斉に挙手するが……
「一応、言っておくけど。今回の件で眞智子と佐那美は除かれるからねっ! あんたらがロクな策でみんなを振り回したのは明白だから」
……と一喝して、名指しされた首謀者2名は手を下ろした。
「次に――事態を掻き回した織田と包丁を振り回した神守妹、おまえ等も有罪。それを止めずにタダ眺めていた神守も有罪……かわいそうなのは……」
そう言って指差したのは……
「『ふぁっきゅうー』だったっけ?」
「クリオだよっ!」
まるでどこかの芸人のコントみたいにツッコミを入れるクリオ。
確かに今回、彼女を悪者にすることはできないだろう。
ただ、眞智子と佐那美としては……
「クリオ、美味しいところ攫っていこうとしたよねぇ」
「ふぁっきゅうーのくせに許せないかなぁ……」
……と威嚇している。一方のクリオは「フン」と鼻であしらった。その様子から察するに、彼女らに対しての免疫が付いたのか、メンタルも少し強くなったようだ。
さて、いい加減に僕も発言しないと本当に傍観男にされちゃうので、あえてフォローすることにした。
「確かにクリオは悪くはない。寧ろ巻き込んじゃった僕が悪い。それにうちの美子さんは今回は無関係だよ。結果的に入らぬ煽りが入ったからブチ切れただけ」
僕の発言にクリオはウンウンと頷き、美子は「お兄ちゃん……」とうれしそうな笑みを浮かべていた。それを見た涼子が「ほぉう」と相槌を入れる。
そして涼子は美子を指差し
「いい兄ちゃんじゃん。あんまり兄ちゃん困らせんじゃないわよ」
と言って美子の額にデコピンを喰らわせた。
キョトンとしている美子。
「ところでお兄ちゃん、この人誰?」
どうやら美子は彼女が誰なのか知らない様である。初対面なのでそれは当然か……
「同じ学年の入谷涼子さん。何でも入谷音也君の……」
そこまで話すと美子が目を輝かせながら拝むように手を合わせ彼女を見る。
「エーッ、それじゃあ、あの入谷先輩?!」
彼女を見る目は尊敬の念そのものである。
珍しいなぁ。彼女が尊敬する人がいるって。
眞智子や佐那美、クリオも驚いているくらいだ。
彼女は若干興奮気味に涼子を指差しながら僕に説明する。
「あの実の弟を食っちゃった伝説の人よ! どうやったらタブーを打ち破れるのか色々教わりたいと思って!」
――そっちのほうかい! ヤンデレ娘達も「あぁ……そうちね」と納得した目で呆れていた。
※ちなみに『食っちゃった』っていうのは性的なものを指す。
涼子は苦笑いしながら手を振り否定する。
「違う、違う。私は『いりや』で、あいつは『いりたに』だよ。家は隣だけど姉弟でもなければ親戚でもないよ」
ただ彼女は、否定したのは血縁関係者ではないということのみで、それ以外のことについては肯定も否定もしなかった。
「あぁ、そうなんだ……それはちょっとガッカリかな。でも、弟分を食っちゃったんだから憧れるよね」
美子が語り出すと涼子は少し困った表情で「わかった……わかったから」と話を止めようとするが、美子の弁は止まらない。
「いや、だって。ここのホテルってうちらの泊まっているホテルでもあるんだけど――」
えっ、そうなの?!
宿を予約した一美の方に視線を向けると、彼女は意図して予約した訳ではなく「比較的人気の宿だったんですぅ」と手を振り否定した。
『爆弾パス女』というより『トラベルガイド』ならぬ『トラブルガイド』と言う方が正しいかもしれない。
一方で涼子が両手を振り、「も、もうそこらで……」慌て出すが、美子はそれに気付いていない。
「さっき琴美から聞いんだけど、この先輩はうちらの引率の先生に『この子、枕が変わると寝られなくなるので、心配になって来ました。私も部屋を取りましたので私と一緒に寝ますから』と説明していたんだって。私、その話を聞い『姉弟でタブーしている』とピーンときて、凄い人だと感心したの」
「「なるほど、旅先でパコするつもりだったようね……」」
眞智子と佐那美がハモりながら呆れて彼女を見る……が、その2人の顔色が変わり慌てて顔を下げた。それと美子の顔色も青くなっている。
なんだ?
そう思って涼子の方を見ると、涼子があからさまに作り笑いをしている……と言うよりか脂汗を垂らしながら背後の何かを感じていた様だ。
彼女の後ろからは……
「おい。入谷……おまえ、ふざけんじゃねえぞ……」
そう。彼女の背後にいたのは中等部の引率の女性教師。
彼女は後頭部をアイアンクローで掴まれ、そのまま連れて行かれてしまった。
それを見ていた一美が一言。
「私、先生の誤解解いて来ましょうか?」
「「「「「やめてあげて! これ以上話を拗らせないで!」」」」」
一美を除く神守君とゆかいなヤンデレ娘達が一斉に彼女を制止した。
結局、僕とクリオが許しを請う羽目になった。
次回投稿は不定期です(気が向いたら作ります)




