第19話 嫉妬女の無双(後編)
薄暗いホテル自室の入口に佇む、禍々しい瘴気を漂わす我が妹。
時折、轟く雷鳴の後に部屋に突き刺さる雷光がその姿を照らし出す。
何故部屋が暗いのかというと、どうやらこの辺一体が停電になっている様だ。
だからこそ彼女の不気味さが一層引き立ってしまっている。
いつもの可愛らしい表情が、髪の毛が逆立ち羅漢仁王像もしくは阿修羅の様な……いやいやどちらかというと不動明王の顔つきでこちらを睨み付けている。
こういう状況を怒髪天というのだろうか。
「きシゃあアアあァアあ……」
さらに荒ぶる感情が理性を追いやり、言語すら怪しくなってきた。
僕の周りにいる女の子達が――
「うわぁ……イッちゃっているわぁ」
「どうするのよ、コレ!」
「いやぁ……凄いですねぇ」
――とまるで、動物園の来園客が猛獣の挙動を楽しんでいるかの様に眺めているヤンデレ娘達。
でも君達にはそんな余裕はないはずだ。
なぜなら、今ここにいる猛獣は動物園とは異なり、檻や強化ガラスで隔離されたわけでもない……野に放たれた状況なのだから。
これはヤバいです……マジでヤバいです。
その彼女が目の前の獲物を探す様に彼女らを睨み付ける――そして、ロックオンさらたのが……
「答えろクリオォォ!」
……メンヘラかまってちゃんだった。
「ひいいいいっ……」
クリオは腰を抜かしてブルブルと震えながら後ずさりする。
美子とは特に絡みのないクリオでさえビビる始末であるから、いつものあの子がいたならその場で即失禁ものだろうなぁ。
さて、どうしたものか。
この場で僕が彼女らに対して変な弁解をすると、余計に火に油――ではなく火に気化したガソリンを注ぐ様なものである。
僕は美子に悟られないようチラッと眞智子に視線を送る。
彼女は必死で手を振り否定しているが、ここは美子を怒らせた張本人にある程度責任をとってもらわないと困る。
美子には見えない様に眞智子に対して再度指で指示を送ると、彼女は大きくため息をしながらイヤイヤそうに僕から美子に視線を移した。
「あのさ……さっき一緒に神社に行った仲じゃん。そんなにイキらないでよ」
「あ゛ぁあっ?!」
美子は『何だテメエ、殺すぞ』と言わんばかりに声を荒げている。
「いや……おまえが想像していることはシテ――」
眞智子が美子に弁解を始める。
彼女は、寝ている僕を目の前にしてヘタレて何も出来なかった旨を伝えていると、いくらか美子の口元が閉じてきた。
いくらか不機嫌そうな表情程度に収まりそうな感じまで改善された。
もう少しすれば、美子の理性も戻ってくるだろう。
そう思っていた……
だが、僕は忘れていた。ここにはとんでもないトラブルメーカーがいたことを!
「あそこの地主神社って確か恋愛成就の神様なんですよね」
美子の視線と眞智子の視線が一斉に同じ子の顔に注がれる。
こんな空気読めない発言をする娘は一美である。
「あっ、でも……神守さんは1人ですよね。神様は誰のお願いを叶えてくれるのかしら」
バカアアアアアアっ! なんでこんな時にそんな事をいう!
そして彼女の無意識の無双がトドメを刺す。
「でも眞智子さんは――って、まさか……安産祈願ではないですよね。場所が違いますよ……っていうよりそれは私も怒りますよ」
今、僕の脳裏に『安産』という言葉がエコーが掛かった様に響いている。きっと僕様に眞智子や美子もそう聞こえているのかもしれない。
美子の顔が一瞬でシュッと無表情に、そして力んで構えていた体勢から一転、某新世紀の人造人間の様に手をだらんとして脱力系に変わった。
場の空気も熱波から寒波に変わる。
――ちょっとは冷静になったのかって? とんでもない!
これはマズイ、マズいぞ。
美子がここまで無表情になったということは、いつぞやの寝惚けて僕に襲い掛かった日以来である。
美子がこうなるともう歯止めが聞かない!
あの時は単なる寝惚けていただけなのだが、今回は明らかに意識はしっかりしている……このままだと、本気で564かねない。それこそ彼女らが冗談半分でからかっている『殺人鬼』に美子はなってしまう。
一気に緊迫の度数が上がった。
美子の瞳は死んだ魚の様に輝きはなく、もはや歩く屍、ウオーキングデッド、ゾンビである。彼女が無表情になったということは、これは覚悟を決めたということの表れである。
「一美ぃ、あとで化けて出てやるかなっ!」
眞智子が悲鳴に似た捨て台詞を吐き捨てた。
だが、これが裏目に出た。
「否定しないところからすると、眞智子はお兄ちゃんとズコバコやったんだ……もう……いい、56そう」
「ち、違う。ホントにシテない。やっていない! これで563れたら割に合わないんだけど!」
この時の眞智子の弁解は美子に通じなかった。
美子はどこぞから何かを取り出すと先に巻いていたカバー引き剥がす。
そこで、停電が回復した。
美子が手にしていたモノとは――想像どおり、得物であった。
「おにいちゃん……さすがにおにいちゃんだけは56せないけど……3人だけは向こうに送るから――まぁ、未成年だし……大人みたいに長くは収監されないだろうから」
美子が物騒な事を呟き出す。
眞智子が青ざめ、クリオが程良くパニクっている。
一方で一美は「あらまあ、大変ですね」と余裕をぶちかましているが、美子は予告している人数は3人である。
「馬鹿、あんたもその人数に入っているからぁ!」
眞智子が一美を指差し怒鳴りつけた。
一美は「まさかぁ……」といいつつ眞智子とクリオを指差し、もう一つは僕に指差そうとしたが……
「お兄ちゃんはリストにはいっていない……」
そう美子に告げられ、得物をゆっくりと一美に向けた。
「おまえが3人目だ」
一美が己を指差し僕やクリオに確認する。当然首をコクンと頷くや否や、彼女は真っ青になり泡を吹き出しその場で気を失った。
倒れ込む際、入口の美子側に倒れ込む。
美子は「チッ!」と舌打ちして得物の柄で一美の後頭部を床にたたきつけるように一美を引き倒した。
眞智子が呆れてというか、一美の方を見て怒鳴り散らす。
「何なんだよ、この馬鹿はっ! マジで使えねえ。早くこの異常を察しろ!」
だが、その言葉の意味は、一美が失神しようがしまいが理解しないだろう。
代わりにその方向にいた美子が答えた。
「何言っているの? あんただって同じじゃん――まずはあんたから……」
美子は音を立てずに眞智子に向かって歩み出すと、眞智子は「ちくしょう……」と言いながら間合いを確保しているのかジリジリと後ろに引き下がる。
その彼女の背後には、何かを隠している様で、美子には見えない様にしている。
何かで刺し違えるつもりか?
だが、彼女の肩が妙に揺れている……それは震えている訳ではなく、何かをせわしなく弄っている様である。そうなると刃物ではなさそうだ。
その様子を美子が見逃す訳がない。
「何を弄っている……どうせ、ババアにチクっているんでしょ――無理だよ」
美子が眞智子のその姿を見て鼻で笑う。
「ババアは、うちのお婆ちゃんにこっちから逆にチクってやった――今日はぐったりして京都なんてこれないわよ」
美子はババアとお婆ちゃんってなんかダブった言い方しているが、分かりやすく言うと『ババア=母親』、『お婆ちゃん=祖母』のことを指す。
うちの母さんはお婆ちゃんに対して非常にビビっている。実は僕も正直苦手である。もちろん美子も同じである。
それでも美子は、旅行で離れる際に何となく嫌な予感がしたのだろう。
彼女自身も僕に対して色々しでかしたこともあり、それをオバあっちゃんに咎められる&母さんから旅行帰りに処刑されるのを覚悟の上、泣きついた訳だ。
この様子だと、うちの母さんが美子にしてきた肉体的教育についてあること、あることいっぱいお婆ちゃんに報告した可能性がある。
だから母さんは牛久に召喚された訳だ。多分、美子の予想どおり今頃ぐったりとしていると思われる。
あとがない彼女の捨て身の一太刀が、回り回って僕らの逃げ道すら切り捨てる結果となった。
勝ち誇りイっちゃった表情で眞智子を見下す美子。
右手にはしっかり得物が握られている。
その刃先を眞智子にチラつかせながらジリジリと近づく美子。
その姿は某RPGに出てきたランタンと包丁を持って迫り来るキャラクターそのものである。
「ちょ、ちょっと美子さん、じょ、冗談はやめようよ」
僕が彼女を宥めながら美子の方に近づくも――
「おにいちゃん……こいつら56すまで動かないでね……私、こいつら始末したら『お兄ちゃんと一つになる』の……私の楽しみを奪わないでね」
――と刃先を眞智子の方から外さず、僕の方を見てニコッと微笑んだ。
これはヘタに動くと、本当に僕ごと刺すぞ……これはもう僕の泣き落としは通じないことを意味する。
それにしても『お兄ちゃんと一つになる』ってどういう意味なんだろう?
僕が彼女にレイプされると言う意味?
それとも一緒に心中するつもりなのか?
い、いや――それは今はどうでもいい。問題は美子が眞智子に襲い掛かろうとしていることが問題なのだ。
こうなったら一瞬の隙を見て、美子から得物を取り上げるか。
とりあえず、美子に察知されないように身動きを封じておく必要がある。
問題はクリオだ。そっとクリオの方に視線を動かす。
クリオもヘタに動くと自分が刺されると感じているのか足を震わせながら身構えている。その場から逃げるとか美子に飛びかかるなどの余計なアクションはしないだろう。これは唯一の救いだ。
美子は眞智子の顔面近くまで刃先を近付ける。
そして左手で眞智子が後ろに隠し持っていたものを取り上げた。
彼女が持っていたものは――スマートフォンである。
「ホラ見ろ。こいつはクソババアに助けを求めていたんだ。読み上げてあげるわ」
「クッ……最早これまでか」
美子はスマホを眞智子の顔面脇に持ち上げ、眞智子を小馬鹿にするようにニタニタしながら読み上げた。
「なんて言って泣きついたのかしら。何々――」
美子が勝ち誇った表情で内容を確認する……だが、瞬きを数回した後に何度もスマホの内容を確認し始めた。
何て書かれていたのだろうか……
そして、小馬鹿にした表情から一転、真顔になる美子。
「『早く来いよ、この馬鹿!』って……あ、あれ……うちのババアじゃない?」
美子はうちの母さん宛に送られたものだと思い込んでいた様だが、こんな内容を眞智子が母さんに言う訳がない。
その瞬間だった。
ドアがバンと豪快な音を立てて開くや否や、美子の方に目掛けて跳び蹴りする女性が現れた。
次回投稿は未定です。




