第13話 見知らぬ天井……?
いつもながらの朝――
まだ日が昇っていないのか、辺りは暗く部屋の空気が冷たい。
特に顔の左側がひんやりとしている。
それなのに、何故か右半身が妙に暖かく、左右の温度差に違和感を覚えた。
そして、僕の顔を右半分包む幸せの膨らみ……つい最近経験したばかりである。
この後って、面倒毎に巻き込まれるパターンだろう。
とりあえず、右側の件は置いておいて……
天井を見る。
あの昔のアニメではないが、見知らぬ天井だ。
――何で僕はここで寝ているんだろう?
その上、何故かマジックベルトで手・足を縛られている。
これって、遂にヤンデレ娘の誰かに監禁されてしまったのか?
でも、拘束されている割には締め付けが弱く、比較的体の自由は利く。
その上、暖かい寝間着を着せられ、ご丁寧に布団が掛けられていた。
僕の健康面については色々と気をつかっている様だ。
――さて、いよいよ右半分の現実を直視することにする……でも、できるだけ直視したくない。
横の人は気持ちよさげに「すうすう……」と寝息を立てており、熟睡中だ。
僕に抱きつくその体はとても柔らかく、フローラルなシャンプーの香りがする。このことから、横にいる人は女性であることは間違いない。
あれ?! でもこの匂い……どこかで嗅いだ気がする。
そして、この柔らかな膨らみ――どこかで…………ん、もしかして!
僕は慌てて目を開けた。
(この子がこんなことする訳がいない。あのぶっ壊れた連中の中で唯一常識人のあの子が!)
僕が彼女に声を掛けようとすると、丁度目を覚ましたようで、
「あっ、礼君おはよう……」
と背伸びをして寝惚け眼で僕に微笑んだ。
「あのぉ、おはよう……で、あっているんですけど、なんで眞智子さんは僕と一緒に寝ているんですか?」
――話を数日前、打ち上げ会の終盤に戻す。
その頃には、打ち上げ会は佐那美の次回作構想会に変わっていた。
話し合いというか、彼女の一方的なごり押しにより、クリオがストーカー役で、僕が彼女から追われる主役という案で一旦はまとまった。
佐那美は「コレならイケる!」と息巻いていたが、社長から『企画については今後決済を通す様に』と指示を受けており、彼女の話は僕が一旦預かることにした。
佐那美はまどろっこしいと憤っていたが、あんまりしつこいので
「急ぐのなら早急に企画書をまとめ上げて社長に提出してくれないか」
と告げたところ、彼女は泣きそうな表情で、
「神守君、あたしがそういうの苦手なのを知っていてそんなこというんだもん」
と卑屈な目で僕を睨んだ。
「社長の承認もらってから、スケジュール組みましょう。まぁ、ちょっと気が早いけど皆のスケジュール確認するね……まずは一美さん、それと美子さんの予定教えて」
ここで僕はあえて眞智子とクリオ、佐那美のスケジュールを確認しなかった。
僕のこの発言で、名前を呼ばれなかったヤンデレ娘達が怪訝そうに僕の顔を覗う。
だが、僕のそれに彼女らが勘ぐるような深い意味はない。
一美は学力や家庭の都合を僕自身把握していない為確認した。
その彼女は「私もしばらく仕事のスケジュールも入っていないし補習とか家庭の用事はないよ」と普通に答えた。
美子に関しては中学校の行事内容を確認する必要があった。
「私はスケジュール的に問題があるのは修学旅行かな……なんだか学校の先生から『高校の内定やるから大人しくしていなさい』って言われているから、学校行事にも参加しないと色々面倒なのよね」
今の話で美子も一美も問題はないことがわかった。
あとの連中は確認する必要はない。
何故なら、優等生の眞智子とクリオに関しては聞くまでもないし、佐那美については――――この子の場合は違う意味で聞くまでもない。
それにしても美子は高校受験なしで、うちの学校で決まったのか。
それはよかった、よかった。
……って、ちょっと待てぃ!
うちの高校内定の話を今初めて知ったけど、母さん、父さん了承済みなのか?
「あの、美子さん……高校内定貰ったって話、母さ――」
僕の問いに彼女が話を被せて答えた。
「言ってないよ。どうせ反対されるに決まっているし」
その答えを聞いて僕は咄嗟に眞智子を見る……と、彼女はご丁寧にスマホを弄っている。
僕の視線に気がついた美子も僕が見ている先を確認して、真っ青な顔に変わる。
「あっ、あんた何しているの……」
眞智子も僕と美子の視線に気付いて、
「あっ、今終わるから……と送信。これでオッケーと――で、何だっけ?」
とちゃんと報告終わった後で僕らの質問に答えた。
「あんた……まさか――」
美子が無表情で眞智子に確認するが、それと同時に美子のスマホの着信音が鳴り響く。この聞き覚えのあるメロディは、なんとかベーダー卿のテーマである。
このおどろおどろしいメロディは間違えなく、彼女の天敵である母さんをイメージした着メロであろう。
当然この後、電話口で美子は母さんによくよく絞られました。
しかも、帰ってくるなり一番で『ジャーマンスープレックス』でした。
――さて、本題はここからである。
美子が2泊3日の京都・奈良修学旅行の当日。何故かスケジュールを入れられた人物が3人いた。
まずは一美。
一美は本来予定になかったはずの東京の秋葉原へ出張ライブ。
次にクリオ。
クリオにあっては東京の銀座のデパートで、地端プロダクションのイベントで地端の親父さんと一緒に出張。
そして佐那美にあっては、赤点多数につき、学校指定の合宿となった。
このヤンデレ娘達のスケジュールは、明らかに……というかあからさまに不自然だ。
この行事内容をよく確認したところ、とある人物が意図的にスケジュールを組んだ様である。
さて、うちの学校は中等部と高等部があるのだが、修学旅行に関しては方面は別であるものの、中・高等部3年生は同じ日に修学旅行となるのが伝統だそうだ。
そして残された1、2年生は一部を除き学校休校日、つまりお休みとなるのだ。
だが、残念な事に一部の生徒だけは登校日となる。
具体的に言うと、テストで赤点だった人達だ。
彼らはその間、補習授業になる。
さらに赤点が5教科以上となると懲罰的措置として、学校の合宿所で寝泊まりしながら補習を受ける羽目になるのである。
僕の予想どおり、あの子を除くヤンデレ娘は赤点は問題なく回避できたが、いつもの彼女だけは合宿所送りとなった。
佐那美は「なんであたしだけ!」と不満げであったが、皆、君ほど成績は悪くはない。寧ろ彼女が致命的に悪すぎるのである。
当然、佐那美としては美子という最強(最凶)ラスボス不在の中、最高のチャンスを自分だけは合宿所送りにされてしまい、それで他の女子が僕にちょっかい掛けるのではないかと不安に思った様だ。
僕から他の女の子を遠ざけるため親父さんを嗾けて、クリオをイベント動員に、一美を秋葉原のアイドルイベントに参加させる強行スケジュールに組み込んだのである。
――で、僕はというと……
「神守君は1泊2日の人間ドックね。同総会っていう病院に予約したから」
修学旅行2日前、佐那美宅に呼び出された僕は不機嫌そうな佐那美に一枚のチラシを渡された。
確かに同総会と記された医療機関のチラシである。
チラシを見る限りでは人間ドック中心の医療機関の様で、オマケに『今なら20パーセントオフ!』と守銭奴佐那美が飛びつきそうな文言が記されている。
「あれ? 今回は眞智子さんちの小野乃医院ではないんだ」
「ダメよ。眞智子のところは。どうせ良い医療器具なんて入っていないでしょ」
「そんなことないけどなぁ……」
「そんなことはどうでもいい!」
えっ、何でキレてるの?! それって自分でそう言ったんじゃないか。
「あんなところに行ったら、眞智子に監禁されちゃうから絶対にダメ」
「監禁? あのまともな眞智子さんが?」
「するわよ。あの女、あんたのことになると常識なんて蒸発しちゃっているから!」
『全教科赤点の君がそれをいう? 一般常識が欠けているのは君の方だろ!』と彼女に突っ込みたい気持ちもあったが、それを今、言うと確実に泣かれてしまうのでそれはやめた。
「人間ドック行けってことは、お金は事務所が払ってくれるの?」
「まぁ、仕方がないわね。1万7000円位だろうから、出してあげてもいいわよ。それに2割引きなんですからそこまで掛からないと思うわ」
1万7000円?! そんなに安く人間ドックできるのか?
「ちょっと待って。その1万7000円ってどこ情報? その同総会って病院で確認したの?」
「あっ、それは神守君のパパ情報。うちのパパと話していた時に『それ位した』って言っていたから」
そんなもので出来るのか……まぁ、事務所が出してくれるのであれば構わないけど。
佐那美の部屋から出る際に、挨拶代わりにクリオの部屋に立ち寄ると、そこには頭を抱えてベッドに座り込むクリオと一美の姿があった。
彼女らに声を掛けると「うそでしょ……何で2泊3日も東京にいなきゃならないの」、「しかもお昼からの予定なのになんで泊まりがけでなの」と2人とも信じられない表情で途方に暮れていた。
彼女らが言うとおり、うちから東京まで電車で1時間ちょっとで行ける距離なので、泊まる必要がない。これは確実に佐那美の腹いせである。
自宅に帰った後その話を美子にすると……
「あっ、それいいね。あのババアの犬(眞智子)の所じゃないし、他の連中もいないから、私的にはOKかな――でも、私修学旅行よりもお兄ちゃんと一緒に遊びに出かけたいんだけど……」
……と美子は簡単にOKだした。
さて、問題の眞智子である。
彼女に電話をすると『あっ、その日は私、家の手伝いがあるから。その……ドウソウカイって医療機関……どこかで聞いたことあるような……まぁ、いいわ』と何故か自分の医院を指定しなかったことについて怒っていない様子である。
それもそのはずである。
僕は人間ドック当日、佐那美から手渡されたチラシでその医療機関を探すのだが……その医療機関は意外とすぐにみつかった。
「医療法人社団同総会小野乃医院――って、眞智子さんところじゃないか」
入口では、眞智子が両手を振ってお出向かいしている。
「あっ、そのチラシのサンプル、もの凄く効果あったみたいね。佐那美の家に投函してよかったわ」
やっぱり、こういう頭脳プレイで佐那美を翻弄できる子って眞智子と美子あたりだね……あとで佐那美が知ったら激怒するだろう。
眞智子は「やっぱり守銭奴にはその文言は絶対響くよねぇ」と勝ち誇っている。
でも、このチラシって新聞折り込みそのものである。このチラシ作成にはプロが関わっているハズだ。
……だからといって態々、佐那美を嵌めるためにお金掛けてすることか?
そう言えば彼女は『チラシのサンプル』って言っていたな。
ならば、サンプルでああいうのを作らせてみて、正式な物はちゃんと作っているハズである。
「そうすると正式なチラシってあるのかな」
「あるわよ」
チラシの内容はほぼ同じであるが、同総会という文字は小さな文字で『医療法人社団同総会』となっており、その後にデカデカと小野乃医院としっかり記されていた。しかも『今なら20パーセントオフ!』は『日帰り人間ドックも始めました』という文言に置き換わっていた。
「……佐那美さんを謀るのにずいぶんお金掛けたのね」
「もちろん! ……って言いたいところだけど、元々うちの兄貴が『日帰り人間ドック』を企画していたので、試しにどんな感じで作れるのかサンプルで作って貰ったのよ。だからそれは製作過程で生まれた失敗品――それを使わせて貰ったから、それは廃品利用したまでのこと」
「20パーセントオフって言うのは……」
「あっ、割引きのところね? 医療費から値引きすることは出来ないけど、特別個室の料金から20パーセント引かせてもらうわ」
その話を聞いただけでも、金額は間違えなく1万7000円を遥に超えていることがわかった。
「佐那美さん、大激怒じゃん……」
「嘘は言っていないわ。うちの特別個室って12万円するから9万6000円にするけど、それに1泊ドックだと7万円ちょっとなんで、概ね17万円前後かな」
「じゅ、17万?! ……ちょっと待って。人間ドックって1万7000円くらいじゃないの?」
「それって日帰り人間ドックの値段じゃん。しかも職場から補助を差し引いた値段だと思うけど」
――だろうね。
これは佐那美が発狂するのは確実だ。
「――佐那美さん、発狂するけど……なんとかならない」
「あぁ、やっぱり佐那美のおバカ、勘違いしていたのね……さすがにドック代は安く出来ないけど……特別個室じゃなければ、なんとか出来るけど」
眞智子はニヤニヤしながら僕の肩に手を掛ける。
「個室……タダにしてもいいよ。ただし――選べないけどね」
僕は何か良からぬものを彼女の背後から感じた。
……何か企んでいる
「えっ、あのぉ……解剖室とか霊安室とかは辞めてよね……」
「うちには解剖室や霊安室なんてないわよ。仮に霊安室があったとしてもさすがにそういう使い方はしないわよ。例え佐那美であってもね。まぁ、どうせあいつはうちらの中でも一番長生き出来るんでしょうし」
「あと、7万円は佐那美さんの金銭感覚では厳しいなぁ。まぁ、僕がポケットマネーで支払うならなんとかなるだろうけど……」
「えぇっ、礼君がそこまですることないよぉ~、佐那美に7万払わせようよ」
「それやるとまた婚姻届を握り締めてうちに突すると思うだよね」
「ん~っ、じゃあこうしましょう……日帰りの人間ドックで一泊二日でいいわ。4万ちょいはするけど、それで手を打つわ」
――――それで現在に至る。
僕はどこかの病室で何かのクスリを飲んで検査をしていたのだが、そこから記憶がなくなっている。
そしてこの部屋は、どうみても女の子の部屋である。
「あっ、私の部屋なら……タダでいいわよ。礼君だから特別だからね」
だから、一泊個室がタダで、日帰り料金ですむわけか。
でも、お金の面で問題が解決しても、これってうちの美子や他の連中が知ったら殺傷事件に発展するよね。
さて、どうしよう……




