第11話 悲喜劇は波のように繰り返す
「さて、お兄ちゃん――おうちに帰ろうか」
美子が静かに憤っている。
彼女が怒っている理由は、僕が失神したクリオを負ぶっていたことと、そして同じく失神していた美子を負ぶわなかったことである。
僕の肩をがっちりと掴む彼女の力が眞智子並みに強く、簡単に逃がしてくれそうにない。
だが、救世主が現れる。
「美子、うるせーぞ。礼君に聞くまでもないだろ。おまえこの前、礼君のパンツを涎と鼻血で汚したじゃねえか……まぁ、私があんたを負ぶっていた理由は他にもあるんだけどね」
眞智子である。実は僕が美子を背負おうとした際に、彼女に止められ、何故か美子を負ぶってくれたのだ。だから僕がクリオを背負うことになった訳だ。
「はぁ、あんた何かに聞いてないつうの! それとも何? あんたが、私のお兄ちゃんとの間を引き裂くため仕組んだってことか?!」
美子が伝ヤン(伝説のヤンキー)眞智子にイキって突っかかる。
だが、伝ヤンさんはそんなイキリヤンデレの挑発に乗ることなく、切り札をチラつかせた。
「あのよぉ、その決断を下したのって、実は私じゃねえんだわ……まぁそこまで言えば分かるだろ? 指示した人は」
眞智子はそう言うと、自分の携帯画面を美子の顔面に押し当てた。
『私はお兄ちゃんに美子を負ぶわせるのは反対。どうせ美子がやらし~いことするに決まっている。とりあえず眞智子さん全力で阻止してくれるかなぁ? (追伸)美子があとでガタガタ言った場合、私がボンバーイエーするって告げてこの美子の顔面に画面押しつけてやってくれる?』
――そう、あの時、眞智子はうちの母さんとSNSでやり取りしていたのである。
そして眞智子が呟く。
「美和子ボンバーイエー、美和子ボンバーイエー……」
眞智子があのプロレスラーの闘魂歌を口ずさむ。
さっきまでイキっていた美子の顔から血の気が引き、明らかに動揺している表情である。
「あ、あ、あっ、あんた……ヤ、ヤンキーのクセしてうちのクソババアにチンコロ(告げ口)するってズルくない?」
美子が悔しそうに叫ぶ。
だが、どうもこの子は佐那美に似た天然娘の様で、今、一番悪口を言ってはいけない人の前でその発言をしていたのである。
……タイミングが、天才的に悪すぎる。
「ク……クソババアって誰の事かしら……」
我らがゴッドマザーが怒りで声を震わせながら美子に問う。
「えっ……う、うそでしょ……」
美子は恐る恐る後ろを振り返ると――そこにはうちらの母さんである美和子が腕組みをして鋭い眼光を美子に向けていた。
「さあ、美子ちゃん――私と一緒に行こうか。とりあえずリクエストは聞いてあげるわ、何がいい? コブラツイスト? 卍固め? アルゼンチンバックブリーカー? それとも新技キン肉ドラ〇バーがいいかしら?」
「お、お兄ちゃん……助けて……」
美子が怯えながら僕に助けを求めるが――既に彼女の頭は母さんに右手でがっちりと抑えられており、母さんの握力が強いせいか美子の頭からミシミシというきしり音がする。
「まずは店に戻って一緒に謝りに行こうねぇ……終わったら、運動しましょう――レスリングの……ね」
そう、眞智子と母さんとのSNSのやり取りに、こういう文言があった。それは――
『美子があの店で暴れたの? あのバカ娘何してくれるのよぉ……それじゃあ、今から謝りに行くから、美子を逃がさないようにがっちりとホールドよろしく』
だから眞智子は美子を逃がさないように負んぶしていた訳か。
その美子は今度は母さんにがっちりとホールドされ、悲鳴を挙げながらズルズルと引きずられていく。
――なんだかちょっと可哀想な気もする……
僕は一美からお弁当一つ受け取ると、美子にソレを手渡した。
「美子さん、先自宅で待っていて。後から戻るから」
美子はレストラン経由で自宅戻りは確定である。だが、僕はあの内示の件で社長と話し合いをしなければならない。そうなると打ち上げ会はその後になるだろう。
別に美子だけを除け者にして、打ち上げ会を再開したいとは思わないのだが、美子に母さんの用事が加わってしまった以上、必然的にそういう流れになる。
正直、美子にして見れば、僕らの打ち上げ会なんてどうでもいいハズだ。
美子は僕がいるから打ち上げ会に参加するだけであって、僕が他の女の子がくっつかないよう見張っているだけなのだ。
当然、僕が他の女の子と打ち上げ会やって、自分がそれに参加出来ないとなれば、阻止しようがないし、彼女が納得出来る訳がない。
「『先自宅で待ってて』じゃない! お兄ちゃん、打ち上げなんてどうでもいいから、こいつら放っておいて今すぐ帰ろう――っていうか私を助けてよ!」
確かに、母さんの眼前でクソババア発言された以上、美子には何らかの制裁を加えるだろう。
うーん……母さんは許してくれるかな……チラリと母さんの顔を見る。
彼女からは魔闘気が全面に吹き出している――うん、無理だ。絶対に無理。
ほとぼりが冷めるのを待つしかない。
「ちょっと無理――君のせいで母さんカンカンになって怒っている……」
この前だってこの状況で僕が弁解したら、母さんが『お兄ちゃんは免罪符じゃないから――』と激怒して、結局美子は余計にぶっとっ飛ばされてしまった。
ここは素直に、ゴメンナサイすべきである。
「ねぇ、お兄ちゃん! なんでこの前みたいに『僕も一緒に殴られますので許してあげて下さい』って言ってくれないの!?」
「それは既に使った手だから逆効果じゃないかなぁ……怒り狂う母さん相手に小細工はやめておいた方が良いよ」
「なんで、このクソババアばっかり肩持って、私の味方しないのよ! もぉう、アタマ来た!」
美子は両手拳を上下に振りながら癇癪を起こしてる。
でも、さりげなく『クソババア』って言うところから直さないと、母さんは絶対に許してくれません。
さて、この次のパターンでは、ここで『美子が僕に対する卑猥な発言をする』のだが……今日に限って違ったみたいだ。
「あとで一発、殴らせろ!」
そうか、やっぱりレイプ発言か。僕を1発かぁ……
何で、血が繋がった実の妹にそんな発言をされなければいけないのかなぁ。
せめて、一発、殴らせろ――って言ってくれると助かるのだが。
ん? ――殴らせろ?! 確か彼女はそう言った様な……言わなかった様な。聞き間違えたかな。
だって、あのヤンデレブラコン美子が『殴らせろ』ってまともなことを言うとは思えない。
もちろん、『殴らせろ』と言うこと自体まともではないのだが、いつものヤンデレブラコンの彼女と比較して、という意味である。
僕の聞き間違えかな? きっとそうだろう。
僕の心にそう言い聞かせていたところ、美子が『ぎやああああ』と大きな悲鳴を挙げた。
「まだ、実の兄相手に『ヤラせろ!』と言うか。この近親相姦娘がぁ!」
「ちょ、ちょっと待って?! 私エッチな何も事言っていないよ、ホントに『ヤラせろ!』って言ってないってばっ!」
母さんは顔を真っ赤にしながら美子をズルズルと引きずり、先程までいたお店へと歩いて行った。
――うん、どうやら母さんも僕と同じ聞き間違えをしてしまったようだ……合掌。
残念な妹をなくして――じゃなかった。
妹には残念なことをしてしまったようだ。
さて、ここで問題児の一人が退場した。
次に消えるのはもう一人の問題児である。
黒い高級ミニバンが僕らの前に止まると、彼女の製造責任者がクルマから降りてきた。
「佐那美、よりにもよって何で行きつけのお店で迷惑掛けているのかなぁ?」
佐那美の親父である地端の社長である。かなり迷惑そうな表情で怒っている。
まぁ、ある人が隠れてスマホ入力をしていた時点で、そうなることは予想出来ていたのだが、思ったより早いご到着である。
地端社長の登場に通報者である金髪美少女が『いいね』とばかりに親指を上に立てていた。
◇◇◇◇
それから30分後、地端家の道場。
僕とクリオは長テーブルと椅子を用意し、一美と眞智子はそれぞれの弁当を配膳していた。
「あぁ~っ、酷い目に遭ったぁ……」
佐那美は何もしていないくせに大層くたびれた感じで、道場でひっくり返ってぐったりとしている。
ちなみに、君は何も疲れたことしていないから!
「酷え目に遭ったのは俺だっつうの!」
地端の社長はその佐那美を上から覗き込む様に呆れていた。
僕は、クリオと共に謎の役職について尋ねてみた。
「社長、この前打診があった役職と違うんですが……」
「私も広報部長や通訳とかの役職の話、初めて聞いたんですけど」
僕らの質問に対して地端社長はニヤニヤしながら答える。
「だって、この前の一件で、おまえらのギャラ減らしちゃって、悪いなって思っていたのよ。うちは株式会社じゃないから株代わりに役職を提供したって訳だ」
なるほど、それで会社倒産危機も脱したので、僕らには不足分のギャラを役職で誤魔化した訳か。
……でも、僕の場合は絶対それ以外の思惑があるよね。例えばどこかのおバカさんの面倒を一生見てね――とか。
ただ、クリオの場合は全くのとばっちりというか、余計な責務を押っつけられたのだから納得する訳がない。
「私にもせめて事前に言ってよ。私、広報部長って出来ないわよ」
「大丈夫、映画の粗筋を通訳してくれればいいから。それにあのテキトウ佐那美だって出来たから問題ないよ」
酷い言い分である。佐那美がむくっと起き上がり、社長に対してジト目で頬を膨らませている。
「じゃあ、あたしは何やればいいのよぉ」
佐那美の不満に社長はフムっとばかりに考え込む、そしてボソリと呟いた。
「平の……取締役?」
『それって何の仕事は何ですか?』って突っ込みたいくらいに、仕方なく役職を与えている感じである。
佐那美に対する投げやりな発言で眞智子が「プッ……」と吹き出してしまった。
彼女はクリオと共に『場の空気を読むことが出来る女の子』であるが、この発言に不意を突かれてしまったのだろう。今、必死に笑うのを堪えている。
具体的に言うと佐那美から背を向け、両手で自分の口を塞ぎ、必死に笑うのを堪えていた。
だが、背中がヒクヒク動いており、彼女の努力も最早限界である。これ以上耐えろって言う方が無理。
それの様子が却って佐那美の感情を逆撫でする結果となった。
佐那美が「キィイイ!」とヒステリックな声を挙げ、眞智子に掴みかかる。
もう、滅茶苦茶だ。
あぁ~っ、もう……しょうがないなぁ。これ以上脱線されては堪ったもんじゃない。僕が本題に触れるとするか。
「社長、そろそろ本題に入りませんか。佐那美さんの件は『引責処分』であって本当の責任者の処分の話はまだしていませんよね」
そこでようやく本題に戻った。クリオと一美、そして佐那美が『そうだった』とばかりに一斉に僕の方に顔を向けた。
僕は社長に「もう良いよね、僕から話しますよ」と断りを入れた後、彼女らに内容を伝えた。
「一美さん、あなたのところの元社長現マネージャー、近々退職しますよ」
「えっ?!」
「まぁ、一身上の都合によるものということになるけど――あくまでも建前だけどね。後任のマネージャーが決まるまで副社長の佐那子さん(佐那美ママ)がやるらしいよ」
「えぇっ?……ずいぶん急な話ですね。まぁ、しょうがないか」
一美はそう言って、今まで世話になったマネージャーをあっさりと切り捨てた。
通常では考えられないドライさだ――が、彼女がそう思うのであれば、彼が彼女らにしてきたことは所詮その程度だということだ。
そもそもこのマネージャーの退職理由は、地端プロダクションのTKB用宣伝経費とTKBの売上金の使い込みである。それが判明して、諭旨解雇になったというのが正しい。
それを事務所側が、警察沙汰にしなかったのは、彼がその時点でTKBの権利を一部保有していることもあり、今後TKBの活動に影響を及ぼさないようにするためである。
彼女らの未来ため、『全てのTKBの権利』と『彼の退職金』で横領された費用の弁済に充てるため、そのため懲戒解雇としなかった――と社長から聞いている。
だから僕はその部分を敢えて触れなかった。幸い、勘の良い眞智子は空気を読んでスルーしてくれたし、美子は今はここにはいない。
おかげでその辺の追及はなかった。
僕の代わりに社長が、もう少し踏み込んだ説明を加える。
「まぁ、一美さんの件も、そのマネージャーの件も、最終的に上司である佐那美に責任をとってもらう必要が発生した。そこで部内編成をするついでに佐那美を更迭したわけだ」
これが佐那美更迭の理由である。
だが、本人は寝耳に水だった様で親父さんの言葉に目をパチクリさせていた。
「――えっ?……それって、あたし……完全に巻き添えじゃない?!」
「だから神守君が言ったでしょ『引責』って――でも、俺はもともと広報と人事は分けたいと思っていた。幸いクリオさんはアメリカの人だから当然英語ペラペラだし、神守君は一癖も二癖もある女の子を相手に巧い立ち回りしている、それで彼女らにお願いすることにしたんだ」
佐那美が「神守君の場合は巧いこと逃げ回っているだけでしょ……」と不満げに呟く。
僕は敢えて彼女の不満を聞かなかったことにして、社長の話を聞く。
「そもそも佐那美は企画が得意なんでそちら方面に配置換えにする。マネージャーが退職後、第二次異動を発表する予定だ。その時、佐那美は『専務取締役宴会部長』に役職を変えるから」
ある程度ケジメがついたら佐那美は常務から専務に格上げになる様だ。
だが、そこに妙な肩書きについている。
宴会部長
……あぁ、そうか企画が得意って宴会の企画ってことなのか!
当然、眞智子が「なんで専務なのに……宴会部長って何ww?!」と堪えきれず吹き出した。
確かに。これは社長に真意を確認する必要がある。
「宴会部長って鍋奉行みたいな名誉職ですよね。せめて企画部長とかしなかったんですか?」
だが、社長の答えは的を射たものであった。
「だって、佐那美は我が娘ながらポンコツ過ぎるから」
これが、社長が彼女に対して下した決断だった。
これは酷い、酷すぎる。
一美は引きつった笑みを浮かべており、クリオは腹を抱えて笑っている。眞智子に関しては笑いすぎて床に這いつくばって拳で床をドンドンと叩いている。
皆に失笑を受けた佐那美は、恨めしそうに実の父親を睨んでいた。
――で、このクソ親父は、このポンコツ娘をうちの父さんと共謀して僕に嫁がせようと画策している。
僕がジトッとした目で社長を睨むと、社長はコホンと咳払いをした後、さらに話を続けた。
「……冗談だ。もちろん佐那美には企画部も兼任させる。ただし企画部長は俺が兼務する。佐那美の案は革新的で良い物が多いものの、その手段が無茶苦茶だ。だから俺が最終確認することにしたから」
佐那美がそこで「じゃあ、その企画部の役職は何よ」と父親に問い返したが、犬猿の仲の女子1人がいらぬ一言呟いた。
「企画部平社員……」
その一言で佐那美が「うがあああ!」を奇声をあげながら再び、眞智子に襲い掛かる。
眞智子は襲い掛かった佐那美の掌をがっちり掴み取っ組み合いになっていたが、クリオが「五月蠅いよ、あんた達!」といって間に入って止めた。
僕もすかさずクリオのフォローに入る。
「まぁ、専務取締役って肩書きがあれば、会社の運営に携われるから、役職はいらないでしょ?――で、眞智子さんは今回の被害者じゃないでしょ!」
今回は被害者がいる。
佐那美でもなく、眞智子でもない。当然、美子は――自爆しただけで、一美は全く関係ない。
そこで僕は一区切りした後、被害者について話した。
「ここで言う被害者って、ちょっと高そうなお店で全額支払った僕と多くのお客さんの目の前で『ハンバーグみんな食べられちゃう』って大声で名指しされたクリオとでしょ!」
クリオでしょ……でしょ……しょっ……道場で僕の語尾が木霊のように響いた。
今思うに、僕の余計な一言で彼女にトドメを刺してしまったようだ。
再び辱めを受けた彼女が顔を真っ赤にして「せっかく忘れていたのにぃ!」と怒りながら僕に胸ぐらを掴み挙げ振り回し始めた。
うーん……あとで大量のメールを送りつけられてしまうだろうなぁ。
次回は不定期です




