第9話 地端社長の悩み
「今回の映画の企画なんだけど――」
佐那美が企画内容を口にしようとした時、眞智子と美子が遮る様に、
「いやぁ~昆布茶美味いねぇ~」
「何言っているの? 美味いのは梅昆布茶でしょうよ」
とドリンクバーでチョイスした飲み物の話をし始めた。
さらには、クリオと一美が、
「福岡のアイドルフェスどうだった? うちの責任者って見てのとおりの人だから大変だったでしょ?」
「いやぁ~最悪でしたよ。『行けっ』と指示してそのまま放置ですから。結果報告するとそれについてダメだしばっかり……」
と佐那美の指示・指導力不足について愚痴り始めた。
再び佐那美のコメカミに青筋が浮き上がる。
「お~ま~え~ら~っ、あたしの話を聞け~ぇ!」
佐那美がギロリと辺りを見回す。
この中で立場が弱いクリオと一美が、佐那美の圧に押され萎れた花のように下を向いてしまう。
一方で、平然と美少女の顔面をぶん殴る人や、平気でその美少女に対して得物を投げつける人には威圧効果は無かったようで、全く動じることなく『ズズズ……』と大きなノイズを立てながら昆布茶を啜っていた。
佐那美が彼女らを指差し何かを言おうとするも……
「佐那美。五月蠅い、ギャンギャン吠えるな。私ら、今、美味い昆布茶を啜っているんだ」
「そうだ。騒がれるとお茶がマズくなるだろ、静かにしろ、この基地外女」
……と眞智子に怒られ、美子は自分の事を棚に上げ佐那美を罵った。
佐那美は半泣きになりながら僕の袖を引っ張り、
「眞智子ババアと美子婆ちゃんがあたしをいじめるぅ!」
と天敵2人を指差した。
……確かにとても高校生、中学生とは思えない貫禄である。
それでも佐那美以外に害はなさそうだ。
だからといって放っておくと、またギャアギャアと騒ぎそうだったので、仕方がなく佐那美を宥めることにした。
「悔しい気持ちはよく分かったから。でも、折角みんなで打ち上げしているんだ。新しい企画話は、この次じっくり聞くから」
いつもならこれで納得する佐那美であるが、今回は「ダメ」と言って退かなかった。
どうやら理由があるみたいだ。
「いや、今話したいの! あたし馬鹿だからすぐに内容忘れちゃう」
なるほど……それは自覚しているんだ。確かに彼女にして見ればそれは深刻な問題だ。
でも、ここで会社の極秘企画を大声で話されても困るし、そもそも眞智子、美子はもちろんのことクレオ、一美ですらそんな話を聞きたくない様である。
「佐那美さん、ここ他のお客さんがいるレストランだからここで極秘企画をベラベラ話すのは如何なものかと……」
そう言って佐那美に諭すが、彼女はぷぅっとほっぺたを膨らませながら「いやだ……」と納得していない状況である。
一旦、話は逸れるが……
――実は、この前のお泊まり会の後、地端の親父さんから色々と相談を受けていた。
ここからは親父さんと僕との回顧録に入る――
◇◇◇◇
お泊まり会、最終日。
その日の朝、全員解散となったが、僕だけ、再び地端宅に戻ることになった。
もちろん、社長から『極秘の相談をしたい』とお願いされたからである。
そうなると、佐那美がその場にいた場合、美子や眞智子が勘ぐってしまい、色々と面倒事になるので難色を示したところ、佐那美ママである佐那子さんが『本当の女子会』なるものを提案し、ヤンデレ娘達をショッピングモールへと連れ出した。
なお一美にあっては福岡からまだ戻っておらず彼女は不参加である。
これで社長と二人っきりになった。安心して話が出来る。
社長は応接室でワイン片手に語り出した。
「神守君とうちの佐那美が付き合ってそのまま結婚してくれれば俺としてもありがたいのだが――いくら神守君でも、周りの女の子と佐那美をコントロールするのは難しいと思う」
「まぁ、みんなヤンデレですからね」
「僕は君のその巧い立ち回りを買っているんだ。あぁもちろん役者としての君の腕も買っているけどね」
「それはありがとうございます……で、社長は僕だけ呼び出して何をなさりたいのですか? まさか佐那美さんと僕をくっつけようとする内容でもなさそうですし」
「ちょっとね。でも僕はなんだかんだで親馬鹿なんだよ……だから、色々考えているんだ」
社長はワインをちびりとクチに啜ると頭を項垂れた。
かなり悩んでいる様である。
親馬鹿を語るということは、『佐那美に何かをしてあげたいのか?』、それとは逆に『佐那美を守りたい為に何かしたい』というところだろうか。
もしかして――誰かを解雇するということなのか?
なんだか厭な予感がしてきた。
真っ先に脳裏に浮かんだのがクリオである。
「――まさか、クリオのことですか? 彼女をクビに――するつもりなのですか?」
実際、彼女はいい子だ。
だが、役者としてはちょっとだけイマイチのところもある。しかも、精神的にも打たれ弱い性格の持ち主だ……まさか佐那美が彼女をクビしたいとでも進言したのか?
――いや、それはないか。
以前の様に人を見下した彼女であればいざ知らず、今のあの子は自分の立場を弁えてあの子なりに頑張っているし、意図した以上に実力を発揮できる女優である。
だから佐那美はからかう事はあっても、そこまで毛嫌いはしていないはず。
案の定、社長もそれは否定した。
「いやいやいや、冗談はやめてくれ。あの子はうちのドル箱スターだ。それはない!」
「じゃあ、誰を?」
あと考えられるのは一美しかない。
彼女もアイドルとして致命的な過ち……他人につきまとう、所謂ストーキング事件を犯したからだ。それはたまたまその相手が僕であって、それ自体僕が気がつくことはなかったし、実質上の被害もなかったので不問にしたが、佐那美がカンカンになって怒っていた。
やはり、彼女が解雇対象なのか?
僕はジッと社長の言葉を待つ。
社長はしばらく黙り込み、意を決した様にワインをグイッと飲み干した。
社長がジッと僕を見る。まだ目が据わっている感じでもなさそうだ。
「――ん……」
社長は何か考えながら、ゆっくりと語り出した。
「――ある人間をなんとかしようと思う」
そう言うと社長は大きくため息を漏らした。
「具体的に言うと?」
「とりあえず、佐那美かな……今の彼女の役職である取締役広報人事部長を何とかしたいと思う……」
「えっ、佐那美さん……クビですか?」
まさか社長の口から直々に愛娘の名前を挙げるとは思わなかった。
社長は僕に会うなり、開口一番で「うちの娘と結婚してくれないかな……そうすれば地端プロダクションも安泰なんだけどなぁ」と言ってくるのがお約束になっていた。
その彼女をいとも容易く自分の会社から切り捨てるとは思わなかった。
社長は苦みを潰した表情で佐那美の今後の処遇について語り出す。
「ちょっと権限を与えすぎた」
「そ、それは唐突な……」
社長の目つきは正常範囲で酒で酔っ払っている様子もなさそうだ。
「まぁ、彼女がちゃんと職責を果たしていない所為で、実際に事務員に被害が出ている。ノイローゼになって休んでいる子もいる」
確かに彼女の突発的な閃きで、あのヤンデレ娘達と僕が振り回される位だから、社員さんからすれば、ほんといい迷惑――というより人災に近いレベルだ。
「確かに深刻な状況ですね。でも佐那美さんはある意味プライドの塊だから、退任させたらもう二度と企画に手を出さないんじゃないですか?」
僕がそう確認するも、社長は頭を抱えながらジッと黙っている。
何か考え事をしている感じだ。
社長は僕の視線にハッと我に返り「……ん、佐那美のことかな?」と僕の問いに答え始めた。
「あいつ直感で生きているところがあるから、『こうだ』と思うと徹底してそれに向かって突っ走ってしまう……だから悩んでいるんだよ。どうせやるなら、人をうまくコントロールしてもらわないと困るんだ」
「いくら天才的な人材でも、組織の未来を考えると……ということですか」
社長だんまりを決めている。意図的にスルーしている訳ではなく、心ここにあらずなのか話に入っていかない感じである。
僕が再び声を掛けると、「あぁ、すまないすまない……どこまで話していたっけか?」と尋ね返してきた。
社長に再び同じことを話すと社長がようやく話し出した。
「そうだ。もし部下が使えないダメな奴だったとしても、ダメならダメなりに使いようがある。確かにダメな奴を切り捨てるやり方もあるだろう。でも、管理能力が低い奴が上司であるなら、その与えられた部門そのものをダメにする。だから部下を切るよりもその上司を切るべきだと思う」
ん? 社長の話が、上司部下の話に移ってきているぞ?
佐那美に部下っていたのか?
社長の顔を覗き見るが、まだ酔っている様子はない。
とりあえず、その上司を佐那美だとして、話を聞いていく。
「つまり、どんなに有能であっても管理出来ない上司はいらないということですか?」
「組織運用を考えればそのとおりだろう。だからその人間に権限を与えている訳だ。それは役職や階級があがればあがるほどそうなる。負う責任があがるのもそのためだ」
「まぁ、確かに今の佐那美さんに権限を与えるのは……酷ですね」
僕の相槌に社長は「そうだ」と答えさらに持論を述べ始めた。
「だからこそ、上司は実績能力だけではなく、部下をその気にさせる導き方が出来る人間じゃないといけない」
正論である。
――が、ここで一つ疑問に思った。
佐那美には直属の部下がいたのか? と言うことだ。
もしかして僕やクリオ、一美のことを指しているのか?
僕やクリオは特に問題は起こしていないのだが、そうなると問題のダメな部下というのは一美のことを指しているのだろうか。
社長の話が続く。
「もし、部下が何かのトラブルを起こしたとしても、その上司が適切な指導――前向きに戒め導く能力がなければ、違うところでもトラブルが起きるということだ。僕が言いたいことは、ただ叱責して部下をどん底に堕とすだけのブラック上司はいらないということ」
確かにそうである。
佐那美は一美が僕に対するストーキング事件を起こした後、懲罰とばかりに地方の巡業に飛ばしてそのまま放置し、剰え、報告をぶっきらぼうに受けて、ブッチリ電話を切った。
これが一美に対して良い結果を与えたのか?
そういうところを社長に見透かされているのだろう。
そして社長の持論はこう締めくくられた。
「だからコミュニケーション能力が低いもしくは相手の気持ちを理解出来ない人や感情によって判断かコロコロ変わる人なんかは上司にさせてはいけない。だって仕事するのは部下だからね」
社長の話の内容では佐那美の役職剥奪及び降格は不可避の様である。
ここまで言われると、反論できない。
ただ、言えることは――
「僕は――社長の意見を尊重します。でも……」
僕は社長に会社の運営について初めて意見しようとした。
だが、社長は僕の意見を聞くまでもなく、本題を切り出した。
「近々、人事異動を発令する予定だ。本来ならば佐那美が行う業務であるが、今回は社長権限で発令する。そこで神守君にお願いがある――」
◇◇◇◇
以上が社長に告げられた大方の内容だ。
脱線してすまない。話をファミレスに戻す――
「……それにその話は後で社長とよく詰めた方がいい」
「大丈夫よ。だっていつだってパパは承認してくれたもの。今回も大丈夫よ」
「いや。この前、社長から言われた。『会社の決定権があるのは俺だ。もし佐那美が未確認なことを言い出したら、まずは筋を通せ』だそうだ」
「それじゃ、遅すぎるわよ!」
佐那美はそれが当たり前の様に話をするが、これこそが社長が頭を抱えていた元凶の一つだ。だから僕は彼女にこう言った。
「あんまり社長を甘く見ない方が良い。いくら身内でも――クビ切られるよ……」
僕が真顔でそう脅すと佐那美はちょっと血の気を引いた感じで少し身構えた。
この感じでは、何らかの警告を社長から受けている様だ。
そして、渋々「――わかったわよ……」と承諾した。
僕が話を終えると、今まで騒がしかった彼女らは無言になり、静まり返っていた。
佐那美を始め、クリオ、一美は下を向いてしまい。そして眞智子も何かを察してか、大人しく目を瞑っている。
ちょっと場の空気が重い……まるで御通夜だ。
折角佐那美を戒めても、これでは逆効果になってしまう。
少し話題を変えるか。
「さて、もう少ししたらオムライスもくるだろうから、ジュースでも飲んでのんびりしますか」
僕がそう話を切り替えたところ、空気を読まない女の子がボソリと爆弾発言を零した。
「それって、誰かクビになるってことかしら?」
皆、その発言があった方に視線を向ける……佐那美――ではなく、うちの美子だった。
次回更新は不定期です。




