第2話 お願いだからトラブル起こさないで!
美子が少しムッとしながら腰に手を当て――
「そういう事なら一言いってよね」
――と僕に抗議する。
そして僕の腕にしがみつくと「私がヒロインになってあげるから」といって、はにかんだ。
おいおい勝手に話を変えるんじゃない!……そう思いつつも、下手に否定すれば『何? 文句あるの』とおっそろしい目つき(しかも得物付)で恫喝されるのは目に見えている。
今の僕にはビビって何も出来ないでいる。
大体、流れでわかってもらったとおもうが僕が恋愛について壁を作っているのは、俺のビビり性と周りを取り巻く環境にある。
美子は完全にブラコン・ヤンデレ。普段は頭脳明晰冷静沈着でかわいい女の子なのだが、俺がらみになると理性が蒸発し、希代の殺人鬼になる……様な性格である。
僕はそれが怖くて怖くて仕方なく従っているのである。
そして眞智子もある意味似ているところがある。彼女は物事全てに一途な性格である上、計算高い。それは彼女が一度『これはこうで、この様にする』と決めると計算尽くで、ほぼ想定内に結果を導き出す性格である。
その上で、彼女の今の目標と公言しているのが『恋愛成就』であり、その相手は僕と宣言している。
つまりだ、もし僕が彼女の意図に反した行動をとったら理性が飛んでしまったら、やばい!!彼女の性格からして警察が出動するほど凶暴犯と化す……様な性格である。
眞智子もヤンキー・ヤンデレである。
もう一人、天然のヤンデレがいる――佐那美である。
彼女は思いつきとひらめきでピンチを好機に切り替える天才である。
彼女は僕を使って、日本で地端プロダクションを盛り上げようと考えている。しかもイベントの為なら何だってする。もし僕がやばくなったら、佐那美と僕が結婚してそれをイベント化して再起を図るような事も公言していた。
彼女の場合は、眞智子のそれになぞるのなら、彼女が一度『これはこうで、この様にする』と決めるとひらめきや感を頼りにして、ほぼ想定内に結果を導き出す性格だ。
……つまり、もし僕が彼女の意図に反して行動したら、理性が元々存在しない彼女が次に取る行動は、全く予想がつかない。ただ考えられる事としたら法を犯そうがどれだけ他人に迷惑掛けようがお構いなしということ。
例えば、僕と既成事実をつくることも考えられる。撮影だと称して屋外でとても人様にお見せできない卑猥な行為に及ばれ、僕自体辱めを受けることだってあり得るのだ……それも嫌だ。
佐那美も、頭が病んでる・ヤンデレだ。
このイッちゃっている3人が絡んでくると、もう滅茶苦茶だ。
どうしよう……僕終わっちゃうかもしれない。
その一番ヤバい美子が、この2人の前で俺の手に絡みついてくる。
ぶっ飛んだ性格の女性陣の中で、予想外の動きをとる佐那美は論外として、その中で常識人なのは眞智子である。
情けない話だが、僕は目で眞智子に救いの手を訴える……が、すでに眞智子はあの死んだ魚目(通称ケロロ目)で美子を睨み付けていた。
ヤバ……頼むよ眞智子さん。
眞智子は俺の救いの瞳に反応した様で不自然な笑みを浮かべて美子の前に歩み寄る。
「ダメよ美子さん。これはクラスの出し物なの。いい子だからこのまま黙っておうちに帰っておお兄ちゃん待っていようね」
「はっ? 何、優しいお姉さん面しているの? ヤンキーのくせして。そんなにヒロインやりたければそこの馬鹿とやればいいでしょ」
美子はそう言ってクラスの隅でビビって小さくなっているマサやんを指さした。
眞智子はヤンキーの一言で眉毛をぴくり動かし口元をゆがませ不自然な笑みを浮かべている。
「馬鹿なこと言わないで。マサ――いえ、池田君には琴美ちゃんって彼女がいますよ。それに私の彼は、ここにいる礼君ですから」
ぴくん……美子の動きがピタリと止まった。
その一言で美子もケロロ目に変わり、僕の腕から離れるとあの新世紀の人造人間のように猫背になりながらゆっくりと眞智子の前に歩み寄る。
眞智子も「あははは……」と変な笑いをあげ無表情で美子の前に歩み寄る。
あぁやばい、このままでは……ぶちあい――じゃなく、○し合いになりかねん。
僕は二人の間に入って止めに入る。
「や、やめてくれ、眞智子さん、美子。喧嘩は良くない」
僕は彼女らの間で両手を広げ必死に阻止を図る。
すると『あたしは関係ありません……』といわんばかりに佐那美がうれしそうに指でフェンダーを作り――
「いいね、いいね。修羅場だね。今度の映画……スプラッターもので決まりだね。スプラッターといえば包帯……それじゃミイラって意味の『モミー』っていう怪奇映画でもしてみましょうかね」
――とケタケタと笑う。
ゾンビ状態の眞智子と美子が同時にギロリと佐那美を睨む。
「ミイラはマミーだよ。あんた本当に馬鹿なんだね」
※ポルトガル語でモミーとも言われるそうです。突っ込んだら殺されます。
「だって佐那美だもん。バカにつける薬は眞智子のところにも置いてないでしょ? 」
二人は佐那美を見下すような高笑をする。
「……何、やる気?!」
今度は佐那美がキレた。肩をグルグル回し始め、いつでも応じてやるという姿勢を示している。
「なんだ? マジでやるのかこの野郎」
「返り討ちにしてやる、この馬鹿佐那美!」
二人が佐那美に向かって詰めかける。
「今度は3人で喧嘩かよ。これ以上はまじでやめてくれよ」
僕は両手で眞智子と美子を抑えた。
しかし、急に二人は顔を真っ赤に染め上げ、僕の方を見て『えっ? 』という表情で驚いていた。僕は何のことだかわからずそれぞれの顔を見て確認したが、それが何か気に障ったらしい。二人は機嫌悪そうにため息をつく。
「何が『モミー』よ、この青春スケベ! いい加減しないと、どこかのスケコマシみたいになるから」
眞智子が佐那美の事をスケベとこき下ろす……ていうか、どうやらスケコマシに機嫌を害している様子だ――って、誰?!
すると今度は美子が――
「スケコマシっていってもわからないわよ。佐那美より鈍いんだもの……って、まだわかっちゃいないかしらね……そう思わないお兄ちゃん?」
とあからさまに僕の名前を持ち出して来た。多分、二人が気分を害しているのは僕の事だろう。今日の眞智子と美子はトゲがある、そう思っていたら、今度は佐那美がかみつきだした。
「神守君がそうしているからあたし、思わず『モミー』っていっちゃっじゃないの!」
……とそう言い、ちょっと控えめの胸を突き出しながら責任転嫁して怒っている。
僕は彼女らがご機嫌斜めの理由をわからず首を傾げていたのだが、遂に眞智子と美子がじれったそうに『あぁもう!!』と癇癪を起こしはじめた。
「ところで、いつまで掴んでいたら気が済むのかしら? この変態さんは」
「触るのはしょうがないとしても、二人分掴んでいるって言うのが気に入らない」
「そうそう、二人分っていうのが……ね」
「それで……いつまで掴んでいるのよ、このモミモミ男がっ! お兄ちゃんは今日から佐那美が言っていた『モミー』だ。スケベ男だから『ミスターモミー』で決まり!」
「あっそれいいわ。私も礼君の事『ミスターモミー』と言うわ」
と急に眞智子と美子がタックを組んで僕に対して明らかに軽蔑の目を向けている。
掴んでいる? 確かに両手が何かを掴んでいる、しかもやわらかい。
ふと僕が掴んでいるものを見た。よく見たら僕は彼女らを制止しているハズの両手がそれぞれの胸をしっかり鷲掴みしているではないか。
「えっ? ええっ?!」
僕は咄嗟に手を離すが、時既に遅し。僕の通称名に『ミスターモミー』という不本意な軽蔑名称が加わった。
「おや、修羅場だね。こりゃ凄いわ……あっ、これおもしろいんじゃね?!」
僕の不幸を対岸の火事として見ていたマサやんは何かを思いついた様だ。そして佐那美を手招きし、そっと耳打ちしていた。
「えっ……そんなのあるんだ、それや面白いわ。それじゃソレのパロディ映画っていうかオマージュを勝手に作っちゃえばいいのね」
意気投合する二人。その様子は何となく気になってはいたが、それ以上に眞智子と美子に対して僕は必死に言い訳していたわけでそれどころじゃなかった。
今思うと二人を放っておいても、ちゃんとその企画を聞けば良かったと後悔している。
――そして、次の日の放課後。
佐那美が目を真っ赤にさせ台本を作ってきた。
だが、パソコンで作った割には誤字脱字は多いわ、話がまとまっていないわ……で、どういうストーリーなのか全く理解出来ない。まるでこの小説を読んでいる感じだ。僕は佐那美に文句を言おうと思ったが、マサやんがそれを見て「上等上等。これでいいよ」とそれを理解し納得しているので、何も言えなくなってしまった。
僕以外にも納得していない人がいるようで、彼女らは佐那美に対して「なんだよこれ? !」と若干攻撃的に尋ねるが、佐那美に――
「言っておくけど、客が振ったサイコロでストーリーが変わるから。だから、ストーリーの展開で眞智子や美子……って感じにヒロインが変わるから」
――と言われ、渋々承諾した。
「…………それで、主人公はやっぱり僕か? 」
「当たり前でしょ。うちの看板役者なんだから」
「……で、監督は?」
「一応あたし。あと脚本ね。撮影は池田にやってもらうよ。照明や特殊なところはうちの弟、元家が担当するから。後は空いている人はエキストラやってもらうから。そうなると人が足らないわね……それじゃあ、あたしもシャイニー佐那美としてではなく、地端佐那美として出演してあげるわ」
佐那美が自信満々に答える。
何か嫌な予感がする。僕はチラリと美子と眞智子を見る。彼女らも胡散臭いそうに佐那美を見ている。
妙に乗る気になっているのは佐那美とマサやんだけである。
――撮影会当日
撮影当日、僕はアルバイト先で知り合ったツンデレヒロインから強引に押しつけられたサングラスと同じく華僑出身お調子者のおっちゃんからもらった黒皮のブルゾン、そして社長に買わせたジーンズ姿で待ち合わせ場所の駅前のペデストリアンデッキに到着。
だが、そこで先に到着していた佐那美にすぐさま怒られた。
「ちょ、ちょっと神守君、その格好ってレインの格好じゃないの?!」
「だって僕のバイト着だもん」
「馬鹿っ、誰がレインを主演させるって言った! レイン出したらあたしがお父さんに怒られるでしょ」
――酷い言いようである。しかも馬鹿に馬鹿と言われるとは思わなかった。
「大丈夫、レインのシンボルであるブルーコンタクト入れていないから」
僕はそう言ってサングラスをずらして彼女に見せた。
だが、それに納得しない2人がその後すぐに到着。
その1人が僕の襟首を掴んで「何やっているのよ」とにらみを効かす。美子である。
「ペデストリアンデッキにレインがいるって話を聞いて来たんですけど!何やっているのかな、お・に・い・ちゃ・ん」
「い、や、やあ、美子。30分ぶり」
「30分ぶりじゃないわよ。家から出て行くときにはそんな格好していなかったでしょ? どこでそんな格好してきたの?」
美子が顔を頬を膨らませて怒っている。どうも美子はレインが嫌いなようである。
元々、美子はレインのファンであったが、その正体が僕だと知ってファンをやめてしまった。逆に僕がレインになると、もの凄く機嫌が悪くなる。
なお、僕は買い物があるって言って美子より一足先に家を出たのだが、実はこの近くに事務所の所有する衣装部屋があり、そこでいつものスタイルに着替えてきたわけだ。
そしてタイミングのを見計らって眞智子が割って入る。
「いつまでそんな格好してんのよ? 周りの人達みんなレインが来ているって勘違いしているわよ!」
眞智子は少しご機嫌斜め気味の表情で周りを見回す。
確かに何人か人が集まって来て騒いでいる様だ。でも眞智子の機転で周りの人も『なんだレインじゃないんだ』と信じてしまい少しづつ散っていった。
「そんな格好していないで早く着替えてきなさい」
眞智子は僕の背中を押し、駅の方へと追いやる。しょうがないので僕は再びマンションに戻り、普段着に着替えた後にペデストリアンデッキで合流することとした。
「おそい!」
佐那美が腕組みしながら僕の事を待っていた。その脇でマサやんとその彼女の琴美がスマホ片手にじゃれ合っている。彼らは僕が戻っている間に到着したようだな。一方で眞智子と美子はなぜかその場にいなかった。あっそういえばまだ佐那美の弟が来ていないようだ。
「悪い遅くなった。あれ、眞智子さんと美子さんは? それに元家君はまだ?」
「元家はまだ来ていないわよ、まったくあの子ときたら……それにあのヤンデレ2人組は駅向かいのデパートで陽気に買い物よ。まったくもう!」
そして、僕が戻ってきた旨のメールを美子と眞智子に送って10分位が経過したころ、美子と眞智子が楽しそうに会話しながら戻ってきた。この2人の彼女らから、ヤンデレ女の五文字は全く見えない。こういう時には仲がいい2人のようだ。
「ごめん礼君待った~ぁ? 服選ぶのに時間掛かっちゃって」
「お兄ちゃん悪いねぇ~結構気に入った服があったんでね」
僕には謝るが、佐那美には全く謝る気はない2人である。
「いい加減にしてよねっ。あなたたちを待っていたのはあたしだけじゃなくて、池田も琴美も待っていたんだからね」
佐那美はそう言ってマサやんらを指さすが、マサやんらは2人でいちゃつきながらスマホで遊んでおり、全く気にしている様子はない。
その様子を見てさらに佐那美がいらついたようで――
「ちょっとあんたらいつまでいちゃついているのよ、さっさと撮影始めるわよ!」
――とマサやんを蹴っ飛ばした。
「――で、どういうシーンをこれからとるの?」
僕が佐那美に尋ねると、佐那美はニヤニヤしながら
「そうね。まず眞智子。この木刀持って」
佐那美はそういってどこから取り出した木刀を差し出す。
「えっ、私木刀持ってどうするの?」
「それで、その向かいに神守君と美子が立って」
僕と美子はわからない状況で立たされる。
こんなシーン台本になかったぞ。
「その次、美子はうれしそうに神守君の腕にしがみつき、神守君は優しく美子を見つめている」
「はぁ……」
美子と僕は佐那美の言うとおりにする。
すると眞智子の目があのケロロ目に限りなく近い状況になる。
「おもしろくない……」
ここぞとばかりに佐那美が「おもしろくないでしょ?」と眞智子をからかう。眞智子が機嫌悪そうに「それでどうするのよ、私に何をさせたいわけ?」と淡々と彼女に詰め寄る。
「だったら、そこで美子をこれで殴ってくれる?」
佐那美の奴とんでもない事を言ってくれた。眞智子の奴、ケロロ目のまま「OK」とつぶやき、木刀を構える。
「ちょ、ちょっと眞智子、そんなので殴られたら、私死んじゃうでしょうよ!佐那美あんたもっといい方法ないの?!」
美子があわてて眞智子の木刀の先を掴み佐那美に抗議する。
すると、駅の方から――
「姉さん何やっているんだよ。そんなの使っちゃだめだよ」
――と聞いたことがある声が聞こえた。佐那美の弟の地端元家である。年は美子と同じ、僕らの一つ下の男の子である。
元家は「こっちだよ、こっち」と言いながら新聞紙を丸めた棒を佐那美に差し向ける。
「姉さん、俺に撮影場所言わないどころか、小物を間違ってもっていくわ……通りがかりの人がレインの話をしていたから、何とか場所がわかったけど……」
どうやら佐那美の奴、元家に撮影場所を言い忘れて自分だけさっさと来ていたようだ。
僕は眞智子から木刀を取り上げると元家から新聞棒と交換する。
それを眞智子に渡すと彼女は「それだよ、それ。間違えないでよね」と爽やかに新聞棒を軽く振る。だが僕は見た、彼女がつまらなそうに「ちっ」と舌打ちをしてるのを!
「それじゃあ、もう一回リハーサルやるわよ。元の場所に戻って」
佐那美の合図で皆それぞれの持ち場に着く。マサやんも琴美とカメラの位置を確認しリハーサルが始まる。
パコーーン!
あたりの人が振り向くほどかなり大きな音がペデストリアンデッキに響く。
眞智子の新聞棒が美子の頭頂部を直撃し、美子の頭が勢いよく前に垂れる。
うわ……痛そう。
「カット! 違う違う違うのよ!」
佐那美がすぐさま入ってきた。
美子は絶句しながら、頭を抱えうずくまっている……まだリハーサルなのに非常に気の毒である。
「えっ何が違うの」
眞智子は何かスッキリした表情で佐那美に問う。
そりゃ、そうだろう。リハで最初から豪快にひっぱたくのは無しだ。
だが、彼女が文句を言いたいのはそこじゃなかった。
「違うの、言うの忘れていたけど頭上から振り落とすんじゃなくて、真横からひっぱたくの。先ほどみたいにね」
酷い話である。美子は涙目になりがらギロリと佐那美を睨み付けた。
「側頭部? それ大丈夫なの?」
眞智子がちょっと強ばった笑みを浮かべながら佐那美に尋ねる。
おいおい、あんた木刀で美子を殴ろうとしていただろ? ……まぁそれは冗談半分だったのかもしれないが、側頭部を思いっきり殴れといわれるとさすがの眞智子もちょっとばっかり心配する。しかし佐那美は――
「大丈夫よ美子だし。ゴキブリ並の生命力だもん。死にはしないわよ」
――という酷い根拠で言い切ってしまうから美子はキレるわけで……
「いい加減にしろ!私もの凄く痛かったんだから!!もう頭きた。あんたらもぶん殴ってやる!」
2人に飛びかかりそうになる。
僕は美子を止め、彼女らに苦言を呈した。
「あの……これって映画だよね。君たちはここぞとばかりに復讐していない? もしそういうことしている君たちは嫌いだな」
「ま、まさか……ねえ。美子、ごめんなさい。てっきりゴキブリにみえたものだから」
「ゴメン、ムカついてるとはいえ頭強く叩き過ぎた。今度は足腰立たないようにケツを思いっきりひっぱたくから」
二人は動揺して一応は謝罪したものの……とても謝っているとは思えない言い訳で誤魔化した。
一方美子の方はと言うと、「お前ら……あとで覚えてろよ……」と涙目になりながら彼女らを睨み付け、その場は怒りを収めたものの、今度は僕の方を見て――
「それよりも……『そういうことしている君たちは嫌い』って何? それって好きっていう事の裏返しじゃないの? じゃあ、こいつらにボコられればこいつら嫌いになってくれるのかしら……それって私、生きていられるのかなぁ……」
――とケロロ目になりながら、僕の言い方が気に入らないとブツブツ言い出した。
今度はそれを横で見ていた眞智子と佐那美がボソリと呟いた。
「女の心をもてあそぶ言葉だよね……」
「今の一番残酷ね……」
そしてなぜか僕を白い目で見ている。
――それっておかしくないか?
何故、君たちの喧嘩を諫めた僕が悪者にならなきゃならないのと訴えたが、こういうときに限って女はグルになって「知らない」と冷たく突き放すのであった。
さて、撮影の方であるが、衣服は彼女らの私服のままで、即本番となった。
ビデオカメラはマサやんのスマホで代用、眞智子の後方から撮影。
眞智子は美子にぶつからないようにしながら、豪快に新聞棒を斜めに振り落とし、振り落とされた瞬間に美子は崩れるように倒れる事になった。
……たしかに木刀でぶん殴れば間違えなくそうなるわな。
そしてスマホは通行人のエキストラの佐那美と琴美ちゃんを映し出し、驚愕の表情を収めた。
そこでワンシーンが終了した。
その後であるが、ケロロ目の眞智子が僕に抱きつくシーン。佐那美の説明によると――
「神森君、眞智子の無駄な脂身で悪いんだけど、ちょっと顔を埋めてくれないかな」
――という非常に理解しにくいものだった。
「はぁん?」
もちろん、脂身とは眞智子の胸のことを暗に示している。
眞智子が『なんて言ったてめぇ』というおっかない表情で睨んでいが、佐那美はそんなのお構いなしで話をつづける。
「ソレ、多分気持ち良くはないとは思うけど……」
今度は露骨に眞智子の胸を指さした……これは後が大変である。
僕がいなかったら眞智子は間違えなく佐那美をぶん殴っていただろう。
とりあえず、今のところは堪えてくれ!
そう思ったのもつかの間……
「そこはあたしの胸だとおもってくれればいいから。気持ちが良くて昇天する感じで崩れて倒れて」
……と訳のわからない事を言ってきいた。
「えっ、それってなんか違和感あるけど」
僕の問いに、佐那美はさらにコンボ技を決めるように眞智子が苛つく言葉をつなげ始める。
「違う違う。昇天するって言っても、スケベったらしい顔しなくていいから。どうせ、眞智子のはそんな大したもんじゃないし……そうね眞智子の胸でショック死って感じでいいわよ」
――カチン!
ついにガマンできなくなった眞智子が、怒りで顔を震わせながら
「お前の『甘食』よりは1兆倍良いわ!」
と眞智子の胸ぐらを締め上げた。
でも、端から見ると如何なものだろうか? 相当頭きていたのだろうが、体のことについて、お互いに罵り合うのは品位を損なうのでは?
僕は必死で彼女をなだめるが、さらに佐那美の奴はお構いなしに注文を続けた。
「そんなの脂身の話はどうでもいいから。要はミスターモミーがあまりのアクシデントでショック死を起こしたってシーンよ。あんなもんで心臓麻痺起こすって、アンタも幸せね。あと神守君が倒れるときは眞智子も息を合わせて一緒に同じ方向に倒れてよ」
そう彼女は言い切ると眞智子を僕の方に突き飛ばした。
「……ちょっとまて、その『アンタ』ってどっちを差している? 話の内容からすると明らかに礼君じゃないよね。それって私に言っているんだよね!」
「どっちでもいいじゃない。どうせあんた怖い顔しているんだから。それに胸触ったくらいで減るもんじゃないから。さっさとやる!」
「ふざけるな、そういう言い方してんじゃねえ……お前、後で覚えてろよ」
眞智子がそう抗議したが、佐那美がこうなると滅茶苦茶で、周りの意見を全く聞かない。多分、眞智子や美子が殴ってもそのスタンスは変わらないだろう。
これ以上、眞智子を怒らせないで欲しい。耐えている彼女がかわいそうだ。
僕は眞智子の背中をポンポンと叩きなだめる。
彼女は横に転がる美子に一礼すると僕の胸元で「うーーーーっ!」と唸りながら怒りを堪えた。
状況が状況だけに美子も、それについて「フン! 少しだけだからね!」と顔を背け黙認してくれた。
その美子が地べたで僕に呟く。
「眞智子のやつ、お兄ちゃんがいなかったらあの木刀でなぐっていたんじゃないの……」
「そういう美子だって相当怒っていたんじゃないか」
「私だって、ペデストリアンデッキから突き落としてやろうと何度も思ったんだから。まあ、お兄ちゃんがらみじゃないからガマンしたけどね」
「……みんな、いい子だよね」
「そうそう……」
僕と美子の話はそういう他愛のない会話だったのだが、一人、面白くなさそうにしているのがいた。
「なんとなく、死んだ美子の気持ちが分かる気がする……」
眞智子である。おいおい、俺ら兄妹が慰めているのに……それはないだろ?
「私、死んでないから!」「美子さん、死んでないから!」
……いくら、『頭にきている』『面白くない』とはいえ、言い方を考えてもらいたいものである。
このままでは埒があかないので言われるがまま眞智子に抱きしめられるわけであるが、下で倒れている美子の冷たい視線が非常に痛かった。
「ところで、なんで私まで倒れなきゃならないわけ?」
眞智子が尋ねるが、佐那美は「あんたも心臓麻痺を起こしたのよ!」と無茶苦茶な説明をし、眞智子は首を傾げながら渋々指示に従う事となった。
スタートの合図で僕は眞智子にぎゅっと抱きしめられ、心臓麻痺という設定で倒れると眞智子も僕に合わせて一緒に倒れ込んだ。
そしてエキストラである佐那美と琴美が腰が抜けてその場でしゃがみ込み悲鳴を上げこのシーンは終了となる。
――でも、眞智子の大きくて柔らかかったなぁ。
そう思っていたら、美子がぎゅっと僕の足の甲を踏みつけた。
「いつまでスケベな笑みを浮かべているの。このミスターモミーが!」
今作品は、現在執筆中です。
ストックはあまりないため、更新までしばらくお待ちください。