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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第一章 悪霊の丘
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七 悪霊の丘〜人々は○○を求めて丘を登る

「こりゃ毒蛇だな」

 翌日、帝都からやって来た検視官は白い口髭を神経質に撫で付けながら不機嫌そうに言った。

 検視官は主だった都市に駐留していて、多くの場合、医師が務めていた。死人が出た際、その死が不可解である場合に呼ばれ、死体を検分し、場合によっては解剖し、その死因を報告することを職務としている。

「毒蛇ですか?」

「さようです。閣下。この指を見て下さい」

 キスが呟くと検視官は不機嫌そうな口調はそのままに表面だけ敬語にして説明を始めた。相手が男爵にして勅任断罪官であるからには対応にはそれ相応の敬意と注意を払わなければならない。

 検視官という職業は、死体ばかり相手にしている商売柄、教会には眉をひそめて見られている。その為、いつ異端だの悪魔憑きだのと云われて宗教審問をされるか分からない。しかし、検視官という職業は必要不可欠である。それを貴族連中や役人たちによく知らしめる為に日頃からアピールしておくことが身の保身に繋がるのだ。

「血が出てますね」

 検視官がキスに見せたのは、カルボットが見つけた例の切れて血が出ている指だった。

「普通、血はすぐに固まります。この男の体の硬直の具合、吹いた泡の乾き具合などから判断して、死後数時間は経過しておりますから、通常ならばこの血ももう固まり、出血は止まっているはずです」

「確かにそうですね」

 キスは料理などの作業の途中、誤って指を切ってしまったときとか、狩った獣を解体していたとき、家畜を〆たときのことを思い出して同意した。確かに血は結構すぐに固まる。血しょうと呼ばれるものの働きによるものだが、当時はそんなもの誰も知らない。とにかく、血は出ると、結構早くに固まるものだということは認識されていた。

「しかしながら、この血はまだ固まっておらず。出血が続いております。これは毒によるものと推察されます。そして、この地域で人間を死に至らしめる程の毒を持つ生物は毒蛇くらいしか小職には思いつきません」

「ということは、この男は毒蛇に噛まれて死んだのか。指を噛まれたということは、こやつ、不用意に毒蛇に触ろうとしたのか?」

「何にせよ。こいつは悪霊の祟りで死んだってわけじゃあなさそうだな」

 クレディアは気難しい顔で呟き、カルボットが口を挟む。

「では、今回のは例の悪霊の件とは無関係な、偶然の事故ということかしら」

 部下たちが思い悩む中、キスは一人検視官と話を続けていた。人見知りな彼女ではあるが、仕事のためと割り切って、頑張って話をしようとしていた。そうしないと他人とはまともに話すことができないのだ。

「ところでですね。今までの被害者はどうでした?」

「どうでした、というのは?」

 検視官は神経質に口髭を撫でつけながら聞き返す。キスの話す内容にはたまに言葉足らずなことがある。

「あー。つまりは、今までの被害者の死因は?」

 彼女の言葉に検視官は首を横に振った。

「存じませんな」

「全員が死因不明なんですか?」

「分かりませんな」

 検視官の要領を得ない言葉にキスは首を傾げた。

「私がこの村で検視を行ったのは今回が初めてですからな」

「今回が初めて?」

 キスは更に首を傾げる。治安総監の布告により、不審な死亡者が出た場合は主だった都市に駐在している検視官が遺体を検分し、死因を特定し、死者の発見された土地を所管する法廷に報告することが定められている。

 ルイトバルトにある丘で発生したという何人もの死者は検視官に検分されて然るべきである。にも拘らず、今回、初めて検分を行ったというのはどーいうことかとキスは首を傾げるばかり。

「ここは教会領ですからな」

 検視官は油断なく周囲に視線を飛ばしながら声を潜めて言った。

 渋い顔をする彼を前にして、世間知らずなキスは間抜け面で首を傾げてばかりだった。

 彼は呆れて溜息を吐きながら、説明してやることにした。

「教会の聖典の一つである死者の書というものを読んだことはございますか? ない? なるほど。まぁ、そこに死者に対する礼儀といいますか、作法といいますか。そーいったものが書かれておりましてな。それを教会と信徒は順守すべきとあるのです。決まりごとがいくつかあるのですが、その中の一つに、死者に触れるべからずというものがあるのです」

「死者に触れるべからず。ですか?」

 キスは反復し、検視官は渋い顔で頷く。

「しかし、そうすると、死者は野晒しになってしまいますから、当然、埋葬することは例外として許されます。それ以外、つまり、死者を埋葬する以外のために、死者に触れることは禁忌にも近いことなのです」

 それが検視官が教会から敵視や迫害される所以だ。埋葬以外の行為で、しかも、死者をべたべた触ったり、見たり、切ったりするような検視官の存在を教会が好ましく思うはずがない。そもそも、教会という組織は科学(この当時の科学というのも大概いい加減というか未熟だったせいもあるが)自体に対して嫌悪感を持っているのだ。

「じゃあ、今までの犠牲者の死因は不明。少なくとも、検視官殿はご存じないということですか?」

 キスの言葉に検視官は無言で頷いた。

 彼女は暫し考えてから違う質問をした。

「ところで、この辺りにはよく毒蛇は出るんですか?」

 検視官は眉根を寄せ、口をへの字にして、考え込んだ。彼は検視官であり医者であって、自然学者でも毒蛇愛好家でもないのだ。毒蛇の生息地域についてそれほどの知識があるわけではない。

「私に言えるのは、まぁ、さほど住んでいないわけではありませんが、偶然ばったりと遭う機会っていうのはそうそう多くはないということですな。探せば見つかる程度ですかね」

「探せば?」

 ちりんちりんと鈴の音が響く。

 司祭が右手に持つ杖の先に付けられた鈴の音だ。彼の左手にはカンテラが握られている。死者が迷わないように音で導き、行く道を照らすのだ。

 司祭の後ろには棺を担いだ教会の下男たちが続き、更にその後ろを遺族や近親者などがついて行く。

 傾いた赤い太陽が葬列の長い影を芽が出たばかりの畑に作り出していた。

「これから教会の裏手にある墓地へ埋葬に行くのです」

 道端でキスが葬列を見送っていると、いつの間にか側へやって来た女性聖職者が呟いた。

「ところで殿下。私の名前は思い出して頂けましたか?」

「う」

 彼女の痛い言葉にキスは呻き声を漏らす。

「では、もう一度。自己紹介を。教会軍上級監督官改め教会造船所事務長クローディ・カラサでございます」

「あ、ども。すいません」

 キスは情けなくへこへこと頭を下げた。少し離れた所に立っていたクレディアが呆れ顔で溜息を漏らす。彼女が何度言っても簡単に頭を下げるキスの癖は直らないのだ。

「それで? 殿下。悪霊の正体は分かりましたか?」

 クローディの問いかけにキスは難しい顔をした。分かっているけど言いたくないというか言えないという意思がありありと伝わってきてクローディは思わず笑みを漏らした。

「大丈夫ですよ。私はそれほど異端審問に積極的なわけでも、教義に厳格なわけでもありませんから。私は教会では数少ない寛容主義者なんです。そして、勿論、ここの教会に告げ口したりもしませんよ」

「クローディさんはご存知なんですか?」

 キスは目を丸くして彼女を見つめた。

「村人たちは何故、立ち入りが制限されている丘に登り、そこで死ぬのか? しかも、誰にもバレないように、こっそりと。おそらくは夜の間に。悪霊に導かれているから? さぁ、答えは何でしょうか? この問いに解答するのは殿下でしょう?」

 クローディは悪戯っぽく微笑んだ。

 彼女の言葉にキスは少しばかり考え込んでから、ぽつぽつと話し始めた。

「結論から言います。この事件というか被害は、決して悪霊なんかのせいではありません。勿論、悪魔のせいでも、神の天罰でもないのです」

 キスの説明にクローディは「ほうほう」と頷きながら聞いていた。

「まず、今日の死者ですが、検視官の見解によれば、死因は毒蛇の毒であるそうです。それから、村での聞き込みの結果、被害者が最後に見られたのは昨夕であり、その後、つまり、夜に彼は丘に入り、日の暮れているうちに彼は毒蛇に噛まれて死んだと思われます。私たちが発見したのは午前のうちでしたし、その時点では既に死後数時間は経過しているようでしたから」

 キスは貴族よりは日に焼けた、百姓よりは肌の白い顔を赤く染めながら説明を続ける。顔が赤くなっているのは夕日のせいだけではないだろう。人見知りな彼女は人前で喋るのが大の苦手なのだ。緊張のせいで顔も赤くなろうというものだ。ついでに手足も震えてきたが、なんとか根性で耐える。

「ここで疑問が一つできます。何故、彼はそんな夜に丘へ入って、毒蛇に噛まれたのか?」

「ふむふむ、何故だろうね?」

 クローディは相槌を打ちながら、クレディアを見る。分かる?と目で問いかける。

「丘へ夜に入ったのは教会にバレないようにする為でしょう。事実、被害者は丘に入る許可を教会から受けていませんでした」

 クレディアの答えにキスとクローディは満足そうに頷く。

「では、何故、彼は丘に入ったのか? そして、毒蛇に噛まれたのか?」

「丘に入ったのは、まぁ、薪とか肥料を取りに行ったのでは? 毒蛇に噛まれたのは偶然でしょう。たまたま運が悪かったのではないかと」

 今度の答えは正解ではなかったようだ。クローディはにまにまと笑いながら首を横に振り、キスは控えめながらはっきりと「違います」と止めを刺してくれた。

 クレディアは何だか二人におちょくられているような気がしてきて嫌になってきた。元々、短気で行動的な彼女は考えるとか推理するとかなんてことは苦手なのだ。

「蛇は寒さに弱い生き物です。そして、今の季節、昼間はとにかく夜はまだまだ大変冷え込みますから、蛇は活発に行動していません」

「そーいえばそうですね」

「しかし、既に冬眠からは起きていますから、もしも、巣穴に手が突っ込まれてきて掴まれそうになったりすれば、当然、噛み付くことも考えられます」

 キスの言葉にクレディアは唖然とした。

「そ、そりゃあそうでしょう。しかし、殿下。お言葉ながらそのような馬鹿な真似をする輩がいるとは思えません。そんな、いるかいないか、寝ているかどうかも定かじゃない蛇の巣穴に手を突っ込むなんて真似。命知らずとしか言えません。そもそも、そんなリスクを犯す必要がありますか?」

「あります」

 キスは断言した。

「毒蛇の肉は大変高価な薬の材料なのです」

 彼女はいくらか昔、薬学の本を読んでいてそのことを知ったのだった。というのも、幽閉されていた時代に、彼女は病気にかかったり具合が悪くなったとき、一人では困るな。と思い、薬草を取り揃える為、その手の本を手に入れて読んだことがあるのだった。

 毒蛇の肉を使った薬は万病に効くとして、上流階級の人々から引く手数多であり、その重要な材料である毒蛇の肉は大変な高値で取引される。

「ということは、今回の被害者は毒蛇を取りに行って不運にも噛まれて死んだと?」

「そーです。そして、おそらく、今までの被害者もそうでしょう。彼だけが丘に生息する毒蛇の存在に気付き、その肉を手に入れようと夜に丘へ入ったとは考え難い。おそらく、この村に住む誰もが毒蛇の存在を知っており、夜にこっそりと忍び込んで毒蛇を探しているのでしょう。そして、たまに、不運にも毒蛇に噛まれる者が出るのです」

 キスはそこまで言って、大きく息を吐いた。少し喋り疲れている。

「しかし、そんなことを何故、こっそりとしなければいけないのです? 昼間や大人数で行えば、もっと安全に確実に毒蛇を捕らえることができるでしょう」

 クレディアの言葉はもっともであり、キスもクローディも頷いた。

「でもですね」

 クローディが苦笑しながら説明する。

「毒蛇の肉を使った薬は異教時代のものなんですよ」

 神聖帝国の人々は最初から西方教会を信仰していたわけではない。西方教会は総本山を神聖帝国内に持つが、それは後に移動してきたもので、元々はもっと西で発生した宗教であり、現在、神聖帝国と称される西方大陸東部において広く信仰され始めたのは500年ほど前からである。

 それ以前は教会のいう異教が信仰されていた。その時代の慣習や名残はまだまだ広く手国内に根付いており、毒蛇の肉の薬もその一つだった。そんなものを作ったり、持ったり、売買したり、使ったりしていることが教会にバレればタダで済むはずがない。ましてや、ルイトバルトの村は教会領なのだ。

 だから、村人たちは、教会の聖職者たちに見つからないように、こっそりと夜に丘へ少人数で忍び込み、暗闇の中で毒蛇を探し回り、巣穴に手を突っ込み、毒蛇を追い求めるのだ。

「しかし、いくら高値で売れるからといって命を賭けることは……」

「ほぅ。命を奪ったり捨てたりするのが仕事である軍人の君がそんなことを言いますか」

 クレディアの言葉はクローディの鋭い皮肉によって完全に潰され、若き騎士は黙り込んだ。

「クローディさんは知っていらっしゃったんですね」

「ええ。帝都の宮廷やら上流社会では有名なんですよ。ルイトバルトの悪霊ってあだ名がついてますけど。私も手に入れて来いって命令されたことがあります。さる病気を患っていらっしゃったさる大司教にね」

「大司教なのに?」

 クローディの言葉に二人は呆れる。

「まぁ、溺れる者は藁をも掴むってことですよ。ちなみに、その病気ってのは梅毒です。あと、大司教は薬を飲んだ翌週に亡くなりました。毒蛇の肉が悪かったのか水銀が悪かったのか薬草が悪かったのか瀉血がいかんかったのかは分かりませんけど」


 翌朝早く、キスたちはルイトバルトの村を出た。

 出発する直前、聖ベント教会に立ち寄って礼拝を済ませたキスに主任司祭は

「悪霊の丘について色々と調べていらっしゃったようですが、何か分かりましたでしょうか?」

 と、尋ねてきて、キスは返答に窮した。

 ここで原因を教えれば、教会は丘への立ち入りを更に厳重に禁止し、村に毒蛇取り禁止布告を出し、今後、毒蛇を取った者を処罰するだろう。しかし、死者の数は減るかもしれない。だが、村人は貴重な収入を失うだろう。

 彼女は迷った末、

「さぁ?」

 と、至極曖昧に返答して、主任司祭をがっかりさせた。

「人間は欲深いものですね」

 馬に揺られながらクレディアが呟いた。

 既に村ははるか後方にあって、話を聞かれる恐れもない。

「しかし、まぁ、少しでも、豊かで幸せな生活を送りてーってのは誰もが思うことだと思うぜ。貴族さん方と違って庶民は多少危ないこってもせんと楽にゃあ生きれんのさ」

 馬車の御者席に座ったカルボットがにやにやと笑いながら言った。

 貴族は恵まれていると非難されたように言われ、クレディアはカチンときたが、実際そのとおりなので、反論できず、不機嫌な唸り声を上げた。

「それでさ! 結局、聖ベントって何した人なの?」

 ちょっと真面目なことを考えるふうだった空気を打ち破ってモンが叫ぶ。彼女にはそんな小難しいこと関係ないのだ。

 彼女の言葉に三人は考え込む。

「あ。思い出しました」

 クレディアが呟く。

「その昔、疫病が流行ったとき、貧しい人に薬を配って救った聖人だ」

 一行は少し皮肉のようなものを感じつつ、東へと進んだ。


悪霊の丘編はこれでお終いです。

次編は来年となります。

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