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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第一章 悪霊の丘
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五 悪霊の丘〜子羊亭にて

 キスたち一行は教会に宿泊することを遠慮し、ルイトバルトの村の旅籠に宿泊していた。

 ルイトバルトは小さな村ではあるが、聖人ベントを記念した大きな教会がある為、少なくない数の巡礼者がやって来る。その為、村には巡礼者を泊めたり、食事をさせる小さな旅籠がいくつかあって、子羊亭はその中で一等マシなところであった。村では数少ない二階建ての建物で、キスたちは二階にある三部屋全てを借り上げていた。一階にも四部屋あるそうだが、今夜はキスたち以外の宿泊客はいないということだった。

 ところで、普通、この村では騎士などの身分の高い人間は教会の宿泊施設に泊まり、村の旅籠に部屋を借りることはまずない。そんな所へ帝国男爵にして勅任断罪官たる上に一国の姫様という貴族様が宿泊するというのだ。旅籠の主人はひどい気の使いようであった。

 キスたちが戻ったときも、主人は大慌てで灯り片手に道へ出てきて恭しく旅籠まで御足許を照らして先導して行き、旅籠に入ったら入ったらで今度は女将さんも一緒になってアレコレと世話を焼き、キスは大変申し訳ない気分になった。

「ところで、我々の連れはどうしている?」

 実家たるオブコット家が銀猫王国でも有数の古い騎士の家柄という良家の子女であるクレディアは世話をされるのに馴れたる堂々たる様子であった。キスよりも貴族らしく、キスより姫らしい。

「お連れの皆様は、えー、夕餉を……」

「夕餉? こんな時間までか?」

「お酒が進んでいらっしゃるようで……」

 不愉快そうに眉根を吊り上げたクレディアに全く悪くもないはずの主人は何故だか大失態を犯した下男のように言い訳がましく言いながらへこへこしきりと頭を下げていた。貴族の気分で命を雑草のように刈り取られる身分にある平民の悲しき性というものか。

 クレディアはマントと上着を女将さんに渡し、靴音も高らかにかつかつと廊下を進んでいった。自分のマントと上着を抱えたキスも慌てて後を追った。

 子羊亭の一階は旅籠の主人が住む住居と四つの部屋から成り、そこへ馬が何頭か繋いでられそうな厩と食堂が増設されたような形でくっついていた。二人はその食堂へと足を踏み入れた。

「あー! ねーちゃーん! おっかえっりーっ!」

 踏み入れ、目が合うと同時に真っ赤な顔をしたモンがキスに抱き付いてきて、危うく後ろ様に転倒しかけたところを、慌ててクレディアが支え、事無きを得た。結果的に転倒しなかったからといって容赦をするクレディアではない。いつものように烈火の如く怒り出した。

「貴っ様ーっ! 殿下が転倒なされたらどーするつもりだっ! 万が一、お怪我でもなさった時には貴様の首一つでは釣り合わんぞ!」

「ディーねーちゃんが怒ったー」

「本っ当っに、あなたは何度言っても分からない人ねっ!」

 クレディアは忌々しそうにぎりぎり歯軋りせんばかりの怒り顔だ。

「ま、まぁまぁ、落ち着いて……」

 そして、キスが取り成す。

 傍目からは全く見えないが、一応、キスはクレディアの主君であり、クレディアは忠誠心厚いカロン騎士である。主君にそう言われては怒りを抑えざるを得ない。

「まったく、殿下は甘いです」

 などと不満そうに文句を呟きながら矛を収めた。

 子羊亭の食堂はあまり広くはなく大きなテーブルが二つ置かれているだけでぎりぎりという広さだった。キスの配下である傭兵たちはそのうちの一つを占拠して酒盛りをやっていた。教会の晩餐での整然としてキラキラ輝く銀の食器に燭台、上等な葡萄酒、麦酒、上品な料理の数々が並んでいた純白の絹のシーツに包まれたテーブルとは全く正反対で、年季を感じさせるくすんだ木目のテーブルの上には大量の料理(殆どが残骸と化しているが)と酒が積まれていた。食器は木や銅などで作られたもので、酒も安く薄い麦酒ばかり。料理は庶民的なものばかりだった。生野菜や果実は全く見当たらず、干した魚のフライや炙った肉、ウインナー、ハム、干したり漬けたりした野菜で作られた料理だった。

「嬢ちゃんも一杯どうだ?」

 顔を真っ赤にしたカルボットが銅のカップを掲げて言った。

「いえ、私はお酒苦手なんで。……カルボットさん、顔大丈夫ですか? 血みたいに赤いですけど……」

 キスは丁重に断りながら配下唯一のおっさん傭兵を心底心配した。彼の顔は酒に酔って赤いっていうのんきな表現をしている場合じゃないくらい真っ赤で見ている方は大変心配になってしまう。これでは流血していても分からないと思えるくらいだ。

「顔が赤くなるのは昔からなんだよなー。何でだろうなー? 大して酔ってもいねーのになー」

 カルボットはもじゃもじゃ髭をぼりぼり掻きながら呟く。自覚はしているらしい。

 彼の横ではムールド人傭兵(名前はまだ知らない)がちょこんと座って、もしゃもしゃ何かを食っていた。相変わらず布切れですっぽり体から顔まで覆っていた。食べ物は顔を覆う布の隙間に押し込んでいた。ムールド人には他人に肌を見られてはいけない戒律でもあるのだろうかとキスは今更ながら首を傾げた。

「まったく、こんなに遅くまで飲んで食べての大騒ぎなんて……。あなたたち、殿下の配下であるという自負を持ってるの? 配下の不祥事は殿下の不祥事に繋がるかもしれないんだから」

 クレディアは眉間に深い皺を作って不機嫌そうに言い放つ。

「まぁまぁ、いいじゃあねぇか。この宿にゃあ俺たちしか泊まってないし、宿の主人だって儲かれば文句はねーだろ」

 カルボットの言葉に生真面目な騎士はむっつりと黙り込んだ。まぁ、確かにその通りなのだ。金遣いの荒い奴は商売人にとっては歓迎すべき相手なのだ。嫌う理由などありやしない。

「ねーちゃんねーちゃん! ねーちゃんも一緒に食べよー」

 モンはキスをぐいぐいと引っ張って食卓に着かせる。王女様は苦笑いしながらされるがまま席に着き、二度目の夕食を始めた。クレディアも呆れ顔でキスの隣に座り、麦酒の注がれたカップに口を付ける。

「舌が痺れるわ」

「そりゃ混ぜ物が入ってっからな。貴族様が飲んでる大麦とポップと水だけでできてる麦酒とは違って香辛料とかハーブとか薬草とか果物とかまぁ色々入ってんだ」

 カルボットの言葉にクレディアは顔をしかめる。

「大丈夫なの? これ?」

「何。死にゃあしねぇさ」

 渋い顔をする騎士に対して粗野な傭兵たちはがばがば粗悪な安麦酒を煽る。

「ところで、殿下。明日はどうしましょうか?」

 ぶちぶち文句を言った割には結構調子よく妙に舌が痺れる麦酒を飲みながらクレディアが尋ねた。

 キスの記憶が正しければクレディアは教会の晩餐で既に葡萄酒と麦酒をだいぶ飲んでいたはずで、その後、子羊亭に来てからもう三杯くらい麦酒を飲み干しているはずで、今夜の彼女の飲酒量は相当だと思われるのだが、全く顔色も様子も言動も変わらずキスは地味に感心していた。

「殿下?」

「あ。あー、すいません。ぼーっとしてました。すいません」

「配下に頭を下げない!」

「あ、すいません!」

 へこへこ頭を下げるキスをクレディアが一喝し、更にキスは頭を下げ、傭兵たちはくすくすと笑い合う。

 クレディアは呆れ顔で溜息を吐いて、まだ何か言いたそうに口をもごもごさせたが、麦酒をぐいっと飲んでから、コホンと咳払いを一つして、仕切り直す。

「で、明日はどうしましょうか? まだ聖ベント教会をよく見ておりませんし、もう一日滞在しましょうか? それとも明日には出立して東へ行きましょうか?」

 クレディアの問いにキスは暫し黙り込んだ。暫くぼーっとしてから(少なくとも傍目からはちょっと阿呆っぽい顔でぼーっとしているように見えた)、お茶をちびっと飲んで答える。

「悪霊の丘に行ってみましょうか?」


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