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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第四章 十字の町
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三八 十字の町~黒髪姫の暗躍

 エレスサンクロス西側の攻囲軍は数日に渡って攻勢を続けたが、元は城壁であった瓦礫の山とその後ろに控える後方墻に遮られ、思うような打撃を与えることができずにいた。

「中々上手くいきませんね」

 西側城壁での激しい攻防の情報を聞いたキスが他人事のように呟く。

「まぁ、そりゃぁな。攻城戦ってのは難しいもんだ。これだけでかい町なら落とすのに一年かかってもおかしくはねぇな」

 キスの呟きに、テリーデン傭兵のマシュリー・ピガートが応じる。

「或いは、攻囲軍の軍勢を今の二倍に増やして総攻撃をかけるかだな」

「四万では少ないですか」

 攻囲軍は総勢四万以上もの兵を擁している。大軍といっても過言ではない規模だ。中堅規模の都市の人口にも等しく、小国が動員できる全兵力をも上回るだろう。

 確かにエレスサンクロスの人口は八万と攻囲軍を上回るが、それは女子供老人を含めた数である。戦える人間は大目に見ても、三万程度であろう。攻囲軍の方が数の上では優勢である。しかし、攻城戦において、攻勢側は守備側の最低三倍以上の兵力を要するといわれている。現状の兵力ではかなり心許無いと言わざるを得ない。

「少なくとも、この倍は必要だな」

「じゃあ、援軍を要請すればなんとかなりますか」

 キスの言葉に、マシュリーは渋い顔をする。

「そりゃ援軍が出せればな」

「皇帝陛下に陳情すればどうにかなるのでは」

「そうは問屋が卸さないところだ。軍隊ってのは、歩く胃袋みたいなもんで、やたらと飯は食うし、糞はするし、寝る場所だって必要だ。戦う為には武器弾薬だってごまんといる。それに、給金だって払わねぇと兵隊は集まらん。つまり、金がかかる。攻囲軍を二倍にするってことは、今の二倍の金を出さなきゃならねーってことだ。皇帝はその金を出したくないだろうし、出せないだろう」

 皇帝が自由に動かすことのできる常備軍、つまり、帝国軍は全軍合わせて一〇万人だが、帝国全土に散らばっており、その全軍を動員するわけにはいかない。となると、傭兵を掻き集め、諸侯に軍の供出を求めることになるのだが、その資金が莫大なものとなる。

 その財源をどこに求めるかとなると、戦争税を徴収するか、皇帝の私費から拠出することになる。帝国の最高権力者であるとはいえ、皇帝の私費はそれほど無尽蔵にあるわけではない。

「じゃあ、税金を取ればいいのではありませんか」

「議会が嫌がるだろ」

 皇帝は帝国の最高権力者だが、政治の全てを握っているわけではない。政治における重大ないくつかの決定は帝国議会の同意を必要とする。新たな税金を徴収することも、議会の同意を必要する。

 しかし、現状、議会においては、法服派や海洋派といった皇帝と対立する大貴族が主導権を握っている。

 諸侯は被支配層の庶民に対して独自の税を課しており、また、多くの貴族は大地主であり、庶民に土地を貸して耕作させ、土地代を徴収している。ここで、帝国税が増税されると、その分、諸侯に収められる税や土地代が目減りすることになる。それでも、徴税を強行すれば、困窮した庶民は土地を捨て逃散するか、貧しさの末に餓死してしまい、土地を耕す者が減ってしまう。帝国税と諸侯の収入は反比例の関係にあるのだ。

 故に、議会は多くの税金に常に反対の立場を取ってきた。

 そもそも、諸侯の多くは、自身の支配する領域に帝国の力が及ぶことに強い嫌悪を持つのだ。

 そういうわけで、皇帝は安易な増税に走ることはできず、帝国に増税の同意を得る為に、議会を説得し、交渉しなければならない。これにはかなりの時間と労力を要するであろう。

「じゃあ、現状の戦力で頑張るしかないんですか」

「とはいえ、今の兵力じゃ総攻撃しても弾き返されるばかりだし、気長に包囲戦を続けていたんじゃ、それだって金がかかって、税金を取らなきゃやっていけねぇだろうな。貴族連中はそろそろ自領に帰りたい頃だろうし。うちに払われてる給料もいつまで続くんだか」

 マシュリーは帝国軍の現状にかなり悲観的なようであった。

 彼女と話をしながら、キスは難しい顔をして考え込んでいた。


 さて、その翌日から、キスは塔の中で手紙を書き始めた。

 塔の中は、昼でも暗く、書き物をする環境には向いていないが、彼女はどうにか窓辺で書き物をすることができていた。

「姉ちゃん、何書いてるの?」

 キスの傍に寄ったモンが尋ねる。

「お手紙です」

「誰にー?」

 好奇心に満ちたモンの質問に、キスは暫し考えてから、答える。

「アーヌプリン公とレイクフューラー辺境伯、それに、兄上と、それから」

 そう言ってから、エレスサンクロスの城内に視線を向ける。

「エレスサンクロスへ」


 キスの書いた手紙は、塔の中から、黒髪姫連隊へと届けられ、そこから、アーヌプリン公本営に届けられ、いくつかは早馬で帝都へと向かって行った。

 更に、他の何枚かの手紙が、塔からエレスサンクロス城内へと送られた。

 それから、一週間に渡って、何枚もの手紙がやりとりされた。その全ての中心には黒髪姫がおり、その動きは全て闇の中で行われていた。攻囲軍幹部にすら、そのやりとりの内容は知られていなかった。

 帝都においては、レイクフューラー辺境伯とキスの兄ユーサー王子は、高等法院の高官らと会談を持ち、キスの要望通りの同意を得て、その結果は早馬でアーヌプリン公の本営に伝えられ、更に黒髪姫の元へと送られた。

 これら、黒髪姫の用意周到な暗躍の後、ある日、唐突な布告が為された。


「帝国勅任断罪官キスレーヌ・レギアン・ダークラウン男爵は、帝国自由都市を、反乱、不敬、殺人等の罪により、高等法院の許可を得て、逮捕し、これを訴追する。処罰は、おって決定されることとなる」


 攻囲軍だけでなく、帝国中の多くの人々が驚いたことに、エレスサンクロスはこの布告を受け入れ、勅任断罪官キスレーヌ・レギアン・ダークラウンに自首したのであった。

 エレスサンクロスの町の中で起こった事件は、帝国及び教会とエレスサンクロスという一つの都市との対立・戦争という形になったが、再び、事件という法の及ぶ領域に収束しようとしていた。

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