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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第四章 十字の町
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三七 十字の町~後方墻

 攻囲軍砲兵による精力的な砲撃と坑道による爆破工作によってエレスサンクロスの西側城壁はすっかり崩れ果ててしまった。見上げるほど高く、屈強で堅牢な姿は、最早、見ることができない。その部分にだけぽっかりと隙間ができあがり、客人を迎え入れる開けっ放しの扉の如く、敵を誘い招いてしまっていた。

 攻囲軍は一ヶ月かけてこじ開けた入口めがけ、最後の決定打となる攻勢をかけるべく準備を進めた。

 デルピエ元帥率いる帝国軍第二軍団一万に加え、コルトグラッツ伯軍五千。その他、中小諸侯軍五千。合わせて二万の兵が西側に配される。その他のアーヌプリン公軍や教会軍を含めた二万弱の兵はそのまま東側に置かれた。

 早朝からの砲撃の間、合計四万の軍勢はほぼ全てが整列し、胸に響くような太鼓の音が木霊する。辺りは朝霧が包み、エレスサンクロスの崩れた城壁は白ばんだ霞の向こうに横たわっている。

 エレスサンクロスの西にある丘の上に置かれた攻囲軍本営の前で、デルピエ元帥は老体をものともせず白馬に飛び乗ると、馬を進めた。副官や幕僚がそれに続き、丘を下る。

 前方から霧を破るように騎乗の将校が駆けてきた。

「閣下。全ての歩兵連隊は攻撃準備が整っております。バッシェンダー将軍は前進の許可を求めております」

「暫し待て。東側の状況を把握してからだ」

 デルピエ元帥はそう言うとそのまま馬を進めた。

 やがて、もう一騎が駆けてきて、軍帽に拳を当てて元帥に報告する。

「閣下。アーヌプリン公閣下から伝令がありました。東側全軍は進軍準備が整っているとのことです」

「わかった」

 元帥は頷くと、そのまま馬を進める。

 やがて、元帥一行は第二軍団の整列する一万の兵のちょうど中央先頭に到達する。そこには既に歩兵団長バッシェンダー将軍とその幕僚が揃っていた。彼らのいくらか前では第二軍団所属の砲兵隊が旺盛な砲撃を続けている。

 全軍は昨日まで潜んでいた塹壕から抜け出し、堂々と草原に立っている。既に彼らを砲撃する大砲を据え付ける塔も、城壁も崩れ去っているのだ。何を恐れる必要があろうか。今、彼らがしなければならないことは、前へ進み、エレスサンクロスの城壁の躯を乗り越え、城内に侵入することである。最早、こそこそと穴倉に籠っている必要はない。

 元帥は無言で、右手を掲げた。

 全軍が、全兵士の視線が、元帥の白い絹の手袋を付けた右手に注目する。

 やがて右手はゆっくりと前に倒された。

「れんたーいっ! ぜんしーんっ!」

 士官や下士官が怒鳴り、腰のサーベルを抜き放つ。槍を構える。ラッパと笛が吹き鳴らされ、太鼓がリズミカルな音楽を奏でる。

 下士官が数歩足踏みをした後、その速度に合わせるように歩兵たちが歩き出す。

 ずらりと横に並んだ一万もの兵たちが前へ進む。ゆっくりとしたリズミカルな行軍曲に合わせ、銃を持ち、槍を構えた兵たちが一歩一歩緩むことなく断固とした足取りで突き進む。

 一ヶ月前の行軍では、エレスサンクロスから容赦なく砲弾の雨が降ってきたものだが、今やエレスサンクロスの砲門は沈黙し、第二軍団は無抵抗のまま草原を突き進む。

 一方、同じ頃に進軍を開始した東側のアーヌプリン公軍は、相変わらず彼らの前に聳える強固な城壁から雨のような砲弾と銃弾を浴び、塹壕を出た瞬間から多くの死傷者を出し、見事に一ヶ月前のデス・パレードを再現していた。

 また、聖オットーの塔に立て籠もる黒髪姫軍には激しい攻撃が加えられていた。砲弾が撃ち込まれ、猛烈な銃撃を浴びせられ、塔は崩壊しかねないばかりの損害を受け、キスは塔からの撤収を本気で検討しかけていた。

 聖オットーの塔が陥落しかけていた頃、西側の第二軍団は崩れたエレスサンクロスの城壁の残骸の前まで到達した。

 この間、エレスサンクロスからの抵抗は全くなく、不気味な沈黙を続けた。

 崩れ去った巨大な城壁の亡骸は丘ほどの高さとなって積み上がっており、エレスサンクロスに入るには、攻囲軍の兵たちはこの瓦礫の山を乗り越えなければならなかった。

 城内に入る先陣の栄誉は帝国軍第二軍団所属の第六歩兵連隊に与えられていた。連隊旗を掲げた連隊旗手が率先して瓦礫の山を駆け上り、数百の男たちが続く。

 まだ十代の幼さも残る連隊旗手はかなりの重さがある連隊旗を担ぎ、ついに瓦礫の山の頂点に立った。城内一番乗りの名誉を手にした彼が目の当たりにしたのは、家々が連なる街並みではなく、ぽっかりと開けた空間とその向こうに連なる壁であった。高さは二メートルから三メートルばかり。元々城壁であった石や家を崩して取り出した木材などを積み上げただけの、ぱっと見で急造とわかる壁である。しかし、攻め手の足を止め、守備兵が敵の攻撃から身を隠すには十分である。

 こういった城壁の後ろにもう一枚、壁を用意し、城壁を乗り越えた敵を迎撃する防衛施設を後方墻こうほうしょうという。

 城壁が危ういと感じたエレスサンクロスは、城壁の一部や城壁に近い家々を崩し、それらの残骸を用いて後方墻を築き、障害は最早取り除かれたと油断して攻め寄せてくるであろう攻囲軍を待ち構えていたのだ。

 エレスサンクロスの守備兵は、後方墻の向こうにずらりと並び、小銃を構えていた。瓦礫の上に辿り着いた若い連隊旗手は、一瞬のうちに数発の銃弾に体を貫かれ、旗を取り落として、仰向けに倒れ付し、瓦礫の山を転げ落ちていった。

「糞っ! 誰かっ! 旗を拾えっ! 怯むなっ! 突撃っ!」

 大尉が怒号を飛ばし、第六連隊の先頭を進んでいた中隊は突撃を敢行した。

 瓦礫の山を駆け上がり、乗り越え、駆け降りる。

 その無防備な姿は、守備兵から見れば格好の的であった。

 後方墻にずらりと並んだ小銃が次々に火を噴き、大砲が散弾を撃ち放つ。

 鉛弾に貫かれた兵士が悲鳴を上げながら倒れ込み、血を吐きながら崩れ落ちる。あっという間に、瓦礫の山は、第六歩兵連隊の兵士たちの墓標と化した。辺りは血と硝煙の臭いに包まれる。

 第六連隊に続いた別の連隊の兵士たちも次々と血を噴きながら倒れ伏し、崩れ落ち、瓦礫の山を転げ落ちる。

 崩壊した城壁部はおよそ一〇〇ヤードに渡る部分で、攻囲軍兵士は次々とその一〇〇ヤードの入り口へと殺到するが、密集した攻囲軍の兵たちは城壁の亡骸を乗り越えたところで、四方八方からの銃撃を浴び、ばたばたと倒れていった。なんとか城壁を越えた者も遮蔽物のない開けた空間を数歩駆けるうちに狙い撃ちにされる。

 第二軍団は午前中いっぱい攻勢を続けたが、結局、後方墻に辿り着くことができないまま、一〇〇〇人以上の死傷者を出して後退した。

 負傷者の後送と昼食による一時間の休戦期を挟んで、午後から攻囲軍の先頭に立ったのはコルトグラッツ伯の一〇〇〇騎もの槍騎兵だった。攻城戦において騎兵は無力な存在だがそれは城壁という乗り越えるには高すぎる障害物が目の前に立ちふさがっているからである。これが無くなった今、騎兵の突撃を遮るものは、以前は城壁であった瓦礫の山と、後方墻しかない。後方墻にさえ辿り着けば、槍先が敵兵に届く。

 精強名高きコルトグラッツの槍騎兵は、紅白の羽飾りを靡かせながら遮るものなき平原を駆け抜けた。勢いを緩めることなく、瓦礫の山を駆け上り、これを乗り越え、更に山を駆け下る。そこへ銃撃が浴びせられた。騎手が銃弾を受けて落馬する。馬が被弾して、乗り手ごと坂を転がり落ちる。

 それでも、歩兵と比べ数段も速さに勝る騎兵は、銃弾の雨を掻い潜り、後方墻へと肉薄していく。前装銃は射撃してから次弾装備までに数十秒を有する。その為、できるだけ数を揃えて、間断なく射撃できるようにするのだが、どうしても、数秒、十数秒とはいえ、攻撃できない時間や空間が生じる。この僅かな時間や隙間が攻め手の好機なのだ。この間に、敵に肉薄し、先に相手を攻撃できれば勝ちである。その為の騎兵突撃だ。

 しかし、敵兵に槍が突き刺さるまであと数ヤードというところで、後方墻の更に後方に建ち並ぶ家々に潜んでいた銃兵が一斉に槍騎兵を狙撃した。そのタイミングに合わせて後方墻の兵たちも一斉射撃する。

 後方墻まであと一押しのところまで迫っていた槍騎兵たちは鉛弾を雨霰と浴びて、次々と落馬する。馬ごと転倒する。この一斉射撃で槍騎兵は多数の死傷者を出し、結局、後方墻まで辿り着き、守備兵を槍先にかけたのは十数騎程度しかいなかった。やがて、彼らも銃弾に倒れた。

 一〇〇〇騎の槍騎兵は全滅といっても過言ではないほどの死傷者を出して後退した。

 その後、攻囲軍は瓦礫の山に隠れながら、銃撃するという消極的な攻勢に転じたが、守備側に打撃を与えることができず、この日、攻囲軍はこれ以上の攻勢を諦めた。

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