表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第四章 十字の町
38/45

三六 十字の町~砲撃・攻囲壕・坑道

 キスたちが占拠した塔は名を聖マルコの塔というらしい。

 聖マルコは、西方教会では相当初期の聖人で、あちこちに布教したが、神の下では人は平等という教えが、その当時、大陸を支配していた帝国(現在の神聖帝国とは別の帝国)の皇帝の禁忌に触れて、火炙りにされたが、神の慈悲か、奇跡が起こり、彼の遺体は火傷一つなく無傷のまま、天に召されていたという。

「遺体に傷一つなくても、死んじまったら一緒だろ」

 マシュリーが呆れ顔で呟くと、聖人の逸話を披露したカルボットも苦笑して「確かに」と頷いた。

「そういや、オリビアで聖マルコの聖体が見つかったとかいう話を聞いたな」

「何それ。まーた偽物じゃないの? どーせ、そこらの爺の遺体に蝋でも塗りたくったんでしょ」

 カルボットの話す世間話にマシュリーが応じ、キスはその様子を黙って眺めていた。モンはもう随分前に寝入って毛布に包まって隅の方に転がっている。ムールド人傭兵はいつものように、置物のように沈黙して突っ立っている。

「しかし、聖マルコの塔っちゃあ縁起でもない名前だねぇ」

「そうですか?」

 マシュリーの言葉に、キスは首を傾げた。塔に限らず、町や教会、広場、通り、果ては川やら山やらの地名に聖人の名前を付けることは帝国に限らず大陸全土で有り触れたことだ。聖人の名をあやかることによって聖人の加護を受けられると思われているのだ。故に、どちらかといえば、聖人の名を冠することは縁起が良いのではなかろうか。

「そりゃ聖ギンデルカールとか聖ブリアヌスならまだしも、火炙りにあって殉教しちまった坊主の名前だからね。あたしらまで火炙りにゃあなりたくないもんさ」

 確かに、昔、火炙りにあって殉教した聖人の名前を冠された塔となれば、その中に籠るのは少し縁起が悪いと感じるかもしれない。

 キスたちは、第一次攻勢によって唯一手に入れた戦果である聖マルコの塔に立て籠もり、エレスサンクロス攻略の橋頭堡として保持しなければならないのだ。塔の出入りは窓に立て掛けた梯子でできるが、城壁にいる敵から丸見えで、下手に出入りすれば、狙撃される危険性があるので、塔に入ったキスを含む百人ばかりの兵士はそのまま塔の守備隊となっていた。

 先の戦闘で百近い損失を被った上に、塔の守備隊を出して、八百程度となった黒髪姫連隊はロッソ卿が指揮を執っている。

 夜の間は、守備側も手出しせず、塔の守備隊は警戒態勢を保ちつつも、交代で休養を取ることができていた。

 おそらく、守備側は昼間に受けた攻勢による被害の回復に努めているのだろう。兵の休養。負傷兵の治療。死者の埋葬。痛んだ城壁・城門の補修。武器弾薬の補充などなど、やるべきことは多数ある。戦争なんてのは、ずっと続けていられるもんではないのだ。

 キスたち塔守備隊の指揮官たちは塔の上部で夕食を摂った後、なんとなく雑談に花を咲かせていた。

 そこへ、見張りをしていた兵士がやって来て敬礼した。

「殿下。伝令より指令書が届きました」

「あぁ、御苦労様です」

 礼を述べるだけでなく、わざわざ立ち上がって、兵士相手に頭まで下げるキスを見て、マシュリーは心底呆れた顔をしていた。カルボットは苦笑していた。

 連隊長にして王女である人物から頭を下げられて恐縮しきりな兵士から指令書を受け取ったキスは、元の場所に座り直してから、指令書の封を切った。

「お偉方はなんだって」

「明日も攻勢をかけるようです」

 マシュリーの問いにキスが答えた。攻囲軍は、最初の攻勢での大きな犠牲にも臆することなく、明日も攻勢を続けるつもりらしい。

「明日は、この塔を橋頭堡として、攻勢をかけるようです」

「まぁ、そうだろうなぁ」

 カルボットはふさふさの髭を撫でつけながら呟く。

「上手くいきますかね?」

 キスの疑問にマシュリーとカルボットは揃って肩をすくめた。


 結果から言えば、翌日の攻勢は失敗だった。

 攻囲軍はキスたちが占拠した聖マルコの塔に増援を送り込んで、そこから城内に侵入する。若しくは、そこからすぐ傍の城門を破壊することを目論んでいた。

 そこで、攻囲軍は聖マルコの塔がある東側に増援を送り込む。この方面での攻勢は今まではアーヌプリン公軍を中心とする周辺諸侯の連合軍一万余が担当していたが、夜の間に、教会軍五千が移動していた。

 黒髪姫騎士団を含むアーヌプリン公軍は聖マルコの塔への増援及び支援を担当し、教会騎士団を中核とする精鋭部隊である教会軍は城門への攻勢を担当した。他の部隊は前日同様の攻勢を続ける作戦であった。

 攻勢は、前日と同じく朝から行われた。第二近衛砲騎兵連隊の砲撃支援の下、全軍が進軍ラッパと小太鼓の音色に合わせて前進した。

 黒髪姫連隊は前日同様、絶大な防御力を誇るテリーデン装甲兵を前面に押し出し、その後ろにクライス人銃兵、南方奴隷兵の中隊が続いた。この日は、そのすぐ後ろにアーヌプリン公軍の連隊が続いていた。前日の戦闘で黒髪姫連隊が大きく数を減らして戦列が薄くなってしまった措置だろう。

 前衛から少し距離を置いてアーヌプリン公軍の本隊が続く。

 守備側は前日の戦闘で、テリーデン装甲兵の防御力に手を焼いた経験を生かし、東側城壁に多くの兵と砲を移動させていた。黒髪姫連隊には猛烈な砲撃と雨のような銃撃が加えられた。世界で最も硬いといわれるテリーデン鋼でも、さすがに砲弾を受け止めることはできず、重い盾と甲冑ごと吹き飛ばされていく。

「あーあー。ヨハンが戦死したか。奴の悪運もこれまでってことね。カールは、あぁ、ありゃ、助からんな。今日だけで、弔い金がいくら必要になることか」

 塔の上から戦況を眺めていたマシュリーはしかめ面でそんなことを呟いていた。

 この日は、城壁に着くまでの間に、前日と同じくらいの死傷者を出すことになった。

 城壁まで辿り着いた後も苦戦は続き、なんとか一部の兵は塔に増援に入り、キスたちと合流した。

 そこからは、キス指揮の下、塔から城内への更なる侵攻を目指す。

 しかし、前日、敵の反撃を防ぐ為に、塔の階下の出入り口は爆破して封鎖してしまっていた。そうなると、残る攻め口は城壁との連結部しかなく、そこに攻撃を集中されると、キスたちは手も足も出すことができなかった。出入り口を一つに絞ったが為に、反撃に来るエレスサンクロス側から塔を守りきることができたのだが、そのせいで、こっちも塔の外に打って出ることが難しくなっていた。

 その上、守備側は大砲を運んできて、塔に砲撃までしてきたので、全く攻勢に出るどころの話ではなくなってしまい、キスたちは銃撃で応戦して、敵の砲撃を妨害することに努めた。

 一方、教会軍は勇猛果敢に攻勢をかけ、何度も突撃を繰り返したが、その度に、エレスサンクロスからの猛烈な銃撃と砲撃の歓迎を受け、夕方までに数百もの犠牲を出す羽目になった。

 この日の攻勢は、全く得るものなく、夜を迎えて攻囲軍が撤収して終わった。犠牲者の数は昨日の倍近くになったという。

 カルボット曰くには、エレスサンクロス側の犠牲はその十分の一か、二十分の一か、それくらいか、もっと少ないだろうとのことだった。攻城戦では、攻城側が守備側の何倍もの兵が必要だといわれる理由をキスは身に染みて実感した。


 二日続けての攻勢失敗と大きな犠牲を前にして、攻囲軍上層部は、さすがに、これ以上の強攻は無理と判断したらしい。

 前日と同じように夜中にキス宛に届いた指示書には、三日連続の攻勢はしないとの連絡と、聖マルコの塔を堅守せよとの指示が書かれていた。

「この先、攻囲軍はどうするつもりでしょうか」

 指示書を読み終えたキスは他人事のように呟いた。彼女には、自身のことですら、他人事のように話したり、考えたりするところがあった。

「まずは、砲撃を続けるだろうね」

 夕食後に出された葡萄酒を飲みながら、マシュリーが答える。

「実際、こんな高い背の城壁なんて時代遅れなのさ。砲兵隊が何日か撃ちまくれば、弱い場所はじきに崩れるだろ。今時は、低くても分厚い稜堡式要塞なのさ」

 とはいえ、昔ながらの高い城壁の要塞を、稜堡式要塞に作り替えるには莫大な費用と時間を有する。その為、紛争とは長い間、離れている帝国中央部の諸都市の多くは、未だに昔ながらの高い城壁のままであり、エレスサンクロスも同じくなのであった。

「それから、攻囲壕をもっと近付けるだろうな。今の攻囲壕は距離が遠すぎる」

 マシュリーに続けてカルボットが言った。今ある攻囲壕は距離が遠すぎるので、そこから何の遮蔽物もない平野を歩いて城壁に向かわなければならない。当然、その間は守備側の攻撃を浴び続けることになる。

 そこで、現在の攻囲壕から城壁方向に塹壕を掘り進め、ある程度の距離で再び城壁と平行に攻囲壕を形成するのだ。それでも、まだ不足で、そこから更に城壁方向に塹壕を掘り、小銃の射程距離圏にまで進み、そこにも攻囲壕を形成する。そこに銃兵を置いて支援射撃をさせながら、城壁に突撃するのが、本来の攻城戦の常道らしい。当然のことながら、そこまで塹壕を掘るには結構な時間と労力がいるので、簡単なことではないが。

「あとは、坑道を掘るだろうな」

「坑道ですか。あぁ、読んだことがあります」

 キスは何かを思い出すように宙に視線を彷徨わせながら話し出す。

「確か、城壁の下まで坑道を掘って、そこで坑道を潰して城壁を陥没させるんですよね」

 真下に巨大な空洞ができれば、重い石の城壁は自重で落ち込み、城壁は崩壊するのだ。

「或いは、爆薬を仕掛けて城壁を崩すこともあるな」

「でも、そんな坑道なんて、簡単に掘れるもんなんですか」

「まぁ、素人にゃ無理だな」

 キスの疑問にマシュリーがあっさりと答える。

「じゃあ、今回も難しいんじゃ」

「いや、そんなことはねぇ」

 その懸念をカルボットは軽く否定した。

「ユットニール准将は、砲兵の専門家だが、工兵の専門家でもあるんだ」


 第二近衛砲騎兵連隊を指揮するユットニール准将は、砲兵だけでなく、工兵の専門家でもあった。ついでにいえば、土木技術にも精通しており、国境地帯の要塞建築に従事したこともある。

 二日連続の強攻が失敗した後、攻囲軍上層部はユットニール准将に、更なる砲撃と攻囲壕の構築。そして、坑道の建設を命令した。三つの命令を一身に受けたユットニール准将は、全砲兵の指揮権と資を要求して、それが認められると、精力的に動き出した。

 まず、砲撃については、第二近衛砲騎兵連隊の連隊長を、砲兵隊長代理に任じて、ある程度の指揮を任せる。こちらは、ただ、ひたすら城壁に向かって砲撃を続ければいいだけだからだ。

 ついで、攻囲壕の方は、各軍の工兵隊とその指導下で土木工事をする兵員をいくつかのチームに分けて、担当する区域を分担させた。その中で、最も早く目的の地点に攻囲壕を構築したチームに賞金を与えることを布告して、競争心を煽り、一日も早い攻囲壕の構築を目指した。

 坑道については、特に精鋭の工兵隊を准将が直々に指揮して建設に当たった。

 地下を掘り進める坑道はしっかりとした計算と技術が必要である。最初は大丈夫でも、地下を掘り進めていくうちに、方向が曲がってしまう恐れは非常に高く、誤って見当違いな場所に進んでしまうと、大変な時間と労力の浪費となる。それ故に、工事は厳密な計算と計画に基づいて進められ、万が一にも方向を間違わないように行われる。また、途中で坑道が崩れて生き埋めになるなど悪夢でしかないので、坑道は木材で補強される。

 東西南北の四カ所から掘り進められた坑道は、当初は、いずれも順調に掘り進められたが、数日掘ると、南の坑道は地下水を掘り当てて水浸しになり、工兵が危うく地下で溺れかけ、北の坑道は固い岩盤に当たって掘削が困難になったので、それ以上掘り進めるのを断念した。残った東西の坑道は順調に掘り進められていく。

 とはいえ、順調といっても、地下を掘っていくのだから、かなりの時間を有する。

 城壁下まであと少しというところまでいくのに数週間を有した。

 この間、キスたちは聖マルコの塔を守り抜き、砲兵隊は砲撃を続け、攻囲壕は城壁間近の第三線までが構築されたが、初期の大量犠牲に懲りていた攻囲軍は辛抱強く攻勢を控え、坑道の完成を待っていた。

 しかし、この動きを守備側も感知していたらしい。

 城壁下を目指して東側の坑道を掘削していた兵員は、突然、爆音が響き渡ると同時に落ちてきた天井に押し潰されて、何が起こったのかわからないままに生き埋めになってしまった。

 つまり、守備側も、攻囲軍の坑道近くまで対抗坑道を掘っていき、攻囲軍の坑道の上で、対抗坑道を爆破するのだ。その衝撃で下にある攻囲軍の坑道は押し潰されるという寸法である。攻囲軍の坑道の位置を突き止めるには、まず、攻囲軍の坑道の入り口を探り出せばいい。何故ならば、坑道を掘る際には、誤った地点に進まないよう、坑道は城壁に向かって真っすぐ掘られるからである。

 上手く東側の坑道を潰したエレスサンクロス市であったが、しかし、西側の坑道はそうはいかなかった。

 ユットニール准将の指揮の下、唯一順調に掘り進められた西側坑道は、ついに城壁直下に到達。速やかに爆薬が運び込まれ、そして、爆破された。

 ある雨の降る夕方。エレスサンクロスと、その近隣に轟くほどの爆音が鳴り響き、その直後、西側城壁の一部が崩壊した。強固な石造りの城壁が崩れ落ちていく。巨大な土煙が舞い上がり、辺り一帯は煙に包まれた。土煙が風に運ばれて消え散った後、城壁があった場所にはぽっかりと空隙ができあがっていた。

 攻囲軍の陣営では歓声が上がり、多くの帽子と銃、剣が振られた。

 既に攻囲壕は完成し、多くの砲と兵員が配置に付いており、連日の砲撃で、城壁の各所は崩れ、いくつもの塔が倒壊していた。

 エレスサンクロス包囲から一ヶ月。ついに攻勢の準備は整ったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ