三五 十字の町~第一次攻勢
黒髪姫連隊以外の、他の軍勢でも同じように攻囲壕を掘っており、エレスサンクロスは徐々に攻囲壕に囲まれていく。
数日もすると、攻囲壕と砲兵陣地はほぼ完成し、本格的な攻城戦の用意は整っていた。黒髪姫連隊の歩兵は全て攻囲壕内に布陣し、連隊本部と騎兵中隊は元々の陣地に留まっている。
砲兵隊は有効で活発な砲撃を開始し、エレスサンクロスの城門や塔に、何発かの砲弾を命中させていた。当たらなかった砲弾も城壁に当たるか、城内に飛び込ませ、着実にエレスサンクロスにダメージを与えていた。一方、エレスサンクロスからの砲撃は、ほとんど命中弾はなく、たまに攻囲壕や陣地の近くに着弾しても、直撃弾を受けた兵が何人か死ぬか負傷する程度で、大きな損失は出ていない。
常道では、ここから更に攻囲壕を城壁に向かって掘っていき、徐々に徐々に城壁に近付けていく必要がある。守備側からの攻撃を避けながら接近する為である。当然ながら、結構な時間がかかる。
しかし、この段階で、攻囲軍内の積極攻勢派は既に我慢の限界であった。攻囲戦が長引けば長引くほど負担が増える諸侯は撤収したがるし、一都市をいつまでも陥落させられない帝国の威信は落ちていく。積極攻勢派の意見にも理はあるのだ。
とはいえ、無理な城攻めには大きな犠牲が出る。攻囲軍の首脳であるアーヌプリン公やデルピエ元帥はこれを嫌っていた。
毎度の如く、攻囲軍上層部で喧々諤々の論争が繰り広げられた果てに、妥協の産物として、とりあえず、攻勢に出るという決定がなされた。戦争という重大事にも関わらず、とりあえず、という点がなんとも中途半端で、これで大丈夫なのかと心配になってくるが、上で決まってしまったからにはしょうがない。軍隊とは完全なる上意下達の組織である。上の言うことに、下が一々嫌だ何だと言っていては戦争なぞできるわけがない。
黒髪姫連隊はアーヌプリン公軍の前衛として、先頭に立ってエレスサンクロスの城壁に向かっていかなければならないのだ。
攻撃は早朝と定められた。包囲する攻囲軍が一斉に各方面からエレスサンクロスへ押し寄せる計画である。各隊が各々バラバラに攻め寄せては各個迎撃されるのは目に見えており、敵の攻撃を分散させる為であることは言うまでもない。
連隊の第一列は防御力に優れ、統率力も高い精鋭のテリーデン装甲兵中隊である。
その背後にクライス人傭兵の二個中隊が続き、その後ろに連隊長であるキスが立った。ロッソ卿とクレディア、カルボット、モン、ムールド人傭兵もここにいる。騎乗では敵の狙い撃ちに合うので、今回は全員が下馬していた。
野戦であれば、士官と下士官は軍勢の先頭に立ち、中隊の隊列を維持することに務め、連隊を率いていくものであるが、今回の戦いは攻城戦である。そこまで厳格に隊列を維持する必要もない。どうせ、城壁近くになったら、全力疾走して城壁に梯子を架けてよじ登り、城門を打ち壊して突入を図るのだ。そうなれば隊列も糞もあったものではない。
というわけで、キスたちの位置はこの辺りとなった。危険な最前列よりは後ろで、指揮を執るのに支障が出るほど後ろではない。
その更に後ろには南方人奴隷兵の中隊があり、後備がグリフィニア胸甲騎兵であった。
前述したように騎兵は攻城戦には運用し難い兵科である。故に、今回は予備兵力として扱うと同時に、士気が低く練度に欠ける南方人奴隷兵の中隊を背後から圧迫し、前へ推し進める役割を担う。
連隊の事務や糧秣の管理を行う本部にはワークノート卿やベアトリスが居残る。ここには野戦病院も設置され、軍医が鋸を手に待ち構えていた。負傷した手足などは軍医の鋸で即座に切断されるのが常であった。傷そのものよりも、破傷風や細菌による感染症などで命を落とすことの方が多かったからである。ついでに、重傷兵を見守り、死にゆく兵士を見送る従軍司祭もここにいた。
そして、明朝。
この日の朝は、晴れてはいたが、朝霧が立ち込め、気温はやや低く、冷え冷えとした空気に満ちた爽やかで清らかな朝であった。
夜中の間に連隊の兵力は攻囲壕を抜け出し、その前方の平野に整列して、行軍の用意を整えていた。夜闇と朝霧のお蔭か、その間、守備側からの攻撃はなかった。
キスは用意された椅子に座り、のんびりと朝食後のお茶を啜りながら、朝霧の向こう、前方に見えるエレスサンクロスの高い城壁を見つめていた。
都市の中か、或いは近隣の村か、若しくはどこかの隊の陣営にいるのか、雄鶏の甲高い夜明けの声が微かに聞こえてきた。と、同時に背後で砲撃音が轟く。音は鳴り止まず連続して何発もの砲弾が打ち出される。風切音を響かせながら城壁に、城内に飛んでいく。
続いて高らかにラッパの音が鳴り響いた。行軍の太鼓が敲かれ、ゆっくりとしたペースのリズミカルな行進曲を奏でる。
キスはゆっくりと立ち上がって、腰のサーベルを抜き放つ。それを見たロッソ卿が、
「全軍抜刀っ!」
と怒鳴りながらサーベルを抜く。
士官や下士官は次々にサーベルを抜き、肩に担ぐ。
続いてキスはサーベルを掲げ、ゆっくりと前に倒した。すぐに連隊曹長格のカルボットが大きく息を吸い、大音声をあげた。
「れんたーいっ! ぜんしーんっ!」
吹手がラッパを吹き、鼓手が太鼓を打ち鳴らす。楽隊がクライス人の為、クライスの伝統的な、のんびりとした行進曲が響く。
「ぜんしーんっ!」
遥か前方でそれぞれの中隊の士官や下士官が大声で号令する声が聞こえてくる。
第一列のテリーデン装甲兵は重々しいテリーデン鋼製の盾を持ち上げて、掲げながら歩き出す。鈍い灰銀色の盾がずらりと一列に並ぶ様は、さぞ壮観であろう。
テリーデン装甲兵の浅い横列が進み出すと、空隙を作らないようにクライス人銃兵の一中隊の横列がそれに続き、もう一個の中隊も歩き出す。
目前の兵士たちが歩き出したのを見て、キスたち連隊幹部も歩き出す。後ろの南方人奴隷兵もそれに続く。
テリーデン装甲兵は盾を構え、クライス人銃兵は銃を担ぎ、南方人奴隷兵は槍や斧、棍棒を担いでいる。士官や下士官はサーベルか或いは手槍を肩に担いできびきびと歩き、兵たちの隊列に目を光らせる。
行軍の間も、自軍の砲兵隊は砲撃を続け、エレスサンクロスには次々と砲弾が飛び込んでいく。この間、エレスサンクロス側からも盛んに砲撃があった。砲弾は自陣の砲兵隊に向けたものもあれば、前進中の部隊に向けたものもあった。
何発かが、部隊の傍や、或いは見当違いなところに着弾した後、一発の砲弾がクライス人中隊の陣列に飛び込んだ。土煙が舞い上がり、何人もの兵士が倒れ、千切れた手足が舞い、血飛沫が飛散する。一瞬遅れてから悲鳴が上がる。
しかし、隊列は哀れな死者と負傷者をその場に置いたまま、止まることなく、前進を続ける。何人もの兵士が倒れてできた空隙には、素早く後列の兵士が前に出てその隙間を埋める。
その後も何発かの砲弾が隊列に飛び込むも、兵士たちは臆することなく、前へ進む。臆して歩みが遅れれば、すぐに下士官の怒号が飛ぶし、逃げれば問答無用で士官や下士官に斬り殺されるのだ。彼らには前に進む以外に道はない。
その前進の速度はそれほど速くはない。走ると陣形が崩れてしまうから、いくら砲弾が飛び込んでこようとも、ほとんど気にせず、あくまで歩を揃えて陣形を維持しながら着実に進んでいく。
やがて、連隊の先頭が城壁まで一〇〇ヤード程度の距離まで到達したとき、城壁の上や銃眼、塔から守備隊による一斉射撃がはじまった。
何百という鉄の玉が連隊の先頭を進むテリーデン装甲兵中隊に降り注ぐが、世界最硬と名高きテリーデン鋼の盾を貫くことはできず、弾き返される。何発かの弾丸は盾の弱い部分を貫通するも、テリーデン装甲兵が着込む鋼鉄の甲冑を更に貫く勢いはなく、兵士に損害はなかった。
黒髪姫連隊は一斉射撃に怯まず、更なる前進を続ける。最前列の背後を歩く士官や下士官が怒鳴り散らす。特に、中隊副長マシュリー・ピガートの怒声は一際であった。
「退くなっ! 臆するなっ! 足を止めるなっ! 立ち止まるような臆病者は尻を斬るぞっ!」
マシュリーの怒声に背中を押されるように、テリーデン装甲兵の戦列はじわじわと城壁に近付いていく。その戦列に対して、守備側は休まず次から次へと装填を終えた兵士が銃撃を加えてくる。
城壁までの距離が五〇ヤードを切り、守備側の銃弾がテリーデン装甲兵の頑強な盾をも貫き、何人かの装甲兵が倒れ始めた頃、キスの命令を受けた伝令が前線に向かい、それぞれの中隊長らに命令を伝えた。
それから間もなく、連隊は動きを止め、テリーデン装甲兵の戦列の背後に続いていたクライス人銃兵の一個中隊が一斉に銃を構える。間髪入れずに一斉に引き金を引いた。何重にも重なった銃声が轟き、白煙が辺り一面に巻き散らされる。続いて、更にその後方にあったもう一個中隊も銃を構え、一斉射撃を食らわせる。
今まで一方的な攻撃をしていた守備兵たちは唐突な反撃を受け、かなりの数が被弾した。銃弾を受けた兵士は断末魔の悲鳴を上げ、血飛沫を撒き散らしながら、城壁から落下する。
二度の一斉射撃で、守備側は一時的にせよ、確実に怯んだ。その隙を見逃してはならない。
「突撃ーっ! 突っ込めーっ!」
実質的な前衛指揮官の立場であるマシュリーが怒号を上げ、サーベルを振り回しながら、駆け出す。ぎっちりと固まっていた目の前のテリーデン装甲兵を押し退け、一人、先頭に立って、見上げるほど高い城壁に向かって駆けていく。その直後に、中隊旗を持った旗手と、旗手補佐が続いた。
今までのゆっくりとしたリズミカルな行進曲とは打って変わり、突撃ラッパが高らかに吹き鳴らされ、狂ったように太鼓が乱打される。テリーデン装甲兵の群れが鬨の声を上げながら、駆け出した。城門に到達すると、唯一木製である門に斧や棍棒を叩きつけ、打ち破らんとする。
その後ろに、クライス人銃兵が続く。クライス人中隊は十の梯子を抱えており、テリーデン装甲兵中隊に続いて、城壁下に辿り着くと、瞬く間に梯子を城壁に架けた。何人もの兵士が梯子を支え、勇気ある兵士が梯子を上る。
「一番手に遅れを取るなっ! 行けっ! 行けっ!」
クライス人銃兵の指揮官アッガス卿が唾を吐き散らしながら、兵士たちを叱咤し、その怒声に背中を押されるように、次々と、兵士が梯子に手を掛け、足を乗せる。
その頃には、守備側の動揺は収まり、再び猛烈な射撃が攻城側に浴びせられた。同時に、城壁から石や煉瓦を投げ落とし、架けられた梯子に駆け寄って、それを外そうとする。頭上からの攻撃に何人もの兵士が悲鳴を上げて倒れる。何本かの梯子が外されて、梯子にとりついていた兵士が悲鳴を上げながら地面に叩きつけられる。
テリーデン装甲兵は盾を持ち上げて、梯子を支える兵士を守り、クライス人銃兵は装填が終わり次第、迂闊にも顔を出した守備側の狙撃兵を狙い撃ちにする。
とはいえ、壁の向こうから攻撃してくる相手に対して、こちらはほぼ露出している上に、城壁下に密集している。相手の攻撃の多くが命中し、死者と負傷者が続出する。死人や負傷者は引き摺られて、後方へ運ばれる。
キスたち連隊指揮官らと南方人奴隷兵中隊も城壁の下に辿り着いて、城壁を見上げた。
「城門は非常に固く、未だ打ち破れておりません」
伝令の一人が短く報告し、キスは軽く頷いた。
「梯子隊も敵の激しい抵抗に遭い、未だ城壁に辿り着けておりません」
他の伝令の報告にも、軽く頷く。
「やはり、固いですね。もう少し、準備をしてから総攻撃といきたかったのですが」
キスの傍らに立つロッソ卿が呟いた。
本来であれば、もっと砲撃を食らわせて、城壁や城門にダメージを与えたり、攻囲濠をもっと城壁近くまで掘り進めたりしてから、総攻撃を仕掛けるものだ。今回の攻撃は少し性急すぎるというのがロッソ卿の意見だった。とはいえ、上から、総攻撃を命令されているのだから、文句を言って、攻撃に参加しないわけにはいかない。全軍が一斉に総攻撃を仕掛けるからこそ、守備側の兵力は分散され、城内に付け入る隙を見いだせるのだ。
黒髪姫連隊に続き、アーヌプリン公の本隊も前進し、他の方面でも各軍が一斉にエレスサンクロスの城壁を乗り越えようと、雲霞の如く、兵士が押し寄せているが、エレスサンクロスは今のところ、十分に敵の攻撃を押し返しているようであった。
黒髪姫連隊が架けた梯子はいずれも押し倒され、何人もの骨折や打撲の負傷者を出して、結局、城内への侵入を果たした者はいなかった。
攻勢開始から数時間が経過しても、攻囲軍は城壁を乗り越えることができず、いたずらに城壁の下に死人の山をつくっていた。
幾度架けても、倒されてしまう攻城梯子を前にして、業を煮やしたマシュリー・ピガートが梯子の先端近くに駆け寄った。
「そこにあたしが乗るから、そのまま持ち上げて架けろっ!」
非常に長く、また丈夫な攻城梯子は非常に重く、持ち上げ、城壁に立て掛けるだけでも、大変な労力を必要とする。それを人を乗せたまま行うのは中々至難の業である。とはいえ、比較的軽い女性ならば可能ではあろう。ただ、単独で、先行して敵地に飛び込む形になるので、非常に危険なのは言うまでもない。味方が梯子を上ってくるまで、梯子を守りつつ、圧倒的多数の敵と渡り合わなければならない。
キスもそのことが懸念だったようで、危険なので、再考するようにマシュリーに述べた後、一つ提案をした。
「隣にもう一つ梯子を架けましょう。そうすれば、二人で行けます。そっちには私がいきます」
マシュリーは嬉しそうにニンマリと笑って同意する。
「まさか、連隊長様が直々にお付き合いしてくれるなんてねー」
楽しそうに言いながら梯子に向かう。
しかし、その計画にロッソ卿が大反対した。
「いや、ちょっと待って下さいっ! 殿下御自らそのような危険な行為を為さるなど言語道断ですっ! こんな最前線にいること自体、あり得ないというのにっ!」
この意見にアッガス卿も同意しており、梯子を持ち上げる用意をしている兵士たちは困惑顔で指揮官たちを見つめる。
「しかし、私より軽い人はいないでしょう」
「モンがいます。ムールド人傭兵もいます」
「じゃあ、四本同時に架けましょう」
「カルボットも軽いでしょう」
「俺はチビなだけで、軽くはねーぞ」
ロッソ卿の言葉にカルボットがのんびりと口を挟む。
「じゃあ、五本です」
結局、五本の梯子が並び、それぞれの先端にキス、カルボット、モン、未だに名前がわからない無名のムールド人傭兵、マシュリーが付いた。カルボットは自身の体重で本当に大丈夫なのかかなり不安なようで、珍しく青い顔をしている。敵の中に五人で放り込まれることより、梯子がしなったり折れたりして、落ちることの方が心配で恐怖なようだ。
「お姫の連隊長閣下様。ビビってションベンチビって下の奴らに雨降らせるのはいいけど、落ちるのは止めといた方がいいですぜ。骨の一本、二本折るくらいなら、良い方だ」
「御忠告痛み入ります」
マシュリーの無礼極まりない言葉にキスは笑顔で応え、梯子を上げるように指示した。
何人もの兵士が梯子を持ち上げる。倒されていた梯子が重力に逆らって、ぐぐぐっと持ち上げられ、やがて、垂直に立ち上がる。守備側は攻撃側の意図に気付いたようで、梯子の先端にいる五人に向けて盛んに銃撃が繰り返された。とはいえ、命中率に難のあるこの時代の小銃では正確な狙撃など叶うべくもなく、全てが外れた。
垂直に立った梯子は、今度は重力に逆らわず、城壁に向かって落ちていく。
梯子は城壁に当たった瞬間の衝撃でバウンドして、一旦、城壁から離れる。五人は梯子から落とされないよう、必死にしがみつく。再び、梯子が城壁にぶつかった瞬間に、五人は身を翻して、城壁の内側に躍り込んだ。
五人は瞬く間に、近くにいた守備兵を一人二人と斬り捨てる。五人とも、戦闘術は人並み以上で、不意を突かれた守備兵はあっという間に、数人が犠牲になった。
一斉に銃声が轟き、四方八方から銃弾が飛び交う。
「糞っ! やめろっ! 味方に当たるぞっ!」
あまりにも近すぎる距離での射撃は危険と判断した守備側の指揮官が叫び、サーベルを抜いて、五人が降り立った地点に兵を差し向ける。
「奴らを斬れっ! 斬って、落とせっ!」
銃剣や槍を構えた兵士が五人を取り囲み、盛んに突きを繰り出すが、カルボットは冷静に手斧で槍を叩き折り、銃剣を弾き飛ばしてしまう。丸腰になった兵士は慌てて後ろに下がろうとして、前に進もうとする味方の兵士とぶつかり合ってちょっとした混乱を巻き起こす。
狭隘な城壁の上で、キスたちの処理に守備側がまごつく間に、キスたちに続かんと猛烈な勢いで梯子を上った兵士たちが城壁の上に到達し、徐々に徐々に城壁内に黒髪姫連隊の兵士たちが入り込んでいく。守備側は城内に入り込まれた心理的影響からか、戦闘経験の少なさからか、どこか及び腰で、キスたちの攻勢に押し込まれていく。特に、テリーデン装甲兵がその重い巨体をどうにかして、数人梯子を上ってくると効果は絶大だった。中世の騎士物語から出てきたのかとも思える重装甲の兵士が数人並んで盾を押し並べ前進すると、守備兵はじりじりと下がり、へっぴり腰で槍を突きだしては盾に跳ね返されて逃げ帰る。
「マシュリーさん。城門へ」
キスがぼそっとマシュリーに耳打ちすると、彼女はしっかりと頷いて、怒声を上げた。
「城門だっ! 城門へ行って、門を押し開けっ!」
そう叫ぶと、彼女は先頭に立って城門に向かって駆け出す。突き出される槍を避け、剣を弾き返し、立ちはだかる敵兵を斬り捨て、ぐいぐいと押し込んでいく。キスはじめ、城内に侵入を果たした連隊の兵士たちもそれに続き、城門脇の塔に攻め入る。
「まずは、この塔を占拠しよう。そうすりゃ、橋頭堡になるし、城門を開けるのにも都合がいい」
カルボットの言葉にキスは頷き、城内に侵入できた兵士は全員塔に向かった。
城門の両脇にある塔は、当然城壁よりも高く、上階部分からは周囲を見渡し、狙撃することができた。また、大砲も備えられているようだ。既に城内にいるキスたちに砲撃こそしないが、盛んに銃撃が浴びせられ、何人もの兵士が悲鳴を上げながら倒れていった。
先頭のマシュリーは塔の中に入ると、部下の兵士に、階段の下部分を封鎖するように命じ、自身は螺旋階段を上った。
階段を上ると、塔の展望部分に出る。そこから、周囲を見渡し、銃撃・砲撃することができる。
「おのれっ! 女の分際でっ!」
階段を上ってきたマシュリーを見た、塔の指揮官らしき若い士官は憤怒の表情でサーベルを振り下ろす。
マシュリーは最初の一太刀をかわすと、腰に提げていた短銃を抜き放ち、士官に向かって撃ち放つ。腹を撃たれた士官はもんどりうって倒れた。
「女の分際でも、立派に撃てるんだぜ」
彼女はそう言って、苦痛にのたうちまわる士官を蹴っ飛ばしてから、そこらにいる十数人の兵士たちを睨みつける。
「さぁて、この中で、あたしのサーベルの錆になりたいのは、前へ。まだ死にたくない奴は武器を置いて、大人しくしてな」
マシュリーに続いて、真っ黒な装いのキス、異民族のカルボットやモン、ムールド人傭兵が現れて、兵士たちは震えあがった。異民族は野蛮で残忍だと噂されているのだ。すぐに兵士たちは武器を捨て、塔はほぼ制圧された。
螺旋階段の下部分には大砲の火薬と砲弾を落としてから、擲弾を投げ込んで爆発させ、下の部分を崩して封鎖した。あんまりにも火薬を使ったので、危うく塔が崩壊するかと思ったが、どうにか持ち堪えた。
城壁との連結部にはバリケードを築き、塔奪回に向かってくる敵兵を狙い撃ちにした。塔の上部にあった砲をバリケードに設えると、敵兵も向かってこなくなった。
城外の味方とは、塔の窓に梯子をかけて連絡を繋いだが、その梯子を上がろうとすると、そこら中から敵の狙撃を受けるので、人間の行き来は非常に困難だったが、どうにか増援を送り込んで、百人ほどの守備兵を置くことができた。また、通信文と物資のやりとりは比較的可能であった。
朝早くから始まった攻勢だったが、黒髪姫連隊が塔を一つ確保した段階で、日は傾き始め、やがて、空はエレスサンクロス城外同様、真っ赤に染まった。
攻囲軍はこの日の攻勢を諦め、黒髪姫連隊が確保した塔以外から撤収した。
黒髪姫連隊はこの日の攻勢だけで、百人以上の死傷者を出し、攻囲軍全体では死者は千人を超えた。負傷者と捕虜を加えると損害はその二倍以上であった。その成果は塔一つ以外はほぼ何もないといっても過言ではなく、手痛い損害であった。