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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第四章 十字の町
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三二 十字の町~クライス人銃兵

 テリーデン装甲兵の陣の後ろには、四〇〇名から成るクライス人銃兵二個中隊の陣地が控えていた。

 クライスは、帝国の北西隣のある地域の名称であり、かの地には大小様々な国々、諸侯領に分かれている。その中で支配的な地位を持つ国はなく、また、東にある帝国や、西のリトラント王国、南のバートリア王国といった強国が影響力を及ぼそうと常に介入してくる為、日夜、領地や権限を巡って争いが絶えない地域である。故に、故郷や家、仕事を失った者や、戦争慣れした者が多く、大陸でも有数の傭兵の供給元となっていた。傭兵とは、多くの場合、仕事のない貧しい男がなるものなのだ。安定した生活を送っているにもかかわらず、金の為とはいえ、自分には何の関わり合いも戦場に赴きたいと思う者は多くはない。

 今回、傭兵としてアーヌプリン公に雇われた傭兵部隊は、クライスの中の一国ハッシュブラント侯国から来た者たちだった。

 この部隊は、ほぼ全員がマスケット銃を装備し、高い火力を誇る。

 マスケット銃は、命中率に関しては、甚だ心許無い武器だが、数を揃えればその欠点を補うことができる。横列に銃を並べ、一斉射撃で、敵に銃弾の雨を浴びせて、薙ぎ払うのだ。これを迅速に繰り返せば剣や槍を持った敵兵は、こちらに辿り着く前に、一方的に打撃を浴び続けることになる。騎兵はその速力は脅威ではあるが、的は更に大きくなる為、被弾する可能性は非常に高くなる。

 敵がある程度まで接近したときには、銃剣を装備したマスケット銃を短めの槍のように用いて戦う。結構な重量があるので、振り回せば棍棒代わりにもなる。

 なお、マスケット銃は、一般的な盾や鎧兜を易々を貫く為、銃が戦場に登場して以来、兵卒の手から盾は消え、鎧兜は省略される傾向にあった。それらは重く、兵士の体力と機動力を削いでしまう為である。それこそ、テリーデン鋼くらい堅固な硬さを持った盾や鎧兜でなければ無意味なのである。それならば、重い盾と鎧兜を捨て、一秒でも早く走り、敵兵に肉薄すべきなのだ。マスケット銃の弱点は、命中率の低さと装填に時間がかかることだからである。

 さて、そのクライス人銃兵を率いる傭兵隊長はアッガス卿という灰色の髪に、灰色の口髭を蓄えた中肉中背の中年の男だった。

 アッガス家はクライスでも名門とされる一族であり、アッガス家が統治する公国或いは侯国若しくは辺境伯領、伯爵領などは幾十にも上り、クライス全体の三分の一をアッガス家が掌握していた。ただ、アッガス家は内輪揉めが多く、その力を発揮できていなかった。アッガス卿は、そのアッガス一門の中では傍流の出である。

 ところで、貴族が傭兵隊長をやるのは珍しいことではない。この時代の傭兵隊長というのは、一種の戦争企業家みたいなものであり、傭兵を集め、武器弾薬と食糧を集め、兵士の戦う場所と寝る場所を確保し、そして、戦争を指揮しなければならない。ある程度の資金がなければできないものなのだ。

 そして、貴族とは元来戦う職業である。ある程度の資金があり、家を継ぐことのできない貴族の庶子が傭兵隊長になることはそれほど珍しいことではなかった。戦いで功績を上げれば、一国の将軍職に採用されることも夢ではなく、ある有名な傭兵隊長などは公国の公まで上り詰めてしまったくらいである。

 とにかく、そういったわけで、アッガス卿は傍系とはいえ、名門貴族の出身で、先のテリーデン傭兵隊のマシュリー・ピガートと比べるべくもなく、礼儀を弁えていた。

 視察に訪れたキスを恭しく出迎え、椅子を勧め、更に飲み物として葡萄酒を勧めたが、あまり酒を好まない彼女は申し訳なさそうに遠慮して、代わりにお茶を頂いた。

「いや、しかし、今回の戦は少々急でしたな。あと一週間頂ければ、倍の兵を揃えられたのですがね」

 アッガス卿の言葉にキスはアヤフヤな苦笑を浮かべる。急に勃発した戦に翻弄されたのはキスも同じなのだ。そして、彼女の方は兵を十人も集められていないのだ。アッガス卿の言葉は実は皮肉なのかもしれないが、キスは気付かないことにした。

「それで、我々はいつまでここで待機してりゃあいいんですかね?」

 アッガス卿のこの問いにもキスは苦笑を浮かべるばかりだった。というのも、肝心のキスもいつまで待機が続くのか分からないのだ。


 キスがアーヌプリン公軍の前衛隊指揮官に収まった日。エレスサンクロス攻囲軍首脳は作戦会議を行い、キスもこれに参加した。

 会議を主催したのは帝国第二軍団長モラントン伯デルピエ元帥。齢六〇を超えた、つるりと禿げあがった頭に長い白髭の老将である。

 デルピエ元帥は会議当初から、城攻めに消極的だった。攻城戦において、攻め手はかなりの労力が必要になる。基本的には最低三倍くらいはなければ難しいといわれる。

 エレスサンクロスは結構な規模の都市であり、その城壁は固く、また、人口も多い。いくら練度の低い、士官・下士官の不足した民兵集団とはいえ、その兵力は三万はいると思われた。一方、攻囲軍は四万を超えるくらいである。守備兵よりも数は多いが、三倍には遠く届かない。

 デルピエ元帥が消極的な姿勢になるのも頷けるというものだ。

 軍団参謀長のレコー将軍も同意見であり、形式的にキスの上官に当たっているアーヌプリン公も同じ考えのようだった。

 しかし、これに幾人かの将軍と貴族が反発した。

 帝国槍騎兵の雄と名高き勇将コルトグラッツ伯バルトマイン大将は強硬に迅速な攻城戦を主張したし、第二軍団の歩兵団長バッシェンター将軍も積極攻撃派であった。教会軍を率いるカールヴィン教会軍第一管区長が不信心者どもへ早急に鉄槌を下さんと主張するのは当然のことだろう。

 彼ら曰くには、帝国の中央部に程近い都市での反乱を何日も放置しておくことは、帝国の威信に傷をつけることになる。諸外国は、帝国は自国の一都市の反乱もすぐに鎮圧できないのかと舐められる。

 また、軍隊を動員するのは、非常に金がかかる。慎重な城攻めをするとなると、それなりの時間と同時に、それなりの軍費がかかる。諸侯の多くはこの出費を嫌がるだろう。できる限り出費を抑えようとすると、兵士の給料が減らされたり遅配されたりする。支給される食糧の量も質も落ちる。そうなったとき、兵の士気は当然のことながらがくっと落ちる。

 それに、諸侯は皇帝に命令されれば軍を動員して、従軍はするが、それは無制限ではない。規模に関しても一定の決め事があるし、従軍期間に関してもそうだ。期間が満了すれば諸侯はすぐに陣を払い自領へと帰ってしまうだろう。それを引き留めたければ帝国が金を払って留まってもらうしかない。

 攻城にいつまでも時間をかけていると、じり貧になるのは都市側ではなく、攻囲軍側なのだと彼らは主張したわけだ。

 その意見を聞いたキスは確かに一理あると納得した。戦は優秀な将軍と勇敢な兵士がいればできるものではないのだ。文字通り現金な話ではあるが、豊富な金も必要なことは間違いない事実なのだ。

 稚拙な城攻めを控えようとするデルピエ元帥らと早急な城攻めを主張するバルトマイン大将らは鋭く対立し、作戦会議はどうにもこうにも収まらない状況に陥った。

 デルピエ元帥は温和で冷静ではあったが、頑固で決断を渋り、バルトマイン大将は激昂して自分の意見を声高に怒鳴り散らす。そこに他の将軍や貴族たちがそれぞれの意見を言い合うという状況が延々と続いた。

 この場で最も高位の貴族であるアーヌプリン公アンナ・ティーリッシュ・リヌアはてんで役立たずだった。この金髪で小柄な美少女公爵は、かつて帝国議会副議長を務めていたが、春先の反乱騒動の際に、議論をまとめることができず、解任決議を出されて、自ら率先してそれに賛成するような、議論をとりまとめたり、調整したり、仲介したりといったコミュニケーションがとっても苦手な人なのだ。

 次に高位な貴族はといえば、ファーゼルメッツ方伯という元帝国郵便公社の総裁を務めていたご隠居で、齢は七〇をとうに過ぎている。彼は従軍経験はないものの、意見をとりまとめ、調整し、仲介する能力には長けていた。彼の尽力によって、とりあえず、現状は砲撃のみの攻撃に控えつつ、帝都に増援を要請し、その回答を得てから、どう攻めるか再度話し合うという決着を導き出した。


 キスはつらつらとそういった上層部の意見対立を説明した後、所感を述べた。

「そういうわけなので、本格的な攻城までは、まだいくらか時間がかかると思います」

 そう言って彼女は前線で砲撃を続ける第二近衛砲騎兵連隊陣地を方を見やる。

「それまでは、今の状態のような、砲撃戦に終始するでしょうね。敵が出てこない限りは」

「それはないでしょう。出てきても勝てる見込みがないのに、わざわざ安全な城内から打って出るような阿呆はおりますまい」

 アッガス卿の言葉にキスは無言で頷く。

「どうにか引き摺り出せる方策があればいいのですけど」

 そう言ってキスはぼんやりと物思いに耽った。

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