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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第三章 断罪官と山賊
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二八 断罪官と山賊~村への侵入

「殿下っ! ご無事ですかっ!?」

 麦畑に馬ごと乗り入れ、麦穂を馬蹄で蹴り飛ばし、踏み潰しながら、クレディアが叫んだ。

 その様を見た農業大好きという変な趣向を持つキスは、麦がー麦がー。とは思ったものの、自分も同じことをしていたことに思い至り、開きかけた口を閉じた。

「いきなり、何をなさるんですかっ!?」

「いや、あの、悲鳴が聞こえたもので」

「それならば、私どもと共に行けばよいではないですかっ! 短慮な単独行動は慎むべきですっ!」

「あー、まぁ、そうですね。すいません」

 キスはあっさりと頭を下げた。これを見たクレディアは更にくどくどと貴族たるものそうそう簡単に己の非を認めて頭を下げてはいけないと説教をして、キスは更に頭を下げ、という無限ループに陥りかけた。

 その間に、道路上に停めた馬車から降りて駆けてきたカルボットがキスが追いつめた山賊の所まで辿り着いた。

 山賊は背中をざっくりと斬られ、痛みに呻きながら土の上でもがいていた。その傷は妙に上手いことに皮とその下の肉を浅く裂いている程度で、致命傷ではないが、これ以上の行動が不可能な程度の傷であった。

「中々、うまいことやるもんだなー」

 カルボットは感心しつつ呟くと、重傷の山賊の腕を取り、半ば強引に引っ立てた。

「おら、痛くでも歩くくらいはできるだろ」

 山賊は泣きそうな顔でカルボットに連れられて行く。

「あー。私たちも畑から出ましょうか」

 これ以上、麦畑を荒らしたくないキスが言い、クレディアも同意した。

 その後ろから重傷の山賊を引き摺るようにしながらカルボットが続く。


 その後、馬車のある場所まで戻った一行は、重傷の山賊の背中に薬やら塩やら泥やらを塗ったりかけたり叩いたりしながら尋問を行った。

 尋問の結果、山賊の残りは十一名。うち三名の素性は、ただの山賊ではないとのことだった。残りは、その三名が率いる傭兵崩れやらアウトローやら何やらであるらしい。して、その連中がやっていることはといえば、山やら森やらの人里離れた地で、旅人を襲っていたぶったり、金品を奪ったり、婦女を暴行したりしていたという。それは、まさに山賊行為に他ならぬ。山賊とは身分ではなく、行為である。山やら森やらで犯罪行為をしている連中はどいつもこいつも山賊である。それを町でやれば盗賊である。海でやれば海賊である。

「故に、貴様は縛り首となる」

 クレディアは山賊に冷たく言い放った。

「帝国法では、盗賊、山賊、海賊の類、それらの者は尽く縛り首と明確に定まっておる。なお、それに加えて窃盗の罪を犯していた場合には、縛り首の前に、右腕を切り落とす。詐欺の罪を犯していた場合には、縛り首の前に、舌を切り落とす。婦女暴行の罪を犯していた場合には、縛り首の前に、性器を切り落とす」

 山賊の顔は青くなる。

 そこへ、すかさずキスがそっと言い添えるのだ。

「とはいえ、あなたのこれからの働き次第では、死も免除されるでしょう。そして、今までの罪も帳消しとされ、晴れて自由の身分にもなれるでしょう」

 山賊は黙ってこくこくと頷いた。


 夕暮れ頃、フィッカーフォートの村外れに、人影が見えた。

 村の入り口に近い櫓の上にいた男は一度銃を構えてから下ろし、下にいる仲間に大声で呼びかけた。

「おーい、ローハンが怪我をしてるぞーっ!」

 その呼びかけに、数人の男が駆けていく。

「おい! その怪我はどうしたっ!?」

 男たちは背中を負傷した男、ローハンに尋ねる。

「む、向こうで逃げた村の奴が襲ってきやがった。一緒にいたヨハンはやられちまった」

 ローハンの言葉を聞き、彼らはとりあえず、ローハンを担いで村の中に行く。

 数刻もしないうちに、数人の武装した男たちが村を出た。

 先頭を行くのは三人の馬に乗った若者だった。赤や黄といった煌びやかにして派手な上着にマント、大きな絹の襟飾り。腰には見事な銀細工のサーベルと拳銃を提げ、手には小銃を持っていた。傭兵崩れやアウトローな男たち五人が続く。彼らも、また比較的若い。二十代から三十代と思われる。一人はもっと若い十代くらいに見えた。

 その様子を、道路脇の茂みの中で、見つめている者がいた。

「あの山賊は上手くやったみてーだな」

 カルボットの言葉にキスは頷いた。

「奴が素直に我々の言うとおりに動くのは疑問だったがな」

 クレディアは渋い顔で呟く。

「あいつも、このまま山賊の真似事を続けてたって先がねーってわかってたんだろうよ。余程のド阿呆かド悪人でもねー限り、誰だって、足を洗って、今までの事を全部帳消しにして、真っ当な人生を生きたいって思うだろうさ」

「その代償に仲間を売ると。やり方が汚い」

「それを強制したのは俺らだろうが。そう言うな」

「まぁまぁ」

 キスはカルボットとクレディアの言い合いを収めてから、続ける。

「行きましょう。事は早く済ませた方が良いかと」

 二人は黙って頷き、動き出したキスの後に続く。その後を無言で、名無しのムールド人傭兵が付いて行く。

 ちなみに、残りの面子、モンと書記のベアトリスは、森の中に逃げ込んでいるという村の女子供たちの保護へと向かっていた。

 キスたちのチームは、茂みの中をこそこそと移動し、ひっそりと村の中に忍び込む。

「奴の話では、村の人間は、何もないときは、教会に集められているそうです。今、村を出て行ったのは、八人。一人は櫓の上にいましたから、残りの二人で教会にいる村人たちを監視しているといったところでしょう」

「では、まず、教会に行って、村の方々を解放しましょう」

 クレディアの意見を聞いてキスが言い、部下たちは頷いた。というのも、彼らは長射程の武器を持っていない為、櫓の上にいる小銃を装備した敵を相手にするのは苦なのだ。苦戦している間に、残りの敵が応援に来ると、至極厄介な戦いを強いられる。

 そのようなわけで、キス一行はずらずらこそこそと茂みや建物の影を利用しつつ、村の中に入り込む。既に日も暮れているせいもあり、櫓の上にいる一人だけでは十分な見張りができていないのだろう。

 とはいえ、例え、見つかったとしても、櫓の上の敵と十分な距離を持てば、四対二の戦いになろうから、それほど困るものでもない。櫓の上から狙撃されようとも、小銃の命中率は非常に心許無いもので、一説には五十ヤード先の目標へ射撃して当たる確率、外れる確率は半々といったところで、しかも、その目標が動き回っていれば、その命中率は更に下がるだろう。故に、小銃を戦場で用いる場合には、十分な距離で撃つか、銃兵をずらりと並べて一斉射撃させるという戦法が有効となる。

 要するに、櫓の上の銃兵は後回しにしてもいい相手なのだ。

 教会というものは、どこの町でも村でも重要な施設である。こういった小さな村の場合、教会は一つしかなく、となれば、その一つしかない教会はどこにあるかといえば、村の真ん中にあるのが常である。

 程無く、キスたちは迷うことなく教会に辿り着き、その出入り口の前に立った。櫓の上の見張りからは丸見えかもしれないが、気にしない。どうせ射程外であるし、大声を出しても、教会の中にいる仲間には何を言っているか聞こえないだろう。

 キスは二人の部下を見て、彼らはそれぞれ頷き合う。キスはサーベルを構え、クレディアは拳銃を両手にし、カルボットは手斧を握り、ムールド人傭兵は半月刀を手にした。

「んじゃ」

 と、カルボットが言い、ドアを蹴飛ばした。一歩中に入ると、ぎょっとした顔の若い男と目が合った。男は手に拳銃を持っている。クレディアは躊躇なく発砲し、男は胸を撃たれて転倒した。

 入ってすぐの聖堂では、そこら中に数十人もの男たちが蹲っていた。ぱっと見で農夫と分かるような身なりの者ばかりで、おそらくは村の人間だろう。何人か立ち上がろうとしたが、すぐにクレディアが一喝する。

「動くなっ! 動いた者は射殺するっ!」

 その怒号を受けて、村人たちはそのままの姿勢で固まる。

「油断されませんように。もう一人いるはずです」

 キスとクレディアは油断なく周囲を睨みながら、聖堂の通路を歩いていく。カルボットとムールド人傭兵は入口の辺りに待機して、外を見張る。

 奥の礼拝台の上では、白い服の老人が一人横たわっている。ぱっと見で酷い暴行をされた跡が見える。既に息絶えているようだ。

「司祭様です。奴らに抗議して、拷問されて、殺されたのです」

 礼拝台の傍の椅子に横たわった老人が動かずに呟いた。この老人も怪我をしているようだった。足を布で止血している。

「あなたも怪我をしているようですが」

 キスが尋ねると、老人は弱弱しく苦笑して答えた。

「女子供の場所を言えと迫られまして。断ると脚を刺されました。ワシは神経が細いもので、痛みと血を見たショックで、すぐに気を失ってしまい、命までは奪われないで済みました。司祭様は、ワシらのような心の弱い者らを庇って、あえて、連中に逆らって責め苦を一身に集めたのです」

 彼の言葉で、周囲から啜り泣く声が漏れ聞こえた。

「なるほど。それは大変素晴らしい御方ですね」

 キスは感心したように呟く。

 そこへクレディアが渋い顔で言い添えた。

「殿下。もう一人いるのです。油断されないように」

「もう気付いているでしょう。あの騒ぎを聞いて気付かないわけがありません。既に、櫓の上にいる仲間の許へ向かっているのではないでしょうか?」

「それでは、合流される前に、仕留めた方がいいのでは」

 クレディアがそう言った直後、カルボットが「フンッ!」と威勢のいい声を出した。

 皆がぎょっとしてカルボットを見る。

「今、櫓の方に駆けていく奴が見えたから、仕留めたぜ」

「貴様、飛び道具など持っていたか?」

 クレディアの問いにカルボットは何のこともなく答える。

「手斧を投げたんだよ」

 ラクリア人は手斧を近接戦闘用の武器としても使うが、投擲して、離れた敵を倒す用途でも使用するのだ。

「なんつー野蛮な」

「殺し方に野蛮も糞もねーだろ」

「まぁ、こういうふうに、逃げた方は、カルボットさんが見つけてくれるだろうと思っておりましたので。教会から櫓の方に向かうには、どう行こうともカルボットさんがいる入口から丸見えになりますから」

 キスがやんわりと言い、クレディアは納得する。

「それで、これから如何しましょう?」

「そうですね。櫓の上の方は、既に逃げていることでしょう」

 教会での騒ぎは耳に入っているかもしれないし、カルボットが手斧を投擲して一人を仕留めたのも丸見えであろう。二人がやられたのに、一人だけで立ち向かってくるような蛮勇を発揮するのならば、それはそれで結構だが、通常は逃げるだろう。

「俺らがあいつに言わせた、逃げ延びた村人がいるっていう話で、まんまと村の外に誘き出された連中に合流するんじゃねえか? で、その後、取って返してくるんじゃねえか?」

 カルボットの話にキスもクレディアも同意した。

 山賊の多くが村を出たのは、ずばり、キスたちの策略であった。捕虜とした山賊に偽情報を仲間に伝えさせたのだ。つまりは、逃げ延びた村人が村の外にいて、偵察に出ていた山賊たち二人を襲ったと。それで、村を出る奴もどうかと思うが、しかし、山賊の素性を知っていたキスたちは、彼らが村を出て行くと確信していた。その間に、村人たちを解放することとしたのだ。

「しかし、まぁ、これで、我々は彼らより少人数ではありません。兵の数は十分です」

 キスは村人たちを臨時の兵に仕立てるつもりのようだった。武器は、質も量も期待はできないが、ないことはないだろう。

「し、しかし、連中は……」

 村人の一人が躊躇いがちに口を開く。彼らには、山賊どもに楯突けない理由があるのだ。

「大丈夫です。問題ありません。全ての責任は、私こと、銀猫王国王女にして、帝国男爵たる勅任断罪官キスレーヌ・レギアン・ダークラウンが取ります」

 キスははっきりと言い放つ。

 自らの地位を誇示することは、彼女の好むことではなかったが、それも時によりけりである。地位を誇示した方が物事が上手く進めることができることもある。

 キスの名乗りを聞いた村人たちは囁き合う。

 やがて、脚を怪我していた老人が代表して答えた。

「閣下。我々は閣下の指揮下に入ります。何なりとご命令ください」

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