表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第二章 飛んだ事件
20/45

一九 飛んだ事件~黒髪姫引き篭もる

 ナージス嬢への二回目の尋問は、数日の後に行われた。

 今回の尋問は、ナージス嬢にとりついている悪霊を呼び出して行われる。つまり、悪さをしないよう封じ込められている悪霊への封印を弱めて表面に出し、その悪霊に対して、尋問を行うというものだった。

 悪霊がその場にいる他の人に害を与えないようにする為、立ち会う人々は神の祝福を受けている聖職者か、祓魔師が守り切れる人数に限られるということになった。

 その限られた立会い人の中に、どういうわけだか、キスは含まれないことになった。

 そもそも、キスがナージス嬢の証言の正当性に疑問を投げかけたわけであるから、キスは真っ先に尋問の先頭に立ち、真偽を見極めねばならない立場にある。彼女自身もそう自負していたし、尋問への参加についても、あの性格ゆえ、積極的な姿勢を見せたわけではないが、参加するつもりだった。

 しかしながら、尋問への参加者はいつの間にか事務局側で選定され、尋問を行うのは祓魔師と糾問官、その他、立ち会う人々は委員長カップエルン卿と副委員長カートリア主任司祭、その他、神学者と法学者が一人ずつだった。メンバーはいずれも言うなれば魔女弾劾派といえるか、良くて中立と思しき人々だった。著しく公平さに欠いた選定と言わざるを得ない。

 当然、ベアトリス擁護派はこの選定に対し、立会い人は委員会によって決定されるべきではないかと抗議したものの、委員長はにべもなく抗議を却下したのだった。


 後日、尋問の結果は書類にて委員会で公表され、キスはその写しを所望した。

 その日のうちに、キスはいくつか手紙を書いて、クレディアにそれぞれ送付するようにお願いすると共に、魔女や悪霊、悪魔に関する書類やパンフレットを手配して欲しい旨を低姿勢にお願いしたのだった。直ちに、それらの書類やパンフレットは掻き集められ、キスの宿泊する白鷺館の一室に山と積まれた。また、キスの書いた手紙はいくつかは市内の各所へ送り届けられ、いくつかは帝都へと飛んでいった。

 この日から、キスは宿に引き篭もるようになった。

 委員会では、既に審議は尽くされたとして、いよいよ、ベアトリスを魔女と断じて、魔女裁判へ送付するか、否かの多数決を行われる段階へと差し掛かっていたのだが、その委員会の会合にキスは出席を拒否した。表立っては病の為、外出できずと連絡し、会合の延期を要請したのである。

 と、同時に半数近くの委員も同時に病に伏せって委員会に出席できない旨を連絡し、会合の延期を要請した。

 これが、計画的な仮病で、姑息な進行の妨害であることは言うまでもない。

 魔女弾劾派は、姑息で小ざかしいとも言える集団欠席に憤慨したものの、慣例ではメンバーの三分の二以上の出席のない会議は無効であった為、地団駄を踏む以外に為す術がなかった。

 とはいえ、既に弾劾派は三分の二はいかずとも、半数以上の多数を占めている為、余裕を感じていた。いくら相手が会合への出席を拒否して、結論を先延ばししたところで、薪の山で魔女を焼く日にちがいくらか延びるだけで、どちらにせよ、燃やすことには変わりないのだ。

 擁護派は無駄な足掻きをしているに違いなく、いくらかでもすれば、無駄な足掻きを止めて、会合に出席するものと、多くの人々は考えていた。


 さて、その黒髪姫キスはというと、最後の会合から一週間経っても、配下以外の面会は誰も許さず、ひたすら宿の一室に引き篭もって、日がな、クレディアが手配して調達してきた資料を読み漁っていた。

「いやぁ、酒場でも嬢ちゃんの話題で持ちきりだったぜ。何でも、勅任断罪官殿は魔女なんじゃねーかってな」

 キスが引き篭もっている白鷺館の部屋に入るなり、赤ら顔のカルボットが大声で怒鳴った。いつも顔が赤い彼だが、今夜はより赤くなっている。出会ってからそれほど長い間柄というわけではないが、すぐに酒が入った顔だと分かる。彼の主人たるキスは引き篭もってはいるのだが、彼女の配下のクレディアや傭兵たちは自由に出入りをしているのだ。

 いつもどおり資料の本を読んでいるキスと向かい合って座っていたクレディアが不愉快そうに顔をしかめた。

「また酒か」

「酒は俺にとっちゃあ命の水よっ!」

 カルボットはそう叫んで、何がおかしいのか大笑いする。酔っ払い特有の意味不明な言動だ。キスはこの手の酔っ払いのテンションが嫌いではなかったが、クレディアはそうではないらしい。

「貴様はそれでも殿下の従卒なのだぞっ! 臣下の恥は殿下の恥となるのだぞっ! 貴様がそのような有様では、殿下の外聞に傷がつくのだっ! 恥を知れっ! 恥をっ!」

「恥ぃなんてもんは、とっくの昔っから知ってるぜー。しかしな。俺にとって、恥っつーもんは、もう体の一部みたいなもんよー。それをなくすっつのーは、ま、無理っつーもんだなっ!」

 そして、また大笑い。

 クレディアはぎりぎりと歯を鳴らす。最早、怒りで言葉も出ないらしい。血走った目で一瞬腰に提げたサーベルを見てから、次にキスを見て、口をへの字にした。斬り捨てたい衝動に駆られたが、キスの手前我慢したというところだろう。この温和で寛容に過ぎる主君は大抵のことでは手打ちを許可なぞしないだろう。

「あの、ところで、酒場では私のことが話題になってたんですか?」

 キスはカルボットが言った言葉について尋ねた。話題を変えようとして空気を読んだ発言をしたわけではない。ただ、話の切れ目に気になっていたことを口にしただけだった。クレディアもその話題には興味があるらしく、怒りを抑えて黙って頷いた。

「おう。そうだった。それを話したかったのよっ!」

 カルボットは手を打って叫んだ。

「あ、モンさんが休んでいるので、もう少し小さな声で」

「む?」

 キスが指差す方を見ると、ベッドの下にモンが転がっていた。その側に未だに名前も知らないムールド人傭兵が屈みこんでじっとしている。びくともしないので寝ているのだろう。

「俺ら傭兵の部屋は上じゃあなかったか?」

 カルボットは首を傾げる。

 今、キスたちがいる部屋は、ミハでも屈指の良宿の、更に最も上質な部屋で、当然、身分の違う傭兵たちは、ここよりも劣る上階の別の部屋に宿泊していた。傭兵たちが眠る場所はここではないのだ。

「そうなんですけど、寝てしまったので」

 キスはのんびりと答える。そんなのんびり姫を前にクレディアは顔をしかめる。この堅物の女騎士は既に何度もこの無礼な傭兵を叩き起こして二階へ行かせるか、若しくは部屋の外に蹴り出すかすべきだと主張していたのだが、生憎とその提案は受け入れられていない。

「あぁ、そうだ。で、俺が聞いた噂なんだけどよ。巷じゃあ、嬢ちゃんが魔女なんじゃねえかってな」

「何故、そんなことになっているっ!?」

 話の本筋を思い出したカルボットの言葉にクレディアは激昂して、テーブルを拳で叩いた。その拍子にテーブルの上に積まれていた資料が崩れて床に落ち、キスはアワアワとそれらを拾い集める。

「さぁなぁ? まぁ、たぶん、市民の間じゃあ、ベアトリスは魔女ってことでほぼ決まっているじゃあねえか? 後は魔女を火炙りにするだけっつーところで、それを妨害する嬢ちゃんが、魔女を庇っていると思われているんじゃねえかな? それに、ほら、その髪だろ?」

 カルボットはキスの髪を見た。月星のない夜空か瞼の裏のような艶やかな黒髪だ。この美しくも、この大陸においては珍しい色の髪が大変厄介なことは以前にも述べたとおりである。

 つまり、帝国はじめ大陸全土で広く信仰される西方教会において、黒は不吉で忌々しい悪の色であり、悪魔や魔女は黒ずくめで現れると長く云われてきたのだ。つい最近になって、教会は黒という色が必ずしも悪しきものではないとの見解を示したものの、長年の偏見を払拭するには至っておらず、人々はキスの髪を見ると、それだけで驚き、怯え、忌避するものだ。

 ただでさえ、外からやって来た強い権限を持つ貴族の若い娘っ子が、街の事件に口を出してくることに良い感情を持っていない市民は多いのだ。その嫌悪感と黒髪、魔女を擁護する言動が合わされば、自然と彼女を悪し様に噂する者が出てくるのは当然といえる。

 とはいえ、どのような理由であれ、忠臣クレディアに許容できることではない。

「殿下は純粋に証拠の有効性について、疑問を呈しておられるだけだっ! 魔女を擁護するものではないっ!」

「いや、市民にとっちゃあ、そんな細かいことは分からねーんだろよ。教会の偉い坊さんやら市の偉い人が、魔女だって言ってるし、それより先に魔女としてちょっぴかれた婆さんが共犯だって自白してるし、貴族のお嬢ちゃんも、自分に悪霊をとり憑かせたのはベアトリスだって言ってるんだろ? 市民の目から見りゃあ、もう証拠は十分だろよ」

「どの証拠も信用のおけるものではないっ! これだから、無学な民衆は愚かなのだっ!」

 カルボットの話を聞く度に、クレディアは顔を赤く染め、額に青筋浮かべて怒り、怒鳴り散らす。

「殿下の御判断に不満を持つどころか、殿下を魔女呼ばわりして中傷するとは許しがたいことだっ! 殿下! 市当局に殿下のことを悪し様に中傷する輩を縛り首にするよう指示いたしましょう!」

「え、あ、ええっと……」

 クレディアの進言に、床に散らばった資料を掻き集め終えたばかりのキスは一瞬ポカンとしてから、微かに苦笑した。

「別に、私は何言われても気にしませんよ?」

「そんな甘いことでどうしますっ! 民を統べる者としては、時に厳格に! 時に冷酷にならねばなりませんっ!」

「はぁ」

 黒髪姫はいつもどおりの曖昧でぼんやりとした返事をして、クレディアは自分だけが興奮していることに空しさを感じて溜息を吐いた。

「ところで、嬢ちゃんは、何してんだ? 朝から夜まで日がな部屋に引き篭もって」

「あぁ、勉強ですよ。勉強」

 カルボットの問いかけにキスは今しがたまで読んでいたパンフレットをヒラつかせた。

「それは?」

「有名な説教師が発行した悪魔と魔女の契約についてのパンフレットです」

 印刷技術が発達した時代になってから、大量に同じ内容の印刷物を作成できるようになり、教会や説教師、学者も自身の主張などを教え説く際に、絵や記号を多用した分かり易いパンフレットを配布するようになった。内容は分かり易く概要のみである場合が多いが、即席で知りたい情報を手に入れるには重宝なのである。

 キスもその手のパンフレットを収集して、悪魔や魔女についてや、各地で催された魔女裁判の模様などについての情報を調べていた。気になる記事があれば、そのパンフレットの引用元の本を調達して調べれば良いから、情報の索引としてパンフレットを活用しているようだ。

「ほーう。で、上手くいきそうなのか?」

「うーん。どうでしょうねぇ?」

「殿下がここまで御尽力なされているのです。必ずや殿下の納得いく揺るがぬ真実が白日の下に明かされましょう」

「そうなるといいですねぇ」

 キスはほんのりと微笑むと、分厚い本を開いた。


 黒髪姫は更に数日、白鷺館に立て篭もり、その間、いくつかの手紙を受け取った。

 そして、ある安息日の前日、キスの使者クレディア・オブコット卿はミハ市参事会顧問官シュペーに安息日の翌日、委員会に出席すると通達した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ