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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第二章 飛んだ事件
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一三 飛んだ事件〜調査委員会

 調査委員会は同じ建物の別の部屋で行われるとのことであり、早速、その翌々日に第一会合が行われた。今回ばかりは正式な会議の場なので傭兵連中を連れ込むわけには行かない為、会議室に入るキスにはクレディアだけが同行した。

 会議の間、暇な傭兵たちは何をしているかといえば、おそらくは、のんびり昼まで寝て、起きたら飯食って、市内観光して、見世物や立ち説教を冷やかして、夜になったらたらふく飯食って酒飲んだくれて、疲れて寝るのだろう。それはそれで随分と羨ましいなぁ。とキスは地味に羨んだ。なんと自由でお気楽なのだろうか。

 そもそも、傭兵という連中の殆どは、自由で気楽な生活に憧れて、その道に入った者が多いのだ。プロの傭兵の給料は契約期間中であれば、職人の親方並みだし、戦さえ満足にすれば、雇用主は文句を言わないのだ。あとは何処に住むも、何処に行くも、何を食うも、何を飲むも、自由なのである。地主との農地契約と土地の慣習に縛られ、小作料にひーひー言っている農民や都市法や雇用主との契約に縛られ、ふーふー言っている都市の庶民と比べてなんと自由で気楽なことか。まぁ、勿論、それほど薔薇色ってわけでもないのではあるが。ともかくも、農民や庶民よりかは自由であることは言うまでもない。

 さて、自由で気楽な傭兵たちはさておいて、職務と義務に縛られた貴族の二人は調査委員会が開催される会議室に入っていた。会議室には長テーブルがロ型に置かれていて、キスはそのテーブルに並んでいる椅子の一つに腰をかけ、クレディアはその後ろにある背もたれのない椅子に腰を下ろした。それは委員の従者や使用人、個人的な書記のために用意された席だった。

 委員は全部で八名。市の参事会員が三名、大学の法学者二名、大学の神学者二名という構成で、その他に参事会顧問官のシュぺーと市の法律顧問、糾問官(今でいうところの検事)、書記が席に着いていた。彼らの後ろにはキスに対するクレディアのように、従者や使用人が二、三人ずつ控えていた。

 席に座った委員をはじめとする人々は近くの人と世間話をしたり、自身の従者や使用人に何か指示を与えたり相談したりしていた。何も話すことがないときは黙っている主義のキスはただ座ってぼんやりしていた。

 やがて、参事会議事堂の隣にある聖堂の昼の鐘を鳴らした。

 それが開始時間の目安だったのだろう。鐘が鳴り終わった頃を見計らって参事会顧問官のシュペーが立ち上がった。

「えー。では、皆さん、お揃いですので、調査委員会第一回会合を開催いたしたいと思います」

 その後、シュペーは汗を時折拭き拭きしながら「本日はお日柄もよく」とか「お足元の悪い中」とかそんな感じの型通りの挨拶をした。

 それから、委員がそれぞれ軽く自己紹介をした。一人余所者な上に黒という禁忌の髪を持つキスは一際注目を浴び、キスは緊張でがちがちになりながらもなんとか自己紹介を済ませた。

「あー、それでは、委員長の選出に移りたいと思いますが、委員会事務局から事前に委員長として参事会員のリヒャルト・ロタール・カップエルン卿を、副委員長にペーター・カートリア主任司祭を推薦致したいと思いますが、他に立候補、推薦等ありましたら挙手でご発言願います」

 こーいった場で自ら進んで「委員長やりたいです!」とか言い出す奴はあまり多くはない。しかし、誰かにはやってもらわなければならない。というわけで、事務局はしばしば事前に適任と思われる人物に「委員長やってくれませんか?」とお願いしておくものだ。今回もそーいった例に漏れず。

 委員長と副委員長の選出に関しては、特に異議もなく、拍手で了承された。

 ちなみに、委員長のカップエルン卿は老齢でつるりと頭の禿げた温厚そうな都市貴族で、キスは知らないことだが、元副市長でもあるミハ市の有力者だった。そして、副委員長のカートリア主任司祭は髪こそ真っ白ではあるが、まだ年齢は中年ほどの聖職者で、鋭い目つきに精悍な顔立ちで、中々の切れ者であろうことが外見からもひしひしと伝わってきた。

 委員長に選任されたカップエルン卿とカートリア主任司祭の軽い挨拶の後、カップエルン卿は議事進行を始めた。この時点で既に一時間近くが経過している。会議というものは大抵時間のかかるものだ。ただ、そーいう会議に慣れていないキスは既にぐったり気味だった。

「さて、皆様方におかれましては、既にご存知のことと思われますが、今回の調査委員会の目的は、かの騒動と事故が発生した原因を調査し、事後、このような事態が起きないように対策と規則を」

「いや、ちょっと待って下さい」

 カップエルン卿の言葉の途中で口を挟む者がいた。委員長の議事進行を初っ端から遮るとは、なんとも非常識かつ無礼なことである。皆の視線がその発言の主へと向けられ、そして、誰もが目を見開いた。

 発言者は誰あろう、委員長を補佐すべき副委員長カートリア主任司祭であった。

「カートリア殿。何ですかな?」

 カップエルン卿は話を遮られたというのに、さして気にもしていないようで、にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべながら尋ねる。

「委員長殿は、当委員会の趣旨をきちんとご理解されておらぬのではありませんかな?」

 彼の言葉に誰もがぎょっとした。コミュニケーションとか常識とかがイマイチ分かっていない上に少し空気が読めない感のあるキスですらぎょっとした。そんな失礼無礼千万なことを堂々と言い放つとは、こいつどーいう神経しているんだ? と誰もが思う。

 しかし、言われた当の本人はのんびり微笑んでいる。間抜けなのか器がでかいのか?

「いいですか? 今回の騒動の原因など分かりきっております。あの気狂いの女が怪しげな魔術を行使したことが事の発端であり、そこに論議の入る隙はないはず。この先、このような事態が起きないようにする対策は、屋外での無闇な実験を禁止すればよいだけのこと。それよりも、我々が為さなければならぬ重要なことがありましょう」

「それは何ですかな?」

 委員の一人が尋ねると、主任司祭は不機嫌そうなしかめ面で答えた。

「あの魔術を行った女の処罰と奴の実験を許可し、後援した連中の責任追及でありましょう」

「いやいや、それはおかしい」

 皆の視線が一人の老紳士に集中する。ひょろりと細い体つきで、真っ白な髭を伸ばしている。先に自己紹介があったので、キスでも名前と役職を覚えていた。ミハ大学法学部の教授ミハエル・コーゾン博士である。

 主任司祭は不機嫌そうにコーゾン博士を睨んだ。

「何がおかしいと?」

「司祭殿はあの女学生が行ったことを魔術と思われているらしいが、私が聞いたところ、あれは科学的な実験であり、聖俗の法に照らしても何ら違法性のないものであったはず。ただ、実験が暴走し、器物を破損したことの責任はあるが、委員会を設立して大騒ぎするほどのことではあるまい。それよりも、我々が為すべきは事故の原因を調査し、今後、このような事故がおきぬよう対策を練り、規則を定めるよう参事会に勧告することではありませんかな?」

 法学博士の言葉に若いもう一人の聖職者が声を上げた。

「何を仰っておられるか!? あのような巨大な物体を空に飛ばすという行為が実験であるわけがありますまい! あれは悪魔の力を借りて行われた魔術でありましょう!」

「司祭殿は世の科学技術の進歩に疎いようですな。未だに、悪魔だの、魔術だのを信じておられるとは……」

 カップエルン卿の隣に座る豊かな体格の参事会員が呟くように言い、若い聖職者は席を立って怒鳴った。

「何ですとっ!? 貴殿は聖典にある悪魔と魔術を疑うというのかっ!? それは教会への反逆ですぞっ!」

「悪魔や魔術の存在を信じることの方が神への反逆ではありませんかな? そもそも、地上は全て神の御許にあり、神の力の及ぶ範囲であるはず。その神の御許で悪魔が力を振るえるはずがありますまい。悪魔の力を恐れることは神の力を疑うことになるはず。どうですかな?」

 太った参事会員は神学者たちに目を向けた。

「確かに、その通りと言えましょう。神が万能の力を振るう地上において悪魔が自由自在にその悪しき力を振うことなど、神が許しはしないでしょう」

「それは間違いですぞ! 貴殿らは悪魔の邪悪な力を低く評価しておられる! 確かに、神は万能にして偉大にあらせられる。しかし、悪魔は姑息で卑怯であり、また、悪魔の力を借りようとする忌まわしき輩も、悪魔の誘惑に身を任せる愚かな輩も、世にはおるのです。現に、帝国各地でそのような忌まわしき悪魔に身を売った魔女どもが焼かれているではありませんか!」

 二人の神学者は全く逆のことを発言し、互いに互いを睨み合って火花を散らしていた。

 まだ発言のないもう一人の中年の法学博士はおろおろと困惑した様子で人々の顔を見てびくびくするばかり。こいつは小物だな。と、クレディアは早々に心の中で容赦なく彼への酷評を下す。

 しかし、そんな偉そうな人物評価を下すには彼女に彼を無能と断じる資格などないはずである。何故ならば、肝心な彼女の主君勅任断罪官ダークラウン男爵はクレディアが「役立たず」と思った法学博士と全く同じようにおろおろと狼狽し、人々を見ては困惑していたのだから。


おっさんたちが会議してるだけの話ですみません。

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