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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第二章 飛んだ事件
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一二 飛んだ事件〜参事会からの要請

 ベアトリスのとんでもない実験とそれに伴う事故と騒動の数日後、キスの元にミハ市参事会、つまりは、市当局の使いがやって来て、是非ともミハ市参事会まで出向いていただきたいと丁重な文面の手紙が舞い込んできた。

 手紙を見て、というか、使者がやって来たのを見て、すぐにキスもクレディアも傭兵たちも「あぁ、面倒くさいことになりそうだ」といやーな気持ちになったものだが、こうして正式に市参事会からの文書が来たともなれば、正当なる理由もなく、拒否することは大変角が立つので、出頭せざるを得ないとクレディアは言い、キスもそれに同意した。

 というわけで、翌日、彼らは身嗜みを整え、市参事会へと足を向けた。


 さて、ここで一つ、都市参事会なるものについて簡単に説明する。

 都市参事会というものは、つまりは、市議会兼都市裁判所のようなもので、都市の行政を司り、また、市長を選出し、そして、市とその周辺の支配下にある村落の裁判を取り仕切る組織である。つまりは、都市の最高権力機関というわけだ。

 ミハ市参事会は二一名の参事会員によって構成されている。一応は、市民からの投票によって選出される建前にはなっているものの、実質的にはミハ市の有力な一二の門閥の者かそれに近い市の有力者が参事会員になるのが慣例であった。また、そのように選出されるような仕組みとなっていた。要するには、公称は市民代表でありながら、実質的には都市貴族代表に過ぎないが、実際に市を統治している連中なのである。

 そんな連中が市の政をする場所が貧相ではいかん。帝国自由都市ミハに相応しい品格と威厳を持った建物ではなくては。とは、連中の考えそうなことである。ミハ市参事会議事堂の建物はミハ市の一般的な建物の特徴である赤煉瓦で構成されていることは同じであるが、その大きさにあっては市内に他に勝る建造物はなく、高さにおいては聖堂の尖塔の次に高く、建物に施された彫刻の数と見事さと精巧さにかけてはこの近辺では帝都とここくらいでしか見れないくらいのものであった。

 キスたちの通された部屋は参事会員たちの控え室で、彼らが本会議前に寛いだり、雑談したり、打ち合わせをしたりするような部屋の一つであるらしく、それほど派手派手ー! 金ぴかー! ぎらぎらーってほど豪奢ではなかったが、調度品の一つ一つは細部にまで細工が施された一級品ばかりで、椅子の座り心地もそこら辺の宿やら酒場の椅子とは比べ物にならないのは言うまでもない。

 だからといって、椅子の上で飛び跳ねるのはどうかと思う。

「わー。ふわっふわっだー」

「こらっ! 止めろっ! この糞ガキがっ! いい加減にせんとすっ首叩っ斬るぞっ!」

 調子に乗って椅子の上で飛び跳ねたり部屋の中を駆けずり回るモンに、それを真っ赤な顔で激昂しながら追いかけるクレディアの二人。それを見て面白そうにげらげら笑うカルボットと興味なさそうに佇むムールド人傭兵。それらをまとめるはずのキスはただおろおろするばかり。

「だっからっ、私は、こいつらは宿に置いていくべきだと言ったのですっ!」

 暫くして、ようやくモンをとっ捕まえたクレディアは血走った目で荒い息を吐きながら唸るように言った。彼女の手にはモンのちっこい頭が握られていて、今にも握りつぶそうとしているかのようにぎりぎりと力を加えていた。

「あーっ! あーっ! や、やめてーっ!」

 さすがのモンもかなりの苦痛らしく、悲鳴を上げる。

「あ、あのー、モンさんも反省してるみたいですから、離してあげた方がー」

 キスに言われ、クレディアは嫌そーうな顔をしてから、苦々しげにモンの目を睨みつける。

「もうはしゃがないって誓うか? 今度、騒いだら舌を抜くぞ? あぁん?」

「う。分かった。もう騒がない」

 モンはこくこくと大人しく頷き、頭を解放された後も、誓った通り静かになった。頭がずきずきと痛むのが原因かもしれないが。

「殿下。やはり、今からでも遅くはありません。参事会員の前にこやつらの姿を晒すことは……」

「まぁ、いいじゃないですか」

 クレディアは渋い顔で進言するも、キスはのんびりと応じた。なおも言葉を重ねようとする堅物の騎士を静かに制してキスが呟くように答える。

「私たちは、別に、参事会の方々のご機嫌を取りに来たわけじゃあないんですよ?」

「その通りです。我々は参事会から呼ばれたゆえ、来たまでのこと。こちらから面会を求めたわけではありません」

「こちらには向こうに望むことなど何もないんですから、向こうさんがこちらの態度とか礼儀に腹を立てて席を外してしまったとしても、私たちに与えられる影響といえば、多少、ミハ市の参事会と仲がぎくしゃくする程度です。これから私たちとミハ市がどれほどかかわりを持つかは知りませんけど、未来に深刻な遺恨を残すほど酷いことがなければ問題ないと思いますよ?」

「私は、その未来に深刻な遺恨を残しかねないと心配しているのですよ」

「心配しすぎですよ」

 と、キスはそんな気分で構えていた。


 キスたちが待機していた控え室にやってきたのはミハ市参事会顧問官なる役職にあるアウグスト・シュペーという背が低く、大きな鷲鼻の中年の男だった。春だというのに何故だかしきりと汗をかいていて、何度もハンカチで顔を拭っていた。

「キスレーヌ・レギアン・ダークラウン殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 云々とシュペーは型通りの挨拶をした。貴族とはいえ、男爵クラスの相手に対する挨拶としてはかなり仰々しく恭しいものであったが、キスは帝国男爵であると同時に王女でもある為、相手の態度が普通の男爵相手よりもずっと丁寧であるのは当然といえば、当然なのだが、わざわざ招かれたという経緯も勘案して何か他意がありそうだとキスとクレディアはなんとなく思いつつ、丁寧に返礼した。

 暫く、差しさわりのない会話をして、さほど盛り上がりも見せずに終わり、シュペーはようやく本題を切り出した。

「例の事件のことはご存知でしょうな? あのミハ大学の学生がやった騒動です」

 知らないわけがない。

 今、この騒動はミハ中を駆け巡り、参事会のお偉方の会議、大商人たちの会合、親方衆の酒場の雑談、主婦たちの井戸端会議、子供たちの噂話、恋人たちのピロートークと、あらゆる場面で口にされるホットな話題であり、その事の成り行きを町中が興味の度合いはそれぞれとしても、一様に関心を寄せているのだった。

 ましてや、キスたちにいたってはその騒動が実際に起こった現場を見ているわけだし、その上、当人とも食事をした仲なのだ。そのことを市参事会が把握しているかどうかは分からないが。

「はぁ、まぁ、知って、は、いますけどぉ……」

 キスはいつも通りの弱弱しく曖昧で頼りなーいダメコミュニケーションパワーをいかんなく発揮しながら肯定した。

 ただ、彼女が今回、こんなにもダメコミュニケーションなのには、少なからず理由がある。例の事件の当人と顔見知りだと参事会に知られており、ましてやその協力者だとか後援者だとか勘違いされていたとしたら、嫌だなぁ。とキスは少しネガティブなことを考えていたのだ。事件の当人ではないし、こちらは貴族であるから何か罰せられるとかいうことはありえないが、面倒くさいことになりそうだからだ。

「その事件に関しまして、調査と共に、犯人の訴追が検討されておるのです」

「訴追、ですか……」

 事件の調査は必要としても、訴追とは如何なることか。と、キスは怪訝な顔をする。

 シュペーは声を潜めて言った。

「参事会の中には騒動の犯人を町を騒乱に陥れ、なおかつ、神聖なる聖堂に損傷を与えたとして、その罪を問う声もあるのです」

 そう言う本人はそれほど乗り気ではなさそうで、参事会も一つにまとまっているわけではなさそうであった。

 で、それで、何でキスが呼び出されんのよ。と。

「殿下は勅任断罪官たる、罪を審議し、断罪する権限を持っておられます」

 この辺りで、キスもクレディアもカルボットも、キスが召喚された理由が分かってきた。他の二人は何にも考えていなかった。いつも騒がしいモンは、散々、クレディアに脅しつけられたせいというかお陰でだいぶ大人しかった。

「つきましては、近々、行われます委員会に委員として出席して頂きたいのです」

 シュペーがこのような要請をしてくるのは、それほどおかしいことではないように思えて、実際、これは大変違和感のあることだった。

 というのも、この時代、通常の裁判権は、領主貴族や自由都市、聖界領主(つまりは、世俗的領地を持つ高位聖職者や修道院のこと)といった帝国等族と呼ばれる諸侯の手にあって、そこに帝国中央政府が手を突っ込んでくることに良い顔をしなかったし、そもそも、手を突っ込む権限など皇帝といえどもなかったのだ。

 当然、ミハという帝国自由都市で起きた重大なる事件に帝国中央政府の役人である断罪官が首を突っ込むなどということは普通であれば激しく反発されるところなのである。

 それが、今回は、ミハ市側から、手を入れて欲しいと要請があったというのだから驚きである。

 何か参事会には思惑があるとしか思えない。或いは、シュペー個人というか、その派閥の思惑やもしれないが。どちらにせよきな臭いこと極まりない。

 通常であれば、こんな損にはなったとしても、得など何もなさそうな仕事は、面倒くさい。関わりたくない。と、思うところであるが、しかし、この勅任断罪官はそんじょそこらの怠惰な貴族とは違うのであった。

 まず、そもそも、彼女が勅任断罪官という、それ自体が面倒くさい上に得が少ない職務をやっていることそのものにおいてから、違うのである。彼女が今の職務にある理由は、一にも二にも、三、四があってもなくても、好奇心に他ならないのである。

 そして、今回の騒動がどのような結末を迎えるのか特等席から観戦せずに、町を去るなど無粋極まりない。


 こうして、キスは調査委員会の委員となったのであった。



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