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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第二章 飛んだ事件
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一一 飛んだ事件〜飛んだ落ちた

 酒場にてベアトリスは黒髪姫一向と別れる直前に、例の飛ぶ装置の実験を諦めていないと言っていた。

 彼女曰くには、燃えたものともう一つ同じサイズのものがあって、それを再度飛ばす予定だということだった。勿論、今度は先の失敗を反省して活かして万全の体制で挑むという。

「場所はこの間と一緒だから、是非、来て頂戴!」

 ベアトリスはキスの手をぎゅっと握ってぶんぶん振りながら言った。

「あ、はぁ、まぁ、えぇ」

 キスはいつも通り、曖昧な返事をしたものだが、その返答をどう取ったのか。ベアトリスは、

「絶対よ! 是非是非、来て頂戴ね!」

 と、念押しして、大きく手を振りながら学生街の奥へと消えて行った。


「何故、彼女がそこまで見に来るようにと殿下に言ってきたか分かりますか?」

 学生街から一行の宿である白鷺館へ戻る道程の間に、クレディアがふと問いかけてきて、キスははたと考え込んだ。

 ベアトリスは無邪気で行動的な、しかし、賢くしたたで意思の強そうな女学生に見えた。

「私に見せることで何か彼女に利益がある?」

「その答えじゃあペケだぁな」

 酒のせいで顔の赤いカルボットが機嫌良さそうに言った。クレディアも不機嫌そうに頷く。モンは何も考えてなさそうな顔で近くの屋台で焼かれている豚肉の串焼きを見つめていた。ムールド人傭兵も何も考えていなさそうな様子ではあったが、その異様な姿は隙あらば金のありそうな貴族に何かを売りつけようという物売りやペテン師、スリといった邪魔な輩を遠ざける役目を負っていた。それでも、なお、近づこうという者がいたら、ちらりと身に纏う布から、大きく湾曲した抜き身の剣を見せてみればいい。それで、大抵の輩は追い払える。それでもそれでも、近づく相手にはクレディアが鬼のような顔で小銭を投げつけ、「失せろ!」と視線で怒鳴る。

「さて」

 そんなふうにしてしつこい乞食を追い払ってから、クレディアは何事もなかったかのようにちょっと吃驚して呆然としているキスに向き直る。

「いいですか? 殿下には、己が貴族であるという自覚が欠けております」

 彼女の言葉にはキスも他の連中も同意だった。キスの行動を見ていれば誰もがそう思うだろう。低姿勢で、謙遜的で、頼りなく、お金を湯水の如く使うこともなく、着飾ることもなく、美食に舌鼓を打つこともなく、ふかふかの椅子にふんぞり返って座り、農奴どもを顎で使うこともなく、宮廷で高位者に媚びへつうこともなく、不自由で利益もない旅をしている。その旅というのも貴族が道楽で旅をしているというよりは、修道士が巡礼の旅をしているかのように慎ましやかで目立つことを避け、ひっそりとした旅だ。

 それもそうだ。 貴族たる者は生まれついてよりその尊き血により貴族であるが、貴族らしさは天性のものではない。貴族たる親の姿を、多くの者に傅かれ、尊ばれ、そして、下賎の者どもを指揮し、統率し、命令する姿を、見て、聞いて、学び、貴族らしさを得るのだ。

 しかし、彼女は長らく一人で暮らしていたのだから、誰かにかしずかれることも、尊き者と恭しく扱われることもなく、人と会えば、忌まわしき悪魔の子と忌避され、嫌悪されてきたものだ。

 貴族らしさを学ぶ機会を失い、貴族たるや何たるかということを知らず、貴族たる自覚もない。

 それこそキスが傭兵や身分の低い者からも他の貴族よりかは接してもらえる利点ではるのだが、それでも彼女の血は貴き一族の中でも貴き王族の血である。王族という血の頸木くびきから逃れることができないのならば、その血に己自身の人格も染まらなければなるまい。王が民と肩を並べることなどあり得はしないのだから。王が民よりも低き地に頭を置くときは、断頭台の露と消えた時のみ。

 まぁ、それはさておき。クレディアの言うとおり、キスは貴族という自覚に欠けていた。

「しかし、殿下に貴族たる自覚がなくとも、周りはそのように見ますし、そのように扱います」

 そして、貴族という連中は総じて庶民に比べれば断然資金力があるし、コネや人脈、権力といったものにも恵まれている。

「要するに、あの女学生は殿下にあの飛ぶ装置の成功を見せ付けて、それを宮廷なり知人の貴族なりに宣伝してもらいたいのでしょう」

 あぁ、なるほど。とキスは納得する。

 キスが飛ぶ装置の成功を見て、その珍しい装置のことをどこかで他の貴族に話したりすれば、それに興味を持つ貴族が増えるというわけだ。興味を持った物好きな貴族が更に見学に来たり、或いは資金を援助してくれたりするかもしれない。

「でも、私にはそんな資金力もないですし、知人もいませんよ?」

 勿論、各地の諸侯の宮廷なり何なりで雑談するような積極性も持ち合わせていない。いくらか黒髪姫を知っている連中ならば重々承知のことだ。

「ただ、あの女学生は知らねーからな。ま、こんな金も権力もなくて、その上、人見知りで口下手な貴族なんておるたー思わねーやな」

 カルボットが笑いながら言った言葉に、言われた当人は「確かにその通りだなぁ」と苦笑いしただけだったが、対してクレディアは一気に激昂した。相変わらず彼女は瞬間湯沸かし機以上の沸騰の早さを誇る。

「貴様! それは殿下に対する侮辱かっ!?」

「そー、カッカすんなや。本当のこったろが。なぁ?」

 カルボットに意見を求められた他の二人は少しも躊躇することなく頷いた。キスは情けない顔で苦笑するも忠節第一のクレディアにそのような言動が許されるわけがない。激昂どころかキレた。

「おのれっ! なおも殿下を愚弄する気かっ! あーっ! 前々から貴様らの殿下に対する態度と言動には頭にきていたのだっ! そこになおれ! 叩っ斬ってくれるわっ!」

 クレディアは抜刀し、慌てて傭兵三人組は逃げ出し、後に残されたキスは更に慌てて後を追った。こいつらは何の為の護衛なのか?


 キスが再びベアトリスを見たのは、数日後のことであり、場所は初対面の地と全く同じ。そして、状況もまた同じであった。ただ、少し違うのは、例の飛ぶ装置を固定する縄なり何なりが少し工夫を凝らされていたが実際に作業する学生たち以外には何がどーなってどーいう結果になるのかは皆目不明であった。

 キスが現場に到着したとき、実験は最終段階に至っているようで、学生、教授、市民、浮浪者問わず見物客は多く、中には従者を従えた貴族か富豪らしき者も数名混じっていた。

 このような状況ではベアトリスに話かけることも難しく、二人は会話を交わしていなかった。

 先の実験の失敗によってかえってこの珍奇な実験はミハ市中に広く噂となって広まっており、次の実験が絶好の見世物となることはある程度予想がついていた為、早めに来ていれば会話もできただろうが、そうはいかぬ事情があった。

 キスはベアトリスとの約束を忘れず、彼女自身空を飛ぶ装置に興味もあった為、次の実験も必ず見物しようと思っていた。しかし、肝心の次の実験の日程が皆目不明だったのだ。キスはいつ見物に行けばよいものかと少しヤキモキした。なおかつ、彼女にはそれ以外にも色々と予定があったのだ。王女にして帝国男爵、しかも、勅任断罪官たる官職に就いていて、更には先の反乱騒動の英雄ともなれば、ミハ市中で彼女と会見したい者はごまんといよう。

 そーいった社交的な場面はキスが最も苦手とするところだ。先の反乱騒動での働きぶりを話すだけならまだしも、北の蛮族どもを懐柔するにはどーいった施策が必要かとか、羊毛の価格変動の状況だとか、聖典における何々の解釈だとか、宮廷で最近流行の衣服や髪型についてなんて話題になんと話を合わせればいいのか皆目分からず、その度にキスは目を白黒させて機能不全に陥り、クレディアが何度も助け舟を出す羽目になった。

 そんなこんなでキスは最近少し精神的に疲労気味であったが、外に出て情報収集という名の元に昼間っから飲んだくれていたカルボットがもたらした次の実験が今日これからあるという情報を聞くや疲労も何もなんのそので現場に駆けつけた次第であった。

「ディーの姉御にゃあ散々小言を言われたが、俺の情報収集活動も無駄じゃあなかったってこったな」

 赤ら顔で酒臭い息を吐くカルボットが胸を張って言うと、クレディアは苦虫を噛み潰したどころか舌に刷り込み、更には鼻にまで突っ込まれたくらいに苦々しい顔をした。

「昔っから言うだろ? 酒場は噂話とホラ話の交差点ってな」

「このっ……図に乗りおって」

 鼻高々なカルボットに対してクレディアはしきりと舌打ちを繰り返し、忌々しそうに言い捨てた。

 険悪な空気にキスはアワアワと居た堪れない気持ちになるが、残りの二人は何処吹く風。ムールド人傭兵はいつもどおり黙りこくっていて生きているか死んでいるかも分からないし、モンにいたっては近くの屋台で買った骨付き肉の骨をあぐあぐと噛んでいる。ちなみに骨に付いていた肉はとうの昔の腹の中。

 まるで実験に興味がなさそうな空気の黒髪姫一行よりかは他の野次馬の方が実験に興味津々だったようだ。

「おおおぉぉぉ」

 と、驚愕とも感嘆とも畏怖ともとれる低い声が観衆から沸き上がり、キスたちも釣られて皆の視線の先に自らの目をも向けた。そして、呆気に取られる。

「……飛んでる」

 誰もが低い歓声の後、沈黙する中、ムールド人傭兵だけがぼそりと呟いた。

「飛んだ。飛んだぞ!」

「翼もないのに飛ぶとは一体どーなっているのだ!?」

「まったくもってどのような仕組みで飛んでおるのだっ!?」

「あのベアトリスという女子、魔女なのではないか?」

「いいや! これこそが科学なのだよっ!」

 誰もが、まさか、本当に飛ぶとは思っていなかったらしい。宙に浮く膨らんだ布袋に目を見張り、口々に驚きを口にする。

「飛びましたねぇ」

「ええ、飛びましたね」

「マジで飛んだなぁ」

「飛んでる飛んでる!」

 黒髪姫一行も正直あんまり本気で空を飛ぶことを信じていたわけではないようで、ぼんやりとふわふわ空に浮かぶ布袋を見つめるばかり。

 膨らんだ布袋はふわふわふわふわと風の向くまま気の向くままあっちへこっちへ右へ左へ、その度に観衆の顔は右へ左へ。まるでテニスのラリーを見る観衆が如く。

 と、この辺りで、驚きと興奮も収まり、皆はふと気付く。

「あれ。どーやって操作するんですかね?」

「さぁ? そもそも、あれ、着地できるんですかね?」

「どやって回収すんだ?」

 三人が話すとおり、あの空飛ぶ物体を回収する術があるようには思えなかったのだ。

 まさか、あのベアトリス。空飛ぶことばかり考えていて飛んだ後のことを考えるのを忘れるほど愚かではあるまい。と、誰しもが思っていたものの、実際、その通りで。実験の張本人たるベアトリスにしても「こりゃあ、どーしたものか?」と思案している最中であった。

 嫌な空気が満ちる中、不意に突風が吹き、空飛ぶ物体はふわふわと風に流され市中心部の方へ飛んでいく。そして、皆がどーすることもできず見守る中、それは聖堂の尖塔にぶち当たって、へにょりとくたびれて塔に絡み付きつつ、ゆっくりと市中心にしてミハの聖堂や市参事会議事堂、市長公邸等が面している聖王広場に落下していった。

 いきなり妙な巨大物体が飛んできて聖堂の尖塔にぶち当たって市の中心に堕ちてきたともなれば誰だって仰天し、混乱するものだ。市中心部で巻き起こる大騒ぎの騒音は遠く離れたここからも聞くことができた。

 今回こそは一目散に逃げ出して済むような事態ではないことは明白である。

 先の火事騒動よりも目立つことこの上ない上に、教会のドアを思いっきりぶち破る以上の真似をしてしまったわけだし、何よりも、これだけ注目されていれば珍奇な実験をやらかして大変な事態をやらかしてしまったミハ大学の変人女学生ベアトリスの名はミハ中に広まったことだろう。知らん振りして逃げることなどできようはずもない。

 皆の視線を一身に浴びて、ベアトリスはテヘっと笑って言った。

「ベアトリスちゃん、大ピーンチ!」

 かわい子ぶっても意味はない。しかも、あんまり似合っていなかった。


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