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黒髪の断罪姫  作者: 雑草生産者
第二章 飛んだ事件
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一〇 飛んだ事件〜飛ぶ装置

「あら、貴族さんね。こんにちは」

 キスたちが川沿いの小さな広場に行くと、茶色いローブに身を包んだ学生風の若い女性が朗らかに挨拶した。綺麗に真っ直ぐ切り揃えられたこげ茶色のショートカットで、小さな丸い鼻眼鏡をかけていて、その下の金色の瞳はぎらぎらと輝いていた。

 キスは軽く頭を下げて会釈し、クレディアは彼女の馴れ馴れしい挨拶にむっとした。貴族と分かるならば、もっと敬意を持って接せよ。しかも、キスはただの貴族ではなく、大陸でも屈指の名家たる銀猫王女なるぞ。とご高説を浴びせようとも思ったが、すんでのところで口を閉じておくことに成功した。さすがにただの学生とはいえ初対面の相手を、挨拶が馴れ馴れしい程度の理由で無礼者呼ばわりして説教するのはやりすぎな気がするものだ。しかも、相手は、詐欺に手を染める輩が続出するほどに口だけは達者な奴が多い学生だ。更に言えば、相手は今は一介の学生とはいえ、実際には貴族や良家の子女であるという可能性もある。意味もない口論の原因になるような行為は避けるべきだ。

「あなたたち、ディーヌ伯のお知り合い?」

「えーっと、いえ、違います。あー、私たちは、まぁ、ただの旅行者です」

 それどころかキスはディーヌ伯なる人が誰なのかすら知らなかった。ディーヌ伯は帝立科学アカデミーの理事であり、南洋諸島スパイス会社理事も務める貴族であり実業家であって、幾人もの科学者や自然学者のパトロンをしていることで有名な人物であったが、世間知らずなキスはそんなこと全く知らんのである。

「それで、あー、それは何ですか?」

 キスは恐る恐るといった様子で相手の後ろ、広場の中心にある白い巨大なものを指差した。

 広場では中心の白い袋は地面に突き立てられた高い棒と縄で固定されていて、その下では火が熾され、もくもくと上がる煙は袋の中に入っていた。それを囲んで、何人もの若い学生たちが、ばたばたと動き回り、作業したり、観察したり、本やらメモやらを開いて読んだり、記録を取ったりしている。

「あー。別に危ないものじゃあないわ」

 女学生はキスを安心させるように言った。

 辺りにはキス以外にも興味を惹かれて多くの人々がやってきていた。しかし、誰もがある程度の距離までしか近寄ろうとしていなかった。広場の中心に鎮座する得体の知れない巨大な白い布袋が安全なものかどうか彼らに知る術などないのだから。

 ただ、キスの場合はその布袋を恐れていたのではなく、見知らぬ人に話しかけるという行為に怖気づいていたのだったが。

「これが何かお分かり?」

 女学生は自慢げににまにまと笑いながら、白い袋を指差した。袋は煙を吸い込んで、ゆっくりと、しかし、確実に膨らんできている。

「さぁ? 何でしょう?」

 キスはなんとも面白げのない回答をした。

 そのつまらない回答に、当然、質問者の女学生は不満そうに頬を膨らませた。

 しかし、すぐに頬を元に戻して、白い布袋を見やって答えた。

「あれは飛ぶ装置よ」

「飛ぶ、装置、ですか?」

「そ」

 きょとんとしたキスの顔を見て女学生は満足ににんまりと笑った。

「来て」

 女学生はそう言うとてけてけと白くて巨大な布袋に歩み寄って行った。

 付いて来いと言われた上に好奇心猫の如しなキスは言われるがままに、ほいほいとついて行き、好奇心に関してはキスと同等かそれ以上を誇るモンも転げるように走っていき、それほど好奇心が強くはないカルボットと何考えてんだか分かんないムールド人傭兵もとことこ歩いて行く。ただ一人、好奇心猫を殺す主義を標榜しているクレディアだけは面倒くさいことになりそうだと苦い顔をしたが、主君を見捨てるカロン人騎士は死あるのみだとも思っている彼女も渋々と白い物体に歩み寄った。

「火を焚くと煙が出るじゃない?」

 歩きながら女学生が言った言葉にキスは「はぁ」といつもの如く曖昧な感じに応じた。

「その煙っていうのは、空に昇っていくでしょう? それって何でか分かる?」

 続く問いかけにキスはふるふると首を横に振る。

 女学生は振り返って、キスと面と向かい合って説明を始めた。

「おそらくね。ものを燃やすと空に浮く物質が発生するのよ。この物質をうちの教授は飛素と呼んでるけど」

 つまりは、そーいう理論で煙は空に飛んでいっている、と、ミハ大学科学部の面々は思っているようであった。

「だからね。その飛素を何かに、例えば袋に集めれば、その袋を飛ばすことができるんじゃあないかって、あたしは考えたわけよ」

「それで袋の下で火を焚いているんですね」

「そ」

 女学生はにかっと笑って頷いた。

 しかし、彼女の前に立つキスは彼女を見ていなかった。視線は彼女の横を素通りして、女学生の後ろにあるものを見つめる。キスの従者たちも同じように、半ば呆然とした顔で見つめていた。

 自分の後ろに集まる視線と背後で結構な騒ぎに気付いた女学生はおそるおそる振り返って、

「にゃんじゃこっらぁーっ!!!」

 噛みながら絶叫した。

 川沿いの小さな広場では大きな膨らみかけの袋は盛大に燃え盛っていた。


「袋の位置が問題だったのよ」

 女学生はなみなみと麦酒が注がれていたカップの中身を空にしてから、それをテーブルに叩きつけるように置いた。

「お陰で二〇〇〇セリンがパーよ!」

 セリンとは程ほどの大きさの、帝国内で広く流通している銀貨であり、一セリンあれば大人一人が一日悠々と暮らせる程の額である。ともなれば、二〇〇〇セリンは大変な大金である。

 あんなどでかい布袋を作るのにそんなにも金がかかっているのかとキスたちは結構驚く。

「もうこうなったら今日は呑むしかない!」

 そう叫ぶと女学生は空のカップをぶん回しながら店の主人を呼びつけた。

 店の中はミハ大学の学生だらけで、彼らは何やら真剣に討論したり、掴み合いの喧嘩をしたり、陽気に歌い合ったり、何やら勉強らしきことをしていたり、普通に飲み食いしたりしていた。この店はミハ大学の学生の馴染みの店であるらしく、食事を出していると思ったら、酒も出す、食堂兼飲み屋のような店であった。中々の広さではあったが天井が低く、昼日中でもほの暗く、蝋燭を灯していた。

「何で私たちまで一緒に呑んでるんだ」

 その店の片隅で、キスとその従者たちと例の女学生がテーブルを囲んでいて、クレディアはあからさまに不機嫌そうな顔をして呟いた。

 例の飛ぶ装置の炎上事件の後、現場から逃走する女学生は、何故だかキスたちにも逃げろ走れ急げと急かしたものだから、黒髪姫一行は何が何だか分からないうちに彼女と行動を共にすることになっていた。

 安全な場所というかミハ大学の区域の奥底に侵入した後、今更ながらベアトリスと名乗った女学生はとりあえず一緒に食おう飲もうと彼らを更に強引に店へと押し込んだのだった。

 あんまり学生連中と接することをよく思っていないクレディアが良い気分なはずがない。その上、その場の雰囲気に流され、正体もよく分からん学生に振り回されている現状が大変不満であるようだ。

「まぁまぁ、騎士さん、ここで会ったのも何かの縁。仲良くやりましょ」

 ベアトリスはにこにこ笑いながらクレディアのカップに、自分のカップをぶつけた。麦酒がテーブルに零れたが、気にしない。

「ところであなた方は旅の途中なのかしら? 見たことのない顔だけど」

 ミハは中々大きな都市ではあるが、その中でも身分ある者はそれほど多くはない。そして、彼らの顔は市内では広く知られている。ということは、見知らぬ顔で高貴な身なりの人は町の外からやって来たと推察するのは難しいことではない。特に、キスは大陸では滅多に見られない黒髪であり、道行けばすれ違う人の十人に十人が振り返るほどに珍しい外見なのだから。

「まぁ、そーだな。旅っちゃあ旅だな。うん」

 カルボットが白身魚のフライを口の中に放り込みながら答えた。何だか曖昧な返答ではあったがベアトリスはそれで納得したようだった。

「宿は何処をとったの?」

白鷺しらさぎ館ってとこー」

「モンさん、口の周りがビールの泡と肉のタレまみれに……」

 キスはハンカチでモンの口周りを拭き、モンはされるがまま。王国の一王女に口を拭いてもらうとは名誉どころか大変な事態のはずであるが、幸いにもこーいったことに人一倍煩いクレディアはちょうど店の主人と食事や酒のメニューについて話し合っていたので、煩くなんだかんだと叱責されることはなかった。

「白鷺館? あら、いいとこじゃない。まぁ、貴族様だしね」

「何? それは皮肉?」

 ちょうど店の主人との会話を終えたクレディアが棘のある言葉を投げかける。

「事実確認と皮肉半々かしら」

 ベアトリスは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言い、クレディアはむっとした顔のままカップを傾けて、麦酒を胃の中に流し込んだ。油断すれば不機嫌さに任せて出てきそうな文句や苦言を酒と一緒に飲み込もうとしているようだった。彼女の不満の原因は主君の好奇心に起因しているのだから、うっかり主君批判に近い発言をしかねない為、自重しているのだった。

 その好奇心旺盛な主君はちびちびとお茶を飲みながら(キスはお酒が得意ではない)、ベアトリスが見せてくれた飛ぶ装置の設計図を見ていた。

「興味ある?」

「え? あ、まぁ、はい」

 ベアトリスの問いかけに、キスは彼女にしては中々はっきりと肯定してみせた。

「予定ではね。この飛ぶ装置に船を吊るして、そこに人が乗れるようにするつもりなの」

「本当にそんなことできるんですか?」

「ええ、勿論。既にあの装置の十分の一の大きさのものは飛ばしたがあるんだから。いくらか錘を吊るしてみて、どれくらいの重さなら吊るせるか計算もしたの。今回のサイズのものなら、人一人なら船に乗せて飛ばせるはずなの」

「で、それが燃えちまったと」

 カルボットの言葉に、それまで調子よく喋っていたベアトリスはぐんにゃりした。



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