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さようなら、全てお返しいたしますね!

作者: はるか

「いらっしゃいませ」



 店の扉が開き真鍮でてきたドアベルのやさしい音色が店内に響く。

 お客さんは馴染みの人が多く、備え付けの椅子に座り私が薬草を煮だして作ったお茶を振る舞うと「いつものお薬をお願いね」と言い、休憩がてら店でゆっくりしてから薬を受け取り帰っていく。


 私の父が開いている魔法薬の店はここザイリス国の首都にて祖父の代から続く地域密着型の個人店でひっきりなしにお客さんがやってくる。

 それは父の腕がいいからだけではなく、地域の休憩所として利用する年配のお客さんが多く常にロビーが人で賑わっているのだ。


 私は小さなころから父の後をついて店に顔を出しているので、この和やかな雰囲気が大好きで18才になり店を手伝う傍ら、最近は父直伝の薬の調合や新薬の研究を手伝っている。

 ゆくゆくは自分一人で新薬の研究を…と思っているけれど未だ女性が活躍できる場所はそう多くなく、父も心配してか子供の頃に同じく魔法薬店を営んでいるファース家のマドックと婚約を結んでいる。


「こんにちは、前回のお薬を飲んでから調子はいかがですか?」

「ケイトの勧めてくれた薬のお陰で随分と腰の痛みが引いたわよ。あの時はわざわざ家まで付き添ってくれてありがとうね」

「とんでもないわ。薬が合っているのならよかった!新しい分を用意するから待っていてくださいね」


 一応お客さんの顔と処方した薬は頭の中にしっかりと叩き込んである。一人でも多くの人に体の不調を治してほしいから些細なことにも気をかけるようにしている。


「なぁケイト、今月分のオスカー様の回復薬はできてるかい?」

「ええ、30本よね?昨日のうちに準備しておいたわ。パパ、安心して!」


 私が得意とする回復薬は数種類の薬草を回復魔法をかけながら煮詰めるもので、これを寝る前に飲めばどんなに忙しい仕事をしている人でもぐっすりと眠れ翌朝には疲れがスッキリ取れるこの店でも人気の商品だ。

 オスカー様は毎月月末に翌月分をまとめて購入してくださるお客様で、以前は父が配達をしていたけれど最近は直接店に受け取りに来てくれている。



「ケイト!やっほー」



 店のベルが鳴り顔を出したのは、私の事を何でも知ってくれている幼馴染で親友のリネットだ!


「ハイ!リネット。どうしたの?」

「みてぇー!ほら、このおでこ!明後日彼氏とデートだっていうのに吹き出物ができちゃったのよ」


 そう言ってリネットが前髪をあげると、確かに眉毛の上にひとつ、赤くふくれた吹き出物ができていた。正直これくらいならバランスの良い食事をして早く寝れば治るわよ?と言いたくなってしまうけれど恋する乙女にこんなセリフは厳禁だと心得ている。本人はとっても悩んでいるのだから。

 吹き出物によく効く塗り薬を処方して「今晩から塗りこんでよーく睡眠をとるのよ!」と説明すると真剣な面持ちで頷いてくれた。


「で、その彼氏と付き合ってどれくらいになるんだっけ?」

「ふふっ、明後日でちょうど一年の記念なの!だから雰囲気の良いお店でディナーをしてお祝いするのよっ」


 よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりにリネットは同い年の彼氏との惚気話をカウンター越しに聞かせてくれた。先週は移動動物園に遊びに行ったとか、水辺でボートを漕いだとか。うっとりと幸せそうなリネットを見るだけで私まで一緒になって頬を赤らめてしまう。


「早くケイトも彼氏を…ってごめん!つい他の子と話すみたいに言っちゃった。駄目よね、ケイトには婚約者のマドックがいるんだから」

「まぁ…ねぇ」


 現国王様が王妃様と恋愛結婚されたのが約30年前。その頃からこの国にも恋愛結婚という風潮が根付き、今時婚約者がいる年頃の女の子は少ないのだ。


 パパに「マドック君と婚約を結んだよ」と言われた幼い頃は実感がなかったけれど、今となっては何で婚約なんて…!といった感じだ。

 幼い頃にママを亡くした私を心配して、いつ何があっても大丈夫なように…と私に備えを用意してくれた親心なんだろうけれど。


「私が男の子だったらケイトの事放っておけないなぁ。知ってる?婚約の件があるから皆手を出してこないけど、ケイトは可愛いくて笑顔が素敵な働き者だって人気なのよ?」

「本当に?それは嬉しいわね」


 リネットの話はいい感じに盛られているだろうけど、リネットの恋愛話を昨年から聞かされてより"恋愛結婚"に憧れる気持ちは大きくなっているのが現状で。私も素敵な男性とドキドキと心踊ような恋愛を…なんて夜な夜な空想に思い更けてる今日この頃だったりしている。


「ケイト、本当はマドックの事どう思ってるの?」

「うーん…経営手腕は尊敬しているわ」


 私より五つ年上のマドックがファース家の営む魔法薬店を継いだのは約三年前、その後一年程でマドックが開発した新しい風邪薬は従来品よりもぐっと値を下げ飲むのも一日一回と簡単になってあっという間に市場に広まり、今では量販店にまで降ろしている大ヒット商品となっている。


 私も一度試しに購入してみたけど…薬は箱に書いてある成分とは違うものが入っているような匂いがするし、薬を飲むとみるみる風邪の症状は治るけれどなぜか反動で翌日は起き上がれない…ちょっとこれはどうなの?と言いたくなる商品なのよね。


 薬に詳しくない一般の人からしたら安価で手軽だからと売れているみたいだけれど、それに気づいている人はどのくらいいるのかしら?

 とは思っているだけでマドックに面と向かって言えずにはいるのだけれど。


 それと、パパには言えないけど現状のファース家ならうちのような小さな魔法薬店の娘よりもっと大きな店のお嬢さんと婚約を結ぶことだって可能なわけで。あちらから何か言ってきてはくれないかと期待していたりするのよね。


 不思議とマドックは何かと私に気をかけそんな素振りは見せないでいる。

 私、そんなに好かれてるのかしら?


 そんな事を頭の片隅で思いつつ、リネットの惚気話を聞いていると、再びドアベルが鳴り響いた。



「こんにちは、ケイト」



 そこには美しい金髪の髪に深いグリーンの瞳をしたオスカー様が微笑み佇んでいた。

 どのようなお仕事をしているかは知らないのだけれど、いつもパリッとしたシャツに仕立てのいいジャケットを着ている姿からは気品が溢れ出している。


 そんなオスカー様の横を、薬を受け取りお茶を飲み終えたおばあさんが店から出ようと立ち上がるとオスカー様はすっと扉を開きエスコートする。


 私とリネットは一瞬オスカー様にほうっと見とれるとハッと我を取り戻して笑顔で「またね」と挨拶し別れた。

 彼氏とラブラブなリネットをも見とれさせる程のオスカー様を実は毎月楽しみにお待ちしてるのはリネットにも内緒にしている。


「いらっしゃいませ、オスカー様。ご注文いただいていた回復薬ですよね?」

「ご友人と楽しそうだったのに申し訳ない。お願いできるかな?ケイトの作った回復薬を飲んでからは他のものが飲めなくなってしまってね」


 カウンター越しにもオスカー様からいい香りが香ってきてドキッとしてしまう。私なんて毎日薬草庫にいりびたっているからいい匂いところかツンとした薬草の匂いが体中にこびりついていないか、そしてそれがオスカー様に気づかれていないかとつい気になってしまった。


 …オスカー様にドキドキするこの気持ちが何なのか深く考えないようにはしてる。

 だって、もしこの気持ちが恋とか愛だと分かってしまったら私パパに何て言えばいいの?外に出そうになる乙女心をぐっと飲み込んでいつも通り笑顔で対応する。


「では今月分合計30本です。確認をお願いします。それと来月はどうしますか?」

「来月ももちろん、お願いするよ」

「はい、ありがとうございます!」


 今月分はすでに代金をいただいているので、来月分の代金をいただき領収書を発行する。ふと、オスカー様の右肩が左肩に比べてほんの少しだけれど上がっているのに気が付いた。


「オスカー様、もしかして今右肩が痛いんじゃないですか?」

「よくわかったね。さっき外の階段でご婦人が倒れそうになったのを受け止めたら、急に力を入れたからか筋を痛めてしまってね。情けない…」


 そう言って困ったようにやさしく微笑む姿に私の心臓は最高にキュンとしてしまった!全く情けなくなんてないです!そう声を大きくして言いたくなった。


「よかったら肩に触れてもいいですか?」

「? どうぞ」


 カウンター越しにオスカー様のほうへ身を乗りだして利き手の右手でオスカー様の右肩を触り、手に力を込めて魔法を発動させる。キラキラと光が輝くとたちまち光は右肩へすうっと吸い込まれるように消えていった。


「これで痛みは治まったと思うんですけど…」

「本当だ!いいのかい?貴重な魔法を使って。ケイト自慢の魔法薬を販売する機会じゃなかったのかな?」

「人助けをしたオスカー様からお金を取るなんてできません!私にできるのは小さな回復魔法だけですがこれくらいなら。…ほかの人には内緒ですよ?」


 この国で回復魔法ができる人はそう多くない。上級の回復魔法ができる人は治療院を開いてお金を取り魔法を施したりしているがけっこう高くついてしまうので、我が家のような魔法薬店がやっていけるのだ。


 人差し指を口の前にもっていき「内緒ですよ?」と話すとオスカー様は私にだけやさしく微笑み「では、お礼に」と自身の首にかけたネックレスを外し私の首へかけてくれた。

 私の顔のすぐ横に端正なオスカー様の顔がくるので耳元に息づかいを感じ、回された腕からはほんのりと体温を感じて私は恥ずかしくなって顔を上げることができないでいた。



「よかったらこれをケイトに」



 オスカー様の顔が離れると首から下がるネックレスを手に取り確認した。それはホワイトゴールドでできた細いチェーンにオスカー様の瞳の色と同じ深いグリーンの宝石がついていた。宝石の横には同じくホワイトゴールドでできたチャームがついている。


「こ…こんなすごいものをいただくなんて」

「シッ、ケイトにつけていてもらいたいんだ。それにほら、ケイトのグレーの瞳には中央にグリーンが浮かんでいるだろう?似合っているよ」


 確かに、私の瞳にもグリーンは浮かんでいるけれどだからって…と言おうとしたけれど今度はオスカー様が人差し指を私の口の前に出し何も言わないでと塞ぐのでこれ以上お断りするのも失礼になる。

 黙って「ありがとうございます」とだけ口にした。私の顔が赤くなっているのは気づいていない…といいのだけれど。


 そのままオスカー様は回復薬を一緒に来た男性陣と手分けして持ち帰っていった。…いつも二人か三人後ろからついてくる人がいるからオスカー様は偉い身分か肩書きの方で使用人、又は部下の人を連れてきているのかしら…?

 多分パパは以前配達をしていたからオスカー様の家を知っているのだろうけれど、家を知ってどうするんだ?ってなりそうだから聞かずにいよう。ストーカーと思われても困るもの!



「よぉ、ケイト」


 オスカー様が帰ってぼんやり考え事をしていたら、次に店に入ってきたのはマドックだった。風邪薬のおかげで羽振りが良いのか急に金色のネックレスや指輪をつけだしたりして…オスカー様を見た後だからか、めちゃくちゃダサい。もう、泣きそうなほど。本人には言えないけれどね!


「あら、マドックこんな時間に珍しいわね?」


 まだ夕方前だからお店は忙しいはずなんだけれど…きっとマドックは最近お店に立って接客などしていないのだろう。


「来週一緒にディナーをどうかと思ってね。土曜日の夜に迎えに来てもいいか?」

「土曜日の夜ね…わかった、パパにお願いしておくわ」

「前日までにドレスを届けさせるよ。じゃあ!」

「えっ、ドレスって…?」


 私の返事を全て聞く前にマドックは店を出ていってしまった。相変わらずのゴーイングマイウェイ。

 しかも扉を開けたと同時に鉢合わせしたおじいさんを邪魔だと言いたげに我先に扉をくぐって出て行った。…最悪っ!


 マドックは二年前くらいから毎月のように私に靴やスカーフ、アクセサリーなどブランド品をプレゼントしてくれている。でも本人はこうやってすぐに帰ってしまいあまり会話がないのでいまいち本意がわからないでいる。


 一応婚約者な訳だし邪険にはできない…。小さくため息をついて「いらっしゃいませ!」と接客に戻った。



 ◇◇◇◇◇



 金曜日の夕方にマドックが言っていたとおりドレスが届いた。白い箱に書かれたブランド名は高級ブランドで、箱に巻かれたリボンだけでもお高いのだろう。

 着こなせるかしら?と箱を開けると派手な赤色のドレスが入っていた。随分とビビットなドレスに袖を通すと私には大人びすぎていないか?と少し不安になった。


 翌日の午前中、ドレスの話と今日マドックに食事へ誘われている事をリネットに話すとなんと誘われたお店は最近出来たばかりで話題の超高級店らしく、庶民の私は一気に憂鬱になってしまった…。


 夜になり店を閉め閉店作業をパパにお願いして私はドレスに着替えた。

 私の髪の毛は少し暗めの栗毛色だからか赤はあまり似合わない。もしこの髪の毛がブロンドだったらこのドレスもよく似合ったのかな…?


 首にはオスカー様からいただいたグリーンのネックレスが輝いている。ふと、マドックにこのネックレスを見られるのが何となく嫌だなと思ってパールのネックレスに変更した。オスカー様との素敵な思い出が汚される気がしてしまったのよね。


 着替え終わると、ちょうどマドックが馬車に乗り迎えに来てくれていた。光沢のあるスーツにタイは私のドレスに合わせてか真っ赤だ。いつも通り金のアクセサリーもしっかりと。やっぱり趣味が悪いっ!

 パパに行ってきますと声をかけ、マドックのエスコートで食事へ出掛けた。




「ケイト、そのドレスよく似合ってるね」


 前菜をひと口食べてマドックはお決まりのセリフを口にした。「そう?素敵なドレスをありがとう」と返事したけれど、本音はできたらもう少し落ち着いた色のドレスがよかったわ、だ。


「そういえば、おじさんとおばさんはお元気?」

「あぁ、二人とも引退してから自給自足暮らしの田舎を楽しくやってるみたいだ」


 三年前にマドックが魔法薬店を継いでからおじさんとおばさんはセカンドライフ!と楽しそうに引っ越しして行ってしまったのだ。ふと、マドックの両親とうちのパパはそんなに年が変わらないのだからパパももう引退を考える年齢なのかしら…?と寂しくなった。


 リネットの言っていたとおりお店は優雅なピアノの生演奏が流れ、グラスもお皿も全てが一流だった。ウェイターは無駄のない美しい身のこなしで配膳を済ませていく。頭の中はマドックとの会話よりもマナーが気になってしまい味は二の次だ。


「…と思ってるんだよ。ケイトはどう思う?」

「え?ごめんなさい、今なんて?」


 メインのロブスターに気をとられていたらマドックの言葉は耳に入らなかった。慌てて返事をするとワインを口に運び上機嫌なマドックは「だからぁ、」と話を続けてくれた。


「これからの魔法薬店は"人情よりも売上"なんだよ。だからケイトの店も改装して休憩スペースなんか潰してカウンターとレジを多く、薬剤調合室をでっかくしていかにたくさんの人を捌いて売上るか!に重点を置いたほうがいいんだよ?"地域密着型お客に丁寧に主義"はもう古いよ!」


 顔を赤くして息巻くマドックは正気なのだろうか?

 婚約者だからって言っていいことと悪いことがある!何でここまで我が家の経営に口を出されなくちゃいけないの!?


「ちょっとマドック…!」


 言い返そうと口を開いたところで、まわりのテーブルの視線が私に突き刺さった。


「で、店を繁盛させてケイトの親父さんを楽にさせる為にも!そろそろ俺達の結婚の話を進めないか?これからは俺に全て任せてくれ」


 マドックがそう言うと背後から店員が大きなバラの花束を私に差し出した。ドレスと同じく真っ赤なバラだ!


「ケイト、受け取って欲しい。俺と結婚しよう!」


 マドックがそう言うと店の客から一斉に拍手が沸き起こった!私は何が起こったのか状況を把握できずにまわりの空気に圧倒されてしまった。


「えっ…と、ちょっと…」


 "待って!経営方針が違うのに受け入れられないわ"そう言おうとした時、店の入り口から息を切らせたリネットが飛び込んできた!



「ケイト!おじさんが、大変よ!!」



 何事かと急いでリネットに問いただすとパパが馬車に引かれそうになった子供を助けた拍子に路地に強く頭を打ち付けて病院に運ばれたと言う!!

 食事もドレスもマドックも、一気にどうでも良くなり急いで病院に駆け付けた!!




 ◇◇◇◇◇





 この一ヶ月でこの国も、私の状況も全てが一変してしまった。


 まず、国の君主であったフィリップ国王が急病で亡くなり国全体が喪に服していた。国民は一様に黒い服を身にまとい、故フィリップ国王に敬意を示した。新しい国王は息子である第一王子が即位するらしいけれど、私はそれどころではないくらい忙しく世間の情報に追い付いていけていない。


 パパは頭を強く打ち未だに意識不明で病院に入院している。骨折や怪我であれば私の魔法で何とかできるけれど、脳となると役に立たない。毎日お見舞いに行き手をさすり、声をかける事しかできなくて心細い日々が続いている。


 そして、一番頭を抱えているのはお金の問題だ。

 パパはお客さんを第一に考えて最小限の利益で薬を販売していた。一昨年店を綺麗に改装したローンがまだ残っているのと、新しく薬草を購入する資金が必要なのだけれどパパは通帳を念入りに隠しいるみたいで見つからないのだ。


 お見舞金はいただいたけれど、パパの治療に沢山のお金がかかるので今手元にある資金でやっていけるのは多分あと一ヶ月。


 お店はなんとか私が作れる薬と、パパが作り置きしてくれていた薬で対応しているけれど作り置きの薬はそろそろ底をつきこれからどうしたら良いのかと頭を悩ませている。ここはお客さんの為にも、パパが回復するまで信頼できる魔法薬店を紹介するしかない…。



 今日は定休日なので、私は黒のワンピースに着替えパパのお見舞いへ行く前に、今後の事を思って一度店の顧客リストを確認していると入口に"close"と看板を下げているはずの扉がノックされた。



「…?なんだ、マドックじゃない」


 先週病院で顔を会わせていたマドックが久しぶりに店へやって来た。鍵を開け招き入れるとマドックは内側から鍵をかけ、カーテンをしっかりと閉めた。


「まだ病院へは行ってないと思ってこっちに来たんだ」

「正解ね。今から行くところだったのよ」

「どうなんだ?親父さんの具合は」

「この前お見舞いに来てくれたときと変わらないわ。まだ意識不明で…だから悪いけど、前にレストランで話してくれた件も…とてもじゃないけど暫くは考えられないわ。ごめんなさい」

「……」


 私は意気消沈でマドックの顔を見ることもできずぽつりと本音を伝えた。ずっと言おうと思っていたことで大切なことだったし二人きりの今言うべきなんだと思ったからか、するりと言葉は出た。

 顧客リストをしまおうとカウンターの内側に設けている金庫に手をかけて、ふとマドックの視線に気がついた。


「何…?」


 マドックからでも金庫の中にお金が入っていないのは見えているだろう。ここには顧客リストとパパの書き記したオリジナルの魔法薬の調合方法を書いた分厚いノートが入っている。

 女の勘ってやつかしら?嫌な予感がして顧客リストをしまうより急いで先に鍵をかけると、私の持つ鍵を奪おうとマドックの手が伸びてきた!


「何するのっ!?」


 慌ててマドックの手を振り払って立ち上がると、反対の手に持った顧客リストにもマドックの手が伸びたけれど、身を翻して避けた!


「ちょっと!?」

「ケイトの親父さんは目を覚まさないんだろ!?なら親父さんのノートを俺に渡せよ!こっちは急いでるんだ!何の為にお前と婚約なんて続けてると思ってたんだ!?全部その調合方法を知るためなんだよ!」


 マドックは逃げる私を壁際に追い詰めると顔のすぐ横の壁を大きく叩いた。私はマドックのつり上がった目と乱暴な行動に驚いて体が萎縮してしまう。

 マドックがこんなに声を荒らげるなんて!?成金でダサかったけれど、一応今まで私に紳士的な振る舞いをしてきたのに…!


「それが…あなたの本性なのね?」

「あぁ、そうだよ!お前の親父さんの調合する薬はすごいからな。それを受け継ぐためだけに優しく振る舞ってきたんだよ!そのノートさえあればこんな小さい店もお前もいらないんだよ!さっさと婚約破棄だ!!」

「婚約破棄!?ええ、結構よ!あなたみたいな思いやりがなくて暴力的でダサい人、こっちからお断りよ!でも、絶対にノートは渡さないわっ」


 マドックは眉間に大きなシワを寄せ、歯を強く食い縛り、悪魔のような酷い顔をして私の首もとを掴んで力いっぱいに投げ飛ばした!

 私が何をしたって言うの!?


「なぁ、渡せよ!それがあればうちの経営も建て直せるんだ!」

「何ですって?風邪薬のおかげで儲かっていたんじゃないの?」


 投げ出された拍子にワンピースの首元は大きく破れ、首にかけていたホワイトゴールドのチェーンが千切れて音を立ててペンダントトップとチャームは床に転がり、抱え込んでいた顧客リストはファイルから外れて床に散らばってしまった。


 勢いよく倒れてひねった足が痛くてうずくまり、涙目になる私が持つ鍵を奪おうとマドックはゆっくりと近寄ってきた。


 不安と恐怖で発狂しそうだけれどここには私しかいない!私が守らなくちゃ!そう思って床についた手に力をいれたその時、指先に触れた一枚の顧客リストに目が行き、私は驚きで固まってしまった!


「大人しく鍵をよこせ!」


 マドックは足元に転がったペンダントトップとチャームを拾い上げ「こんな金目のものいつの間に」と舌をチッと鳴らした。


「それを返して!あなたに触ってほしくない!」大きな声で叫びたかったけれどそれよりも未だ私の視線は顧客リストから離れない。


「ん?おい、ケイト!!これをどこで手に入れた!?」

「痛いっ!」


 突然ぐいっと髪の毛を捕まれ無理矢理にマドックのほうへ顔を向かされると、目の前にオスカー様からいただいたペンダントトップとチャームが突き出された!


 乙女の髪の毛を乱暴に掴み引っ張るなんて、地獄に落ちてしまえ!そう強く念じながら睨み返した、そのとき──!



「そこまでだ!」



 髪の毛越しにビクッとマドックの手が跳ねたのが分かった。私の背後、裏口から人が入ってきたのを確認したのかマドックは手を緩めて私の髪の毛を離した。

 声の主はすぐに分かったけれど私は驚いてうずくまったままだった。何で…?裏口にも施錠をしていたはずなのに…。


 ゆっくりと後ろを振り返るとそこには───!



「オスカー様!?」



 オスカー様が私に近づくとマドックは数歩下がった。

 私の肩に自身のジャケットを掛けてくれるとオスカー様は「もう安心して」と耳元で呟き、同時にどっと私の体から恐怖と緊張が抜け出した。


 ふと、その後ろにリネットがドヤ顔で革のキーホルダーがついた裏口の鍵を持って佇んでいるのが見えた。庭の植木鉢の下に隠してたものだ!グッジョブ幼馴染!!



「何をしているのですか?マドック・ファース」


 マドックの肩がびくっと震えた。顔は青くなりパクパクと口を動かしているが声になっていない。


「調べたところ、あなたの魔法薬店は約二年前から薬剤偽装に粉飾決算、それに脱税をも行っていますね…。薬剤偽装に関しては公表後訴訟が起きるでしょうね」


 オスカー様は一枚の紙を取り出すとスラスラと読みはじめた。マドックはもう顔面蒼白だ。それよりも…!


「な…何でここに!? それに何故その事を!?おま…あなたは新聞に載ってた…オスカー王太子!?」


 そう!床にばらまかれ私の指先に触れた一枚の顧客リスト、そこにはパパの字で

 "回復薬を毎月/ジョージス城/オスカー王太子"

 と、簡単にだけど記載されていた。ジョージス城は国民皆が知っている国王一族が住居している城である。


 そしてオスカー王太子…ということは…間も無く国王に即位される第一王子!?


 マドックが行った不正の数々にも呆れるほどびっくりしているけれど、未だ私が驚きのあまり体が硬直しているのはほぼオスカー様のせいである。

 だって、王太子様だったなんて…!


「ケイトの為にもと全て細かく調べさせていただきました。ええと、他に…今年に入ってからはじめた自身も籍を入れる"ホストクラブ"の経営が思わしくなく資金に行き詰まっていると…。だからといってケイトを脅すという最低の行為を行って良いわけではありません!」


 な!? ホストクラブっ!?

 驚いて心の中で大声をあげたところ、私の後ろからリネットの吹き出し笑いが盛大に聞こえた。


 わかる!その気持ちはすごくわかるわ!だってマドックはこの国の女子の平均身長ぴったりの私より更に5センチは背が低くて、体格はやせっぽちで顔は…言わずもがな。極めつけにファッションセンスは最悪なのだ。こんな人がホスト?


「うっ…笑うな!俺は、本当は地味な魔法薬店なんか継ぎたくなかったんだ!誰かに格好いいねって注目されるような仕事がしたかったんだ!」


 はい、再びリネットの吹き出し笑いが響きました!もうツボに入ってしまったのか笑いを押し殺せてないわよ!


 泡をふく一歩手前のマドックから目をそらし、オスカー様は座り込む私の腕を優しく支えて立たせてくれた。


「ケイト、私もバタバタとしていてこんなに大変なことになっているとは知らず…来るのが遅くなり申し訳ありませんでした。大丈夫ですか?婚約者がこんな者だと知りさぞショックてしょう?」

「あ…いいえ、ちょうど婚約破棄したばかりでしたのでショックも何も、ただ呆れるばかりです」


 オスカー様に支えられて心臓のドキドキは最高潮だけれど、案外すんなりと口は動いた。マドックに関しては本当にこう思っているから。

 すると、私の返答に気を良くしたのかオスカー様はにこりと微笑んでから、マドックが掴んでいたペンダントトップとチャームをパッと奪い返すと私の手のひらに置いた。


「それはよかった!

 ではケイト、私と婚約してくれませんか?私はずっとケイトの事が好きでこの店にも通いつめていたんです」


 オスカー様の突然の告白に私はもちろん、顔面蒼白のマドックも笑いを堪えきれていないリネットも驚き一様に息をするのを忘れて静まり返った!!


「あ、もうこの犯罪者は連行してくれて構わない」


 オスカー様の一言で現れた屈強な男性二名はマドックを両端から掴み持ち上げるとあっという間に連行してしまった。


 その間に手に乗せられたペンダントトップとチャームを改めてよく見てみる。マドックは何に気づいて怒りだしたの…?

 と、チャームに彫られた紋章は小さいけれどよく見ると二匹のライオンが王冠を被りオリーブの枝をくわえている。


 こ、これは…王室紋章だわっ!


 毎日のように首から下げていたのにグリーンの宝石を見て、まるでオスカー様と見つめあってるみたい?きゃっ!なんて考えてばっかりいたから…気付かなかった…バカ!私の大バカ者!

 今目の前で起こっていることは現実!?


「あれ、ケイト固まってる?思い出してほしいな。三年前、山の中で怪我を治療してくれたこと」


「三年前…!?」


 そういえば三年前、パパと山へ薬草をとりに出掛けつい夢中になりはぐれてしまい山をさ迷っていたら青年に出会った。

 青年は崖から落ちてしまったようで足に酷い怪我をしてうずくまってたので、急いで駆け寄りありったけの魔力を使って覚えたての治療魔法をかけると「ありがとう」って言われて頭を優しく撫でてもらってすごく嬉しかった。

 初めて誰かのために魔法を使った私は治療に夢中で青年の顔を見れずにいた。

 その後、私はありったけの魔力を使った為疲れきって眠ってしまって気づいたらパパと家にいて…あの青年との出会いは夢だっの?って思ったっけ…。


「あの、骨折とひどい出血の…!?」


「そう、あれが私だったんだよ!その後お礼のつもりで毎月薬の配達を頼んだのだけれど、ケイトの事が忘れられなくて店に通うようになったんだ。ケイトの笑顔と優しさと一生懸命さがいつまでも私の心から離れなかったんだよ」


「そんな事って…」


「だから、ぜひ私の伴侶となりいつまでも側にいてほしい…」


 オスカー様は私の頬に手を添えて情熱的な瞳で私をまっすぐに見つめる。

 私は毎月オスカー様が来てくれるのを心待にしていた。彼の口から私の名前が呼ばれ、他愛もない会話をするのが毎月楽しみでしょうがなかった!もし恋愛ができるならオスカー様のような素敵な方と、なんて思い描いてはいた…


 でも、夢が目の前に現実となって私の目の前に現れ心臓も頭もパンク寸前だ!

 ふと、どうしたらいいの!?とリネットをちらりと見ると晴れ晴れとした笑顔でぐっと親指を立てている。


 頬に添えられた手を握り返してごくりと唾を飲み言葉を発するべく口を開いた瞬間、店の扉が強く叩かれた!






「ケイトさんいる!?病院の看護師よ!お父さんが、目を覚ましたわよ!」




 ◇◇◇◇◇




 その後、慌てて病院へ駆けつけると父は「ケイト」と私を見て言葉を発した。懸命のリハビリを経て一ヶ月後には車椅子で外出もできるようになった。

 この調子であればいずれは店も再開できるだろうと医師のお墨付きをもらうほどの回復ぶりだ。

 お店は信頼できる知人のお店からお弟子さんをお招きして営業を続けている。彼の腕とパパが書いてくれていたノートのおかげで変わらずお客さんに満足いただける薬を処方している。


 パパはマドックとの婚約を何度も謝ってくれた。マドックの両親ですら彼の不正と本性に気付かなかったのだ。パパを責めることなんてできない。

 それと、私にオスカー様の事を話さなかったのはオスカー様から口止めをされていたかららしい。私に対して好意を持ってくださっていたことには気付いていなかったと驚いていた。


 マドックはこれから裁判が始まるけれど、長い懲役と膨大な金額の違約金等は免れないだろうと噂されている。

 マドックの両親は慌てて田舎から戻り息子のしてしまった後始末に追われている。魔法薬店とホストクラブをも畳んでもお金は足りないらしく随分と苦労しているみたいだった。

 病院へ私と父に頭を下げにきた時には心労からかすっかり以前の面影はなくげっそりとしていた。




 休日のよく晴れた日、久しぶりに国民は黒い服を脱ぎ皆が明るい服装で外へ繰り出した。

 首都に隣接する歴史ある一番大きな寺院には国内外から来賓が訪れ街も久しぶりに賑わっている。今日は全国民が待ちに待ったオスカー様の戴冠式が執り行われる。

 いよいよ、オスカー国王の誕生だ。


 私は素晴らしい調度品に囲まれた一室で用意されたドレスを身に纏うとふかふかのソファに座り深呼吸をした。その時、部屋の扉がノックされた。


「ケイト、用意はできたかい?」

「ええ。でも緊張してしまって…」


 扉が開くと正装に身を包んだオスカー様が顔をだした。


「美しいよ、ケイト。そんなに緊張しないで?ほら、リラックス」

「は、はい…」


 オスカー様は私の肩をぽんぽんと叩き頬笑む。

 そうよね、主役はオスカー様なんだから私がこんなに緊張していてはダメよ。そう自分に言い聞かせた。



「ケイト、私の申し出を受けてくれてありがとう。婚約者としてケイトが側にいてくれてとても心強いよ」


 ふわりといい香りが近づき額にオスカー様の唇が触れ、緊張とは違った意味で心臓が高鳴る。


「私こそ…月に一度お会いできるだけでも嬉しかったのに、こんな私を見初めてくださるなんて…今でも夢の中にいるみたい」


「私もだよ。これからはずっと側にいてくれる?」


「ええ、喜んで!…でもひとつお願いが…これからも新薬の研究を続けてもいいかしら?」


「もちろん!何なら研究室を作ろう!世の女性が社会進出するきっかけとなるだろうね」


「頑張ります!」





 先日部屋の片付けをしていてマドックからいただいたドレスやアクセサリー類などの全てを箱に詰め送り返した。

 メッセージカードにはこう言葉を添えて。


『さようなら、全てお返しいたしますね』


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