第一話 僕の隣の空席
僕の隣の席はいつも空席だ。
五人で一列の並びが六つ、計三十席ある教室の窓際の最後尾にその空席はあった。
現在は六月下旬。
ここ彩陽学園高等学校に入学してから、既に二ヶ月半もの月日が経っていた。
しかし、未だにその空席を埋める者は現れていない。
時折、マンガやアニメなどの二次創作物で目にすることのある、突如編入してくる謎の転校生という役を担っている登場人物がいる。その人物は男女どちらだろうと例外なく容姿端麗であり、作中ではヒーローもしくはヒロインというおいしい役割にあてられる。
それが二次創作物の特権ということなのだろう。
読者からしてみれば秘密のありそうな謎の美男、謎の美女、なんて肩書は魅力的に映るだろうし、二次創作物を嗜む僕としても大好物である。
また、作者からしてみれば『謎の転校生』と宣うだけで、その人物に重大な伏線を持たせることができ、背景に深みをもたらすことまで出来てしまう。
それほどまでに、転校生というのは心惹くものなのだろう。
しかし、だ。僕が言いたいことは転校生の魅力についてではない。真に言いたいことは、転校してきたあと、その人物が座る席が不自然だということに尽きる。
物語の序盤、朝のホームルームで、教師が「今日から同じクラスメイトになる転校生がいます」などとサプライズでもしているかのような口ぶりで転校生を紹介する場面は想像に難くないだろう。次には転校生本人が黒板に自身の名前を書いたりして自己紹介するはずだ。
そして、僕が不自然だと思うのはその後の事だ。
転校生が簡潔に自己紹介を終えると、教師は「そこの空いている席に座れ」とその転校生を早くもクラスメイトの一員として席に着けと促す。そして、物語の主人公の左右どちらかの席が運命的にも『偶然』空いていて、そこが転校生の席となるに違いない。
それも二次創作物の特権であるご都合主義だというのならそれまでかもしれないが、実際にそんな転校生専用みたいな空席があったら不自然でおかしいと思うのが普通ではないだろうか。
ストーリーの進行上、仕方のないことなのかもしれないし、そんなこと誰も気にとめないことかもしれない。だが、僕は気にする。僕の気には引っかかる。さも当然のように一つだけ空席があるのはおかしいではないか。それとも、教師が転校生の為に予め用意した席とでも言うのだろうか。なら、席を用意したことを前もって伝えておいてほしいものだ。
もはや、それは『偶然』ではなく『必然』と呼ぶべきだろう。
しかし、教師の口調から察するに、例の場合は偶然にも空席があったのだろう。
なぜ使われている教室に空席があるのかはわからない。そのクラスを担当する教師の管理が悪いのか、もしくは何らかの授業で席を余分に使うために置かれているのか。
だとしても、小中高の学校の教室に空席があるのは珍しいことに変わりなく、空席が置かれている理由が明確でないなら、それが気になっても不思議ではないはずだ。
そして、僕のクラスには、そんな二次創作物にでも出てきそうな空席があった。しかも僕の隣の席にだ。それは気にもなる。
気になると同時に期待もしてしまう。
謎の転校生が編入してきて、僕の隣の空席を埋めるのではないかと。そんな淡い期待を抱いてしまう。
僕だって、そんな期待は妄想でしかなく現実的ではないとわかってはいる。
しかし、だからといって、期待しない理由にはならない。
明らかに不自然に置かれた空席だ。転校生と言わないまでも何か特別な意味があってほしい。
その期待は入学してから一週間もしないうちに芽生えていた。
この二ヶ月半の間で、一度席替えが行われたのだが、その空席は初めから省かれて行われた為に、空席の場所が変わることはなかった。ちなみに僕は奇跡的な運を酷使し、再度空席の隣をくじで引き当てている。これぞ運命だと、さらに僕の空席への期待が増したのは言わずともわかるだろう。
僕は二ヶ月余りの時間を使い、期待と妄想をし続け、それを形に残していった。
具体的には、僕の唯一の趣味と言える絵画で妄想を形にしたのだ。
入学してからの二ヶ月半、空席をいつか埋めるであろう人物を想像し、空想し、一日一人隣席のクラスメイトを描き続けた。最初は朝陽に照らされ、凛とした長い黒髪を靡かせた大和撫子のような女性をイメージして描いた覚えがある。それからは、髪を短くしたり結えたり、髪色を変えたり、表情を変えたりと様々な人を描いた。
女性しか描いていないのは男としての性であり、僕個人としての願望でもあるのだろう。
自画自賛にはなってしまうが、僕の絵は客観視してもなかなかの出来だと思う。
しかしながら僕の絵には欠点があった。
幼少期から絵を描いている僕だが、絵画には欠かせないものである色鉛筆や絵の具、水彩絵の具やコピックなど、絵に色を付け、絵を彩る道具を一切使えないのだ。
それらの道具を使うと幼稚園児の描くような稚拙な絵になってしまうし、一番描き慣れていそうな色鉛筆でさえ使うと絵の出来が淡泊になってしまって深みが出ないのだ。それは練習しても上達することはなく、いつの間にか色を付けること自体を諦めてしまっていた。
それからは色々な濃さの鉛筆を使い分け、鉛筆なりに手本とした風景そのままの色を再現できるように努力を重ねてはいる。
だが、やはりと言うべきか、鉛筆の濃さだけで赤や青といった色を再現することは、かなりの難問であった。
今となっては、見る人が見ればある程度は色の判別できるくらいになったが、素人が見れば白黒の綺麗な絵という感想に留まってしまうことだろう。
だからこそ、僕は画力の向上も兼ねて毎日空想上のクラスメイトを描く。
それは、空想の世界、絵の世界を超えることはないと思われた。
しかし僕は、まだ見ぬクラスメイトを思い、少しの期待を胸に、描き続ける。
そして、ついに、満を持して。
僕の妄想もとい願望は叶うこととなったのだった。
安定しない天候が続く梅雨の季節の中、久々の晴れ模様を見せた六月の最終日、六月三十日。
ある一人の少女が、クラスの欠けたラストピースを、僕の隣の空席を――埋めたのである。
そう。
例の空席には、確かな意味があったのだ。




