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第十四話 憧憬の花火大会

 翌日。朝から向井先生に呼び出された僕と水無瀬さんとみずきさんは職員室に来ていた。何事かと構えていたけれど、本当に説教ではないようだった。

 どうやら美術の授業で描いた僕らの絵の出来が良く、町内の展示会に出展したいという話だった。


「というわけで、三人の絵を出展したいのだがいいかな?」

「僕は構いませんよ」

「私も、適当に描いたものだから好きに使ってくれていいですよ」

「あ、私は……」


 僕とみずきさんの絵は出展されることは確定だろうが、水無瀬さんは首を縦には振りたくないようだった。それもそうだ。自分の人生がめちゃくちゃになった原因が絵なのだから、たとえ本領発揮できていない絵だとしても出展されることは内心穏やかではないだろう。


「先生!僕、水無瀬さんの絵が欲しいです。ください。いえ、貰います」


 そう言って、先生の手元から一枚の絵を奪い取った。


「お、おい保志」

「欲しくて欲しくて堪らなかったんです。見逃してください」

「先生、私もその絵保志さんに貰ってほしいです」

「描いた本人である水無瀬が言うなら……」

「さすが先生です。ほんと生徒に優しい先生だ。先生の手本ですね。世界の先生だ。いやー、先生の担当するクラスになれて良かったです」

「そ、そうか?生徒にそう言われるのは教師冥利に尽きるな」


 ちょろい先生だった。照れ隠しなのか、大人っぽく捲かれた髪を回すようにいじっている。


「では僕らはこれで失礼しますね。僕の絵も勝手にしてもらっていいので」


 僕ら三人は声をそろえて「失礼しました」と言い、職員室を出た。


「保志さん、ありがとうございました」

「いや、いいんだよ。絵が欲しかったのは本当だからね」


 さすがにあからさますぎる庇い方だったかもしれないが。


「いやあ、保志くんがまさかあんなに向井先生のことが好きだったなんて知らなかったなー」

「えっ」

「いや、あれ冗談だからね?本気じゃないからね?」




 その後は何事もなく時間が過ぎていった。

 残り数日の学校も、何も問題なく、いつも通りに過ぎていった。

 七月の最後にある花火大会に向けて、既に僕は準備を始めていた。花火大会に必要なもので、でも僕では準備できないことがあった為、学校でみずきさんに『ある頼みごと』をした。すると、みずきさんは貸し一つということで快く引き入れてくれた。まあみずきさんに借りをつくるのは少し怖かったが。


 それから夏休みがやってきた。

 毎日補習があり、休みという実感はなかったけれど家に一人でいるよりはよく思えた。

 ある一つの目標に向けた準備をすることは想像以上に楽しく、感じたことのない充実感があった。

 そして、七月の最終日。とうとう花火大会の日がやってきたのだった。




「じゃあ水無瀬さん、僕は花火大会の準備がまだあるから一度学校から出るね。水無瀬さんの補習が終わったら連絡して。多分それまでには戻れると思うから」

「はい、わかりました。昇降口で待ってますね」

「うん。また後で」


自分の補習を終えた僕は、補習がまだ終わっていない水無瀬さんを残し教室を出た。

 夕方である今からだと、夜の花火大会まではまだ時間がある。水無瀬さんの補習もまだ当分かかるとのことだった。だから僕は今のうちに準備を完璧にするべく行動する。

 カメラは持った。お金も十分あるし、一応絵画の用具も準備した。服装は制服でいいと水無瀬さんは言っていたがせっかくなのだがら浴衣を着てほしい。僕はそう思い浴衣の手配もしていた。それがみずきさんへの頼みだった。最後の準備、浴衣を受け取りに最寄りの駅へと向かう。


《もうすぐ駅に着くよ》

《はいはーい。私ももうすぐだよ》


 この日の為に意を決してみずきさんとも連絡先を交換したのだ。

 駅に着くと既にみずきさんは待ち合わせ場所にした駅前の広場ベンチに座っていた。


「みずきさん、ごめん待った?」


 男女の待ち合わせの際に言うテンプレート的なセリフが僕の口から発せられていることに自分で驚いた。


「んーん、今来たとこ」

「わざわざごめんね」

「気にしないで。でも私への貸し一つは大変だぞー」

「何を要求するするつもりでいるの」

「まあそれは浴衣を返してもらう時でいいや。はい、これ」

「あ、ありがとう」


 手渡された大きめの紙袋には折り目正しく畳まれた浴衣が入っていた。どことなく初めて水無瀬さんと会った時に着ていたワンピースの柄に似ていた。


「それにしても保志くんにいきなり浴衣貸してなんて言われた時はびっくりしたよ」

「ああ、僕もこんなこと言うと思ってなかったよ」

「水無瀬さんのためなんだよね?」

「うん、せっかく花火大会に行くなら着てもらいたいなって。きっと浴衣着たことないと思うから」

「そっか」

「どうかした?」


 今のみずきさんにはいつもの勢いが感じられなかった。


「別になんでもないよ。せっかく花火大会行くなら楽しんできなよ。って言っても私もクラスの子と行くんだけどね」

「さすがは委員長だね。人気者だ」

「男女二人きりで行く保志くんに言われたら嫌味にしか聞こえないなー」

「え、あ」


 よくよく考えてみれば高校生の男女で花火大会にいくなんて、そう捉えられてもおかしくはない。今更ながらに意識してしまう。


「もしかして、保志くん何も考えてないで誘ったの?」

「いや誘ったのは僕じゃないし」

「え、月ちゃんが誘ったの⁉」

「そ、そうだよ」

「うそ、それは意外だなー。保志くんちゃんとリードしてあげなよ」

「頑張ってみるよ」

「じゃあ何があったかは浴衣返してくれる時に教えてね」

「いや、教えないよ」

「貸し一つ」

「うっ……」

「とりあえず楽しんできなよ」

「うん。ありがとう」

「じゃあ私はもう行くね。浴衣返すのはいつでもいから」

「わかった。じゃあまた」


そう言うと水無瀬さんはすぐに去っていった。


「二人きり、か……」


 その事実が僕の緊張を膨らませた。

 僕は翻し、来た道を戻ろうとした時、制服のズボンの左ポケットが振動した。


「もう補習終わったのかな?」


 携帯電話を取り出す。振動をさせたのは予想通り水無瀬さんからの着信だった。しかし、その振動のテンポは僕が最近聞き慣れてきた振動音とは異なっていた。


「電話……?」


 水無瀬さんからの電話だった。

 いきなりのことで僕の鼓動は速度を増す。僕は震える手で通話ボタンを押した。


『保志くん!』


 しかし、聞こえた声は落ち着きのあるソプラノの声などではなかった。

 これは向井先生……?それに僕のことをくん付けで呼んでいるから最初から素での登場だった。なぜ水無瀬さんの携帯電話で先生が?

 僕を呼ぶ向井先生の声は鼓膜に突き刺さるように大きく、また切羽詰ったように焦燥感で満ちていた。


『はい、保志です。どうした……』


 どうして先生が水無瀬さんの携帯で通話しているのかを聞こうとしたのだが、先とは大違いな、やけに小さい声で先生は僕の言葉を遮った。




『水無瀬さんが倒れた』


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