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第十話 不可思議な扉

 水無瀬さんが泣きやむのを待っていると、今まで閉ざされっぱなしだった美術室のドアが突然開いた。


「なんでこんな遅い時間に生徒が美術室に残っているんだ」


 怒気が込められた向井先生の声だった。

 先生が照明を点けたのか、視界がいきなり白く染まった。


「って、保志と水無瀬じゃないか。どうしてお前達がこんなところに、こんな時間に?というか、なぜ先生のことろに来なかったんだ。授業のとき、呼び出ししたよな?」

「いや、それは僕らのセリフですよ。先生が今日の放課後、美術室に来い。なんて呼び出したから行ったのに。ずっと待っていたんですよ?」

「ええ?美術室?私は確か、職員室と言ったはずだが……」

「いえ、美術室と言っていました。職員室に呼び出したのは蒼井さんだけですよ。ね、水無瀬さん」


 水無瀬さんは腫らした目を見られないように俯きながらも頷いた。


「嘘でしょ……え、それは……本当にごめんなさい。私も職員室で待っていたんだけど、君達が来るの遅いなと思っていたら無意識に残業してしまっていて……」


 いつもの、強気な大人の女性という先生の面が剥がれ落ちていく。

 向井先生は自分に非があるミスを犯すと、こうしてすぐに弱って、素の向井先生が現れるのだ。まあ、その偶に見せる素が、普段とのギャップがあって萌えると、一部の男子に人気があるみたいなのだが。ちなみに、素が出ると一人称が先生から私に変わるため、そこで見分けられているらしい。


「本当にごめんなさい。でも私がこんなこと聞くのはおかしいことだと思うけど、どうしてこんなにも遅くまで残っていたの?普通なら少し待って来なかったら帰るでしょう?」

「それが、帰れなくなってしまったんですよ」

「どうして?」

「美術室の鍵が閉められたからですよ。内側には鍵穴ありませんし。それに美術室だけは警備員ではなく向井先生が自分でいつも戸締りしているんですよね?」

「そうだけど、私まだ帰ってないんだから美術室の鍵閉めてないわよ?それに美術室の鍵は私が持っているのと、あと保志くんが持っているものの二つだけなんだから」


 あと、素の先生は生徒を呼び捨てにはしないらしい。


「え、それならどうやって鍵が閉まったんだ?」


 本当に謎だった。ホラーか何かなのではないかと疑ってしまうほどに謎だった。


「本物のお化けかもね。なんちゃって」


 向井先生はからかうように言ってきた。


「本物の?」

「私が今、美術室に来た理由ってね、他の職員さんから、美術室の窓にお化けの影が見えたって大袈裟な連絡が来たからなの」

「ああ、なるほど」

「まあ実際は保志くんと水無瀬さんだったんだけど。って、水無瀬さんどうしたの!そんなに目を腫らして!もしかして、いえ、もしかしなくても私のせい⁉私が間違えていたせいで、美術室にとじこめられてしまって、その間保志くんと二人きりだったから……」

「先生、さりげなく僕を傷つけないでください。水無瀬さんなら平気ですよ」

「いいえ、そんなことはないわ。水無瀬さん、保志くんに泣かされたのね?」

「自分の罪を生徒になすりつけないでください。違いますよ。というか、先生のせいでもありません」

「……はい。保志さんに泣かされました」


 ……水無瀬さんに裏切られた瞬間だった。

 いやでも、僕のせいだということになるのだろうか。


「保志くん、さすがに温厚なことで名高い私でも、女の子を泣かせることは許さないわよ?」


 どこにそんな鬼の形相じみた表情で迫ってくる温厚な人がいるのだろう。


「でも、大丈夫ですよ先生。これはいい涙なんです。嬉し泣きなんです。先生は男の人に良い意味で泣かされたことが無いんですか?」

「……水無瀬さん、女の子だからって大人の女性を泣かしちゃ、駄目なんだよ?」


 向井先生は今にも泣き出しそう表情だった。表情の移り変わりが早かった。


「と、冗談は置いといて、二人とも携帯電話くらい高校生なんだし持っているでしょう?」


 冗談とは思えない程悲しい顔をして先生はそう言った。


「はい、持ってますよ」

「私も一応持ってます」

「じゃあどうして閉じ込められたとわかった時、学校に電話しなかったのよ?」

「「あっ……」」


 普段から携帯電話を使うことがほとんどないため、そんな発想はもとより存在しなかった。

 僕と反応が被った水無瀬さんも同じようなものなのだろう。


「まさか、二人とも考えつかなかったの?ちょっと携帯見せて」


 僕と水無瀬さんは言われるがままに向井先生に携帯電話を渡す。


「こうもあっさり他人に携帯電話を渡せる現代高校生って、そんなにいないと思うわよ」


 なんて笑いながら人の携帯電話を慣れた手つきで操作する先生。どうやら電話帳を開いたようだ。そこには、真っ白な画面が二つあった。


「二人とも、携帯持っている意味あるの?普段何に使っているのよ」


 真顔でそんなことを聞かれた。


「時計代わりに」

「カメラの代わりです」


 寂しい返答だった。


「毎月お金がかかる時計にカメラなんて、君達馬鹿だな」


 自分の優位性を確認したのかいつもの先生に戻っていた。


「まあいい。本当は家まで送ってやりたいところだが、先生はまだ仕事が残っている、もう遅いから二人は帰りなさい。呼び出した理由は今日の美術の授業で描いた絵のことで話があったのだが、それは明日蒼井と一緒に職員室に来てくれ。あと、呼び出しておいて、場所間違えたりしてすまない。いえ、ごめんなさい」

「気にしないでください。閉じ込められていた間も有意義な時間でしたから」


 実際、あの時間があったから水無瀬さんと距離を縮めることができたのだ。


「ふうん、有意義な時間ね。こんな遅くに、学校の教室に閉じ込められて、高校生の男女二人きりでねぇ」

「何もないですって。変な詮索しないでください」


 先生は僕のことを歪んだ眼差しでニヤニヤと見ていた。

 そんなんだから、いい男ができないんですよ。と苦言が口から漏れるのを必死に抑える。


「その話はまた今度にして、もう君達は帰りなさい。気をつけてね」

「今度も何もないですよ。さよなら」

「さようなら、先生」


 水無瀬さんと先生は仲良く手を振り合っていた。


「保志、お前は水無瀬のこと家まで送っていけよ」

「わかってますよ!」

「そりゃ結構」


 そうこうして、未だニヤついている先生を置いて、僕と水無瀬さんは日付が変わる前に帰路に着くことに成功した。


「向井先生、かっこいいし可愛いし、いい先生ですよね」

「まあ、そうだね」

「保志さんもやっぱり先生みたいな人がタイプですか?」

「それだけは絶対にない」


 一応、一件落着だ。

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