第4話 崩れる均衡
人間がついに登場します。
剣と魔法の時代。人とモンスターの争うバジア島の最北端、首都ブレイブ。人間領の文化、技術の最先端を行き、人口こそ少ないが賑わうきらびやかな都市だ。そんなブレイブの象徴、ドーム城の玉座。
「うーむ....どうすべきか」
「何を唸っているガルス。お主も私の側近ならばもっとどっしりと構えていたらどうだ?」
ガルスは輝く頭を傾け、悩んでいる。
「王様。モンスターのことについてなのですが。」
「心配ない。奴らは何もできんよ。これまでも目立った敵対行動はしてこなかったではないか。」
「しかし、使者を殲滅するのはやりすぎでございます!あのとき、どれほど民が騒いだか、もうお忘れですか!?」
「あれは交渉に出ていたタカ派の貴族達が勝手にしたことだ。私は何も関与していない。」
「謝罪と賠償をすべきです。これではモンスターに喧嘩を売ったも同然です。」
「ならん。そんな予算がどこにある?それに人間がモンスターに頭を下げるなど言語道断。民衆や貴族は私を恥晒しとしてあげつらうだろう。奴らに隙を見せるわけにはいかん。」
「...勝手に動いた貴族達もお咎めなしではありませんか。せめて形式だけでも。」
王は頑なだ。
「処罰してどうなる?今度は奴らを支持する民が黙っていまい。それに今、この国には人材が足りていないのだ。」
「ゾア男爵らは納得しませんぞ。」
王は顔をしかめた。
「あやつか。あの家系は代々モンスターとの和解を求めていたな。忌々しい。実績がなければ今すぐにでも首を切ってやるものを。」
表現か、本当か。ガルスは身震いした。本当に、今までの冷戦状態が続いてくれるのだろうか。
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ブレイブから最寄りの都市、ハウゼル。統治者ハウザー公爵は大のモンスター嫌いである。彼は手勢と傭兵の混成軍を前に演説の最中だった。
「太古の昔、我々の先祖はこの島で平和に暮らしていた。草木は土地を鮮やかに彩り、鳥や虫がメロディを奏でるまさにこの世の楽園だったという。神に約束された島なのだ。しかし、突如現れたモンスター達は、我らの先祖を虐殺し暴れまわった。そして今となってはこの島の半分を占領し我が物顔で闊歩している。集いし勇者達よ!この暴挙を許しておいて良いものだろうか!?」
たちまちブーイングが巻き起こる。ハウザーはそれを手で制した。
「そうだ!許してはおけない!我々は今よりモンスター領へと攻め入り、この島を取り戻す!その暁には、諸君らの栄名は書に刻まれ、末代まで語り継がれるであろう!何も問題はない!正しき我々には神のご加護がある!」
今度は歓声が上がる。
「では出発だ!」
この様子を遠目で見ていた農民が、近くの農民に聞いた。
「なあ、本当なのかな?モンスターがオレ達の先祖を殺したって。」
聞かれた農民が答える。
「さあな。どうでもいい。少なくとも、使者と偽って戦士を送り込んでくるような奴らと仲良くできるとは俺は思わねえな。」
他の農民も話に入ってきた。
「同感。だいたい奴ら気色悪い。もしあんなのと同じ村で暮らせって言われたら俺は舌を噛みちぎるな。」
「骨とか、スライムとか、ダメだ。生理的に受け付けない。」
ただのモンスターへの悪口しか出てこない。最初に聞いた農民は少々の不快感と後悔を感じ仕事に戻った。
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「ふふふふーんふふふーんふふふーんふふふっふんーふんふふふふーん♪」
初めての旅に、アレックスはテンションが上がり鼻歌を歌っている。ふと、道端にこぶし大の穴を見つけた。彼はこの中に何がいるかよく知っている。その辺の石を穴の中へ落とす。すると
「ヘイヘイヘーイ!呼んだのはアンタ?俺のこと分かる?俺はカタユリってんだ。見ての通り花だよ。そんで、アンタは?」
勢いよく出てきたユリによく似た花は、すごい勢いでまくしたてた。アレックスは落ち着いた様子で自己紹介する。
「俺はアレックス。スケルトンだ。」
「アンタはスケルトンで、アレックスね、オーケイ!そんじゃ、アレックスは何が聞きたい?」
「この先に三又の道があるだろ?三つの道のそれぞれの先にある集落の情報が欲しい。お前が一番よく知ってる道だ。」
カタユリはにんまりしている。どの個体も一様に、ものを教えるのが好きなのだ。聞く側からも情報を差し出すと、さらに詳しく親切に教えてくれる。
「オーケイ!となると東の道の奥の昆虫人の森になる。あの森、最近になってバケモンがでてきたらしい。」
「バケモン?」
「そう。こんな話を聞いたぜ。ある二人の探検家が、その森を調べようとした。しかし迷えば命はない。そこで一人が腰にロープを巻き付け森に入り、危なくなったら外で待機している片割れに引っ張ってもらうという作戦で行ったんだ。」
嫌な予感しかしない話だ。
「ロープを腰に巻いた探検家は森に入るとすぐに見えなくなった。外の片割れはロープを握っていたが、突然森の奥からすごい力でロープを引っ張られた。切迫しているのが引っ張り方だけでわかった。片割れは急いで力一杯ロープを引くが、どんどん引きずられる。危うく森に引きずりこまれるところだったが、急に力が弱くなったのでなんとかそれは免れた。落ち着いたところで恐る恐るロープを引っ張ってみると、森に入った探検家の腰から下だけが引きずられてきたという....。どう?怖いだろ?」
「ああ、とても怖い。スケルトンじゃなかったら漏らしてたかもな。」
「ま、そういうこと。森に行くなら気をつけな。そんじゃアディオス!あ、そうそう。アンタは初めてだからサービスで教えてやった。感謝しろよ!」
カタユリは穴へと素早く引っ込んだ。
「聞くんじゃなかったかもしれない」
アレックスはこの話を聞いたことを少し悔やんだ。
歩き続けてその三又の道に着いた。
「西が植物人の密林、北は獣人の草原、東は昆虫人の森か。東、行きたくないな....。」
あんな話の後では流石に怖気付いてしまう。こんなことが言えるのも、自分以外に誰もいないからだ。するといきなり、自分ではない声がした。
「何言ってるの!一番情報がある東が一番いいわ!」
エストの声だ。アレックスは己を恥じた。情けないぞ、アレックス。友人の幻影にまで叱責させるか。
「すまないエスト。俺は何も悩むことはなかった。」
何が化け物だ。自分ならやれる。信じろ。エストに約束したではないか。そうだ。こんなところで止まっていられない。
「よし!では行くぞ!」
東の道を歩き出す。
「ええ!」
足が止まった。今、エストが返事をした。どういうことだ?さっきの声は自分の勝手に作ったエストの幻ではないのか?すると背中の袋が小刻みに震えだした。アレックスはすぐに袋を下ろして中を確認する。
緑がかったゼリーのような物体が見える。震えている。
「おい。」
声をかけると、その物体は素早く袋から飛び出た。
「え、えへへ...」
半丸の形を作り、エストが笑いかける。アレックスは、真顔だった。
なかなか先行き不安です。