第3話 出発
やっと旅立ちです。
アレックスは泣くばかりのエストを抱きながら言った。
「どうやら精神的にも参っているようです。このようなことを申し上げるのは大変恐縮ですが、一度二人きりにさせていただけませんか?」
「分かりました。私は隣の部屋にいますから、何かあったら呼んでくださいね」
とリリアは素直に出て行った。
ドアが閉まるのを確認し、腕の中のエストに尋ねる。もう涙は止まっている。
「エスト、一体何があった?スライムの里は人間はおろか、モンスターの中でも知ってる奴は限られる秘境のはずだ。災害でもあったのか?」
「いいえ.....」
とエストは力なく答える。
「盗賊か何かか?」
「分からない...でも」
「でも?」
「とてつもなく強くて、恐ろしいものだった。立ち向かった男たちは、みんな焼かれて....お父様まで...」
声が震えて来た。また泣きそうになっている。アレックスはもっと強く抱いた。
「大変だったんだな....すまない。そんな時に、お前のそばにいてやれなかった。こんなに傷だらけで。寂しかったろ。大丈夫。ここは安全なんだ。もしお前を狙うような奴がいたら、切り刻む。俺の腕は知ってるだろ?親父も言ってたんだ。人間だろうとモンスターだろうと最低な奴は同じだ。一つは、卑怯な奴。もう一つは、女を泣かす奴。里を襲ったそいつは、絶対に、見つけたらだるまにしてスライムたちに謝らせる。エスト。泣かなくていい。もう泣かなくていいんだ。」
エストは黙って聞いていた。涙はもうない。
「アル...アレックス....ありがとう...私のことで泣いてくれて...」
「!?い、いやこれは、よだれだ!あーあ腹減ったなー!」
エストはくすくす笑っている。
「アル、何にも変わってない。意地っ張りで、言葉はちょっと乱暴だけど、でもとっても優しい。」
「そんなにべた褒めするな。慣れてないんだ。それよりもっと寝てろ。リリア様が治療してくださったらしいが、まだほとんど動けないはずだ。」
「リ、リリア様!?そういえばここって?どこ?」
「ゼキス様の城だ。って、お前知らなかったのか?」
「殆ど気を失って進んでたから...なんでアレックスはここにいるの?」
まずい。旅のことを言えば、なにを言い出すか分からない。
「あー、その、なんだ、えー、お、お届け物さ。そう。どうしても俺じゃないとだめなお届け物なんだ。だからこれからガッドに戻る。お前は休んでろ。多分、まだその姿にしかなれないままだろ?」
「.....うん。それじゃお休み。」
誤魔化せただろうか。
「ああ、お休み。」
エストは目を閉じるとすぐに動かなくなった。スライムは息を殆どしないからだ。
「借りが、増えたな。人間。」
アレックスは静かに呟いた。
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ドアが開き、誰か入って来た。アレックスだろうか。いや、足音が違う。目を開けて見てみると、金髪にマリンブルーの目をした美女がいた。
[綺麗な人。でも私だって、あの姿に戻れれば]
そんなことを考えていると、彼女はこちらを見た。
「すみません、起こしてしまいましたか?彼が出て行ったようなので。」
「い、いえそんなことは。アル、いやアレックスがいると、何かまずいんですか?」
「失礼を承知で、話を聞かせてもらいました。ごめんなさい、どうしても気になったの。」
彼女は片手に大きめの袋を持っている。
「そうですか...いえ、大丈夫です。いずれみんなが知ることですから。」
「それを聞いて安心しました。そこで、私から提案があります。」
彼女はなんだか嬉しそうに、手に持っている袋を近くに置き、ウインクした。
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「ではアレックスよ!この任務、お前に託す。旅立ちへの餞別として、これをお前に授ける。」
ゼキスは言うと、大きめの袋を跪いているアレックスに渡した。ちょうど肩にかけられる大きさだ。
「これは、魔法を織り交ぜて作られた特殊な袋だ。決して破れず、中に入れたものは入れられたときの状態を維持できる。是非役立ててくれ。」
「このようなものを、ありがとうございます。このアレックス、粉骨砕身の覚悟で任務を遂行いたします。」
「うむ。では行くがいい!」
アレックスは兵達に見送られ、エールをもらいながら城を出て、モノクロな城下町を抜けた。バルームが遠くに見えるほどまで歩き、一度袋から地図を出す。
「この地図にも魔法がかかってるな。多分この青い光は俺の場所か。」
地図によると、もうすぐ三又の道に出るようだ。とりあえずそこまで行こう。アレックスは肩から背中にかけた袋に地図をしまう。目の前は草原とそれを割る道だけ。輝く太陽の下、また歩き出す。
アレックス、ちゃんとカッコいいでしょうか。