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虹橋の向こう側  作者: 人生輝
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ただものじゃない奴ら。

昭和52年(1977年)4月、間もなく、お互いに高校の入学式を迎える、オレ、水島雄一と飯島久仁子。桜咲く地元公園の”虹橋”の上で、その時期は毎日2人だけで会っていた。時間も朝早くから、夕方遅くになる時もあったし、雨が降る日もあったが、兎に角、時間に捕らわれず2人だけの時間を楽しんでいた。そんなある日、ふと思いつきでオレは久仁子に言った。


「久仁、偶には髪、ロングに伸ばしたら?絶対に合うと思うよ」

中学時代、久仁子の髪型は、ずっとショートボブだった。それはそれで、彼女らしくて好きだったが、顔立ちが良いのにどうしても地味な感じに映っていた。何となくだが、オレはロングヘアを彼女に進めた。

「そうだね。高校生になるんだし、ちょっとイメージ変えてみるよ!」と軽く笑って、頷いた。

この何気ない会話が、この先の2人の関係、生き方に大きく影響を与えることになるなんて、オレも久仁子もこの時は全く思ってもいない気楽なやり取りだった。


オレが通う男子校の入学式は、4月8日金曜日だった。

オレは1年D組に決まり、翌日からオリエンテーションも始まった。

2期制の高校ということもあり、夏休み後の期末試験までは、”あいうえお順”の出席番号の順番で座席が決まり、その後はテストでの成績順となる。


そのオリエンテーションの初日、オレの真後ろから、いきなり声が掛かる。

「おい、俺の前に座っている『何の取り柄もなさそうな奴』とその前に座っている『やたら顔立ちのいい奴』、お前ら彼女とかいるのか?」と唐突に質問を投げてきた。

オレと、オレの前に座っているその”顔立ちのいい奴”は、振り返り、質問をぶつけた奴をみた。


「『何の取り柄もなそうな奴』?、ふざけてんのか?」とオレ。

「そんなムキになるなよ。オレの質問は彼女がいるか?ってことだぜ」

「そんなのお前に関係ないだろ」

「分かった、いるんだね。羨ましいよ!」

オレはあっけに取られた。

「オイ、その前のいい男君は?」

「俺はいないよ!」

「そんなもんだよな。以外とイイ男には彼女っていないんだよな。俺も含めて」

「お前、オレに喧嘩売ってのかよ!」、オレは声を荒げた。

「違うよ。逆だよ。友達になりたいんだ、2人と」

オレは、”こいつイカれてると”思ったが、オレの前にいる”イイ男君”が、

「ありがたいね。入学式から誰とも話してなかったんで嬉しいよ!俺、松田仁。ヨロシク!」

「松田君かあ。前になんかあった気がするけど、まあいいや、俺は、宮下忠信っていうよ、で、君は?」とオレに振ってきた。

オレは余り納得いかなかったが、取り敢えず「水島雄一だよ。よろしくな」と不機嫌に小声で挨拶した。


実はオレも宮下と同じで、松田仁には、過去に会ったことがあるような気がしていた。

だがその疑問は、簡単に解ける。

オレ達の高校は”国電・目黒駅”から歩いて10数分の所にある。

初めて会った3人は、オリエンテーションの終わった後の帰り、一緒に学校から駅に向かっていた。

その途中、宮下がオレと松田を無理矢理、喫茶店に誘う。松田もオレも、「まあいっか」と半ば諦めた感じで宮下に付き合った。

喫茶店では、当然のごとくお互いの自己紹介となった。

ただ、この2人とも”ただもの”ではなかったのだ。


宮下は、財閥系M商事の創業一族の御曹司、中学卒業までニューヨークに住んでおり、高校受験の時期に合わせて帰国して来ていた。他にもっといい学校にだって行けただろとオレは聞いたが、日本で学校生活をした事が無いので、受験勉強せず、自信を持って受かる学校はここしかなかったと、全く人の気を使わない発言をしていた。まあ、でも、奴がアメリカナイズされていることが良く判ったので、その後の宮下との付き合いで、彼の話し方で責めることは一切なかった。


宮下以上に驚いたのは、松田の方だ。

宮下もオレも「何処かで会ったことがあるだろ?」と言わせたのは当然だ。

そう、ついこの間まで奴は”ブラウン管”を通しての知り合いだったからである。

松田仁、芸名「松山ジン」と言い、10年以上前に子役からデビューした有名な俳優だ。

ホンの数週間前の3月半ばまでやっていた、家族ものの連続ドラマにも出ていた。

「ニューヨークでも日本語放送とかでよく見たよ!」という宮下。

それよりオレは別の意味で、宮下に聞いたのと似た質問を松田にした。

「なんでこの学校に来たの?」

松田は笑って言った「ちょっと前に、芸能ニュースや、週刊誌にも書かれちゃったけど。俺、この4月から役者休業したんだよ。俺、子供の頃から役者やっているから、まともに小学校や中学校には行けてないし、友達もいなかったんだよ。だから、去年から家庭教師も付けて貰って、『高校は絶対、芸能人の居ない普通校に行く!』って決めていたんだよ。芸能界以外の人間関係を作りたかったし。甘いかも知れないけど、役者は高校を出てから、また新たに始めること出来ると思うんでね。」。


それは分かる。凄いと思う。だが、彼がどんなに松田仁であっても、世間は『松山ジン』としか見ない。また、『松山ジン』はアイドルの一面もある俳優だ。


「もしこの学校にいることが判ったら、ファンとか大変なじゃない?」と訊いてみた。

「かもな。でも、そんな長くは続かないよ。今の世の中、少しの間でもテレビに出なければ、有名な役者であっても直ぐに皆忘れるよ。同じこと面接の時に学校にも言ったし、それで受かっているんだから、学校だって判っているんだよ。」


オレは参った。人生に於いてこんなに参ったことはなかった。確かに最初、宮下が言った通りオレは『何の取り柄もなさそうな奴』そのものだ。

2人と別れた後、地元に戻り、公園の”虹橋”で久仁子に会い、この話を久仁子へ熱く語った。


だが、「楽しそうな高校生活なりそうね。」と軽く笑っただけだった。


まあそうだろう。久仁子だったらそう言うのは分かっていた。

明るい性格だが、元々はぶっきら棒な面もあるし、こういう自分に関係ない話は割と軽く流す。


その時、”虹橋”で夕日を浴びる久仁子の後姿を見て、ほんの少し、彼女の髪の毛が伸びていることに気付いたオレだった。


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