友達がいるから。
「俺をサンタモニカに連れてって貰えないか?」と電話で、井上が言った。
余りに下らない話だったので、”傷心”のオレも受けてしまった。
「桜田淳子の『サンタモニカの風』、オレ大好きなんだよ。頼むから水島、俺にサンタモニカを見せてくれないか?」
何か嘘くさい電話だった。
オレは、久仁子が亡くなった後、一切、日本の友人との付き合いをしなかった。
嫌だった、兎に角、”飯島久仁子”の名前に関わる奴らとの付き合い。ある意味オレはアメリカに居られた事が幸せだと思っていた。
「分かったよ。待ってるよ」
1982年3月の上旬、中学からの友人である井上隆が春休みを利用してロスにやってきた。
そして、彼の希望通り、オレは中古のフォード・ピントをサンタモニカへ向けて奴を乗せ走っていた。
行先は、オレと林が良くいく、サンタモニカにほど近いベニスビーチだ。
「水島、運転上手いな。こんなハイウエイ、日本には無いしな」と、井上。
オレはチョット微笑むぐらいで、受け答えはしなかった。
「西海岸の海ってどうだ?俺ら逆側だからな。」
「別に。海だ。」
「そ、そうだよな。海には変わらない。ハハハ!」と何となく無理している井上。「お前とは中学からの付き合いだから何が言いたい分かるよ」とオレは心で思った。
「で、何しに来たんだ。オレに会いに」と、オレは単刀直入にベニスビーチの砂浜で井上に聞いた。
「分かった、ハッキリ言うよ。俺は、お前のアノ成田から出国する日に集まった連中、そう、久仁子以外の総意で俺はお前に会いに来た。」
二人で砂浜を歩き、道路に近い方の芝生にベンチがあった。オレと井上はそこに座り話を続けた。
「面倒なことは言わない。先ず、これを読んでくれ。」と井上は、”Via Air”の封筒をオレに渡してきた。
「なんだこれ」
「読めば分かる、つべこべ言わず、読め!」
封をしていない封筒の中から、2-3枚の便箋が入っていた。
「分かったよ」と言い、オレはその便箋を開く。
覚えている・・・と言うか、この文の書き主が久仁子であることが、字を見てすぐ分かった。
そして彼女の書いた文を読み始める。
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ユウへ、
元気かな?
ワタシって馬鹿だよね。ユウは元気で当たり前だよね。
最近、ユウから手紙が来ません!本気で怒っているよ。
なんてね。
ユウ、覚えている初めて話した日。そう、ワタシが羽をユウにぶつけた日。
あれね。本当のこと言うよ。あれ、ワザとだったんだ。
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オレは手紙を読むのを一瞬止めた。
”ワザと?”
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そう、ワザと。
今だからちゃんと言うね。ワタシは中学に入った時から、バスケ部にいた”チョット下手だけど、ワタシにはカッコいい”ユウを好きになっていました。
あの頃のワタシってさ、知っている通りで、ぶっきらぼうで無口で地味な子だったでしょ。
だから、本当に初めて、本当だよ、本当に好きになったユウを振り向かす為、ワタシが出来ることはあれしかなかったの。でさ、あの後、ユウ凄く怒ってたよね。チョット落ち込んだんだ。
でもね、あの後奇跡が起きたの、分かるよね。
あの日夜、お祭りでユウに会えたの。そして話して・・・ワタシがそれまで一人行ってた”虹橋”に一緒に行ったの!それがそれがワタシには・・・。もう奇跡以上の奇跡だったの。
その後、色々なことがあったけど、ユウはいつもワタシを大事にしてくれた。
幸せだったよ。ホントに。
ユウが何処に行っても、ワタシはユウが大好き。それは嘘じゃないよ。
高校に入る時だったと思う、「髪の毛伸ばせよ」ってユウ言ったよね。
で、ワタシも初めてユウに言われたことに従った。そして・・・。
たぶん知らないよね。ワタシね、髪伸ばし始めてから、色々な色々なね、人から誘われた。
一度だけ言ったけど、ホントにワタシ、こんなワタシもモテたんだよ。
でも、ワタシはユウが大好き!どんなことがあってもユウなの。
そう、だからほかの男の人は誰も興味がない。
今だって、ユウがアメリカにいても変わらない。
って・・・思ってた。
ジンちゃんが言ってた。「水島はお前以外ない」って、いつもね。
で、馬鹿なワタシを芸能界でも助けてくれた。でも、少し、ユウとの距離を感じだしたの。
って言うか、元々ユウは本当にワタシを必要としているのかって。
アメリカへ行った経緯も知っているよ。勿論。
でも、ずっと、あの成田で別れた時もそう。
最後に抱き着いたよね。
あの時物凄く感じたの、ユウは”ワタシじゃない”って。
ユウはもっと先を考えている。ずっとそう。ワタシを好きなことは分かる。でも、一緒に先を見ることは考えてない。それがハッキリしたの。
あれから、ずっと考えていたんだ。ジンちゃんにも相談した。勿論、ジンちゃんは反対したよ。
でも、もう止めようと思ったの。これ以上、ワタシが推し進めた羽計画、そして虹橋計画でユウの将来を壊したくないの。
確かにワタシは、モデルとしてある程度可能性を持ったよ。でも、それはユウがあって出来たことだったの。
でもね。もう止めよう、ユウを独り占めして来たワタシがダメなの。
2人での”卒業旅行”、もう一生忘れない。あんな幸せな旅、もう絶対出来ないよ。
房総半島にもう一度ユウと行きたいと思った。でももう無理なの。きっと。
ありがとう。本当に6年間、アナタと歩めて幸せでした。
チャンと言うよ。
サヨナラ。ユウ!
頑張って、負けないで、しっかり生きてね。
いつかどこかで会えたら、お互い幸せでいるようにしようね。
ほんとう。ほんとうにありがとう。
ごめんなさい。
そして、もう一度。
ユウ、サヨナラ。
久仁子
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兎に角、オレは泣いた、オレは泣き続けた。周りは関係ない。
誰がどう思うと泣きまくった。
完全な”久仁子からの遺書”だった、オレには。
後で井上から聞いたが、この手紙は、久仁子が亡くなった後、久仁子の部屋を整理していた弟の健太郎が見つけたそうだ。
封筒に宛先が無く、内容を見て最初に夕子に渡したそうだ。
「俺も後で知ったが、仁は相当苦労してみたいだよ」と井上。
「なんで?」
「高部圭太が、久仁子にチョッカイ出しだし時に、必死に守ったみたいだよ」
「松田が・・・」
「ああ、仁は、マスコミには”二人とも大事な友達”って言って泣いていた。でも、本当に泣いたのは、久仁子をお前の為に守れなかったことだよ。高校で初めて出来た”友達”の彼女を守れなかったことがアイツにとって本当に、くいが残ったそうだ。」
「そっか・・・」
「でも、高部が死んだことで、仁は高部が残した仕事の代役を随分やっていた。皮肉なもんだ。」
「そっか・・・・・」
ふと時間が空いた後、井上から「あとな、久仁子が死んで3か月後に、久仁子のオヤジさんが急死した。元々、酒飲みで肝臓やられたみたいだったらしい。それから、久仁子のオフクロさん、”飯島硝子店”閉めて、あそこ売ってさ、健太郎連れて栃木の実家に帰ったんだって。久仁子とオヤジさんの骨も持ってな。」
「じゃあ、久仁子は?」
「そう、今は栃木にいるよ」
「ありがとうな、井上」
「まさかな。まさか、10年も経たない間にこんなことになるなんてな。夕子も大変だったよ。」
「夕子はお前が付いているから、大丈夫!」
「まあ、でも、本当は夕子も弱いんだよ。」
「井上、分かっているなら、ずっと夕子と一緒にいてやれよ。」
「ああ、そのつもりだ。俺が弁護士、アイツが先生になってある程度稼げたら一緒になる。今は2人ともそう思っているから」と、井上が言い、少し奴も微笑んだ。
「で、お前どうするんだよ?」
「どうするって?」
「だから、もうすぐ専門学校卒業するんだろ?未だここに住むの?それとも日本に戻ってくるの?それを聞きに来たよ」
「後3か月だな。もう少し考えて結論を出すよ。兎に角今は、卒業だよ。それが誰に対しても、オレがやらなきゃいけないこと!」
「そっか、まあ決まったら言ってくれ。俺じゃなくても、仁でも、宮下でも、夕子でも、俺達はお前がいたから友達になれたんだから」
「ありがとうな。井上」
「まあ、日本で待っているよ。いつ帰って来るか知らないけど、ハハハ」と軽く笑う井上だった。
この後、オレは専門学校を卒業することだけを考えた。
そして、卒業が決まった6月、オレは日本帰ること決めた。
「帰ってやることが山ほどある!」
オレはもう決めていた。
1982年も後半に入る頃だった。




