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虹橋の向こう側  作者: 人生輝
10/13

ス・キ・ダ・ヨ?

昭和55年(1980年)は、前年からスタートしたテレビドラマ「3年B組金八先生」が3月の終了まで、人気を博していた。このドラマでは、”中学3年生”を扱い、最終話の”卒業式”で泣かされた人も多かったはずだ。


オレ達も3月”高校”を卒業した。

親友の宮下は、K大学商学部へ問題なく進学。そしてもう一人の親友で”無謀な挑戦”と思われた松田だったが、なんと奇跡が起き、H大学経済学部を一発で合格した。大学進学後は、俳優活動も再開することを決めていた為、オレ達の卒業式は、芸能リポーターが大勢集まり大騒ぎとなった。スポーツ新聞でも取り上げられ、


”松山ジン、高校卒業!H大学進学と同時に俳優活動再開。芸名も大人っぽく『松山仁』へ”等書かれ、賑わしい人生を再開させた。


卒業式の後、3年前入学したての頃、初めて3人で行った喫茶店へ向かった。

雰囲気は入学の時と全く変わらない喫茶店だった。


「宮下、これからもよろしく。色々お願いすることばかりで本当に申し訳ない」とオレ。

「No thank youだ。言っただろ、オレはお前に恩返しをしているだけだから」といつも通り。

松田には、「あまり、言ってもしょうがない事かもしれないけど。」

「なんだよ。クニちゃんのことか?」

「まあな。オレも5月の終わりにはアメリカに行くし、芸能の世界で一番近いところにいるのは、お前だけだからな。」

「まあさ。彼女を信じてやればいいよ。彼女の事務所は俺の所より大きいし、俺が纏わりついたら、こっちが潰されそうだよ。だから、まあ適当にな。それより、2人で卒業旅行行くんだろ。お前の車でだよな。楽しんで来いよ」と松田は笑いながら話し、オレの肩を軽く叩いた。


また、中学時代の友人達も希望通り進学出来ていた。井上はC大学法学部、梶山夕子は前年からスタートした”共通一次試験”を受け、国立G大学教育学部に合格。本当に予定通り小学校の教職を目指し一直線だ。


そして、久仁子だが結局高校で短大の推薦は取れず、実力でO短大英文科に入学を決めた。彼女の高校時代の成績を聞いてはいたが、結構、彼女の実力より上のような短大だった気がした。

まあ、芸能の世界でやっていける奴らは、こう言う時の瞬発力が一般人とは違うのかなと、その時チョット思った。


久仁子もオレも卒業式を終えた翌週の3月10日月曜日、オレは下宿させて貰っている叔母が半年前に買った”スズキ・ジムニー550幌仕様”を借りる為、5月末の渡米まで、炊事洗濯の一切合切を手伝うを条件に2日間借りることが出来た。ただ叔母からもう一点「事故ったら、アンタの留学代全額貰うからね!」とオッかない付帯条件も付けられていた。


朝6時、去年、誕生日のプレゼントとして、久仁子に貰った七宝焼きのキーホルダーをキーに付け、オレはエンジンをスタートさせた。代々木上原から久仁子が待つ虹橋の下まで向かう。


「おっはよー!良くここまでこれたね。」と冗談ぽいのかどうか分からなかったが笑ってジムニーに乗ってきた。

「この車って幌なんだ。開けて走るの?」と久仁子。

「この時期は未だ無理だろ。寒いし。ってかこの車以外借りられるのが無かったんだよ。」とオレ。

「はいはい。じゃあどこ行くの?兎に角、両親にはいつも通り夕子と1泊旅行ってなってるからね。チャンと楽しませてよ!」

「分かってる。だから黙って乗っててくれ。今から行先を言ったら面白くないだろ」

「そういうことかあ!分かった、じゃあ黙ってます。どうぞ、スタートしてください運転手さん」と言われ気分は良くないが、オレ達の卒業旅行が始まった。


オレ達の”ジムニー”は、首都高速環状線から小松川線、京葉道路に向かっていく。


「千葉?」と久仁子。

「そうだよ。でも、千葉は広いよ」とオレ。


京葉道路を降り、内房を国道沿いに走る。工業地帯で一度渋滞にハマった時、久仁子が言った。


「工場見学ですかね?」

「それも悪くないかも」

「へえ、楽しいところは空気の悪いところですかあー」と冗談ぽく久仁子が言った。


ちょっと遅くなったが、昼過ぎに木更津に着いた。市内の食堂に寄り2人とも”刺身定食”を注文し舌鼓を打つ。


「こう言う所はやっぱりお刺身だよね。」と久仁子は言ったが、オレは心の中で”当たり前だろ、海に来ているんだから”と半分馬鹿にした気持ちだった。

食堂の壁に地図とチョット古ぼけたポスターが貼ってあった。


「房総フラワーラインかあ。ここね?」

「正解です。でも、内房走り出した時に気が付いてほしかったなあ」

「すみませんね。詳しくないんで」と久仁子は笑った。

その時だった。店の隅の方から久仁子へ声が掛かった。


「あの、すみません」

「はい」

「あの・・・。お姉さんはこの雑誌の人ですよね?」

この店の娘かと思う、地元の中学の制服の子が久仁子に寄ってきた。

「うん、そうだよ!見てくれてありがとう!」

「飯島久仁子さん・・・ですよね。この雑誌に久仁子さんが初めて載った時からのファンです。だって、他の人と久仁子さんはセンスが全然違うんです。もの凄くカッコいいお姉さんって感じなんで」

「へへ。そう。照れちゃうな。」

「あのあの、ここにサインしてください!」

「いいよ。でも、写真は勘弁してね。今日はこの”運転手”さんに付き合って貰っているプライベートだから」

「はい、分かりました。」


その時、オレはこの一連の会話が全く消化出来なかった。目の前で起こっている事実、それは、自分の長年の彼女がある意味”スター”として扱われていることだ。オレはこの状況に近いものを、松田と一緒にいる時に経験している。だが、それは元々実績のある”俳優”であった松田だからと消化出来た。そして、オレの前でいとも簡単にサインをする久仁子。更に彼女がオレから遠くなっていく。ショックではあったが、兎に角この場は、この女の子の夢を壊すことは出来ないので、食堂を出て車を走らすまで”運転手”を演じていたオレだった。


”運転手”と”スターモデル”の1日目の旅は、その後、富津を抜け、内房を順調に南下していった。途中何回か車を止め、2人で東京湾を眺めたりし、野島埼灯台の灯が見える頃、館山に入り、その日予約したホテルに入った。


「どのお魚も美味しいかったね!食べに来るだけも最高だよ!」

「ああ、そう言って貰えれば」と余り嬉しくなさそうに言うオレ。

「お昼の事、気にしてるんだ」と笑いながら久仁子がオレの横に来る。

「いえいえ、スターモデルさんと一緒ですから仕方ない事です。はっは!」

「へえ、ファンがいることに嫉妬してるんだ。5年近く付き合って、ユウがワタシに嫉妬したのって初めてじゃない?あれ、や、違うなあ?あの時、そう、あのラジオ局の時だよね。ユウがDJに嫉妬して大喧嘩になったよね。」

「オレは、久仁子に嫉妬したことなんてないですよ!!」と、チョット強がり、オレは横を向いた。

「うそ」と、言いクスッと軽く笑った、久仁子。

ベットでじゃれ合いながら、その夜の2人の時間が流れた。2年前、スキー場のホテルで初めて久仁子と一つになった時と比べ、この時の彼女は成長し”大人の女性”となっていた。「オレは彼女にいつ追いつけるのかな?」と心の中で自問自答しながら彼女と寄り添っていた。


翌朝7時にホテルを出発する。天気は悪くない。先ず今回、久仁子を連れて来たかった場所、”房総フラワーライン”をジムニーで走る。心配だったが、菜の花が何とか持ちこたえていてくれたため、走る周り一面が”黄色のお花畑”であった。久仁子は感動してたようだ。そしてその後は外房を北上する。


「ちょっと寒いけど、幌取ろうよ!」と久仁子。

「分かった」とジムニーをオープンにし走った。途中、鴨川と勝浦の間の海沿いの駐車場で休憩した。そこは他に誰もいなく、少し先に海が見えた。


「色々なことがあったね」と久仁子がジムニーの助手席からオレに言った。

「ありすぎ、かもな」

「ユウはワタシと出会ってよかったと思う?」

「思わなかったら、こうしてないだろ」

「ねえ、本当にアメリカに行くの?」

「えっ、今頃何言ってんだよ。行くよ!だって応援してくれているんだろ?」

「うん。応援している。そうだよね。そう。」

「来年の夏にはロスに来てくれるんだろ?」

「うん、そうだね、勿論だよ。」

オレに寄り添う、久仁子だったが、顔をオレには向けなかった。声だけ聴いていた感じでは、チョット涙ぐんでいた。何かオレも寂しい。オレがアメリカに行くことではない。何か・・・。チョット、久仁子との距離が開いていく。房総の冷たい風がそう言っていたような気がした。


勝浦市内で昼食を取り、大多喜街道を通り千葉へ向かい京葉道路に乗り帰路に着いた。

最後、虹橋の下で別れるまで、久仁子はずっと冗談ばっかり言っていた。だが、高速を走っているチョットだけ、彼女は居眠りをしていた。その時の愛らしい寝顔だけは、”中学2年の祭りの夜”の表情と変わってないなと思い安心した。”ジムニー”は無事、代々木上原の叔母の家まで戻ってくることが出来た。



「拓兄がロスの空港でお前を待っている。北村拓也だよ。分かっているよな?」

「勿論だ。会ってはいないが今までも随分お世話になっているから」


5月23日金曜日午後7時過ぎの成田空港北ウイング・出発ロビー。

宮下からアメリカへ旅立つオレへ最後に掛けられた注意事項だった。

「向こうでクニちゃんを裏切ることだけはするなよ!」と、松田もドラマ撮影と大学の授業の合間なのに時間を作って来てくれた。

「オレも来年行けると思うよ。その時はヨロシク!」と井上。

「ちゃんとご飯食べるんだよ!・・・」と、全員集合!で加藤茶がエンディングで言うセリフを涙ながらに言う夕子。

彼女なのに「いってらっしゃい!」とだけ笑って言った、久仁子。


「やっとこれで、皆とチョット違うけど、オレもスタートラインに立てたよ!ホントに皆、ここまでオレを支えてくれてありがとう!行って来ます!」とオレは言い、友人達に見守られながら、エスカレーターで1階下の出国審査へ向かおうとした瞬間だった。久仁子がオレに抱き着いてきた。


「頑張ってね!」と一言いってオレから離れた。

「ああ、心配するなよ。行ってくる!」と笑って後ろを向きながら、オレはエスカレーターに乗った。


税関、出国審査が終わると免税店がある吹き抜けの広場に着く。上を見上げると出発ロビーのガラス張りの向こうから、久仁子がオレに向かって手を振っていた。


光の反射で見にくかったが、彼女は4文字の言葉をオレに言っていた。


オレは、この時「ス・キ・ダ・ヨ!」と言ったのだと思い、それを疑わず、パスポートを持つ右手で久仁子に向かって手を振っていた。だが後で、「サ・ヨ・ナ・ラ!」と言っていたのでは?とオレは思うようになる。もう、彼女に確かめる事が出来なくなった時からだった。

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