はいいろ君とむらさきちゃん
はいいろ君の、数少ない友だちの一人は、むらさきちゃんでした。
むらさきちゃんは、いつも困っている人のことを心配していました。
そういう人を見かけると、励ましたり、手作りのクッキーを贈ったり、身の回りの世話を焼いたりするのでした。
でも、むらさきちゃんは、自分でも体が弱くて、しょっちゅう長いこと、熱を出して寝込んでしまいました。ところが、むらさきちゃんは、ベッドの中でも、寂しい人や、困っている人のことを、自分のことよりも心配しているのでした。
はいいろ君は、ひとりぼっちでいる事が多かったので、そんな優しいむらさきちゃんが、かわいそうに思って、声をかけてくれているんだろうな、と思っていました。
ある日、はいいろ君は、いつも親切にしてくれるむらさきちゃんのために、一枚の絵を描いて贈りました。
葉書くらいの紙に描いた、旅行鞄を持って、遠くを見つめながら、物思いにふけっている女の子の絵でした。
むらさきちゃんの心を、想像しながら描いたのです。
むらさきちゃんは、
「ありがとう!とっても嬉しい。この絵の女の子、私に似てるって思うの!」
と、たいそう喜んで、その絵を、額に入れて、自分の部屋の壁の、一番目立つ所に飾りました。
はいいろ君は、そんなに自分の絵が大事にされたことを、嬉しいというより、不思議に思いました。今まで、自分が贈った絵をここまで喜んでくれる人に、出会ったことがなかったからです。
むらさきちゃんは、木登りが得意な事や、急な崖を下って、美しい湖に下りた子供の頃の思い出話をしてくれて、「はいいろ君と私は、似たところがあるね。」と言いました。(はいいろ君も、小山に上ったり、川で泳いだり、自然の中で遊ぶのが好きで、むらさきちゃんにも、そのことを話していたからです。)
そして、はいいろ君に、自分が描いた草花の絵や貼り絵を、たくさん贈ってくれました。
はいいろ君は、正直なところ、むらさきちゃんの単純な絵や貼り絵を、あまり良いと思わなかったので、「ありがとう。とっても良いね。」とお礼を言ってから、その絵を、こっそり封筒に入れて、戸棚にしまい込んでおきました。
むらさきちゃんは、やがて、熱を出して寝込むことが多くなってきました。
はいいろ君はそういう時、どういう言葉をかけたらいいのか、分からなかったので、むらさきちゃんが元気になって、再び声をかけてくれるのを、待つことにしました。
その日も、むらさきちゃんは、長く寝込んだ末にようやく起きられるようになると、いつものように、はいいろ君の家を訪ねて来ました。
そして、
「私、元気なうちに、インドで、貧しい人を助けているシスターの、お手伝いをしに行きたいの。」
と言いました。
はいいろ君は、むらさきちゃんの体の調子が、だんだん悪くなっている事を心配して、
「ここに残った方が良いと思う。」と言いました。
むらさきちゃんは、
「どうして?」と聞きました。
はいいろ君は、
「ぼくのそばにいてほしいから。」と言おうとしましたが、そんな思いきった事は、どうしても言えませんでした。代わりに、はいいろ君は、考え考え、
「世界中、どこに行っても、寂しい人でいっぱいだから。」と答えました。
むらさきちゃんは、はいいろ君をじっと見つめて、優しく微笑みながら、
「分かった。私、ここにいるね。」
と答えました。
むらさきちゃんは、それから間もなく、具合が悪くなって、病院に入院しました。
はいいろ君は、いつもの通り、むらさきちゃんが元気になるのを待つ事にして、お見舞いに行きませんでした。
むらさきちゃんが、はいいろ君のことを、多くの困っている人の一人だと思って、助けたいと思っているだけなのか、確かめたいという気持ちもあったのです。
ところが、三月たっても、むらさきちゃんから何の音さたもなかったので、はいいろ君は胸騒ぎがして、とうとう、むらさきちゃんに手紙を書くことにしました。
『気むずかし屋のぼくに、いつも親切にしてくれてありがとう。具合がだんだん、良くなっていると嬉しいです。』
もしかしたら、返事はないかもしれないと、はいいろ君は怖かったのですが、幸いな事に、返事はすぐに届きました。
『今、退院して、家で過ごしています。具合が悪くて、なかなかベッドから起きる事ができないの。会いに行けなくてごめんなさい。しろちゃの写真を同封します。』
しろちゃというのは、むらさきちゃんの飼っている、斑もようの猫の名前です。
写真の中のしろちゃは、心配そうな顔で、こちらを見つめていました。きっと、ベッドで寝ているむらさきちゃんの事を、心配しているのでしょう。
はいいろ君は、ともかくむらさきちゃんから返事がもらえて、安心したので、いずれ近いうちに、お見舞いに行こうと思いました。
でも、むらさきちゃんは、それからたった二日で、天に召されてしまいました。
はいいろ君はそれを、知人から知らされて、取り返しのつかない事になった、と思いました。
もう、どんなにむらさきちゃんの気持ちを確かめたくても、その機会はないのです。
それから何年か、はいいろ君は、むらさきちゃんのことばかり考え続けました。
でも、むらさきちゃんが、はいいろ君のことを、寂しい人だと思って、ただ助けようと思っていただけなのかは、どうしても分かりませんでした。
そのうち、ふと、はいいろ君は、むらさきちゃんから、絵や貼り絵をたくさんもらっていたことを、思い出しました。
その絵を見れば、何か分かるかもしれないと思えたので、はいいろ君は戸棚から封筒を引っぱり出して、中から絵の束を取り出しました。
久しぶりに見るそれらの絵や貼り絵は、むらさきちゃんの心、そのものでした。
優しくて、素直で、思いやりのある、素朴で美しい色や形でした。
「どうしてぼくは、この絵の良さに、気が付かなかったんだろう。」
はいいろ君は、どんなにむらさきちゃんともう一度話したいと思ったかしれませんでした。
でも、それはかなわない夢でした。
今でも、はいいろ君は、毎日、むらさきちゃんのことを、思ったり考えたりしています。
でも、むらさきちゃんの本当の気持ちを、はいいろ君が確かめることは、この先もきっと、かなわないに違いないのです。
完